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第345話 太陽の出陣

リオネルから、緊急招集がかかった。場所はリオネルの執務室だというから、公式の会合ということになる。


執務室に着くと、珍しく一番乗りだった。ただ、これには理由(わけ)がある。アニェスを訪ねようとちょうど支度が終わったところで連絡を受けたからだ。


椅子に腰を落ち着けたそのタイミングでリオネルが現れた。


「おっ!? もう来てるのか。珍しい〜」


「ちょうど出かける支度をしていたものですから」


「大抵、最後なのにな。雪が降らなきゃいいけど」


「……喧嘩売ってる?」


睨んだところで、アニェスが入ってきた。


「あら!? お義姉さま、お早いのですね。天気は大丈夫かしら」


「んもうっ、アニェスさままで。たった今、旦那さまからからかわれていたところなんですよ」


「あらあら。それは失礼しました」


アニェスは、鈴を転がすような笑い声を上げた。その様子にほっこりしながら、シルヴィアは言った。


「ちょうどアニェスさまをお訪ねしようとしていたのです」


「何かご用だったの?」


「アダンの肩書案がバルケッタからあがってきたの。それをお伝えしようと思って」


「アダンの?」


「少府(しょうふ)というそうですよ。バルケッタによれば、もともとは皇室の財産を管理する役職なのですって。アニェスさまが内府(だいふ)でしょう? 内府を補佐する財産管理者。なんだか、アダンにぴったりだと思いませんか?」


「そうですね…。素敵な名前だと思います」


「なかなかご本人が煮え切らないから、いっそのこと先に肩書を進呈しまってはどうかしら」


「……」


アニェスは思案顔になった。まだアダンを説得できていないということなのだろう。


「―せっかく考えてくれたけど、肩書の件はしばらくお預けだ」


アニェスの様子を横目で眺めながら、リオネルが言った。


「軍を催すぞ」


「にゃっ!? 何があったのですか?」


「ガブリエルの居場所がわかった」


「にゃにゃーっ!?」


ガブリエル。セヴィルに魂を売った男。彼は対決以来、長らく行方をくらましていた。それが、ついに見つかったのか。


ガブリエルを、セヴィルを止めなければならない。しかもそれ以上に、シルヴィアは密かに決意していることがある。


(ミラベルを取り戻す!)


