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第330話 罪作り

「ここが、『カフェ猫耳2号店』なのね」


アイラは、興味深そうに店内を眺めた。明るい色調の1号店と違い、シックで落ち着いた雰囲気だった。


「カップルがデートを楽しめる店というのが、コンセプトらしいですよ」


バルケッタが自慢げに胸を張った。しかし、すぐに頭をかきながら言った。


「……もっとも、来たのは初めてですが」


「カ、カップル向けのお店に、3人で来てはまずかったのではないでしょうか」


ジョゼが言った。おどおどした様子は、不審者に見做されかねない。


「別に構わないわよ」


こういうとき、アイラの堂々とした態度は、周りの者に勇気を与える。ジョゼも、アイラを見て幾分落ち着きを取り戻したようで、じっと手元に視線を落として動かなくなった。


「……今日は、先日の非礼のお詫びですから、お好きなものをご注文ください」


バルケッタは、メニュー表を二人に示した。


「……へえっ! 確かに食事もできるのね。1号店はケーキセットだけだったのに」


「アイラさんは、1号店に行ったことがあるのですね」


「ええ。兄に連れていってもらいました」


「仲の良い兄妹と伺っています」


「……」


黙り込んだアイラに、ジョゼが心配そうな視線を向けた。それに気づいたアイラは、にっこりと微笑んでみせた。


「ジョゼ。どれにする? みんな美味しそうよ」


「私は…シーフードパスタにします」


「それも食べてみたいんだけど…でも私は、グラタンにするわ。五種類のチーズを使ってるのですって」


それは奇しくも兄サイノスがエーヴとのデートの際に注文したものだった。


「それでは僕は、ハンバーグにします。飲み物はどうしますか。ケーキセットもありますよ」


「では、私とジョゼはミルクコーヒーのケーキセットで」


「わかりました。―すみません!」


バルケッタが手を挙げると、メイドがとんできた。注文を無事伝え終わると、なんとなくバルケッタとアイラは顔を見合わせた。一人ジョゼはうつむいてしまった。


「―バルケッタさまは―」


「―アイラさんは―」


二人の台詞が完全に被った。二人は照れ笑いを浮かべた。


「……ふふっ。バルケッタさま、どうぞ」


「いや、アイラさんこそ、お先にどうぞ」


「では、失礼して、バルケッタさまはシルヴィアさまやリオネルさまとお親しいとお聞きしました。どうやって皇族方と知り合われたのですか?」


「ああ。それは、僕がペレーズ山への案内をしたからです」


「ペレーズ山…?」


「アイラさんはご存知ありませんか? シルヴィアさまご一行のペレーズ山奇譚を」


「……私、知っています」


遠慮がちにジョゼが発言した。


「病に伏せたアニェスさまのご病気を治す唯一の薬である白月草。ペレーズ山にのみ生えるその薬草を手に入れるため、数々の困難を乗り越えていくお話、私、大好きなんです」


「……もしかして、旅の劇団のお芝居を観たのですか?」


「はいっ。どうしても観たくて、前日から並んでチケットを手に入れたんです!」


「へえ。でも、お芝居は創作であって、実際はああいうストーリーではないのですよ」


「ええっ!? それは本当ですか?」


いつの間にか、二人の会話が盛り上がっている。アイラは、一歩引いて暖かく見守った。こんな楽しそうな表情のジョゼをこれまで見たことがない。


「―ふ〜ん。実際は、熊爪族との激闘も、アルマトゥーラさまとの対決もなかったのですね」


ジョゼは、がっかりしたように言った。


「脚色というのです。お芝居ですから、見せ場を作る必要があるのでしょう」


「でも、シルヴィアさまの業績が色褪せるわけではありません。誰も成し得なかったことを成し遂げたことに変わりはないのですから」


「まったく同意します。おかげで僕はシルヴィアさま方と知り合い、こうしてリシャールに来ることができました」


「―お待たせしました!」


注文した食事が運ばれてきた。


「美味しそう!」


ジョゼが歓声を上げた。アイラが目を瞠る。ではジョゼも、歓声を上げることがあるのだ。


「―バルケッタさまっ。とても美味しいです!」


「それは良かったです」


バルケッタがにこっと笑った。途端、ジョゼは頬を赤らめてうつむいてしまった。そんな彼女に送るアイラの視線は温かい。


アイラの様子を注視していたバルケッタが尋ねた。


「―アイラさん。ご兄妹は何人ですか?」


「え…2(・)人(・)です」


アイラは、意図的に嘘をついた。


「そうですか。サイノスさまとお二人兄妹なのですね。僕は11人兄弟なのです。長兄とは15歳離れていて、感覚としては兄というより二人目の父のような方です」


「……」


「二人兄妹とは、どのような感じなのでしょうね。リオネルさまとアニェスさまは、とても仲がいい。アイラさんもサイノスさまと仲がいい。お二人だけだと、やはり深い仲になるのですか?」


「えっ―」


アイラは、思わず絶句した。同時にまじまじと熊爪族の超絶イケメンを見やった。


この男は、いったい何が言いたいのだろう? 兄との仲を疑っているのだろうか? それとも、兄とエーヴが結婚したことへの皮肉なのか?


