第353話 愛憎
「部外者は追い出してくれよ。これじゃ、家族団らんを楽しめないよ」
アヴァンシアが冷たく言い放つ。妹から糾弾されたセリナは、無言でうつむいたまま身動ぎ一つしない。
「同席するにあたって、お父さまから既にお許しは得ています。資格はあります」
オクタヴィアがきっぱりと言った。しかしアヴァンシアは主張を曲げなかった。
「父さまはお優しいからな。姉さまから要請されたら、断れないよ」
「私が無理強いしたとでも? それは誤解です。お父さまは快く承知してくださいました」
「だったら、勘当も取り消したのかい?」
「それは…」
珍しくオクタヴィアが言い淀んだ。
「だろう? 勘当を取り消していないのなら、娘でもなけりゃ王女でもない。ここにいる資格は―」
「資格なら、あるわ!」
シルヴィアがアヴァンシアを遮った。
「仮にお父さまから勘当されたとしても、あたしたちの姉妹であることには変わりないわ。少なくともあたしは縁を切ったつもりはない。資格なら、ある」
アヴァンシアは、反論されて気分を害した風もなく、むしろ面白そうにシルヴィアを眺めた。
「へえ。子どもだと思っていたシルヴィアが、わたしに反論するようになったか。大国の皇后陛下さまにお成りになり気が大きくなったか、それとも強大な武力を背景に増長したか」
「なん…ですって…」
心外なことを言われ、あ然とした。まったくそんなことは一度も思ったことがないのに。
「子どものときは、わたしを怖がってカリーナの後ろに隠れていたものだがな。人は偉くなると態度もでかくなるらしい」
シルヴィアは、肩を震わせた。柳眉が逆立つ。
「あなたに言われたくない。知ってるわよ、アヴァンシアお姉さま。冒険者と名乗って旦那さまのヴィータさまと世界中を旅して回っているのでしょ。聞こえはいいけど、あたしから言わせれば王女の勤めも果たさず遊び歩いている道楽者じゃないの!」
「おお〜、よく言った、シルヴィア。確かにわたしは道楽者だ。だけど人さまに迷惑をかけたことは一度もない。後ろ指を指されるようなことは何一つだ。それに引き換えセリナはどうだ? 不倫の末に略奪婚をした女だぞ。どれだけ父さまや王家に恥をかかせたか知っているのか?」
「それだって、やむにやまれない事情があったのよ」
「お前如きが何を知っている? 事情があれば倫理に反することをしても容認するというのか、ブランシャールの皇后陛下は?」
「この際、ブランシャールは関係ないでしょ!」
「二人とも、やめなさいっ!」
オクタヴィアが一喝した。
「姉妹の間で喧嘩は許しません!」
二人は、共に口をつぐんだ。しかし一人は両手を頭に回してふんぞり返っている。もう一人は、そんな彼女を睨みつけている。
「私の責任においてセリナを連れてきたのです。言いたいことがあれば、直接私に言いなさい」
「いえ…あたしは…」
シルヴィアは小さくなった。やはりオクタヴィアの圧には敵わない。それをアヴァンシアは嘲笑した。キッと睨み返す。
「アヴァンシア。セリナは、同席させます。これは、私の決めたことで―」
言いかけたオクタヴィアの声をかき消すように、激しく椅子を蹴倒す音が響いた。
セリナだった。
立ち上がったセリナは、無言で頭を下げると、足早に食堂を出て行った。
「待って! セリナお姉さまっ!」
大きなお腹を抱え、必死に後を追おうとするシルヴィア。見かねたグロリアとティアナが手を貸した。三人連れ立って同じように食堂を出て行った。
「―あっはっはっ!」
残ったカリーナは、お腹を抱えて笑い出した。
「オクタヴィアも下手を打つことがあるんだな」
「そんなの、しょっちゅうです」
「へえ、意外だな。あたしはてっきり、何事も手抜かりの無い完璧な『黒の女王』さまかと思い込んでいたよ」
「みんな誤解しているようですが、完璧な人などこの世にいませんよ。私は、間違ってばかりの愚かな女です」