ミラベルは、本名をマルディというスパイだった。だが、共に過ごした日々がすべて嘘だったとは思えない。


天馬隊を立ち上げたときに流した彼女の涙は、本物だった。共に戦い、共に笑った日々は、決して偽りではなかった。彼女は今も、ミラベルの心を失っているはずはないのだ。


「トリュたちが揃ったら改めて説明するが、マノンから報告があった」


「マノンが…」


「実は、ルプスの王宮がガブリエル軍に襲われたんだ」


「にゃっ!? 聞いていませんよ!?」


「俺だって初耳だよ。どうやら奇襲されたらしい」


「みんなは無事なの? 誰も怪我とかしていない?」


「心配しなくていい。王族は全員無事だ。グロリア義姉上始め、みんなカトゥスに身を寄せている」


「良かった…」


シルヴィアは、ほっと胸を撫で下ろした。


「それでは、軍を催すのは、王宮を取り戻すためでもあるのね?」


「いや、王宮は既に奪還している。ドラードどのとカリーナ義姉上の活躍でな」


「カリーナお姉さまが…」


さすがはカリーナだ。やることが早い。彼女に限って、奇襲を受けてそのまま何もしないなどあり得ない。


「……あたしたちに助けを求めればいいのに。あいつときたら、意地っ張りなんだから」


しかし、想いとは裏腹のことを言葉にした。


「俺たちに迷惑をかけまいとしたんだろ。物理的にカトゥスに援軍を頼んだほうが早いし」


「だとしても、一言くらい連絡を寄越してくれてもいいのに」


「カリーナさまが心配なのね」


アニェスが温かい視線を向けてきた。シルヴィアは顔を真っ赤にさせながら反論した。


「違います! あたしは、グロリアお姉さまを心配したんです!」


「そんなムキにならなくても」


アニェスは、また笑い転げた。シルヴィアは、頬を膨らませた。


「ヒドいわ、アニェスさま。そんなに笑うことないでしょ」


「……お!? シルヴィアさま。今日は早いですな」


トリュフォーとセルジュが並んで入ってきた。


「雨でも降るのかな?」


「んもうっ! みんなしてあたしのこと、からかって!」


ますますシルヴィアの頬が膨らんだ。ひとしきり笑いに包まれた。


(……ひとまず、ルプスは大丈夫。カリーナお姉さまがいる限り)


シルヴィアは、遠い空の下にいる姉たちに想いを馳せていた。そして、親友の身の上にも。


(ミラベル。待っていて。必ず取り返してあげる。あなたは、決してマルディなんかじゃない。あたしの親友、ミラベルなんだから)


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


その日、演習と称して帝国軍が皇都を出発した。兵にも本当の目的を告げぬままの出立であった。


ただの演(・)習(・)であるため、率いるトリュフォーを見送る者はいない。


時を置かず、軽装のリオネルが馬上、皇都を後にしていた。供をするは、太尉ギー率いる禁軍2千。こちらは、妻であり皇后であるシルヴィアが見送った。大きなお腹を抱え、何度も手を振って。


