第347話 炎剣
城館前は、混戦模様となっていた。
トリュフォー率いる本軍とミラベル率いる魔獣軍が激突したのだ。ざっとトカゲ兵は10万ほどだろうか。トリュフォー軍を入れまいと城館前の広場を埋め尽くしている。
数で劣るトリュフォー軍は、風穴を開けようと一点に全軍を集中させた。特に激しく揺れ動いているのは、ミラベルが暴れ回っているからに違いない。
トリュフォーは軍を巧みに動かし、徐々に城館前広場から距離を取り始めた。ミラベルは、その尻に食らいつき、結果的に城館から離れ始めた。
「さすがトリュフォーさま。用兵はミラベルより一日の長があるな」
「感心している場合じゃないよ、エーヴ」
ジュスタンが諌める。
「僕たちは、頃合いをみて城館に突入しなきゃならないんだから、敵の動きから目を離しちゃダメだ」
「わたしは、全体を見渡してるんだ。むしろ、しっかり見てるさ」
「エーヴ。そろそろだ。トリュフォーさまは、だいぶミラベルを引き離した」
サイノスが重々しく言った。
「わかってるって!」
エーヴは、トカゲ兵を睨みつけた。
「―よしっ! 今だっ! 全軍突撃!」
天馬隊が、一斉に走り出した。前を塞ぐトカゲ兵をなぎ倒して城館の入り口に殺到した。
「―あっ!? 待てーっ! 全軍停止!」
あと少しで城館に達するところで、エーヴは天馬隊に停止命令を出した。
「なんだ、あいつは?」
視線の先に、一人の男がいた。無防備にぽつんと佇んでいる。よく見ると、超絶イケメンだ。ただし、羊角があるし両目が真っ黒で瞳がない。
「……」
ジュスタンが矢をつがえた。弓弦が激しくしなり、イケメン目掛け一直線に飛んだ。並の兵なら、避ける間もなく矢に貫かれるはずだった。しかし、届く寸前で空気が揺らいだ。その揺らぎに絡め取られるようにして矢が粉々に砕けた。
「ジュスタンの矢が効かねえ!?」
驚愕する至宝天に向けて、イケメンが口を開いた。
「君たちがシルヴィア皇后子飼いの至宝天とかいう兵か?」
「誰だ、お前?」
「僕は、七曜珠の一人、サムディ」
「七曜珠!?」
「あんなやつ、情報になかったぞ」
「エーヴ! 気をつけろ! ただ者じゃないぞ!」
さしもの至宝天も刹那、パニックになった。それもそのはず、喋る魔獣は三匹だけだと思い込んでいたのだ。まさか新たな魔獣が現れるとは、まったくの想定外だった。
「お兄さま! ここは私に任せて!」
アイラが一人飛び出した。否、すぐ後ろをジョゼがピタリとついていく。
「やめろ、アイラーっ!」
制止するサイノスの声を無視して、アイラとジョゼは並んでサムディに斬りかかった。
ジュスタンの矢と同じように空気が揺らぎ剣を呑み込んだ。瞬時に剣が音をたてて粉々に砕け散った。
「ウソっ!?」
驚愕に目を瞠ったアイラは、次の瞬間、目に見えない手で殴れたように吹っ飛んだ。ジョゼも同時に吹き飛ばされた。
「アイラーっ!」
サイノスが血相を変えて駆け寄った。
「―今の、見えたか? エーヴ」
ジュスタンがそっとささやく。
「全然。何がなんだか、わからなかった」
「僕もだ。これは、迂闊に近寄れないよ」
「―至宝天などと呼ばれていても、その程度かい? 話にならないな」
サムディは、格好つけてポーズをとった。
「君たちに僕の魔法を破るのは不可能だ。さっさとお帰り」
「―それは、どうかなあ」
のんびりとした口調で、フランベルジュが現れた。真っ赤な身体が一際目立つ。
「紅いユニコーン。炎剣フランベルジュか」
初めてサムディは身構えた。フランベルジュが突撃した。一角がサムディの喉元を刺し貫こうと伸びた。空気が揺らぐ。その揺らぎの中に一角が突き刺さる。刹那、一角が炎を噴き出した。
揺らぐ空気が瞬時に燃え上がった。
「やったか!?」
エーヴが歓喜の声を上げた、そのとき。
