第351話 懇願と晩餐
「―正気かっ!?」
リオネルは、怒声を放った。
「旦那さま。冷静に、冷静に聞いてください」
シルヴィアは、子どもをなだめるように言った。
フランベルジュの火焔弾で城館もろともガブリエル軍を文字通り消し去ってのち。
リオネル遠征軍は、いったん郊外の平地に集合した。ガブリエルや七曜珠は逃したが、拠点を潰したことで成果は上げた。当然、リシャールへ凱旋するはずだったが…
「これが冷静に聞いていられるか! そもそも剣は手に取らないとあれほど約束したよな? それを破っておいて、どんな言い訳をするかと思えば、このまま『迷いの森』へ行くだと!? 正気の沙汰とは思えん! お前は、腹のガキが可愛くないのか?」
「ですから、それはフランベルジュが守ってくれます。旦那さまもご覧になったでしょう? フランベルジュはとっても強いの。あたしが例え動けなくても、フランベルジュがいれば危険はないとお約束できます」
「お前の約束は信用できん! いったい今まで何度破った? 今度は破らないとどうして断言できる?」
「あたしとフランベルジュが組めば、どんな敵だろうと負けません。実際、今まで負けたことなんてないわ。これは断言できます」
「駄目だ駄目だ。絶対に許さん」
「ガブリエルが『迷いの森』を手に入れたと、わざわざあたしの目の前に現れて言ったんです。あれは、宣戦布告だわ。手が出せるものなら出してみろと。あたしがガゼルを目覚めさせるカギだとわかってるから。だったら、あたしが行かなくちゃ、意味がない。どうしてもあたしでなくちゃ、ダメなんです」
「だから、初めから行っちゃ駄目だとは言ってない。ガキが生まれてからにしろと言ってるんだ。それのどこが間違ってる? いいや、こればかりは、俺は間違ってない」
「わかります、仰る意味は。でも今は、非常時なんです。このままガブリエルの好きにさせたら、『迷いの森』には手出しができなくなるわ。今しか、ないんです。まだ万全の体制を敷いていない今しか」
「いくら言い募ろうが、駄目なものは駄目だ。―ギー。シルヴィアを拘束しろ。力付くでも連れ帰る」
「えっ…!?」
ギーは、左眼を大きく見開いた。
「しかし、それは…」
「なんだ? お前まで俺の言うことが聞けないのか?」
ギーは、しばらく主とシルヴィアを見比べていたが、やがてため息を一つついた。
「……シルヴィアさま。主命ですので、失礼いたします」
「動くなっ!」
ギーが近づこうとすると、シルヴィアが怒鳴った。
「あたしを拘束するなら、実力行使する!」
いつの間にか、シルヴィアの手にはフランベルジュが握られていた。剣身から炎が噴き上がった。
「……シルヴィア。俺に剣を向ける気か?」
リオネルの黒い瞳が細められた。
もしここにアニェスがいれば、間違いなく仲裁に入ってことを収めていただろう。しかし残念ながら彼女は皇都で留守居をしている。
「例え妻だろうと、俺に剣を向ければ反逆だぞ。わかってるんだろうな?」
「わからず屋には、言葉で言っても無駄だわ。だったら、腕でわかってもらうだけよ」
「ギー! 何をしている! 早くこの不良妻を拘束しろ!」
「―リオネルさまっ!」
ギーは、二人の間に飛び込むと、リオネルの前で跪いた。
「どうかその儀は、ご容赦くださいますよう!」
「なんだと!?」
「シルヴィアさまのご気性は、リオネルさまが最もご存知のはず。無理強いをすれば、反発なさるは必定。どうか冷静に話し合われてください」
「俺に説教するつもりか?」
「リオネルさま! 俺からもお願い申し上げます」
トリュフォーがギーに並んで共に頭を下げた。
「お二人が争われては、ガブリエルの思う壺です。どうか、話し合いでご解決を!」
「トリュ…。お前まで…」
「リオネルさまっ!」
サンドラを始めとした至宝天の面々や、ギャスパル、ピエールも一斉に跪いた。
「我々からもお願い申し上げます。お腹立ちはご尤もなれど、どうか…どうか再度のお話し合いをなさってください!」
「お前ら、そろいも揃ってシルヴィアの味方をするか!」
リオネルは、カッと目を見開いた。リオネル王朝の柱石である彼らをしばらく睨みつけていたが、ふっと肩の力を抜いて、横を向いた。
「―わかったよ。もう一度、シルヴィアと話し合うよ」
「―! ありがたき幸せ!」
ギーは、喜色も顕に深々と頭を下げた。リオネルは不満そうにしながらも、達観した表情で言った。
