第342話 集う群雲
猫耳族の王都カトゥス。その王宮に、四姉妹が集った。
それは意図したものではなく、偶然が重なったためであるが、長女たるオクタヴィアは、その機会を捉えてお茶会を開いた。
グロリアの嫁ぎ先である犬牙族の王宮がガブリエル軍に急襲され陥落するという非常時である。しかしそれも、カトゥスの援軍により、無事奪還したと王太子ドラードから連絡があった。
国王グリスを初め王族の帰還の受け入れ態勢を整えるため、しばらくカトゥスに滞在するよう要請があった。
それで時間の余裕が生まれたためのお茶会であった。
「めったに顔が揃わぬ四人が揃ったのです。親睦を深める良い機会としましょう」
オクタヴィアの音頭で、紅茶の入った平皿が掲げられた。
しかし、沈黙が続く。
顔ぶれは、『黒の女王』長女・オクタヴィア。父王から勘当され長らく行方不明だった次女・セリナ。ルプス第二王子妃となった五女・グロリア。最近幼馴染の貴公子と結婚が決まった六女・ティアナ。
姉妹とはいえ、年長と年少の間に日ごろの交流はない。カリーナ以下の四姉妹とは違い、甚だ盛り上がりに欠けるのは、致し方のないことだ。
それでも、気遣いのグロリアは、必死に話題を見つけようとしていた。
「―あの、セリナお姉さま。一別以来、オクタヴィアお姉さまのところにいらっしゃったとお伺いしました。お元気そうで何よりです」
「……」
「旦那さまのレヴァンテ師範は、お元気ですか?」
「……」
セリナは、口を開こうとしない。気まずい空気が流れた。
「何が気に入らないのか知りませんけど、そういう態度は如何なものかしら」
見かねたティアナが、つけつけと言う。
「せっかくグロリアお姉さまが気を遣って話しかけているのに、無視するなんてあんまりだわ」
「……」
それでもセリナは、静かに紅茶をすすっている。
「聞いているのですか、セリナお姉さまっ!」
「まあ、お待ちなさい、ティアナ」
目を瞋らせたティアナに、オクタヴィアが割って入った。
「セリナは、生来口数の少ない子。無礼な態度に見えたのなら私から謝罪します。どうか許してあげてください」
「オクタヴィアお姉さまに口答えするようで恐縮ですけど、口数が少ないというレベルではないと思います。礼儀の問題ですわ。人に話しかけられたら、あーとかうーとか返事くらいして然るべきでしょう」
ティアナの正論には、一切の妥協がない。さすがはカリーナがいうところの『筋金入りの常識人』である。
それにしてもティアナは、カリーナですら煙たがるオクタヴィアを前にして気後れする様子さえない。やはりカトゥスの猫耳王女たちは皆、いずれも『傑物』揃いである。
「……申し訳ない」
セリナが、ポツリと言った。思いの外、涼やかで綺麗な声をしていた。淡紅藤色の瞳は手元のお茶に落ちたままだ。
初めて口を開いたセリナに、三姉妹の視線が集まった。
「……」
「……続きはないの!?」
再び沈黙に落ちたセリナに、ティアナは思わずズッコケた。
「普通、続けて何か言うよね?」
「ティアナ。もういいわ。セリナお姉さまを責めないで」
グロリアが妹を押し止めた。しかしティアナは納得がいかない。
「本当にいいの? グロリアお姉さまをバカにしているとしか思えないわ」
「気にしてはいないわ。恥ずかしながらセリナお姉さまとは、私が七つのときにお別れしてしまったから、為人をよく知らなかったの。私の配慮が足りなかった。ごめんなさい」
「グロリアお姉さまが謝ることではないわ。人が良すぎるわよ」
「―いや、配慮が足りなかったのは、私の方です」
オクタヴィアが頭を下げた。
「初めに説明しておくべきでした。申し訳ありません」
「いえ、オクタヴィアお姉さま。本当に私は気にしていませんから」
「セリナは、想いを言葉にするのが殊の外苦手なのです。心根は真っ直ぐで家族想いの子。馬鹿にするなどとんでもない。あなたたちに会えて、心底嬉しがっています」
伏し目がちのセリナを、ティアナは疑わしそうにジロジロ見やった。嬉しがっているとは、到底見えない。
「―オクタヴィアお姉さま。セリナお姉さまのことを教えてください」
グロリアが言った。
「どのような方で、なぜ王家から抹消されてしまったのかを。遅きに失したかもしれませんけど、妹として知りたいわ」
「……実は、セリナのことを話そうと思ってこのお茶会を設けたのです」
「そうだったのですね…」
「是非、知ってほしい。あなたたちの姉は、決して後ろ指をさされるような女性ではない、ということを」
「はい。お聞きしたいです。―お聞かせください、オクタヴィアお姉さま」
「―あれは、セリナが7つのときでした…」
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「パパーっ!」
ジュディがガブリエルに飛びついた。
「おおっ、ジュディ。今日も元気だね」
「うんっ。見て見て! 可愛いでしょ」
ジュディは、くるりとその場で一回転してみせた。桜色のドレスの裾がふわりと広がった。
「可愛いね〜! ジュディは羊角族の王女さまだ。どんな王族の姫たちより、可愛いよ」
「えへっ! 嬉しいっ!」
ジュディは満面の笑みで抱きついた。
「―ランディ」
ガブリエルは、ジュディの頭を撫でながら呼ばわった。すかさずランディは畏まった。
「はっ」
「ルプスの様子は、その後どうだ?」
「王太子ドラードとその妃カリーナは、王宮の再建を進めております。しばらくは動けないかと」
