第346話 激突
リオネル軍は、ジェルヴェまで馬で半日の平原に集結した。
トリュフォー率いる本軍1万。ギーの禁軍2千。そして天馬隊1千5百の計1万3千5百。ちなみに皇都には、本軍5千とアニェスの華鷹隊1千5百を残してきた。
リオネル朝ブランシャール帝国軍は、総数2万にまで膨れ上がった。すべて鍛えに鍛えた常備軍である。2千5百からスタートしたことを思えば、隔世の感がある。
「ジェルヴェは、ひなびた田舎町です」
首脳たちは、リオネルの天幕に集まって軍議を開いた。軍師はクナリである。相変わらずぼうっとした表情で淡々と状況を話し始めた。
「人口はわずか一万にも満たない小さな町で、交易路から外れ特産品もない、戦略上まったく意味のない町といえます。逆に言えば、無法者や犯罪者が身を潜めるには好都合。しかも、地理的にカトゥスに近い。なかなかガブリエルは、目の付け所がいい」
「感心している場合か。これまでの経験上、町の人々は既に殺されている可能性が高いんだぞ」
リオネルが苦虫を噛み潰したような顔をした。
「町の人々はお気の毒です。ですが、これも逆に言えば、人質に取られる心配をせず思い切り攻めることができますから、こちらとしてはやりやすい」
「問題はやはり、喋る魔獣でしょうな」
トリュフォーがスキンヘッドを撫でた。お得意(?)の仕草である。
「トカゲ兵は大したことない。でも喋る魔獣の戦闘力はハンパねえぞ。こいつらをどうするか」
「紅烏団の報告によれば、ランディとジュディはカトゥス方面に出かけていて不在だそうです。残るはマルディのみ。偶然とはいえ、これは千載一遇の好機です。マルディをガブリエルから引き離し―」
「―マルディじゃないわ、クナリ。ミラベルよ」
言いかけたクナリをシルヴィアは遮った。
金色の瞳は、力強い光を放ってクナリを射抜いた。クナリは、何の感情も現さず言い直した。
「―ミラベルをガブリエルから引き離します。おそらくトカゲ兵を指揮するのはミラベルでしょう。彼女にはトリュフォーさまの1万を当てます。トリュフォーさま。必ずミラベルを足止めしてください」
「承知」
「孤立させたガブリエルには、天馬隊を当てます」
「……ちょっと待て、クナリ。まさかシルヴィアを前線に立たせようってんじゃ、ねえだろうなぁ?」
リオネルは睨みつけた。しかしクナリは、恐れ入ることなく、淡々と見返した。
「シルヴィア姉さまは、待機です。ガブリエルに当てるのは、あくまでマタル隊を除いた天馬隊です」
「だ、そうだ。わかったな、シルヴィア?」
リオネルは、今度はシルヴィアを睨んだ。こちらは別の意味で恐れ入ることなく、輝く笑顔で応えた。
「もちろん! 剣は取りません。旦那さまとの約束ですから。ただし、フランベルジュは帯同させます」
「何だと? フランベルジュを連れていくなら、結局お前も前線に立つんじゃねえか」
「違いますよ。フランベルジュだけを天馬隊に付けるんです。相手はガブリエルですよ。指輪からビカッと光線を放たれたら、いくら天馬隊でも敵いっこありませんもの」
サイノスがその光線で倒されたのは記憶に新しい。確かに指輪の攻撃を防げるのは、フランベルジュしかいない。
「……でも、聖獣のフランベルジュがお前抜きで言うことを聞くのかよ?」
「それはご心配なく。フランベルジュはフランベルジュで、ガブリエルとは対決しなくてはならない動機がありますから」
「―クナリどの。一つ、よろしいでしょうか」
ギーが発言した。役職は皇帝の従者兼護衛官であるが、禁軍太尉でもあるギーには、会議での発言権が認められている。それは当然、軍議の場でも同様であった。
「今はジェルヴェを離れているランディとジュディが、異変に気づいて戻ってきたらどうします? 何らかの手を打つ必要があると存ずるが」
「既にカトゥスへ使者を送ってあります」
クナリは、ぼうっとした視線をギーに送った。
「彼らの足止めを要請しました。カトゥスにはゼスト将軍を始め精鋭がいますので、何とかしてくれるでしょう」
「なるほど。さすがは軍師どの。手抜かりはありませんね。これは余計なことを申しました」
ギーが控えた。それを合図にしたかのように、リオネルが場をまとめた。
「よしっ! みんな、軍師どのの指示のとおりに頼んだぞ。必ずガブリエルと決着をつけてやる!」
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「ガブリエルさま。リオネル軍です。リオネルが嗅ぎつけて攻めてきました」
リュカが報告に現れた。内容は衝撃的だが、落ち着き払っている。
「へえ…。思ったより早かっなあ。こんなにすぐ見つかるなんて。紅烏団の仕業かな?」
ガブリエルは、意味ありげにリュカを見た。
「申し訳ございません。マノンを討ち漏らしたのは、私の責任です」
「そんなことないさ。ランディもジュディもあの場にいたんだ。責任があるとすれぱ全員だ」
「その二人の不在を狙ったかのようなこの来襲。紅烏団に監視されていたのでしょう」
「今さら悔やんでも仕方ない。幸い、サムディが目覚めた。マルディと二人いれば充分さ」
