第354話 黒の女王の述懐
シルヴィアたちは、あたふたしながら、オクタヴィアを迎え入れた。
ソファセットでは、5人座れないので、テーブルから一つ椅子を持ってきた。ソファはオクタヴィアと妊婦優先と言われて渋々シルヴィアが座った。
残る3つのうち問題はテーブル椅子に誰が座るかだが、もめる前にセリナが陣取ってしまった。てこでも動きそうにないので、仕方なくグロリアとティアナはソファに落ち着いた。
結局、オクタヴィアとセリナが入れ替わっただけの形となった。
「……先ほどは、不愉快な想いをさせてごめんなさい」
オクタヴィアは、いきなり頭を下げた。グロリアは頭を横に振った。
「いいえ、気にしてはおりません」
「アヴァンシアお姉さまが、あんな酷い人だなんて、知りませんでした」
シルヴィアは憤慨したように言った。
「姉妹なら信じて味方になってあげるべきなのに、まるで犯罪者みたいな言い方するなんて、酷過ぎます」
「……私はやはり、舞い上がっていたようです」
オクタヴィアは、肩を落とした。
「七人が揃うなどと、滅多にないことだ、この機を逃せば二度とないかもしれない。そう思ったら、矢も盾もたまらずみんなを集めてしまいました」
「オクタヴィアお姉さま…」
「今思えば、事前に根回しをしておくべきでした。深く反省しています」
「オクタヴィアお姉さまが謝罪なさるなんて…信じられません」
「どうしてそう思うのですか、シルヴィア?」
「だって…」
言い淀むシルヴィアに、オクタヴィアはふふっと軽く笑った。まるで少女のような笑顔だ。以前にも見たことがある、とシルヴィアは心の奥で思った。
「この際です、はっきり言って構いませんよ」
「じゃあ、思い切って言います。オクタヴィアお姉さまは、いつも完璧で付け入る隙がないと思っていたので、謝罪なんて最も縁遠い行為をするはずがないと…ご、ごめんなさい。気を悪くしました?」
耳を傾けていたオクタヴィアが真剣な表情に変わったので、女王の逆鱗に触れてしまったかと、思わず首をすくめた。
しかし彼女は、まなじりを上げるでもなく、ポツリと吐露した。
「……そうですか。私は、そんなにも取っつきにくい印象を与えているのですね」
「ごめんなさい、オクタヴィアお姉さま。あたしなんて、小さいころにお姉さまと別れてしまって、ろくに知らないのに勝手なことを―」
「言い繕わなくて結構。カリーナにも同じようなことを言われましたから」
「にゃっ!? カリーナお姉さまが…」
「二人がそろって言うのです。間違いないでしょう。『黒の女王』とは、ネガティブな印象からくる二つ名だったのですね」
「何だと思っていたのですか?」
ティアナが遠慮なく尋ねた。オクタヴィアは、小首を傾げて髪をくるくると指に巻いた。濡烏色の髪がつやつやと青みを帯びて光っている。
「髪の色のことを言っているのだとばかり思っていました」
三姉妹はお互い顔を見合わせた。途端、一斉に吹き出した。
「……そんなに可笑しなことを言いましたか?」
「……ご、ごめんなさい、オクタヴィアお姉さま。笑ったりして」
口では謝罪するがシルヴィアは笑いが止まらない。
「でも、とっても可愛いわ!」
「びっくりしちゃった」
爆笑しながらティアナも言う。
「オクタヴィアお姉さまって、もっと怖い人だと思ってた。素顔はこんなに可愛い人だったなんて。お腹がよじれそう!」
「……何が可愛いのか、よくわからないわ」
オクタヴィアは困惑ぎみである。しかし、さらなる追い打ちが思わぬところからかけられた。
「……お姉さまは、もともと可愛い」
セリナが、そう言ったのだ。一瞬静まり返った。すぐに三姉妹は大騒ぎとなった。
「セリナお姉さまも同意なさったわ」
「言うときは、はっきり言うのね」
「きゃあ〜っ! セリナお姉さまも可愛いぃぃ〜っ!」
シルヴィアは、涙を拭いながらはしゃいだ声を上げた。