「お前らあっての俺だと、よくよくわかってるからな。全員にそっぽを向かれちゃ、皇帝なんかやってられねえ。―しょうがない。それがお前ら全員の意思なら、言うことを聞くさ」
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何本もの太い幹が天高く伸びている。
空を見上げれば、無数の葉が覆い隠して見通せない。陽は差さず、足元は昼なお暗い。
似たような景気が続き、安易に脚を踏み入れれば、方向感覚さえ乱される。慣れた者ですら迷うとされる『迷いの森』。
古代王朝時代から変わらぬ姿と言われている、その深い森の中。
突如として人工物が現出した。
それは、砦のような建物であった。
この森の中でどうやって資材を集めて建築したのか、堅牢な石造りだった。
その建物の主は、奥まった部屋で食事の最中であった。
二十人は楽に座れる巨大なテーブルには、料理が所狭しと並べられていた。
陪席しているのは、彼が信頼する部下であり子どもである、七曜珠であった。
「―申し訳ありません、お父さま。リュカさまをお助けすること適わず」
サムディが殊勝に頭を下げた。黒い大きな肉の塊を口に運んでいたガブリエルは、天使のような微笑みを浮かべた。
「仕方ないよ。人はいつか死ぬ。彼の寿命だったのだろう」
他人事のような台詞に、ジュディとランディが顔を見合わせた。ジュディの右目は、まだ青黒く腫れている。
「―パパは、リュカさまのことを好きだと思ってたんだけど。そうでもなかったの?」
「無論、愛していたさ。ジュディと同じくらいにね、僕の愛する子どもたち」
「ふ〜ん。そうなんだァ」
納得していないように、ジュディは頬を膨らませた。
「……リュカは、僕の兄で、クレールさまの最初の子どもだ。ジュディにとっても兄にあたる。だから、ただの人間族にも関わらず、敬意を払ってきたのだ。それを無惨にも殺された。当然、奴らには報復する」
ガブリエルは、骨付き肉に手を伸ばした。いったい何の肉だろう。牛や豚には見えない。
「シルヴィアを挑発した。早晩、ここへやって来るだろう。器が来るのだ、ガゼルは必ず目覚める。そのときこそ、聖剣を手に入れる機会となる。―そうそう、みんなに伝えておくことがあるよ」
ガブリエルは、にこにこと微笑んだ。見た目だけなら、心優しい美青年としか思えない。
「クレールさまがメルクルディをお産みになった」
「メルクルディが…」
ランディが肉を口に運ぼうとしていた手を止めた。
「ようやくですね、お父さま」
「うん。彼女が参戦してくれれば、我々は盤石だ。楽しみなことだね」
ガブリエルは、食べ終わった骨を無造作に投げ捨てた。それは骨入れ用の桶のようなものだった。
多くの骨の中に混じって、人間族の女性の生首が、無表情で天井を見上げていた。
【裏ショートストーリー】
ランディ「サムディに聞きたいことがある」
サムディ「なんだい?」
ランディ「お前、リュカさまをわざと見殺しにしたな?」
サムディ「なんのこと? 僕、わからないなあ」
ランディ「誤魔化しても無駄だぞ。空間を操るお前なら、リュカさまのところへ一瞬で移動できる。お助けする機会は、いくらでもあったはずだ」
サムディ「言いがかりをつけないでもらいたいな。フランベルジュの火の玉から逃れるので精一杯だったんだ。そんな余裕はなかったよ」
ランディ「リュカさまの最後を見届ける余裕はあったのに?」
サムディ「……」
ランディ「私はお前を責めているわけではない。むしろよくやってくれたと感謝している」
サムディ「へえ…。そうなんだ」
ランディ「正直、リュカさまは足手まといだった。死んでくれて助かった。これはジュディとも同意見だ。だからこそ、真実を知りたい」
サムディ「ここだけの話だよ。すべてお父さまの指示なんだ」
ランディ「……なるほど。そういう訳か」
サムディ「だから、一向に気に病むことはない。人間族のことなんか忘れてしまおうよ」
ランディ「そうだな(お父さまも、人間族を切りたがっていた、ということか。それは思い至らなかった。ならば、ジュディの言うとおり、もっと早く始末しておけば良かった。そうすれば、サムディに大きい顔をさせずに済んだものを)」
サムディ「……今、何を考えているのかなー? ランディは得だね。カマキリ顔のおかげで、表情がまったくわからない」
ランディ「……別に何も考えてはいない」
サムディ「あ、そ。それならそれでいいさ。実際、お父さまの寵愛を受けているのは、この僕なんだから。せいぜいランディも頑張ることだね。あははっ!」
ランディ「……」




