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第326話 不穏なパーティー

「なあ、イザク。なんで俺たちまで正装しなくちゃなんねえんだ?」


エクトルが不満たらたらで噛みついてきた。


「知らねえよ。セリーヌの命令なんだから、黙って従え」


そうは言ったものの、イザク自身、苦虫を噛み潰したような表情は消えない。


サンドラを通して伝えられたのは、皇妹アニェスとクリフォード王国王太子ウィンストンの結婚を祝うパーティーへの参加だった。


マタル(サンドラ)隊は、いわば皇后シルヴィアの親衛隊である。天馬隊の中でも唯一、皇宮への駐屯が許されている。他に駐屯しているのは、皇帝リオネルの禁軍とアニェスの親衛隊ラビアンローズだけである。


そのマタル隊に、護衛ではなく、パ(・)ー(・)テ(・)ィ(・)ー(・)へ(・)の(・)参(・)加(・)者(・)としての動員がかかったのだ。


男性隊員はジャケット、女性隊員はドレスの着用が義務付けられた。理由は示されていない。王族の結婚披露パーティーなのに、ごく内輪の者だけが招待されているという。


国外はおろか国内からも招待客がいないことと、関係があるのだろうか。


「……セリーヌのことだ。絶対、何かウラがある」


「あ? なんか言ったか、イザク?」


「いや、なんでもねえよ。―それじゃ、そろそろ行くぞ」


イザクは、マタル隊の精鋭1百だけを率いて会場である大広間へ向かった。その表情は、依然として渋いままだった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「おめでとうっ!」


シルヴィアは、アニェスとウィンストンにグラスを傾けた。ちなみに中身はりんごジュースである。


「ありがとうございます、お義姉さま」


アニェスがにっこりと微笑んだ。神々しいばかりの美しさだった。


本日の主役は、目の覚めるようなスカイブルーのドレスを着ていた。黒髪は青い花のリボンで束ねている。


「これからは俺も、皇后陛下のことは義姉上とお呼びしようかな」


ウィンストンが豪快に笑った。


「構いませんよ、ウィンストン殿下」


「言っておくがウィンストン」


リオネルは、目を瞋らせた。


「俺を兄と呼んだらぶっ飛ばす」


「どうしてだ? 義兄には違いないだろう?」


「旦那さまは、すねてらっしゃるんですよ」


シルヴィアは、楽しそうに笑い声を上げた。


「アニェスさまを盗られた、と先日から口にするのはそればっかり」


「バ、バカ言え。俺は別にすねてなんかいねえ」


「お兄さま。私は盗まれたわけではありません。自分から勧んでウィンストン殿下の妻となるのです」


「そ、そんなことは、わかってるさ」


リオネルは、ちらちらと妹を横目で眺めた。そこには、物言いたそうな様子がうかがえたが、シルヴィアの厳しい視線が飛ぶと、慌てたようにあらぬ方へと目を背けた。


当然、二人の様子にアニェスは気付いていたが、見て見ぬふりをしてた。


「―アニェスさま。ウィンストン殿下。本日はおめでとうございます」


そこへ、エドウィージュとギルベアトが並んで挨拶にやってきた。


「ありがとう、エドウィージュ。ギルベアト」


アニェスはにこやかに挨拶を返した。


「エドウィージュもドレスを着れば、立派なゴルティエ家の姫君さまね」


「やめてください、アニェスさま。ほんとは私だってこんな格好したくないんですよ」


エドウィージュは、自身を見下ろして嘆いてみせた。


「似合っていないのは、百も承知です。―もっとも、あいつよりはマシだとは自負していますがね」


エドウィージュの視線の先には、キトリーがいた。彼女は、サンドウィッチか何かをがっついている。それをジャケット姿のキャロルがたしなめているところだった。傍らには、キャロルの弟のクナリがぼうっと突っ立っていた。


「―ふふふっ。楽しい方々ね」


アニェスは、鈴の音を転がすようにして笑いこけた。


「―本当に、親しいお身内の方々ばかりが集まっているのだな」


ウィンストンが会場の大広間を眺めながら言った。


4、5百人はいるだろうか。セルジュやトリュフォーは当然として、六部や至宝天のほか、アイラやジョゼの姿まであった。


ウィンストンは無論知らなかったが、マタル隊だけではなく、天馬隊全体から選抜された者が動員されていたのだ。さながらそれは、リオネル軍主催のパーティーのようだった。


「……大仰なものにはしたくないと、アニェスさまのご要望でしたから、国内外のお客様は招待しなかったの。これでよろしかったのですよね?」


シルヴィアが尋ねた。アニェスは、大きくうなづいた。


「ええ。結構ですわ。私のことでみんなに負担はかけたくなかったから」


「俺も構わない。国元からわざわざ父を呼ぶのも煩わしいしな」


ウィンストンがすかさずアニェスに同調した。二人は顔を見合わせ微笑み合った。


「―それでは、本日はみんなで楽しみましょう」


シルヴィアは、またグラスを掲げた。リオネルは、なぜか妻を心配そうに見やるのであった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「ジョゼは、ドレスも似合うわね」