「―それじゃあ、アニェスさま。留守をお願いします」


「約束は守ってくださいね」


「わかってますって」


シルヴィアは、片目を瞑ってみせた。それを、アニェスは疑わしそうに見やると、サンドラに念押しした。


「サンドラ。頼みましたよ」


「お任せください、アニェスさま」


にこにこ顔のシルヴィアとは真逆に、サンドラは悲壮な表情で応えた。


「先の二の舞いは絶対にいたしません」


「そんな怖い顔しないでよ〜。サンドラに迷惑はかけないから」


シルヴィアは殊更明るく笑顔を振り撒いた。普段なら、太陽のような笑顔に見惚れるところだが、サンドラは誤魔化されなかった。


「シルヴィアさまは、何をしでかすかわからないお人です。今度こそ、片時も離れませんので、そのおつもりで」


エルヴィール戦で、戦場に立ったシルヴィアである。その結果、四週間もの間意識不明になり、大勢の人々を心配させた前科がある。


にも関わらず、また遠征軍に帯同することが許された経緯は、シルヴィアの『脅し』が功を奏したからだ。


『―あのなあ、あれだけみんなに心配かけておいて、よくまた軍についていくと言えるな?』


『だって旦那さま。ガブリエルですよ? セヴィルですよ? あたしが対峙せずにどうするのですか』


『どうするもこうするもねえ。お前は留守番だ。大人しく皇宮にいてくれ』


『嫌です。絶対についていきます』


『駄目だと言ってるだろう。3か月後にはガキが生まれるんだぞ。歩くだけだってフゥフゥ言ってる奴が、戦場に立てるわけがねえ』


『今度は、ちゃんと馬車の中にいますから。ただ、フランベルジュは伴いますけど』


『ほら見ろ、本音が出た。サンドラの隙をついてフランベルジュに乗るつもりだろう?』


『そんなこと、しません。さすがにお腹が苦しくて、フランベルジュの背にまたげませんから』


『とにかく、今回ばかりは駄目だ。何と言おうと、許さん』


『どうしても駄目だと仰るなら、あたしにも考えがあります』


『なに?』


『軍の帯同が許されないなら、単独で動きます』


『なん…だと…』


『フランベルジュは、馬車を引っ張ることもできますから』


『だったら、こっちにも考えがある』


『……何をしようというのですか?』


『お前を部屋に閉じ込める。ベランダからも出られないよう窓を封鎖する』


『ふ〜ん…。そんなことするんだァ…』


『な、なんだよ、睨むなよ。俺だって、そこまでしたくないさ。でも、お前とガキを守るためだ、仕方ねえだろ』


『それなら、あたしも覚悟を決めるわ』


『覚悟だと…』


『フランベルジュなら、ドアだって窓だって簡単に打ち破れる。場合によっては、皇宮を火の海にだってできるわ』


『シルヴィア…!? 皇宮をぶっ壊すというのか?』


『言っておくけど、脅しじゃないわ、本気よ』


『……結局、脅してるだろが』


『ねえ、旦那さま。あたしだって赤ちゃんのことはちゃんと考えています。その上で、できると判断しているの』


『……』


『確かにこの前は、みんなに迷惑をかけたわ。反省もしています。本当に今は剣を振りたくても、まともに振れないんです』


『だったら、大人しく皇宮にいてくれればいいのに』


『駄目なんです、あたしが直に行かなくちゃ。セヴィルを止められるのは、あたししかいないんだもの。みんなを危険にさらしたくない。旦那さまの言いつけは守ります。破ったら、離縁してもいい。お願いよ、旦那さま』


『……』


『旦那さま、お願いっ!』


『……ええいっ! わかったわかった。帯同を許す!』


『きゃあ〜っ! 旦那さま、ありがとうっ。大好きよ!』


こうして、シルヴィアは堂々と軍に帯同することになったのである。


「―アニェスさま、行ってきます」


シルヴィアは、馬車の窓から手を振った。今回はサンドラも馬車に同乗していた。こちらも名目は、郊外への散歩ということになっている。護衛として周りを固めているのは、サンドラのマタル隊のみ。天馬隊の残り1千2百は皇都を出たところで合流予定だ。


「くれぐれもお気をつけて」


アニェスも大きく手を振った。


真夏の太陽は、早くも地上を燦々と照らしていた。


その太陽が地上に降臨したかの如く、輝く笑顔を残してシルヴィアは出(・)陣(・)していった。


お腹の子にとっては、まだ生まれてさえもいないのに、二度目の戦場であった。

【裏ショートストーリー】

シルヴィア「ねえ、フランベルジュ。お願いがあるんだけど」

フランベルジュ「嫌だよ」

シルヴィア「……まだ何も言ってないんですけど」

フランベルジュ「シルヴィアの願い事なんて、ろくなことじゃないのに決まってる」

シルヴィア「ヒドいなあ〜。あたしたちの仲じゃないの〜」

フランベルジュ「どうせ乗り物扱いしようっていうのでしょ?」

シルヴィア「近い! 今回は馬車を引いてほしいの」

フランベルジュ「……軍馬扱いに飽き足らず、今度は輓馬にしようというの? ボクは聖獣だよ? どっちがヒドいのさ」

シルヴィア「ごめんよ〜。今度だけ。今度だけだから」

フランベルジュ「今後もこういうことが続くようなら、シルヴィアとの付き合い方を考え直すからね」

シルヴィア「ごめんて。二度と馬車引きなんてやらせないから。ね? 今度だけ。お願いよ」

フランベルジュ「もう…。しょうがないなぁ。わかったよ」

シルヴィア「きゃあ〜っ! ありがとう! やっぱり持つべきものは親友ね」

フランベルジュ「……で、どこへ出かけようっていうのさ? あんまり遠くへ行くと、リオネルに怒られるよ」

シルヴィア「ガブリエルの隠れ家がわかったの」

フランベルジュ「……それを早く言いなよ。そういうことなら、馬車だって何だって引いてあげる」

シルヴィア「あら、ありがと」

フランベルジュ「今度は逃さないよ。セヴィルを引きずり出して、必ずぶち倒すっ!」

シルヴィア「あらあら。頼もしい」

フランベルジュ「シルヴィア。早く馬車に乗りな」

シルヴィア「気が早いって!」

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