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第355話 至宝天は今日も和気あいあい

「サンドラ。セリーヌは、今夜はお姉さま方と夜通しのおしゃべりか?」


エーヴが、グラスを片手に尋ねた。中身は無論、酒である。


「そのようだ」


「だったら、護衛官の仕事はなしだろ? たまには、わたしたちに付き合え。セリーヌにいつも付きっきりで滅多に会わねえんだから」


「それは構わないが、深酒は厳禁だぞ。明日には『迷いの森』へ向かうんだから」


「あたしが二日酔いになるとでも?」


「エーヴ。少しは自制しろ。お前はいつも飲み過ぎだ」


ジロッとサイノスが睨んだ。途端、エーヴは顔を赤らめてク(・)ニ(・)ャ(・)ク(・)ニ(・)ャ(・)になった。


「ちょっとだけだよ〜。酔っぱらうほどは飲まないからさぁ〜」


「飲み出せば、いつも酔っぱらうだろうが」


「いいじゃんか〜。最近、こんなふうに至宝天が集まることもないんだしィ」


エーヴは、鼻にかかった声を出した。どうやらエーヴは、カリーナタイプらしい。


「お二人のノロケに付き合わされるだけなら、部屋に戻ります」


アイラが立ち上がろうとする。それを笑みを浮かべながらジュスタンが引き止めた。


「まあまあ、ここは大目に見てあげようよ、アイラ。何を言うにも二人はまだ新婚さんなんだから」


「あ、あの…私は部屋に戻ってもよろしいでしょうか」


遠慮がちにジョゼが言った。


「駄目よ。あなたは、私と一緒にいるの」


アイラにピシャリと断ぜられたが、弱々しく反論した。


「で、でも私…そもそも大隊長ではありません。このようなお偉い方々の中に居ていいわけが―」


「至宝天の私がいいって言ってるの! 四の五の言ってないで、大人しくここにいなさい」


「アイラ。いつからお前は至宝天になったんだ?」


サイノスが詰問した。アイラは、思い切り嫌そうな顔をした。


「私は、シルヴィアさまから直々に大隊長を拝命したのです! 天馬隊の大隊長といえば、至宝天に決まってるではないですか」


「至宝天とは役職ではない。隊員たちから認められて初めて呼ばれるものだ」


「あら。自称至宝天なら、もともと混じっていますけど」


皮肉そうにアイラはエーヴに視線を向けた。


エーヴは、にこにことアイラを見つめている。以前であれば喧嘩が始まるところだが、サイノスと添い遂げて以来、この義(・)妹(・)を温かく見守ることが増えた。


しかしアイラのほうは、真っ赤になって目が吊り上がった。今にも爆発しそうな彼女を抑えたのは、またしてもジュスタンだった。


「まあまあ、アイラ。サイノスには言わせておきなよ。僕は至宝天として君のことを認めているよ」


「ジュスタンさまっ! さっきから調子が良すぎます!」


「調子が良いのが僕の取り柄だから」


「……それを取り柄とは言わないでしょう」


「セリーヌは、本気かな?」


サイノスは、無理やり話題を変えた。


「産み月も間近だというのに、『迷いの森』へ入るなどと、無謀過ぎる」


「シルヴィアさまは本気だ。その証拠に我々至宝天をお残しになった」


サンドラが言った。それに応えるようにジュスタンが前髪をかき上げた。


「まさに少数精鋭だね。ギーさまたちリオネルさまの護衛も揃ってる。その上、セリーヌの姉君たちや、犬牙族の王太子までいるとなれば、怖い物なしだよ」


「それはそうだが、喋る魔獣は強敵だ。その中にはミラベルもいるのだぞ」


「『ブラッディ・ドール』か。確かに厄介だね」


「シルヴィアさまの目的は無論、ガゼルの聖剣だが、実はミラベルの奪還も含まれている」


「奪還、つったってよ、サンドラ」


エーヴが口を尖らせた。


「自分の意思でガブリエルについていったんだぜ。どうしようもねえだろ」


「ミラベルは、洗脳されているだけだ。なんとかして正気に戻す。……と、シルヴィアさまは仰っている」


「洗脳、ねえ…」


エーヴは疑わしそうだ。


「いずれにしろ、我々の誰かがミラベルと対峙する可能性は高い。覚悟しておいたほうがいい」


「ミラベルさまもそうでしょうけど、喋る魔獣がシルヴィアさまを直接狙ってくることも考えられます」


アイラが、懸念そうに言った。


「何を言うにも身重で動きが制限されるのだから、身辺の警戒は怠れないのではないですか」


「それは任せてもらおう」


サンドラがオッドアイをギラリと光らせた。


「私が必ずお守りする」


「まあ、そこまで肩に力を入れなくてもいいと思うよ」


ジュスタンがのんびりと言った。この男の辞書には、悲壮感とか危機感とかいった言葉は載っていないようだ。


「炎剣フランベルジュがついている。みんなも見ただろう、雨の火焔弾を。あの破壊力は凄まじいよ。万が一のときは、炎剣が守ってくれるさ」


「人をあてにするのは性分じゃない。私が守り抜く」


「サンドラ一人に荷を背負わせはしない」


サイノスが力を込めた。真面目な二人は、手を抜くということを知らないようだ。


「いざとなれば、体を張ってでもセリーヌを守る」


「えっ!? 駄目だよ、サイノス」


途端、エーヴが眉根を寄せた。


「すぐそうやって自分の体を投げ出すのは悪いクセだ。一度それで死にかけているんだよ? どれだけ心配したことか。少しはこっちの身にもなってよ」


「すまない、エーヴ。お前を心配させるつもりはなかった」


「もう身を犠牲にするようなことは言わない?」