燃え上がったはずの炎が揺らぎの中に取り込まれ、あっという間に消えてしまった。
「残念、フランベルジュ」
サムディは、またポーズを取った。
「僕は空間を折り畳めるんだ。折り畳んだものは、物質であれ思念であれ消し去ることができる。事実上、僕に対する攻撃はすべて無効だよ」
「ふ〜ん…。キミ、面白いね」
フランベルジュは、笑った。見た目だけなら、純真無垢な若駒のような笑顔だった。しかし一転、厳しい顔つきに変わったと思うと、怒鳴るように言った。
「エーヴ! ここに来いっ!」
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城館前で激しい戦いが繰り広げられているころ。シルヴィアは何をしていたかというと…
「―ねえ、サンドラ。相談があるんだけど」
「……何ですか?」
サンドラは、ジロッと主を見返した。決して騙されないぞ、と強い決意を込めて。
「やあねえ。そんなに警戒しないでよ〜。簡単なことだから」
「……」
「今さ、天馬隊のみんなは頑張ってくれてるわけじゃない? でもさ、隊長たるあたしがこんな馬車の中に閉じこもってるとさ、みんなの活躍を見届けることができないじゃない」
「……」
話を聞いているうちに、サンドラの眉間のシワがどんどん増えていく。
「やっぱり督戦という意味でもさ、あたしの姿が見えたほうがいいと思うのよね」
「それくらいで天馬隊の士気は変わりません。普段からシルヴィアさま抜きで調練をしていますから」
「うんうん。もちろん、そうですとも。みんな優秀な人たちだもの。全面的に信頼してるわ。でもさ、後で論功行賞するとき、直に戦いぶりを見ているかどうかで印象が変わると思うのよね」
「そのために、軍監がついています」
「でもさ、隊長のあたしの目が一番正確だと思うの」
「……要するに、間近で戦場を見たいのでしょう?」
「あは。わかっちゃった?」
「誰でもすぐにわかります」
にっこり微笑むシルヴィアに、サンドラは頭を抱えた。
「悩む必要はないわ、サンドラ。旦那さまには、戦場に立っちゃダメと言われてるけど、見ちゃダメとは言われてないもの」
「……」
「それに、フランベルジュは前線に送っちゃったし、ほんとに剣は握れないから、戦闘に参加しようがないのよ。あたしにできることといったら、見ることだけ。だったら、近くにいかないと見れないのは道理よね?」
「……何を企んでいるのです?」
「人聞きの悪いこと言わないでよ〜。何も企んでないわ」
「狙いは何なのです? 私は護衛官として知る権利があります。シルヴィアさまが戦場に赴いてただ見るだけなどと、それで済むはずがありません。だったら、何を企んでいるのかお聞かせください。不測の事態をできるだけ避けねばなりませんから」
「……」
シルヴィアは、じっと親友の顔を見つめた。やがて、肩をすくめて話し出した。
「……しょうがない。サンドラには話しておくわ。戦場の近くにいくのは、フランベルジュの本当の力を解放するためよ」
「フランベルジュの…?」
「ユニコーンは、仮の姿なの。本来は一振りの剣なのよ」
「剣!? フランベルジュが…?」
「炎剣フランベルジュ。意思を持った宝剣なの」
「知らなかった…」
「フランベルジュは誇り高い宝剣よ。己が認めた相手でないと、握らせてももらえないわ。現状、それができるのはあたしだけ。あたしがいかないと、宝剣としての能力を100%発揮できない。ガブリエルと戦うには炎剣でないとダメなの」
「ん…? ちょっとお待ちください」
サンドラは、ハッとして表情を消した主の顔を見やった。
「それは、シルヴィアさまが剣を手にするということですよね? つまり、戦いに臨まれるということですよね?」