「いやあ〜、参加してほんとに良かった。正直言うと、気が進まなかったんだ。姉妹ったって、全員と仲良しこよしってワケじゃねえからな」
「……」
「大人しく適当にやり過ごすつもりだったが、オクタヴィアが血の通った人だとわかって、ほっとした」
「私のことを何だと思っていたのです?」
「人の感情を持たない冷酷無比な女。国益のためなら、平気で家族も見捨てる冷血な女王」
「……なるほど。カリーナは、そんなふうに私のことを見ていたのですね」
「だけど、あんたのことを見直した。ずっとセリナを匿っていたんだってな。あたしは好きだぜ、そういうお節介なところ」
カリーナは、静かに立ち上がった。
「全員揃わなきゃ今回の親睦会、オクタヴィア的には意味がないんだろ? だったら、あたしも退席させてもらうよ」
ぷらぷらと歩み去っていく後ろ姿を、オクタヴィアはじっと見送った。
騒動を巻き起こしたアヴァンシアは、何も感じていないかのように、天井を見上げるばかりであった。
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「どうぞ、入って」
シルヴィアは、姉たちを自室へと招き入れた。
慣れた様子でグロリアとティアナがソファに陣取った。そしてセリナは、壁に佇んだ。
「遠慮しないで、セリナお姉さま。こちらへお座りなってください」
セリナは無言で、シルヴィアに指定されたところへ座った。
「年末前に来て以来だから、お茶の用意もしていなくてごめんなさい」
シルヴィアは、よっこらしょとセリナの隣に座った。
「お茶なら、年末のときのが残ってると思うわ」
ティアナが気軽に腰を上げた。
「ありがとう、ティアナお姉さま」
一声かけると、シルヴィアはセリナに向き合った。膝の上に置いた手を握りしめる。
「セリナお姉さま。あんな奴の言うことなんか、気にする必要はないわ。無視してやればいいのよ」
「……」
「アヴァンシアお姉さまって、意地悪な人なのね、よく知らなかったけど」
「シルヴィアは、そうでしょうね」
グロリアが言った。
「カリーナお姉さまべったりだったから。セリナお姉さまやアヴァンシアお姉さまとは、あまり交流していなかったでしょう」
「……まあね。ほんと申し訳ないんだけど、セリナお姉さまのことは、うろ覚えなの。確か、オクタヴィアお姉さまのご結婚のすぐ後くらいでしょ、例の出来事は」
「そうね…。そうなるわね」
「お父さまたち大人が大騒ぎしていた記憶しかないわ。小さすぎて、よくわからなかったし」
「私も似たようなものよ。私は七つだったから、多少はその…」
グロリアは、そっとセリナの様子を窺った。
「……良くないことをしでかした、という認識はあったけど」
「―私は全然覚えてないわ」
ティアナがおぼんに乗せたグラスを皆の前に置いた。
「アイスティーよ。アイスといっても、氷はないから冷えてないの、ごめんね」
「いいわ。ありがとう、助かる。ちょうど喉が渇いていたところだから」
シルヴィアは、早速ゴクゴクと美味しそうに飲んだ。妹の様子を見ながら、ティアナは続けた。
「―私は五つだったから、何が何やらちんぷんかんぷん。シルヴィアご同様、大人たちが騒いでいるのを見て怖くなったことだけよ、覚えているのは」
「私たちは、オクタヴィアお姉さまから事情を聞いたから、事件のことは飲み込んでいるつもりよ」
グロリアがふわりとセリナに微笑みかけた。
「今から思えば、ああすれば良かったのに、とか、こうすれば結果は変わっていた、とか簡単に言えるわ。だけど、当時の状況では、精一杯考えた末の決断だったのでしょう」
「……」
「ねえ、セリナお姉さま。あたしも詳しい話を聞いてもいい?」
シルヴィアが親身な様子で尋ねた。
「……」
