第349話 紅の剣と紅の烏
「エーヴ! ここに来いっ!」
フランベルジュは怒鳴った。しかし反応がない。
「何をしている!? 早く―」
ぼうっと佇んでいるエーヴを振り返って、はたと気がついた。
「あ…そっか。人間族にはボクの声は聞こえないんだった」
「何のコメディだい? フランベルジュ」
サムディは、ポーズを取りながら嘲笑した。
「やかましいっ! 魔獣が!」
フランベルジュは、気を取り直してキョロキョロと辺りを見回した。
「アイラっ! 聞こえるか?」
サイノスに支えられながら頭を振っていたアイラは、ビクッとフランベルジュに視線を向けた。サイノスと目を見交わすと、慌てて馳せ参じた。
「お呼びでしょうか、フランベルジュさま」
サイノス共々、畏まって跪いた。獣人族にとって、聖獣は神にも等しい。そもそも、馴れ馴れしい口を利いているシルヴィアがおかしいのだ。
「本当はシルヴィアがやるべきなんだけど、ここにいないからしょうがない。特別に許すから、ボクに触りな」
「えっ!? そんな畏れ多いこと―」
「ボクがいいって言ってるんだ」
二の足を踏むアイラを叱咤した。
「躊躇するな、犬牙族の名にかけて、奮起しろ!」
「は、はいっ!」
弾かれたようにアイラはフランベルジュの背に手を乗せた。刹那、巨大な炎が燃え上がった。
「ひっ―!?」
豪胆なアイラも、さすがに手を引っ込めた。しかしそのときには、一振りの大剣を手にしていた。無論、火傷などはしていない。
大剣は、剣身に炎をまとい、猛々しいオーラに包まれていた。
「す、すごい…」
アイラは、大剣を眺めながらため息をついた。
「アイラっ! ぼうっとするな!」
大剣が叱声を放った。
「魔獣を倒すぞ!」
「はい!」
アイラは大剣を構えると、サムディに斬りかかった。
空間が歪んだ。大剣が呑み込まれる。炎が吹き上がった。空間を焼き尽くす。更に空間が大剣を包み込む。紅い炎が青く変わった。刹那。
大爆発が起こった。
炎と風が渦を巻いて周囲を吹き飛ばした。
アイラを中心に、何もなくなった。地面はえぐれ、城館の入り口も崩れ落ちていた。
「うわぁ…」
アイラは、大剣を手に呆然と立ちすくんだ。
「……とんでもない破壊力だわ。これがフランベルジュさまの真のお力なのね」
「―油断するな!」
フランベルジュが叫んだ。
「ヤツは、まだ死んでない!」
ハッとして、アイラは身構えた。
「―やれやれ。凄まじいな」
空間が開いた。中からサムディが現れた。
「咄嗟に空間を閉じて逃れなきゃ、消し飛んでいるところだったよ」
サムディは、またポーズをとった。
「ふ〜ん。そういう使い方もできるんだ」
フランベルジュが感心してみせた。剣が言葉を話すさまは、実に神秘的だった。神話の世界が現出したかのようだ。
「フランベルジュも、さすがは六将星。とてつもない魔力量だね。しかも、まだ全力を出していないのだろう?」
「そりゃそうだ。お前如きに全力を出すわけないだろ」
「ナメられたものだね」
瘴気が爆発的に立ち昇った。その禍々しさは、気の弱い者が見たら気絶してしまうほどの圧倒的なパワーがあった。
「―フランベルジューっ!」
そこへ、馬車が一台、駆け込んできた。御者はサンドラだった。窓から身を乗り出しているのは―
「シルヴィア!?」
フランベルジュが素っ頓狂な声を出した。シルヴィアは、サンドラの介添で馬車から降りてきた。
「今の爆発は何?」
「バカっ! こんなところへ来んな!」
「あれ〜? 炎剣に戻ってる!」
シルヴィアも、声が裏返った。びっくりまなこで、フランベルジュとアイラを見比べている。
「……フランベルジュったら、アイラのこと、認めたのね」
「い、いえ、シルヴィアさま」
アイラは慌てて手を振った。
「シルヴィアさまがここにいらっしゃらないので、緊急措置としてフランベルジュさまに呼ばれただけなのです」
「だとしても、至宝天の中から選ばれたんだから、すごいじゃない」
「―僕を無視しては、困るね!」
道端で出会ったかのように会話を続けるシルヴィアへ向けて、サムディが空気の塊を放った。それは空間を次々と呑み込みながら迫った。
咄嗟にサンドラが身を挺してシルヴィアをかばった。空気の塊が主従を呑み込む!
