第336話 大掃除とお引越し
「こんにちは、バルケッタさま」
勝手知ったるなんとやらで、アイラは、ずかずかと部屋の中へ入ってきた。いでたちは軍服姿であった。後に続くジョゼも、同じく軍服である。
「さて、今日は、やりますよぉ」
ゴミの山を見回して、アイラは気合いを入れた。
「えっ! 来たばかりで、もう始めるのですか?」
目を丸くするバルケッタに、ピシャリと言う。
「当たり前です。そのために伺ったのですから」
「……では、とりあえず床のものを片付けますね」
ちらっとバルケッタに視線を送ったジョゼが、早速動き出した。バルケッタは、ため息をついた。
「―わかりました。でも、勝手に捨てないでくださいね。大事な資料もあるのです」
「……床に投げ捨ててある時点で、大事な資料とは言えないですよね?」
ジョゼは、またもちらっと彼に視線を投げた。
「投げ捨ててあるのではありません。置いてあるだけです」
「では、その都度、お聞きしますから、捨てていいものと取っておくものを確認してください」
「承知しました」
アイラは、何も口を挟まず二人の会話を見守った。ただし、口元は何やらニヤけている。
それから、大騒ぎが始まった。紙束を持ち上げるたびにホコリが舞う中、ジョゼとバルケッタの掛け合いが飛び交う。アイラは黙々とゴミを袋に入れたり、取っておく資料を紐で結んだりと作業に没頭した。
自然と分担が生まれ、思いの外片付けが進んだ。作業が始まって一時間もすると、見違えるように綺麗になった。
「きゃあ〜っ、ジョゼっ、床が見えるよ!」
「はいっ。人がましくなりました!」
女性陣は、歓声を上げて喜び合った。バルケッタは、不満そうに口を尖らせた。
「……酷い言われようですね。僕が生活しているのですけど」
「言われたくなければ、日ごろから綺麗にしてください」
ジョゼが笑顔で応えた。バルケッタは、照れたように頭をかいた。
「申し訳ありません、お手数をおかけして」
「いえ、気にしないでください。好きでしてることですから」
「ジョゼ。定期的に伺って監視したほうがいいかもよ」
「……」
アイラに言われて、ジョゼは顔を赤くしながらうつむいてしまった。
「……それじゃあ、続きをやりますか。まだまだ片付けなきゃいけないところが、たくさんありますよ」
「はいっ!」
ジョゼは、嬉々として作業に取りかかった。アイラは、そんな彼女を温かく見守るのであった。
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兵舎の別の一角では、同じように大掃除をしている一組のカップルがいた。
「これは、どこに置いたらいい、エーヴ?」
「ええっと、寝室に置いといて。後でわたしが仕分けしとくから」
「わかった」
「でも、良かったよ、サイノス。広い部屋に引っ越せてさ」
「これもセリーヌのおかげだ」
「大隊長同士が住むならって、特別にエドウィージュに口を利いてくれたんだもん。感謝しなくちゃ」
「ジュスタンたちには、悪いがな」
「あっちは、大隊長用の部屋に三人で暮らしてるんだもの、確かに手狭だよな。ガキは、すぐでかくなるから、あいつらも広い部屋に移れるよう、セリーヌに頼んでみるか」
「そうだな。二人目がもうすぐ生まれることだし、こっちで世話してやらなくては、遠慮して言い出さないだろう」
「メロディは、ほんとにいいお母さんだぜ。サンドラのガキの面倒まで見てるんだから」
「まあ、それは仕事の一環でもあるが」
「わたしもガキができたら、メロディに教わりたい」
「……」
「えっ!?」
サイノスが急に黙ってしまったので、かえってエーヴはドギマギしてしまった。
「な、なんだよ、サイノス。なんか言えよ、恥ずいだろが」
「……いや…すまん」
「な、何を意識してんだ、お前?」
顔を赤くしているサイノスに、エーヴまでが真っ赤になってしまった。
会話の流れで軽く言っただけだった。まだ男を知らないエーヴならともかく、かつて彼女のいたサイノスのほうが照れるというのは、どういうことなのだろう。
考えてみれば、まだ男女の仲になっていないのに、結婚して共に暮らし始めるというのは、不思議な気分だ。もしかしてシルヴィアも、リオネルに輿入れしたとき、こんな気分だったのだろうか。
「……あっ!?」
ふいに、エーヴが変な声を上げた。サイノスが慌てて駆け寄った。
「どうした? 怪我でもしたか?」
「違うよ。これ見てっ!」
エーヴは、満面の笑みを浮かべた。手には、犬と猫の絵が描かれたティーカップがあった。
「サイノスも、ちゃんと持っていてくれたんだあ!」
それは、初デートのときにサイノスが買ってくれたペアのティーカップだった。
「当たり前だろう。お前が欲しがったものだ。大切に使っている」
「ふふっ。嬉しいっ!」
エーヴは、ティーカップを大事そうに胸に抱いた。
「―じゃあさ、もう少し片付けたら、一休みしようぜ。このティーカップで一緒にお茶を飲みたい!」
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「エーヴとサイノスから陳情が出ています」
