第325話 ラブラブ・ミックス
サイノスは、驚異的な快復をみせた。
連日、エーヴの励まし(?)を受けてリハビリに邁進し、わずか二週間で走れるようにまでなった。
さすがに長い距離では体力が続かないようだったが、調練には充分参加できる。……と、本人は強く思っている。
「……何してるんだ、サイノス!?」
エーヴは、軍服に着替えているサイノスに目を剥いた。
「何って、決まっているだろう。退院するんだ」
「待て待て!」
慌てて手にしていた花瓶をサイドテーブルに置くと、サイノスの袖を掴んだ。
「お医者さまは、もう少し様子をみるよう言ってただろ?」
「自分の身体は自分が一番よくわかっている。入院せずとも、もう隊に復帰できる」
「駄目だよ、自己判断しては! お医者さまに相談してからにしろ」
「これ以上、隊を放っておくことはできない。剣は振れないにしても、陣頭指揮くらいはできる」
「マルカブ隊は中隊長たちが面倒みてる。心配しなくてもいいんだよ」
「それでも、俺がいるのといないのとでは、気合の入り方が違う」
「頼むよ。わたしのために思い留まってよ」
エーヴは、半泣きで必死に説得した。
「……泣くな、エーヴ」
サイノスは、エーヴの肩を抱いた。
「お前が泣くと、俺も悲しくなる」
「……じゃあ、大人しく寝てくれる?」
「医者に談判する。医者の許しがあればいいのだろう?」
「え…う〜ん…まあ、そうだけど…」
エーヴは、夫をジロジロと見回した。まさかとは思うが、退院したさに医者を脅しはしまいか?
「……それなら、わたしも同席する。いいよな? 妻なんだから」
「……好きにしろ」
「それじゃあ、すぐに呼んでくる」
身を翻しかけて、エーヴはくすっと笑った。それをサイノスは見咎めた。
「……なんだ? 何がおかしい?」
「だってさ。……今、妻、って言っちゃった」
エーヴは、くすくす笑いながら、病室を出て行った。サイノスは、あ然として妻の背中を見送った。
「……くそぅ。医者のやろう、昨日は様子をみるって言ったのに〜」
エーヴは、ぶちぶち言いながら、サイノスの腕を取った。もう片方の手には着換えなどの手荷物を抱えている。
あの後、エーヴが呼んできた医者と三人で面談をした。サイノスは体調が戻ったと主張し、退院を要求した。すると、医者は、あっさり許可した。サイノスは、意気揚々と荷物をまとめ始めた…。
「いつまでも文句を言うな」
サイノスは、すたすたと歩き出した。
「あっ…! 急に歩き出すな。つまずいたらどうする?」
「お前な…俺を子ども扱いするな」
「心配なんだよ〜。サイノスは無茶ばっかりするから。―ん?」
サイノスは、ずんずんと進んでいく。足取りはしっかりしている。問題は、向かう先である。
「―ちょ、ちょっと待て、サイノス。このまま行ったら、演習場に出ちまう。寮の部屋に戻るんじゃないのか?」
「言っただろう? 隊に戻るんだ」
「サイノスっ!」
エーヴは、立ちふさがるようにして前に回り込んだ。
「気持ちはわかるけど、今日一日くらいは大人しくしてくれ」
「俺の気持ちも汲んでくれ。少しでも早く隊に戻りたいんだ」
「嫌だっ。隊に戻ったら独占できなくなっちゃう!」
「えっ…?」
エーヴは、瞳を潤ませながらサイノスを見上げた。
「こんなこと言っちゃいけないんだろうけど、この数週間、ずっと楽しかった。サイノスのこと、独り占めできたから。でも、隊に戻ったら、マルカブの大隊長だろ? わたしの手から離れちゃう。そんなの嫌だよ」
「永遠にこのままというわけには、いかないんだぞ」
「わかってるっ! そんなこと、わかってるよ!」
エーヴは、怒鳴るように声を張り上げた。
「だからこそだよ。今日一日くらい、わたしだけのサイノスでいてよ。ずっと隣にいさせてよ。わたしを独りにしないでよ…」
「……」
サイノスは、しゃくり上げるエーヴを抱きしめた。エーヴは広い胸にしがみついてきた。
「―すまなかった。お前を慮ってやれなくて。部屋に戻ろう」
「……ほんとう?」
「本当だ。今日一日は、ずっとお前の側にいる」
「ありがとうっ!」