突如、主従の目の前に炎の壁が現出した。空気の塊と激しくぶつかり合う。炎が空気を、空気が炎を覆う。そして双方が同時に消滅した。
「シルヴィアーっ!」
フランベルジュがアイラの手から離れた。真っ直ぐシルヴィアへと飛んでいき、その手に収まった。
「……なにこれ!?」
身体の底から不思議な力が湧いてくる。今まで感じたことのないような高揚感。圧倒的なパワー。それていて、とても身体が軽い。お腹の子どもの重さがまったく感じられない。
「フランベルジュ! あたし、どうしちゃったの!?」
「やっぱり、ガゼルさまの器は違うねえ。身体中が燃えるよっ!」
シルヴィアの問いには答えず、フランベルジュの剣身が更に燃え上がった。同時にシルヴィアの身体が宙に浮かんだ。高く高く、上へと。
「シルヴィア。力を解放する。ボクに集中して」
「うん。わかった」
シルヴィアが意識を大剣に集中した。すると、シルヴィアの身体が黄金色に輝き出した。その輝きは四方へと広がる。まばゆい光は、地上を照らした。
「―旦那さまーっ! 天馬隊のみんなーっ! その場からすぐに逃げてえぇーっ!」
シルヴィアの声がこだました。それは、人々の耳ではなく、直接頭の中で響いた。
地上の人影が一斉に動き出した。しかしシルヴィアは、もうそれを見ていなかった。
意識は大剣フランベルジュに向けられていた。剣身の炎が爆発的に膨張した。シルヴィアの黄金の光と融合する。
「―行くよ、シルヴィア!」
「いいわ!」
巨大な火球が出現した。
「穢れをすべて浄化せよ! ―業火の慈悲っ!」
火球が爆発した。火焔弾が雨のように地上へと降り注いだ。
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時を少し巻き戻す。
シルヴィアが戦場に到着する直前。
マノンは、城館の陰に潜んでいた。付き従うは、パトリスとルウの両雄。
「……今の爆発は何だ?」
パトリスが目を丸して遠見をした。轟音と共に城館の入り口が崩壊したのだ。
「知るか。この機を逃す手はない」
労せずしてマノンの目の前に、ぽっかりと目的地への道が開いた。
「行くぞ」
マノンは、するすると城館の中へ侵入を果たした。パトリスとルウが後に続く。パトリスは、背中に大きな袋を背負っている。
城館は大して広くはない。エルヴィールの状況を鑑みれば、目標はおそらく広い場所にいるはずだ。
ある程度絞って城館内を走った。
すると、奥から聞き慣れた摩擦音が迫ってきた。
「トカゲ兵か」
「団長! ここは俺が引き受けます。先へ急いでください」
パトリスが背負っていた大きな袋を降ろした。
「任せた」
マノンの返答は短い。足を止めずに進んだ。トカゲ兵が突進してきた。ヒュッと風を切る音がしてトカゲ兵が吹き飛んだ。
パトリスの『指弾』だった。ルウが振り返ると、パトリスはニヤリと笑った。大きな袋から、小石を鷲掴みした。
ルウはもう振り返らなかった。マノンの背中だけを見つめた。
次々とトカゲ兵が倒れる中、マノンは真っ直ぐ突き進む。そして、大きなドアの前へと達した。
「―団長。私が先乗りします」
万が一を考えて、ルウがドアノブに手をかけた。勢いよく開ける。
「―お見事です」
パチパチと拍手の出迎えを受けた。
「ここまで難なくたどり着くとは、すっかりディガンマの対処方に慣れてしまったようですね」
「……リュカ」
マノンは無防備に近づいた。
「団長っ、危険です」
「手を出すな」
罠を警戒するルウに言い捨てると、マノンはリュカと向き合った。マノンを見つめる鉄紺色の瞳がほころんだ。愛らしい笑みさえ浮かべて。
「一別以来ですね、マノンさま。お変わりなくお美しい」
「決着をつけに来た」
「そうやすやすと、あなたに命を取られる訳にはいきません。ガブリエルさまには、私が必要なのです」
「私の知ったことではない」
マノンは短剣を抜いた。
「ではマノンさま。私も全力でお相手いたします」
リュカも剣を抜いた。
両者同時に動いた。剣と短剣が激しくぶつかり合う。二合三合と打ち合うが、腕力ではマノンのほうが上手だ。剣を交えた瞬間、力任せに押した。リュカは激しく床を転がった。
起き上がった刹那、マノンの蹴りで剣が吹き飛んだ。
一瞬、藍色の瞳と鉄紺色の瞳が見つめ合った。
マノンは、何かを断ち切るように、短剣の切っ先をリュカの喉元に向けた。
「これで終わりだ、リュカ」
「―所詮、私たちは出会ったときに、こうなる運命だったのでしょうね」
「私は運命など信じない」
「紅烏団団長であれば、そうでしょう」
すべてを受け入れるかのように、リュカは瞳を閉じた。
「……命乞いをしないのか?」
「今さらそんなことをしても、あなたは肯わない。無駄です」
「……そうか。ならば、一思いに殺してやる」
力を込めた、そのとき。
轟音と共に天井を突き破って何かが降ってきた。広間に着弾すると激しく燃え上がった。
それは、フランベルジュの火焔弾だった。
いくつも降り注ぎ、あっという間に辺りが火の海になった。
それでもマノンとリュカは、身動ぎ一つせず見つめ合ったままだった。
【裏ショートストーリー】
ギー「リオネルさま、あれを!」
リオネル「見えている! シルヴィアのやつ、やっぱり約束を破りやがった!」
ギー「しかし、様子が少し変です。フランベルジュがいないのに、宙に浮いているし、剣が燃えています」
リオネル「まさか、あれがガゼルの器、っていうんじゃねえだろうな」
ギー「わかりません。ですが、シルヴィアさまはやはり太陽の化身だった。見てください、あの神々しさを。炎を握り、黄金色に包まれたお姿を。太陽そのものではないですか」
リオネル「……」
ギー「太陽の女神だ。リオネルさま。シルヴィアさまは、太陽の……」
(みんな、逃げてーっ!)
リオネル「えっ…!?」
ギー「シルヴィアさまですっ。頭の中でシルヴィアさまの声がしました!」
(旦那さまーっ! 天馬隊のみんなーっ! すぐにその場から逃げてえぇーっ)
ギー「逃げる…!? いったい何を…」
リオネル「ギー! 今は考えるなっ。シルヴィアに従えっ! すぐにここから撤退するんだ! 全軍に伝達っ! 直ちにここから離れろ!」
ギー「は、はい!」
リオネル「……シルヴィア。絶対に帰ってこい。神の世界になんか行くな。お前は、俺の妻なんだから…」




