↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
339/368

第336話 大掃除とお引越し

「こんにちは、バルケッタさま」


勝手知ったるなんとやらで、アイラは、ずかずかと部屋の中へ入ってきた。いでたちは軍服姿であった。後に続くジョゼも、同じく軍服である。


「さて、今日は、やりますよぉ」


ゴミの山を見回して、アイラは気合いを入れた。


「えっ! 来たばかりで、もう始めるのですか?」


目を丸くするバルケッタに、ピシャリと言う。


「当たり前です。そのために伺ったのですから」


「……では、とりあえず床のものを片付けますね」


ちらっとバルケッタに視線を送ったジョゼが、早速動き出した。バルケッタは、ため息をついた。


「―わかりました。でも、勝手に捨てないでくださいね。大事な資料もあるのです」


「……床に投げ捨ててある時点で、大事な資料とは言えないですよね?」


ジョゼは、またもちらっと彼に視線を投げた。


「投げ捨ててあるのではありません。置いてあるだけです」


「では、その都度、お聞きしますから、捨てていいものと取っておくものを確認してください」


「承知しました」


アイラは、何も口を挟まず二人の会話を見守った。ただし、口元は何やらニヤけている。


それから、大騒ぎが始まった。紙束を持ち上げるたびにホコリが舞う中、ジョゼとバルケッタの掛け合いが飛び交う。アイラは黙々とゴミを袋に入れたり、取っておく資料を紐で結んだりと作業に没頭した。


自然と分担が生まれ、思いの外片付けが進んだ。作業が始まって一時間もすると、見違えるように綺麗になった。


「きゃあ〜っ、ジョゼっ、床が見えるよ!」


「はいっ。人がましくなりました!」


女性陣は、歓声を上げて喜び合った。バルケッタは、不満そうに口を尖らせた。


「……酷い言われようですね。僕が生活しているのですけど」


「言われたくなければ、日ごろから綺麗にしてください」


ジョゼが笑顔で応えた。バルケッタは、照れたように頭をかいた。


「申し訳ありません、お手数をおかけして」


「いえ、気にしないでください。好きでしてることですから」


「ジョゼ。定期的に伺って監視したほうがいいかもよ」


「……」


アイラに言われて、ジョゼは顔を赤くしながらうつむいてしまった。


「……それじゃあ、続きをやりますか。まだまだ片付けなきゃいけないところが、たくさんありますよ」


「はいっ!」


ジョゼは、嬉々として作業に取りかかった。アイラは、そんな彼女を温かく見守るのであった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


兵舎の別の一角では、同じように大掃除をしている一組のカップルがいた。


「これは、どこに置いたらいい、エーヴ?」


「ええっと、寝室に置いといて。後でわたしが仕分けしとくから」


「わかった」


「でも、良かったよ、サイノス。広い部屋に引っ越せてさ」


「これもセリーヌのおかげだ」


「大隊長同士が住むならって、特別にエドウィージュに口を利いてくれたんだもん。感謝しなくちゃ」


「ジュスタンたちには、悪いがな」


「あっちは、大隊長用の部屋に三人で暮らしてるんだもの、確かに手狭だよな。ガキは、すぐでかくなるから、あいつらも広い部屋に移れるよう、セリーヌに頼んでみるか」


「そうだな。二人目がもうすぐ生まれることだし、こっちで世話してやらなくては、遠慮して言い出さないだろう」


「メロディは、ほんとにいいお母さんだぜ。サンドラのガキの面倒まで見てるんだから」


「まあ、それは仕事の一環でもあるが」


「わたしもガキができたら、メロディに教わりたい」


「……」


「えっ!?」


サイノスが急に黙ってしまったので、かえってエーヴはドギマギしてしまった。


「な、なんだよ、サイノス。なんか言えよ、恥ずいだろが」


「……いや…すまん」


「な、何を意識してんだ、お前?」


顔を赤くしているサイノスに、エーヴまでが真っ赤になってしまった。


会話の流れで軽く言っただけだった。まだ男を知らないエーヴならともかく、かつて彼女のいたサイノスのほうが照れるというのは、どういうことなのだろう。


考えてみれば、まだ男女の仲になっていないのに、結婚して共に暮らし始めるというのは、不思議な気分だ。もしかしてシルヴィアも、リオネルに輿入れしたとき、こんな気分だったのだろうか。


「……あっ!?」


ふいに、エーヴが変な声を上げた。サイノスが慌てて駆け寄った。


「どうした? 怪我でもしたか?」


「違うよ。これ見てっ!」


エーヴは、満面の笑みを浮かべた。手には、犬と猫の絵が描かれたティーカップがあった。


「サイノスも、ちゃんと持っていてくれたんだあ!」


それは、初デートのときにサイノスが買ってくれたペアのティーカップだった。


「当たり前だろう。お前が欲しがったものだ。大切に使っている」


「ふふっ。嬉しいっ!」


エーヴは、ティーカップを大事そうに胸に抱いた。


「―じゃあさ、もう少し片付けたら、一休みしようぜ。このティーカップで一緒にお茶を飲みたい!」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「エーヴとサイノスから陳情が出ています」