「―ああ、楽しいっ! ねえ、オクタヴィアお姉さま。あたしたち今夜、おしゃべりすることにしているんです。ぜひお姉さまも参加なさって。もっとお姉さまのことを知りたいわ」
「あ、いや。私は誤解を解きにきただけなのです。ちょうどみんな揃っているので手間が省けました」
「誤解…?」
「アヴァンシアのことです」
オクタヴィアの一言で、たちまち場が白けた。あれだけ華やかに盛り上がっていたというのに。
「あの…オクタヴィアお姉さま」
遠慮がちにシルヴィアが言った。
「申し訳ないのですけど、アヴァンシアお姉さまのことは話題にしたくありません」
「どうしてですか?」
「オクタヴィアお姉さまの前で悪口は言いたくないですもの」
「まさにその誤解を解きたいのです」
「……」
「アヴァンシアがセリナに批判的なのは否定しません。もちろんそれには、理由があります。裏切られたと思っているからです。シルヴィアならその気持ち、わかるのではないですか?」
「……」
「もともと、アヴァンシアはセリナと仲が良かったのです。武術に優れたセリナに憧れて、弟子入りしたほどですから。どこかで聞いたような話ですね」
シルヴィアとカリーナのことを言っているのは間違いない。シルヴィアは、頬を膨らませた。
「しかしセリナは、例の事件を起こした。よほど悔しかったのでしょう、アヴァンシアはセリナからもらった剣を折ってしまいました。以来、二度と武術をやろうとはしませんでした」
「でも、セリナお姉さまには事情があったのです。アヴァンシアお姉さまは、それを知っていたはずですわ。あたしたちでさえ、納得して味方になろうと話していたところなのです。アヴァンシアお姉さまにできないはずはないわ」
「彼女が何より怒っているのは、相談してもらえなかったからです」
「―!」
「仲の良い妹であり弟子である自分に、一言も相談もなしに駆け落ちしてしまった。彼女にとって、裏切り以外の何ものでもありません」
三姉妹は顔を見合わせた。確かに、アヴァンシアの気持ちは痛いほどわかる。当人のセリナは何を思うのか、相変わらず黙したまま何も語らない。
「ここから先は、セリナにも話していないことですので、よく聞いてください」
オクタヴィアの鋭い視線がセリナに飛んだ。
「アヴァンシアは、心に深い傷を負い、引きこもりになってしまいました」
「にゃっ!?」
「うそ…」
「引きこもりに…」
三姉妹は、表情に陰が差した。
「彼女を救ったのはヴィータ・レジアスでした」
「ヴィータ・レジアス…今の旦那さまですね」
「ヴィータは、旅好きなのです。何かと理由をつけてアヴァンシアを外へ誘い出しました。きっと初めから彼女のことが好きだったのですね」
「まあ…」
「アヴァンシアは立ち直りました。よく喋る明るい娘に戻りました。これもすべてヴィータのおかげです。二人が結ばれたのも当然の流れでした。結婚後、レジアス伯の領地に入ったアヴァンシアは、領地経営を始めました。特に力を入れたのが綿織物の産業化でした」
「あっ! 有名ですよね、レジアス綿」
シルヴィアが言った。
「安くて品質がいいんです。あたしのドレスもレジアス綿を使っています」
「今やブランドとして広く受け入れられていますね。でも、アヴァンシアが嫁入りする前は、レジアスの各家庭で細々と営まれていただけだったのですよ」
「にゃーっ!? ほんとですか?」
「レジアスは、どちらかといえば貧しい地方の田舎町でした。アヴァンシアは、なんとかして領民を豊かにしたいと思ったのでしょうね。そのためには、売れる商品が必要です。目をつけたのは、綿織物でした」
「それって、もしかして、レジアス綿を始めたのはアヴァンシアお姉さまということ…?」
「そうですよ、シルヴィア。彼女は、綿栽培を大規模化しました。農地を集約して集団で作業するよう変えたのです。更に、大きな工場を建てて、織物作業も集団化しました。もともと各家庭で織物をしていた女性たちを集めてね」