「―あれ!?」


バルケッタは、慌て出した。アイラだけではなくジョゼまでもが顔色を変えたことで、場が異様な空気になったことに気がついたらしい。


「も、申し訳ありません。また言葉を間違えましたか?」


「言葉…」


「どうにも言語が苦手なのです。ときどき使い方を間違えてしまうようで、周りの方を不快にさせてしまうことが多くて…。もしお気に障ることを言ったのなら謝罪します。ごめんなさい」


「お顔をお上げください、バルケッタさま」


平身低頭のバルケッタに、アイラは却って恐縮した。


「気にしてはいません。お疑いになるのは、ごもっともなのですから」


「疑う…? 僕は何も疑ってはいませんが」


「……」


次第に会話が噛み合わなくなっていく。


「―あの、バルケッタさま。少し話を整理したいのですが、よろしいですか?」


「はい」


「私と兄との間のことを仰っていましたが、その…私たちは何の関係もないのです」


「えっ!? 関係ない? ご兄妹ではないのですか?」


「……」


今度こそ、アイラは疑惑の目でバルケッタを見た。血の繋がりがないことを知らないのか? 知っていて、わざと驚いたふりをしているのか? 何のために?


「―あの…」


おずおずとジョゼが口を開いた。


「……もしやバルケッタさまは、『深い仲』の意味を取り違えていらっしゃるのでは?」


「どうなのですか? バルケッタさまは、どういう意味でお使いになったの?」


アイラの口調が、つい詰問調になる。


「え…えっと…とてつもなく仲が良いこと、という意味ですよね? それ以外にあるのですか?」


「……」


一瞬、女性陣はぽかんとこのイケメンを眺めた。次の瞬間。


「―ふふふっ!」


二人は、爆笑していた。今度は、バルケッタが呆然とする番だった。お腹を抱え、涙まで流して笑い崩れる二人を、ただただ無言で眺めた。


「―いやあ、笑った笑った」


しばらく笑い転げたアイラは、涙を拭いながら言った。


「こんなにお腹の底から笑ったのは久しぶりです」


「そんな…涙まで流して笑うことはないでしょう」


思い切りヘコんだバルケッタに、アイラは温かい眼差しを向けた。


「すみません。吏部尚書というお偉い地位にいらっしゃるバルケッタさまが、まさかこんなに楽しい方だとは思いもしなかったので」


アイラは、ぐいと身を乗り出した。ドレスからこぼれ落ちそうな胸が目の前に迫り、思わず視線が泳ぐ。


「バルケッタさま。耳を貸して…」


そんなバルケッタには構わず、耳元でささやいた。


「……ええーっ!? 肉体関係!?」


聴き終えたバルケッタは、顔を真っ赤にさせて叫んだ。


「しっ! 声が大きい!」


「ご、ごめんなさい」


バルケッタは、慌てて口を押さえた。周りの客は、一瞬こちらに注意を向けたが、すぐに何事もなかったかのようにそれぞれの会話に戻った。


「そんな意味があったなんて…大変失礼しました」


「いえ、いいんです。ただ、確実に誤解を招くので、ほかでは決して口にしないでくださいね」


「はいっ。絶対に使いません」


バルケッタは真面目そうに口を一文字に引き結んだ。そんなバルケッタを微笑ましく見つめていたアイラが言った。


「―次のお休みに、またバルケッタさまと会いたいわ。ね、ジョゼもそうでしょ?」


「えっ―!?」


ジョゼはその場に固まってしまった。


「なによ。嫌なの?」


「そ、そんなこと…ありません。でも…」


「でも、なに?」


「私なんかより、アイラ大隊長さまお一人のほうがバルケッタさまもお喜びになるのではないかと…」


ジョゼは、ちらちらとバルケッタの様子を窺う。それを見て、アイラが尋ねた。


「バルケッタさまは、どう? 三人で会うのはお嫌?」


「いえ。もちろん、嫌ではありません」


「―だそうよ、ジョゼ」


ジョゼは、真っ赤になってうつむいてしまった。


「これで決まりね。―バルケッタさま。楽しみにお待ちしておりますわ」


アイラは嬉しそうに言った。その桔梗紫色の瞳は、キラキラと輝いてバルケッタを見つめ続けるのであった。

【裏ショートストーリー】

バルケッタ「そろそろ出ましょうか。僕がお支払いしますので」

ジョゼ「あ、あの…」

バルケッタ「先日のお詫びですので、ご遠慮せずに」

ジョゼ「あの…バルケッタ吏部尚書さま…」

バルケッタ「はい…?」

アイラ「バルケッタさま。ジョゼもお詫びをしたいのです。誤解とはいえ、殴ってしまいましたから」

バルケッタ「いえいえ。元はと言えば、僕が悪いのですから。お気になさらずに」

ジョゼ「で、でも…」

アイラ「それでは、ジョゼの気が済みません」

バルケッタ「本当に気にしないでください。食事くらいで贖罪が済んだとは思いませんが、ここはどうか僕に支払わせてください」

アイラ「そうですか…。ジョゼ。あまりしつこくしては、かえってバルケッタさまのお顔を潰すことになるわ。ここは甘えましょう」

ジョゼ「はい…」

アイラ「その代わり、別の機会にお詫びすればいいわ」

ジョゼ「別の機会…?」

アイラ「……後で作戦会議しましょ」

ジョゼ「は、はいっ!」

アイラ「では、バルケッタさま。ご馳走さまです」

バルケッタ「あのう、アイラさん…」

アイラ「はい…?」

バルケッタ「……顔が潰れると困ります」

アイラ「えっ…!?」

バルケッタ「顔が潰れると、脳にかなりのダメージを与えることになります。最悪、死に至ると思われますので、どうかアイラさま。顔は潰さないでください」

アイラ「……」

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