「……まあ、そうとも言えるかなあ〜?」
「……かなあ、じゃありません! バリバリそうでしょう!」
「えへっ」
「可愛子ぶっても駄目です! それは明確な約束違反ですよ!」
「そんなにガミガミ言わないでよ〜。確かに、剣は握らないと約束したわ。でも、フランベルジュは宝剣よ。剣と宝剣は違うわ」
「詭弁です! 到底容認できません!」
「フランベルジュが危険な目に遭ってもいいっていうの?」
「それとこれとは別でしょう! あ…!? さては、始めからこれが狙いでしたね? 詭弁を弄して戦場に赴き、フランベルジュを手に参戦するつもりだったのですね?」
「しょうがないじゃな〜い。こうでもしなきゃ、連れていってもらえないしぃ〜」
「呆れた…」
今度こそ、サンドラは頭を抱えて唸り始めた。
「ごめんよぉ〜。別に騙すつもりじゃなかったの。本当よ」
しばらく何か唸っていたサンドラは、上目遣いでシルヴィアを睨んだ。シルヴィアは、にこっと微笑んだ。
「……その大きなお腹で、フランベルジュを手にどうやって戦うおつもりなのですか?」
「それは任せて。なにせ宝剣だから。あたしはただ立っているだけでいいのよ。あとはフランベルジュがやってくれるから」
「……リオネルさまには、どう申し開きなさるのですか?」
「ひたすら謝り倒すしかないわね」
「約束を破ったら離縁されてもいい、とまで仰っていましたが?」
「そんなこと言ったっけ?」
「シルヴィアさまっ!」
「ごめんごめん。怒んないでよ〜」
シルヴィアは、両手を合わせて拝む仕草をした。
「……ね? サンドラ。一生のお願いよ。この通り」
「……」
サンドラは、深い深いため息をついた。
「―シルヴィアさまには、本当に手を焼かされます。何を申し上げても言うことを聞いてくださらない。思えば、初めて侍女としてお仕えすることになったときも、半ば強引に誘われてのことでした」
「……」
「それでも、私の居場所を与えてくださったのも事実。深い恩義がございます。そのシルヴィアさまに、一生のお願いをされたら、聞かないわけにいかないです」
「サンドラ!」
「わかりました。お連れします」
「ありがと〜っ!」
お腹をかばいながら、シルヴィアはサンドラに抱きついた。輝く笑顔のシルヴィアとは対照的に、サンドラは悲壮感いっぱいの表情で言った。
「……何があろうと、私がお守りいたします。例えこの身が砕けようと、必ずやお守りいたします!」
【裏ショートストーリー】
パトリス「ひゃあ〜! 見ろよ、ルウ。ミラベルの暴れ振りを」
ルウ「凄まじい…。『ブラッディ・ドール』の名の通りだ」
パトリス「味方であれば、これほど頼もしいヤツはいないけど、敵に回ったらこれほど恐ろしいヤツもいないよ」
ルウ「ミラベルが敵の魔獣の一人マルディだとわかったとき、シルヴィアさまが、いたくお嘆きだったそうだ」
パトリス「可愛がっていらしたからなあ。ショックだったと思うよ」
マノン「パトリス! ルウ! 無駄口を叩いている暇はないぞ」
パトリス「団長!?」
マノン「城館の裏口から中へ入れそうだ。行くぞ」
ルウ「はいっ!」
マノン「……言っておくが、シルヴィアさまはミラベルさまを諦めてはいない」
パトリス「えっ…!? それはどういう意味ですか?」
マノン「ミラベルさまを取り戻すおつもりだ。今はガブリエルに洗脳されているだけだと」
パトリス「それは、ないんじゃ…」
マノン「シルヴィアさまがそう仰るんだ。私たちは、ご意向に沿って動くだけだ」
パトリス「……わかりました。その前に、我々は我々で決着をつけるのですよね?」
マノン「そのために、今までじっと耐えていたんだ。必ずヤツを仕留めるぞ」
ルウ「お任せください、団長っ!」
パトリス「……おい、ルウ。少しは団長のお気持ちを考えろ」




