↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
335/370

第332話 二重人格

ミレーユは、大広間を出ると、庭園に向かった。


言いたいことは言えた。自分の中でのけじめのつもりだった。


リオネルへの想いが断ち切れたわけではない。だが、事ここに至っては、すべてを覆すことはできない。


シルヴィアとは、なんと特別な存在なのだろう。これまでの業績は、彼女でなければなし得なかったに違いない。それはつまり、自分にはできなかったということだ。


仮にあのまま自分がリオネルと結婚できたとして、アニェスを救えたか。皇子たちとの争いに夫を勝利へと導けたか。


答えはノンだ。


シルヴィアは勝ち負けではないと言っていたが、やはり自分は負けたのだ。


ふと気づくと、人影が佇んでいた。いつの間にか東屋近くまで歩いてきていた。大広間の喧騒は、ここまでは届かない。


人影はこちらに気づかず、ぽうっとうつむいている。その横顔を何気なく見つめた。


「……どこかで見たことがあるような…」


記憶のページを探る。顔と名前が一致するページに行き当たった。


「ジェレミーだわ。ジェレミー・ディオン」


ディオン伯の一(・)人(・)息(・)子(・)だ。皇宮のパーティーで何度か見かけたことがある。ほとんど会話を交わした記憶がない。大人しくていつも隅にいるイメージだった。


「……ジェレミーさま」


ミレーユは、声をかけた。そのとき何故声をかける気になったのか、後々までわからなかった。ジェレミーという存在すら忘れていたのに。きっと、話し相手が欲しかったのかもしれない。


とにかくミレーユは、小豆色の髪をしたパッとしない青年に声をかけた。彼は驚いたようにミレーユを見た。青い瞳が丸く見開かれている。


「ぽ、僕ですか?」


「ここには、あなたしかいないじゃない」


「で、でも、あなたのような大貴族の姫君が、僕に話しかけてくださるなんて、信じられません」


「―ということは、私のことはご存知なのね?」


「キュリー公爵家のミレーユさまといえば、有名な方ですから」


「……」


(有名、か…)


それは、そうだろう。今や皇帝となったリオネルの元婚約者なのだから。


「……ジェレミーさまは、どうしてこんな所に独りでいらっしゃるの?」


「ク、クリフォードの王太子さまの送別会に招待されたのです」


おどおどとした態度で話す様は、腹立たしさすら覚える。声をかけたことを後悔したが、成り行き上無視するわけにもいかず、言葉を継いだ。


「だったら、早く行った方がいいわ。今たけなわだから、終わってしまうわよ」


「……さっきまで大広間にいたのです。その…顔を合わせづらい方がいらっしゃるので…退出してきたのです」


「あら。私も退出してきたく(・)ち(・)なの。あなたと違って、会いたくない人にはちゃんと挨拶してきたけど」


「ぼ、僕は、無理でした。とても話しかけられる雰囲気ではなかったし…」


「ふ〜ん。好きな姫君でもいらっしゃるの?」


「そ、そんな…僕は、もう…」


「なあに? はっきり仰って」


「……」


ジェレミーは、顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。


急速に興味を失い出していた。こういう気弱な男は好かない。男は小さなことにこだわらない度量の大きな方がいい。そう、リオネルのような…。


「―言いたくないなら、無理に聞こうとは思わないわ。あなたみたいな弱(・)虫(・)とは、何の関係もないし」


「……!」


「私は先を急ぐので、これで失礼す―」


突然だった。何の前触れもなく、ジェレミーがすとんと面を伏せた。


「ジェレミーさま!? どうなさったの?」


立ったまま気絶したのかと思い、慌てて駆け寄った。顔を覗き込もうとしたとき、また同じように突然、顔を上げた。


「―ここは、どこだ?」


「えっ―」


驚きのあまり、息が止まった。ジェレミーの様子が一変していた。


眼光鋭く射るように視線を投げてくる。表情は自信満々で、身体まで一回り大きくなったようだ。


「ジェレミーのやつ、また時間を盗んだな」


彼(・)は、辺りをキョロキョロと見回した。


「ここは…皇宮の庭園かな? ―ミレーユさま」


「は、はいっ」


急に呼ばれて、目を白黒させた。


「ジェレミーと二人でここにいるということは、デート中なのかい?」


「ち、違いますっ。偶然お会いしただけです!」


ミレーユは、憤慨した。


「というより、たった今まで会話していたじゃない。これは、何の悪ふざけなの? ジェレミーさま」


「おっと、可愛いお姫さま。それは違うよ」


彼は、キザったらしく人差し指を左右に振ってみせた。


「僕の名前はジェレミーじゃない。アルフォンスさ。アルフォンス・ディオン」


「……」


ミレーユは、まじまじとジ(・)ェ(・)レ(・)ミ(・)ー(・)を見つめた。


確かに雰囲気からしてジェレミーとまったく違う。しかし、目の前に立っているのは、紛れもないジェレミー当人だ。これはいったい、どういうことなのだろう?