セリナは、コクリとうなずいた。
「……」
黙りこくったままのセリナに、シルヴィアは不審な目を向け始めた。慌てたようにグロリアが口添えした。
「セリナお姉さまは、極端に口数が少ないの。悪気はないから悪く思わないであげて」
「そうなんだ…」
「私が代わりに説明するわ」
グロリアは、かいつまんで事件の顛末を語った。聞き終わるとシルヴィアは、深く同情したようにまた彼女の手を握った。
「そうだったのね…。元奥さまとの結婚生活は破綻してたんだから、100%セリナお姉さまが悪いわけじゃない。後ろめたく思う必要はないわ」
「シルヴィアなら、そう言ってくれると思った」
グロリアは目を潤ませた。
「あたしたちだけでも、セリナお姉さまの味方よ。他の人の言うことなんか、気にしないで」
シルヴィアは、殊更明るい声で言った。
「今夜は、四人で語り明かしましょうよ。あたし、セリナお姉さまのこと、いろいろ知りたいわ」
「にゃにゃーっ!? 私、彼と夕食の約束しているんだけど」
ティアナが不満そうに言った。すると、シルヴィアが迫った。
「彼とあたしたちと、どっちが大事なのよ?」
「……わかったわよ。彼にはお断りしておくわ」
仕方なさそうにティアナが肩をすくめた、そのとき。
「―ありがとう」
ポツリと、セリナが言った。妹たちは、金縛りにあったように姉に釘付けとなった。
「……きゃあ〜っ!?」
しばらく間を置いて、シルヴィアが彼女に抱きついた。お腹が邪魔で、能う限りではあったが。
「かわいいっ! セリナお姉さま、とっても綺麗な声をしてるじゃない。喋らなきゃ損だわ」
「……」
また黙り込んでしまう。しかしシルヴィアは、温かい眼差しを向けた。
「なんだか楽しみになってきたわ。どうやってセリナお姉さまを喋らせるか、あたしたちの腕の見せ所ね」
輝く笑顔が花開いた。その刹那。
「―シルヴィア。お邪魔をしてもいいでしょうか?」
ドアがノックされた。姉妹たちは顔を見合わせた。思いも寄らぬ人物の声だったからだ。
急いでティアナが立ってドアを開けた。そこに佇んでいたのは。
「オクタヴィアお姉さま!?」
【裏ショートストーリー】
シルヴィア「待ってぇ〜っ! セリナお姉さま〜っ!」
グロリア「どんどん行ってしまうわ」
シルヴィア「グロリアお姉さまっ、ティアナお姉さまっ。お願い、あたしを置いていいから、セリナお姉さまを掴まえてきてっ!」
グロリア「わかったわ! ……セリナお姉さまっ! お待ちになって!」
ティアナ「なんで私まで…お姉さまぁ〜!」
シルヴィア「……走れないって、こんなにも辛いものなのね」
グロリア「……セリナお姉さま! 怒らないで」
ティアナ「はあはあ…。久しぶりに走ってしまった…」
セリナ「……」
シルヴィア「……ありがとう、グロリアお姉さま、ティアナお姉さま。よく掴まえてくれたわ」
ティアナ「本当よ。なんで私があなたの命令で走らなくちゃいけないの」
シルヴィア「ごめんなさぁ〜い」
ティアナ「てへぺろじゃないっ!」
グロリア「……セリナお姉さま。お気を悪くされたと思いますけど、どうかお許しください」
ティアナ「グロリアお姉さまが謝ることじゃないでしょう」
セリナ「……」
シルヴィア「ねえ、セリナお姉さま。あたしの部屋に来ませんか?」
セリナ「……」
シルヴィア「ね? そうしましょうそうしましょう。……グロリアお姉さまもティアナお姉さまも一緒に来てよ」
グロリア「ええ、もちろんいいわ」
ティアナ「どうせ断っても、無理やり連れていかれるのでしょう。……ええ、いいわ。付き合ってあげる」
シルヴィア「セリナお姉さま、歩くのが早いのね。その身のこなし、武術ができるでしょ?」
セリナ「……」
シルヴィア「なあに? 黙秘? いいわ。後でじっくり聞かせてもらうから。さあ、行きましょ」
セリナ「……」