「陳情?」
「それも、可愛い陳情なの」
シルヴィアは、経緯を説明した。一通り聞き終えると、アニェスは、パァっと顔を輝かせた。
「まあ。相変わらず至宝天は仲がいいのね。もちろん了承します」
「メロディには二人目の子どもが生まれることだし、いいタイミングだと思うぜ」
リオネルも、うなづいた。
「ありがとうございます。早速エドウィージュに指示します。―アニェスさまも、そろそろお考えになったほうがいい頃ではありません?」
「え…私?」
シルヴィアの含み笑いに、アニェスは戸惑った。
「アダンとの結婚ですよ!」
「……」
「もう公にして良いのではありませんか? そうすれば、堂々とアダンを皇宮に呼べますわ」
「そのことなのですけど」
アニェスは、真剣な表情に戻った。
「アダンとも相談して、しばらく、このままでいようという話になりましたの」
「……どうして?」
「法律で身分差別を禁止しましたけど、人の心までは縛れません。民間人を皇宮に住まわせるとなると、やはり貴族の反発は避けられないわ」
「だったら簡単よ。アダンに爵位を与えればいいわ。侍女にはそうしているし」
シルヴィアは、コレットを見た。彼女も大きくうなづいている。
「私もそう言ったのですけど、アダンが嫌がっていて」
「アダンが…?」
「俺は、商人だ。貴族になるつもりは、ねえ。―と」
(―今の、アダンのモノマネかしら)
そう思ったが、聞く勇気はなかった。
「意外と形式にこだわるのね」
シルヴィアは、少し考える仕草をした。すると、太陽のような輝く笑顔が広がった。金色の瞳がくるめいている。
「それでしたら、肩書を与えるのはどうでしょう?」
「肩書?」
「バルケッタだって、爵位は持っていないわ。ギーさまの義子というだけの、吏部尚書さまよ」
「ああ…! なるほど」
「皇妹で内府の夫君なのですもの、肩書くらいあってしかるべきでしょ。そうすればうるさい貴族方も納得するのではないかしら」
「シルヴィアに同意」
すかさずリオネルが賛成した。アニェスは二人に対し、丁寧に頭を下げた。
「……ありがとうございます。私たちのためにご配慮くださって」
「そんな…水臭いわ、アニェスさま。やっぱり夫婦は、一緒に生活したほうが良いと思っただけですから」
シルヴィアはリオネルに微笑んだ。リオネルも応えて微笑み返す。
「……そうですわね。ここに良い見本がありました」
アニェスも笑顔を浮かべた。
「もう一度、アダンと話し合ってみます」
「それがいいわ。肩書は、バルケッタに考えさせておきます」
「―失礼いたします」
そこへ、侍従が入ってきた。
「お話し中、大変申し訳ありません。たった今、ルメールから早馬が届きまして、火急にお知らせしたき儀があるとのこと」
「ルメールから…? 何かしら」
三頭が顔を見合わせると、衝撃の内容が告げられた。
「ルメール王国王女、ヴァネッサ殿下、リシャールにご到着なされた由にございますっ!」
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「ああ…! リシャールだわ」
ヴァネッサは、馬車の窓から身を乗り出して皇都を見上げた。丘の上に建つ皇宮がよく見える。青白磁の髪が風を受けて、激しく波打った。
「懐かしいっ!」
はしゃいだ声を上げた。そして、くすくすと笑い始めた。姫君は、相当高揚しているらしい。
「―ランスさん、びっくりなさるかしら。何しろ、事前にお知らせせずに来てしまったから。お会いするのが今から楽しみだわ〜」
髪と同じ色の瞳が、キラキラと輝いた。その瞳はこのとき、愛する男しか見ていなかった。左手の薬指には、指輪がこれもまたキラキラと輝いていた。
【裏ショートストーリー】
エーヴ「引っ越し、お疲れさん! カンパァ〜い!」
サイノス「……たかが引っ越しで乾杯はないだろう」
エーヴ「いいのっ! そういう気分なのっ」
サイノス「……まあ、お前がいいなら、言うことはないが」
エーヴ「それにさ。夢が一つ叶ったから」
サイノス「夢…?」
エーヴ「このティーカップで、サイノスとお茶するのが夢だったんだぁ〜」
サイノス「ほう…慎ましい夢だな」
エーヴ「あっ! 今、言葉を選んだろ? つまんねー夢だと思ったろ?」
サイノス「思うわけがない。エーヴらしい夢だと思っただけだ」
エーヴ「……ということは、わたしは、つまんねー女だと言いたいわけか?」
サイノス「ち、違うっ! 曲解だ」
エーヴ「あっはっはっ。冗談だよ、冗談っ」
サイノス「……」
エーヴ「いつも泰然としてるお前でも、慌てることがあると思うと、すっげー楽しいっ!」
サイノス「……」
エーヴ「えっ…!? お、怒った? ごめんよ、そんなに怒るなよ」
サイノス「このくらいで怒りはしないさ。惚れた弱みもあるし」
エーヴ「……! そ、そんな恥ずいこと、真顔で言うなよ〜」
サイノス「こんな大事なこと、冗談で言えるか。俺は、お前のことを心から愛しているんだ」
エーヴ「☆◎△●〜!」