「陳情?」


「それも、可愛い陳情なの」


シルヴィアは、経緯を説明した。一通り聞き終えると、アニェスは、パァっと顔を輝かせた。


「まあ。相変わらず至宝天は仲がいいのね。もちろん了承します」


「メロディには二人目の子どもが生まれることだし、いいタイミングだと思うぜ」


リオネルも、うなづいた。


「ありがとうございます。早速エドウィージュに指示します。―アニェスさまも、そろそろお考えになったほうがいい頃ではありません?」


「え…私?」


シルヴィアの含み笑いに、アニェスは戸惑った。


「アダンとの結婚ですよ!」


「……」


「もう公にして良いのではありませんか? そうすれば、堂々とアダンを皇宮に呼べますわ」


「そのことなのですけど」


アニェスは、真剣な表情に戻った。


「アダンとも相談して、しばらく、このままでいようという話になりましたの」


「……どうして?」


「法律で身分差別を禁止しましたけど、人の心までは縛れません。民間人を皇宮に住まわせるとなると、やはり貴族の反発は避けられないわ」


「だったら簡単よ。アダンに爵位を与えればいいわ。侍女にはそうしているし」


シルヴィアは、コレットを見た。彼女も大きくうなづいている。


「私もそう言ったのですけど、アダンが嫌がっていて」


「アダンが…?」


「俺は、商人だ。貴族になるつもりは、ねえ。―と」


(―今の、アダンのモノマネかしら)


そう思ったが、聞く勇気はなかった。


「意外と形式にこだわるのね」


シルヴィアは、少し考える仕草をした。すると、太陽のような輝く笑顔が広がった。金色の瞳がくるめいている。


「それでしたら、肩書を与えるのはどうでしょう?」


「肩書?」


「バルケッタだって、爵位は持っていないわ。ギーさまの義子というだけの、吏(・)部(・)尚(・)書(・)さまよ」


「ああ…! なるほど」


「皇妹で内府の夫君なのですもの、肩書くらいあってしかるべきでしょ。そうすればうるさい貴族方も納得するのではないかしら」


「シルヴィアに同意」


すかさずリオネルが賛成した。アニェスは二人に対し、丁寧に頭を下げた。


「……ありがとうございます。私たちのためにご配慮くださって」


「そんな…水臭いわ、アニェスさま。やっぱり夫婦は、一緒に生活したほうが良いと思っただけですから」


シルヴィアはリオネルに微笑んだ。リオネルも応えて微笑み返す。


「……そうですわね。ここに良い見本がありました」


アニェスも笑顔を浮かべた。


「もう一度、アダンと話し合ってみます」


「それがいいわ。肩書は、バルケッタに考えさせておきます」


「―失礼いたします」


そこへ、侍従が入ってきた。


「お話し中、大変申し訳ありません。たった今、ルメールから早馬が届きまして、火急にお知らせしたき儀があるとのこと」


「ルメールから…? 何かしら」


三頭が顔を見合わせると、衝撃の内容が告げられた。


「ルメール王国王女、ヴァネッサ殿下、リシャールにご到着なされた由にございますっ!」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「ああ…! リシャールだわ」


ヴァネッサは、馬車の窓から身を乗り出して皇都を見上げた。丘の上に建つ皇宮がよく見える。青白磁の髪が風を受けて、激しく波打った。


「懐かしいっ!」


はしゃいだ声を上げた。そして、くすくすと笑い始めた。姫君は、相当高揚しているらしい。


「―ランスさん、びっくりなさるかしら。何しろ、事前にお知らせせずに来てしまったから。お会いするのが今から楽しみだわ〜」


髪と同じ色の瞳が、キラキラと輝いた。その瞳はこのとき、愛する男しか見ていなかった。左手の薬指には、指輪がこれもまたキラキラと輝いていた。

【裏ショートストーリー】

エーヴ「引っ越し、お疲れさん! カンパァ〜い!」

サイノス「……たかが引っ越しで乾杯はないだろう」

エーヴ「いいのっ! そういう気分なのっ」

サイノス「……まあ、お前がいいなら、言うことはないが」

エーヴ「それにさ。夢が一つ叶ったから」

サイノス「夢…?」

エーヴ「このティーカップで、サイノスとお茶するのが夢だったんだぁ〜」

サイノス「ほう…慎ましい夢だな」

エーヴ「あっ! 今、言葉を選んだろ? つまんねー夢だと思ったろ?」

サイノス「思うわけがない。エーヴらしい夢だと思っただけだ」

エーヴ「……ということは、わたしは、つまんねー女だと言いたいわけか?」

サイノス「ち、違うっ! 曲解だ」

エーヴ「あっはっはっ。冗談だよ、冗談っ」

サイノス「……」

エーヴ「いつも泰然としてるお前でも、慌てることがあると思うと、すっげー楽しいっ!」

サイノス「……」

エーヴ「えっ…!? お、怒った? ごめんよ、そんなに怒るなよ」

サイノス「このくらいで怒りはしないさ。惚れた弱みもあるし」

エーヴ「……! そ、そんな恥ずいこと、真顔で言うなよ〜」

サイノス「こんな大事なこと、冗談で言えるか。俺は、お前のことを心から愛しているんだ」

エーヴ「☆◎△●〜!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。