「そうか。ならば、本格的に始めるか」
「『迷いの森』の探索ですね?」
「そうだ」
「膝元のカトゥスは、どうなさいますか? 領内に侵入されたとあっては、黙っていないかと思いますが」
「無視していい。ルプスの二の舞いを避けようと王宮の守りを固めている。大した剣士もいない。僕たちを止めることなどできやしないさ」
「承知いたしました」
「ランディ。ディガンマ20万を連れて、『迷いの森』を手に入れてこい。シルヴィアが気づいたころには、手も足も出ないように」
「ははっ」
「七曜珠がもうすぐ揃う。そうなれば、セヴィルさまの世は盤石となろう」
ガブリエルは、指輪を掲げてみせた。指輪は、黒い瘴気をまとい、不気味に鈍く輝いていた。それはまるで、世界を呑み込もうと虎視眈々と狙う、魔獣の瞳のようだった。
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「団長〜っ! ようやく奴らの足取りが掴めました!」
パトリスが勇んで報告した。
「どこだ? どこにいる?」
「ジェルヴェです」
「ジェルヴェ…」
名前を聞いても、マノンはすぐにわからなかった。それだけノーマークの町だったのだ。
「ルプスを襲ったカマキリたちの後をつけて、やっとわかりました。小さな町なんで、紅烏団の支部もないんです」
「道理でいくら探し回っても見つからないわけだ。そんな辺境に隠れていたとはな」
「団長。突入しますか」
ルウは、早くも赤い鉄の棒を取り出している。
「慌てるな、ルウ。敵は強大だ。もはや私たちの手に負えるレベルじゃない」
マノンは、すぐに決断を下した。
「直ちにリオネルさまに報告しろ。ガブリエルの巣を発見、とな」
「私たちは?」
「ジェルヴェを監視。ただし、こちらから手出しすることは禁じる」
「……」
悔しそうにルウは唇を噛んだ。それを見て、マノンは力強く言った。
「そう悔しがるな、ルウ。私たちにも必ず出番がある。そのときまで力を蓄えておけ。―私たちの手で決着をつけるべき相手がいるのだから」
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「旦那さま。こんな感じでどうでしょう?」
「―うむ。いいだろう」
「良かった!」
カリーナは、にっこりとドラードに微笑んでみせた。すぐさま振り返り、女神の微笑みから一転、厳しい顔つきで厳命した。
「―ターセル。この計画通りに、王宮の復興と街の再興を進めろ」
「お任せください」
書類の束を受け取った宰相ターセルは、踵を返した。カリーナは、その後ろ姿を見送ることもなく、ドラードに抱きついた。
「ガブリエルのやつ、この程度であたしたちを足止めできると思ったら大間違いですよねぇ〜。武の国と思われがちだけど、旦那さまが手塩にかけた文官軍団がいるんだからぁ」
「文官に軍団と冠するは、不釣り合いも甚だしいが…カリーナの言うとおりだ。ただ、思い込んでいるやつらは、必ず『迷いの森』へ侵攻してくるぞ。しかも大規模に」
「そのときこそ、一匹残らず叩き潰してやりますわ」
「カトゥスへは報せたか?」
「もちろんです」
「よし。私たちもすぐに出発しよう」
「はいっ、旦那さま」
歩き出したドラードにカリーナは抱きついたままだった。既に慣れているようで、ドラードは何も言わない。
いくつになっても仲がいいこの夫婦は、足並み揃えて前に進む。それは、二人を遮ることのできるものなど、何もないかのようであった。
【裏ショートストーリー】
キャリバー「へえ。お茶会か。いいんじゃない。姉妹の結束を高めることができそうだし」
オクタヴィア「懸念はシャマル…いえ、セリナのことです」
キャリバー「そうだね。クセ強だから、姉妹といえどすぐには慣れないだろうね。相手は年少組だし」
オクタヴィア「この機会に、すべてを話そうと思っています」
キャリバー「セリナのことを? 同情を買おうというの?」
オクタヴィア「そうではありません。真実を知ってほしいだけです」
キャリバー「ふ〜ん…。妹たちが理解してくれるといいけど」
オクタヴィア「それほど心配はしていません。特にグロリアは、慈悲の女神のような子ですから、すんなり受け入れてくれるでしょう」
キャリバー「問題はティアナか」
オクタヴィア「正論派ですから。ときに正論は、人を傷つけることを学んでくれるといいのですが」
キャリバー「いっても姉妹だ。最後は理解してくれるさ」
オクタヴィア「だといいのですが」
キャリバー「『黒の女王』にしては、珍しく弱気だね。」
オクタヴィア「旦那さま。そのあだ名で呼ばないでくださいと、何度もお願いしましたよね?」
キャリバー「ごめんごめん」
オクタヴィア「……」
キャリバー「セリナは、きみの言うとおり我が国にとって有為な人材だ。でもその前に、きみの妹だということも忘れないでくれ」
オクタヴィア「無論、心得ています」
キャリバー「本当かな。シルヴィアを手放すのではなかったと言ったのは、きみだよ?」
オクタヴィア「私にとっては、どちらも大事ですから」
キャリバー「国王になんて、なるものじゃないね。僕なんか、シフォンの経営だけでも嫌になるというのに」
オクタヴィア(そういうあなただからこそ、選んだのよ)
キャリバー「ん? 何か言った?」
オクタヴィア「……いえ、何でもありません。では、行って参ります」