「ああ、言わない」


「それなら許してあげる」


「……」


二人はしばし見つめ合った。エーヴの蒼い瞳は少し潤んでいた。


周りの反応といえば。


アイラは完全に白けている。ジュスタンは面白そうに眺め、サンドラは温かく見守っている。ジョゼは恥ずかしそうにうつむき加減だ。


「―エーヴさんよ」


ジュスタンがわざとらしく咳払いしながら言った。


「二人の世界に入るなよ。せっかくサンドラがいるんだぞ。滅多に会えないと言ったのは、君のはずだよ」


「―お、おう、もちろん。今夜は語り明かそうぜ、親友!」


エーヴは照れ笑いを浮かべた。サイノスは微動だにしない。貫禄たっぷりに落ち着いて場を眺めている。


カトゥスの夏の夜は、一際暑くなりそうだった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


結局、シルヴィアたちは、二日後に王宮を出立した。


一日遅らせたのは、二女と三女の会合を待ったからである。


無口な二女とおしゃべりな三女二人だけで、いったいどんな会話が交わされたのか。それこそ神のみぞ知るだが、シルヴィアたちを見送るアヴァンシアは、どこか吹っ切れた表情をしていた。


「絶対にガゼルの聖剣を手に入れてこい。手ぶらで戻ってきたら、承知しないぞ!」


アヴァンシアは、思い切り手を振った。セリナは、目礼したのみで、何も言葉にしようとはしなかった。


「良かったね、セリナお姉さま。仲直りできて」


馬車の対面に座るセリナに、シルヴィアは輝く笑顔を向けた。


身重のシルヴィアの移動は必ず馬車である。馬車を引くのはフランベルジュ…ではなく、ただの馬だ。当のフランベルジュは、猫ほどの大きさになってシルヴィアの傍らに寝そべっていた。


なぜセリナが同乗しているかといえば、シルヴィアが無理やり引きずり込んだからだ。


「でも驚いたわ。まさかカリーナお姉さまが同じことを考えていたなんて」


シルヴィアたちが、ニ人の間を取り持とうと会合をセッティングしようとしたら、既にカリーナが手を回していたのだ。


「アヴァンシアお姉さまも、思ったより悪い人でなくて、良かった。あたしにも言い過ぎた、って謝ってくださったし」


「……」


「今まで年長のお姉さま方とは、あまり交流がなかったけど、これを契機に親しくお付き合いしたいわ」


「……」


「まあでも、カリーナお姉さまとはそんなに会いたくないけどね。ドラードさまと先に『迷いの森』へ行ってくれて、せいせいしたわ」


「……」


馬車に乗って以来、シルヴィアが一人で喋っている。口を閉ざしたままのセリナを、じっと見つめた。


濃藍色の瞳を伏せがちにして行儀良く脚を揃えて座っている。30歳は過ぎているはずだが、20代前半で充分通用する。カトゥス七姉妹は、揃いもそろって美女ばかりだ。性格は千差万別だが。


それにしても、セリナは口数が少ない。アヴァンシアとは、どうやって意思疎通したのだろう。


徹夜のおしゃべりの際も、ほとんど発言することはなかった。シルヴィアは質問を浴びせ倒したが、彼女が口を開くことはなかった。


七姉妹は、口が達者な者が多い。その中にあってセリナは特別だった。


それでもシルヴィアは気分を害することはなく、むしろ快く受け入れていた。セリナとは、こういう人なのだと。


「―シルヴィアさま。そろそろ、『迷いの森』に着くころかと」


「あら。もう?」


サンドラに促されて、シルヴィアは窓の外を見た。森の高い樹々が見え始めていた。王宮を出たときは、夏の暑い日差しが燦々と降り注いでいたが、空高く繁る枝葉に遮られて届かなくなってきている。


その太い幹の間を縫って霧が立ち込め始めた。ねっとりとしたその霧は、まるでシルヴィアたちを絡め取ろうとするかのように、静かにそして確実に包み込んでいった。

【裏ショートストーリー】

オクタヴィア「どうですか?」

アヴァンシア「どう、とは何のことです?」

オクタヴィア「とぼけないでください。セリナのことです」

アヴァンシア「わたしの姉妹は、お節介が多いな」

オクタヴィア「それだけ愛されているということです」

アヴァンシア「別に…どうもしませんよ。あいつにはあいつなりの事情、ってやつがあっただけでしょう」

オクタヴィア「和解した、と理解してよいですか?」

アヴァンシア「姉さまも、しつこい! わかるでしょ、普通?」

オクタヴィア「ふふふっ! 素直じゃありませんね、相変わらず」

アヴァンシア「……ったく。姉さまの笑顔は破壊的だな。『黒の女王』ってのは、誰が名付けたんだ? 姉さまの本質はまったく違うのにさ」

オクタヴィア「そうそう。その二つ名、私の髪の色のことではないそうですね」

アヴァンシア「ぷっ…。なんです、そりゃ?」

オクタヴィア「アヴァンシアまで笑わなくていいでしょう。シルヴィアたちに散々笑われたのですよ」

アヴァンシア「姉さまのことは傑物だと思っているけど、時々可愛いこと言いますよね。そこが魅力なんだけど」

オクタヴィア「褒められているのか、けなされているのか…」

アヴァンシア「もちろん、褒めているのです。妹たちにも姉さまの魅力が伝わって良かった。戻ってきた甲斐がありましたよ」

オクタヴィア「……ずいぶんとあなたには苦労をかけました。もう旅に出る必要はありません。カトゥスのために力を振るってもらいます」

アヴァンシア「姉さまの仰せのままに」

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