ガブリエルが振り返った。そこには、超絶イケメンがいた。
一見、人間族にしか見えなかった。しかし頭には彼らの特徴である羊の角が生えている。そして何より、人間族ではない証に、両目には瞳がなく闇夜のように真っ暗であった。
よく見ると、瞳の代わりに星雲が流れていた。まるでそれは、覗き見た者を深淵に引きずり込んで呑み込もうとしているかのように、激しく渦を巻いて荒れ狂っていた。
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「ランランララ、ランラン、ラララ、ランランラン」
「……ずいぶん、ご機嫌だな、ジュディ」
「そりゃそうだよ〜。パパが出掛けに、いい子いい子してくれたんだも〜ん」
「その程度で、機嫌が良くなるとは、幸せなやつだな」
「ランディだって、いい子いい子してもらえばわかるよ〜」
「私は、そういうのは要らん」
「じゃあ、何のために生きてるのさ?」
「お父さまのお役に立てれば、それでいい」
「ボクだってそうだよ。その上で褒めてもらえれば、最高じゃん」
「見解の相違というやつだ」
「ふ〜ん。つまんないヤツだなぁ」
「つまるとかつまらないとか、そういうことでは―ん? 待て、ジュディ」
ランディは、スキップしているジュディを押し止めた。
「『多眼虫』が来る」
「えっ…!?」
二人が空中に目を凝らした。すると、羽虫のようなものが飛んでくるのが見えた。
「ほんとだー! パパからの連絡だ!」
羽虫は、目玉だった。大きな目玉に直接羽根が生えている。目玉は、ギョロギョロ辺りを見回しながらランディたちの目の前でホバリングした。
すると、目玉に人の顔が映った。天使の微笑みを浮かべたガブリエルだった。
「ランディ、ジュディ。すぐに戻っておいで。リオネルが嗅ぎつけて攻めてきたんだ」
「ええーっ!?」
ジュディが文字通りその場で飛び上がった。
「大変だ! すぐ助けに行かなくちゃっ!」
「ジュディ、掴まれ。飛ぶ」
「うんっ」
ランディの手を取ろうとした、そのとき。
「―そんなに慌ててどこへ行く?」
道端の藪の中から、ゼストが現れた。
「やれやれ。ようやく追いついた。近道もいいけど、獣道しかねえようなところは、二度と進みたくねえな」
「お前は誰だ?」
当然ながらランディが誰何した。
「俺か。俺はカトゥス軍を預かるゼストという。お前らをここで足止めする」
「足止め…リオネルの差し金か」
「そういうこと!」
いきなりゼストは大剣を振るった。ランディは瞬時に反応して鎌で受け止めた。ガシッという衝突音が響き渡った。
即座にジュディが動いた。爪の強烈な斬撃をお見舞いしようと腕を伸ばした。が、殺気を感じて咄嗟に身を翻した。いつの間にか、セリナが剣を手に佇んでいた。
「……全然気が付かなかった。キミ、誰?」
セリナは、無言で斬りつけた。ジュディは、ひょいとバク宙でかわす。しかし、着地したときにはセリナが目前に迫っていた。慌てて爪で剣を受け止めた。
「ひゃあ〜! キミ、早いねえ」
尻尾の蛇が鎌首をもたげた。セリナは地を蹴った。猫耳族特有の身体の柔らかさでジュディの頭上を越えると、身体を一回転させて蛇ごと背後に抱きついた。
「がっ…!?」
羽交い締めにしたまま、セレナの剣がジュディの首を狙う。
「ふザケるナっ!」
突然、蛇が発火した。セリナは瞬時に身を離した。ジュディの背中が燃え上がる。炎を背負ったまま睨みつけた。
「猫ガっ! いイ気になルなよッ!」
【裏ショートストーリー】
ティアナ「シルヴィアから、手紙が来たのですって?」
グロリア「ガブリエルの居場所を突き止めたそうよ」
ティアナ「敵の親玉よね」
グロリア「カトゥスから近い町なのですって。でもあの子ったら、討伐のための軍に参加するらしいわ」
ティアナ「まあっ!? 性懲りもなく、またそんな無茶なことして」
グロリア「心配ばかりかけて…。また倒れたら、どうするつもりなのかしら」
ティアナ「荒事好きは、死んでも治らないわね」
グロリア「それに、喋る魔獣? 『迷いの森』に向かっているって情報もあって、オクタヴィアお姉さまたちが騒いでいたわ」
ティアナ「……こっちも荒事になりそうね」
グロリア「軍は出さないそうよ。セリナお姉さまとゼストが討伐に行くって言ってたわ」
ティアナ「たった二人で大丈夫なのかしら」
グロリア「そういうことは、よくわからないけど…カリーナお姉さまより強いみたいなことを、オクタヴィアお姉さまは仰ってた。月の女神セレネさまなんだって」
ティアナ「セリナお姉さまのお名前って、そこから取ったの?」
グロリア「さあ…。後付けだと思うけど」
ティアナ「月の女神か知らないけど、カリーナお姉さまみたいな乱暴者が二人もいたら、大変よ」
グロリア「乱暴者って…あなた、言い方」
ティアナ「それだって、優しく言ってるほうだわ」
グロリア「ここにアズールがいれば、一緒について行かせるのに。ああ、心配だわ。心配で夜も寝られないわ」
ティアナ「……心配ごとだらけで、お姉さまも大変ね」