アイラは、ジロジロと眺め回した。ジョゼは恥ずかしそうに身をくねらせた。


「そんな…。アイラ大隊長さまのほうが何百倍も素敵です」


アイラは、薄紅色のドレスだった。華やかさが増して、まさに絶世の美女ぶりを際立たせていた。


対してジョゼは、紺色のドレスだった。やや地味ではあるが、それでもジョゼの凛とした美しさは少しも色褪せない。


嫌が上でも人々の注目を集めてしかるべき二人ではあるが、大勢に囲まれていたのは、実は別のカップルであった。


先にも述べたとおり、会場にいる大半は天馬隊である。本来の主役であるアニェス・ウィンストンを差し置いて、人々の輪の中心にいたのは、ご存知、ビッグカップルであった。


「エーヴ、結婚おめでとう!」


「サイノス、おめでとう!」


「ありがとう! ありがとう!」


エーヴは、満面の笑みで応える。傍らに寄り添うサイノスは、無表情のままだ。


「サイノス。もう少し笑ったら?」


ジュスタンが見かねて注意した。しかしサイノスは、不思議そうな顔をした。


「笑う? なぜ?」


「いや…真顔で尋かれてもなあ。エーヴ。この堅物、どうにかしてよ」


「任せときな。ばっちり調教してやるよ」


「おい! 俺をペット扱いするな!」


どっと場が湧いた。


「二人のロマンスを聞きたいんだけど、いつから意識し始めたの?」


「それはね―」


「おい! エーヴ!」


ジュスタンの質問に答えようとしたエーヴを、サイノスは慌てて押し止めた。


「その話は、今することじゃない」


「どうしてよ? 別にいいじゃん」


「今日は、アニェスさまの結婚祝パーティーだぞ! 少しは控えろ」


「ちぇっ! つまんないの。―みんな、ごめんね。うちのダンナがうるさいから、この話はまた日を改めてするね」


「えーっ!? 今、聞きたい!」


「サイノス! 頭、固えぞ!」


「少しくらい、いいじゃねえか!」


非難轟々の大集団を避けるようにして、一人の若者がアイラたちのいる方へ近づいてきた。大集団に気を取られていたアイラは、まったく気がつかない。


彼女たちのいる場所も悪かった。ドリンクバーのすぐそばでたむろっていたのだ。若者の目的は、そのドリンクバーであった。


若者は、ようようたどり着き、アイラの背後でりんごジュースの入ったグラスを手に取った。


そのとき、大集団が再度どっと湧いた。どうやらエーヴがサイノスにキスをしたらしい。アイラは、よく見ようと立ち位置を変えた。その瞬間、グラスを手に立ち去ろうとした若者とぶつかった。弾みでグラスの中身がドレスにかかった。


「きゃあ〜っ!?」


悲鳴を上げたのは、アイラではなく、ジョゼのほうだった。


「あっ!? も、申し訳ありません!」


若者は、平謝りに謝った。


「ぼ、僕はなんてことを…」


「あ、いえ。お気になさらずに。私もぼうっとしていたのがいけないのですから」


「でも、ドレスを汚してしまいました」


ドレスからこぼれそうな胸に、りんごジュースの跡がべったりとついている。


若者は、慌ててハンカチを取り出した。無造作にドレスをつかむ。自然と胸に手が触れた。


「ちょ、ちょっと、あなた! どこ触ってるの!?」


胸をつかまれたアイラではなく、ジョゼが血相を変えて若者の腕を押さえた。


「えっ!? 僕はただ、ジュースを拭こうと―」


「だからって、どさくさ紛れに胸を触るなんて、このヘンタイ!」


「いや、確かに胸は大きいからどうしても触れてしまいますけど、目的はドレスの汚れを落とすことであって―」


「なんの言い訳だ、このスケベ野郎っ!」


ジョゼは、思い切り若者の顔を殴り飛ばした。若者は派手な音を立てて吹き飛んだ。周りで悲鳴が上がった。


「何をやってるんだ、お前ら! お祝いの場だぞ!」


騒ぎを聞きつけてエドウィージュが駆けつけた。床に伸びている若者を見て、驚いたように叫んだ。


「バルケッタ!? おい、大丈夫か、バルケッタ!」

【裏ショートストーリー】

エドウィージュ「アニェスさまが結婚かあ…」

ギルベアト「がっかりしたような言い方だな。おめでたい話だろう?」

エドウィージュ「そうなんだけどよ。お相手が他国の王子さまってのが、気に入らねえのよ」

ギルベアト「なんで? 王族同士、お似合いだと思うけどな」

エドウィージュ「アニェスさまのことは、子どものころから知ってるけど、好きな人がいるような気がするんだよな」

ギルベアト「王族に自由恋愛はないはずだろ?」

エドウィージュ「だとしてもよ、その人と結ばれるんだとばかり思ってたから、どうにもしっくりこねえんだよ」

ギルベアト「ちなみに、好きな人とやらに心当たりはあるのか?」

エドウィージュ「ある」

ギルベアト「誰だ?」

エドウィージュ「言えねえ」

ギルベアト「なんだよ。それじゃ、話にならん」

エドウィージュ「私なんかが口にしていいことじゃねえ」

ギルベアト「なんだ、それ?」

エドウィージュ「リオネル家は、前例にとらわれない。だから期待してたのにな。結局、ほかの王家と変わらねえ」

ギルベアト「王族には王族にしかわからん、しがらみがあるのだろう」

エドウィージュ「……シルヴィアさまは、なんで承知したんだろな」

ドスンっ!

エドウィージュ「……あ?」

ギルベアト「揉め事みたいだぞ」

エドウィージュ「ちっ…。ケンカか? ったく、お祝いの場だってのに。……何をやってるんだ、お前ら!」

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