「ミレーユさまの方こそ、この状況でデートじゃないというのは無理があると思うが」


ジェレミー、いや、アルフォンスは、掌をひらひらと振ってみせた。


「定番のデートコースじゃないか。ジェレミーめ、いつの間にこんな美女を落としたんだ」


ミレーユは、ほんのり頬を染めた。外交辞令とはいえ、男性から美しいと言われれば、嬉しいものだ。


「―ミレーユさま」


「―!?」


いきなり抱き寄せられた。綺麗な青い瞳が目の前に迫った。


「意気地なしのジェレミーは放って、僕と付き合わないか?」


「何するのっ、失礼ねっ!」


思い切り頬を叩こうと手を振り上げた。しかし、手首を掴まれてしまい、身動きが取れなくなった。


「へえ。キュリー家の姫君は、気が強いね。まあ、それくらいでなくちゃ、シ(・)ル(・)ヴ(・)ィ(・)ア(・)殿(・)下(・)と対抗しようなどと大それたことは出来ないな」


「殿下…?」


「でも、気の強い女の方が好みだ。やっぱり僕と付き合え」


「……まずは手を離してよ。口説く態度じゃないでしょ」


「おっと。これは失礼」


アルフォンスが手を離した瞬間、ミレーユは手首を捻った。確実に頬を捉えた。……はずだった。


アルフォンスは驚異的な反射神経で身を仰け反らせ、渾身の平手打ちを避けてみせた。


「―ますますいいね」


睨みつけるミレーユに、不敵な笑みを返してきた。


「リ(・)オ(・)ネ(・)ル(・)殿(・)下(・)と(・)シ(・)ル(・)ヴ(・)ィ(・)ア(・)殿(・)下(・)は、仲が良いそうじゃないか。君の目はもうないよ。いつまでも適わぬ恋を追うより現実を見すえるべきだ」


「あなたに関係ないでしょ。それに、さっきからあなた、おかしいわ。陛下方を殿下呼ばわりするなんて。何の皮肉なの?」


「あ…? ちょっと待って。陛下だって? いつから二人は陛下になったんだ?」


「……」


明らかにこの男の言動は常軌を逸している。偽名まで名乗って、何の悪ふざけなのか?


「いやいや、待てよ。ジェレミーは僕の時間をどのくらい盗んだんだ? 確か前に取り戻したときは、新年の朝賀の儀が終わって、ルメールへの遠征直前だったはずだ。今は夏らしいし、遠征は終わったのか?」


「……いったい、いつの話をしているの? ルメール戦役は、とっくに終わってるわ」


「やっぱり。とすると、ブランシャールは勝ったんだな。キュリー家の姫君がのんびりデートを楽しんでるくらいだから」


「違うと言っているでしょ」


「ルメールに勝っただけで、どうしてリオネル殿下が皇帝になったんだ? 陛下と呼ぶ以上、そういうことだよね?」


ミレーユを無視してアルフォンスは首を捻っている。その様子は、とても演技には見えない。どうやら、本当にリオネルが皇帝になったことを知らないらしい。


この摩訶不思議な青年に、俄然、興味が湧いてきた。


「―ねえ、ア(・)ル(・)フ(・)ォ(・)ン(・)ス(・)さま。落ち着ける場所へ移動しません? あなたとゆっくりお話ししたいわ」


「もちろん、喜んで。あなたのような美人からデートに誘われて、断るわけがない」


「言っておきますけど、デートに誘ったわけじゃ、ありませんから」


「照れなくてもいいって。それじゃあ、今話題の『カフェ猫耳』へ行こうか。オープンしたばっかりだけど、すごい人気店らしいよ」


「……」


やはりこの青年は、おかしい。同時に、胸がドキドキし始めているのを強く感じていた。この感情がどこへ向かうのか、ミレーユにはまだ見当もつかなかった。

【裏ショートストーリー】

リゼット「あら!? ちょっと、ロジーヌ。あれを見てよ」

ロジーヌ「え…あっ!? あれはミレーユさま!」

リゼット「あれ以来、キュリー家の領地に引っ込んでいるって噂だったけど、いつの間に出てきたのかしら」

ロジーヌ「さあ…?」

リゼット「それにしても負け犬って、惨めね。誰も寄りつかないじゃない」

ロジーヌ「……リゼット。言葉が過ぎるわ」

リゼット「どうして。単なる事実だわ。……あらあら。急に動き出して、何するつもりかしら」

ロジーヌ「目的はシルヴィア陛下よっ! 彼女、まだ諦めていないんだわ」

リゼット「今さらシルヴィア陛下に何をしようというの。……何か話しているわね。ここじゃ、何も聞こえないわ。側に近づきましょう」

ロジーヌ「やめておきなさいよ、はしたない」

リゼット「そんなことないわ。重要な情報収集よ」

ロジーヌ(情報収集が聞いて呆れるわ。単なる野次馬でしょ)

リゼット「あっ…もう、離れてしまった。……ほらっ、ロジーヌ。あなたが四の五の言ってるから、まるっきり会話が聞こえなかったじゃないの!」

ロジーヌ「ごめんなさい…(なんで私が謝らなくちゃならないの)」

リゼット「……まあ、いいわ。どうせ負け犬なんか、何もできやしないんだから」

ロジーヌ「……」

リゼット「つくづく、シルヴィア陛下について良かったわ。今や私たち、皇后陛下の親友よ! 先見の明があるわねえ〜」

ロジーヌ「……陛下もそう思ってくださればいいのだけど」

リゼット「え? 何か言った?」

ロジーヌ「……いいえ。何も」

リゼット「それじゃあ私たちも、シルヴィア陛下にご挨拶してこよう。大親友として、ね」

ロジーヌ「……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。