「……」
「女性たちには給料を払い、生活を保障しました。彼女たちは安心して働くことができるようになりました。こうして高品質商品を大量に生産する体制を整えた上で、領主自ら営業をかけました。各地で売り込みをして顧客を増やし、ついにはシルヴィアも知るような一大ブランドに育て上げたのです。これを彼女は、たった三年で成し遂げました」
「すごい…」
「アヴァンシアには、内政の才があります。将来、必ず国家に役立ちます。そこで私は、彼女に命じました。世界各地を巡り歩き、政治経済を学んでくるように、と」
「にゃっ!? ちょっとお待ちください、オクタヴィアお姉さま。それじゃあ、アヴァンシアお姉さまが旅をしているのは、道楽じゃなかったというの?」
「どうですか? 誤解は解けましたか?」
「……」
夫のヴィータはもともと旅好きだという。まさにうってつけの二人ということか。
「それならそうと、あの場で言ってくれれば良かったのに」
「あなたはすっかり興奮してしまって、聞く耳を持たなかったでしょう?」
「申し訳ありません…」
「でもオクタヴィアお姉さま」
ティアナが正面切って尋ねた。
「内政の才とセリナお姉さまを許さないことは、関係ありません。やっぱり私にはアヴァンシアお姉さまは狭小な性格だと思われますわ」
「きっかけを探しているのだと思います」
「きっかけ…?」
「私が反省すべきは、そこです。彼女もセリナと仲直りをしたいと思っているのに違いありません。でも、そのきっかけがない。私の配慮が足りませんでした」
「……」
「舞い上がってみんなをいきなり集めるのではなく、セリナとアヴァンシアの二人だけで対面させるべきでした。アヴァンシアが反発するのは目に見えていたのですから」
「……今からでも遅くはありませんわ、オクタヴィアお姉さま」
シルヴィアが金色の瞳をくるめかせた。
「お二人の話し合いの場を設けましょうよ。きっとうまくいくわ。だって、仲良し姉妹なのだもの!」
【裏ショートストーリー】
カリーナ「長いこと旅に出ていたと聞いたが、いつ戻ってきた?」
アヴァンシア「つい最近よ。たまたまブランシャールの噂を聞いたんで、どんなもんか、実際に見てみようと思ってリシャールにいたのさ。そしたら、姉さまから招集がかかったんだ」
カリーナ「へえ。で、実際に見てどう思った?」
アヴァンシア「ずいぶん革新的なことをしているね。政策もそうだし、皇宮の制度なんか、極東のセリカにそっくりだ」
カリーナ「そういうことに詳しい男がいるんだとよ。ちなみに15歳だが」
アヴァンシア「……ふ〜ん。抜擢か。人材発掘にも力を入れているんだな。道理で空気が新しいワケだ」
カリーナ「新しい空気か。アヴァンシアらしい言い方だな」
アヴァンシア「……お前。相変わらず態度がデカいな。わたしは姉だぞ」
カリーナ「はっ。姉が聞いて呆れる。あたしに姉らしいことを一度でもしたことがあるのか」
アヴァンシア「……ないな。だったらしょうがないか。あっはっはっ」
カリーナ「あんたは変わらんな。どうしてもセリナを許せないか?」
アヴァンシア「……姉さまに言われてきたのか?」
カリーナ「んなワケあるか。あたしの意志だ」
アヴァンシア「……だったら教えてやる。もちろん、許せないね。一生許すもんか」
カリーナ「なんなら、二人だけで会う場を設けてやるが」
アヴァンシア「どうして二人で会う必要がある?」
カリーナ「あんたが望んでいるからさ」
アヴァンシア「……」
カリーナ「きっかけを探しているんだろ? 仲直りの」
アヴァンシア「大きなお世話だ」
カリーナ「なんて姉妹想いなんだろ、あたしは。妹たちを助け、姉たちの仲立ちまでしてる。あっはっはっ!」
アヴァンシア「……」