エーヴは改めてサイノスの腕を取った。泣いていたはずの瞳は、キラキラと輝いている。
「さあっ! 行こうぜ!」
にこにこしながら、巨体を引っ張るようにして歩き出す。
「……」
サイノスは、ころころと表情が変わるエーヴを呆れたように眺めながら、大人しくついていくのであった。
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「お疲れ!」
ギャスパルは、慣れた様子でコレットの部屋へ入ってきた。コレットも、準備中のお茶からいったん手を離し、挨拶を返した。
「お疲れ、ギャスパル」
「お茶いれてくれてるんだ」
「うん。もうすぐいれ終わるから、少し待ってて」
「コレット…」
ギャスパルは背中越しにコレットを抱きしめた。
「ちょっと! 作業の邪魔よ」
「久しぶりに会ったんだ。キスくらいいいだろ?」
「えっ…」
振り向くと、目の前にギャスパルの整った顔があった。
「久しぶり、って、三日前も会ったじゃない」
「三日も前だろ? 久しぶりだよ」
ギャスパルは、ぐいと顔を近づけてきた。仕方なく、目を閉じた。柔らかい唇が触れてきた。
軽いキスで終わりと思い、すぐに離す。しかしギャスパルは、尚も求めてきた。しばらく唇を重ねた。ようやく気が済んだのか、ギャスパルは身を起こした。
「……お茶いれるから、座ってて」
「うん」
ギャスパルはソファに、どっかと座った。
「でもさあ、こう言っちゃあなんだけど、シルヴィアさまがリオネルさまの部屋で一緒に過ごしてくれて、助かるよな」
「何よ、それ?」
「だってさ、事実上、夕方でコレットの仕事は終わりじゃん。身体が空くってことだろ? こうして俺たちも夜を過ごせる」
「……」
「シルヴィアさまさまだな」
「……はい、お茶が入ったよ。熱いから気をつけて」
「さんきゅ」
ギャスパルは、美味しそうに紅茶をすすった。コレットも、ソファに座った。無論、ギャスパルの隣である。
「―これも食べる?」
「何それ?」
「シルヴィアさまお手製のアップルパイ。リオネルさまのために用意した、そのおこぼれを頂いたの」
「なんだ。コレットの手作りじゃないのか」
ギャスパルは、パクっと一口かじった。
「普通のアップルパイと変わらねえ」
「そんなこと言って。シルヴィアさまに叱られるよ」
「おべっかは好きじゃねえんだ」
「……それ、私も手伝ったんだけど」
「美味いっ! 絶品だ! 世界一のアップルパイだ!」
「……」
コレットは苦笑いを浮かべた。美味しそうにパイを頬張るギャスパルをしばらく眺めていたコレットは、つぶやくように言った。
「……でも、ギャスパルはシフト制だから、毎日会えるわけじゃないわ」
「ん…?」
「さっきの話よ。シルヴィアさまのおかげで、夜に会えるようになった、って」
「―ああ、あれか。しょうがねえさ。お互いの仕事上、本来はこんなに自由は利かねえんだぜ? お前だって、夜遅くまでシルヴィアさまについていなきゃならねえんだ」
「それは、そうだけど…」
「えっ…もしかして、寂しがってる?」
「そんなこと、言ってないでしょ!」
コレットは、真っ赤になって否定した。しかしギャスパルは、たたみかけてくる。
「毎日会いたいのに、会えなくて、欲求不満を募らせてるんだ?」
「バアァーカッ! んなわけあるか!」
「可愛いなあ! そんなに寂しがり屋だったなんて、知らなかった」
「ふんっ。言ってろ!」
カップを手に、コレットはそっぽを向いた。
確かに、ギャスパルの言うことも一理ある。侍女という職業柄、本当は主人に四六時中付き添っていなくてはならない。でも、シルヴィアの方針の恩恵を受けて、比較的自由時間を取れるようになった。
そうなると、人というのは欲が出てくる。三日に一回会えるようになって、当初は天にも昇る心地がしたものだが、今では会えない二日間が苦しくて切なくて仕方がない。
「―俺も同じだ」
「えっ…!?」
思わず振り向いた。
「俺も寂しいよ。できるなら、毎日会いたい。会って抱きしめたい」
「ギャスパル…」
「会えるのも夜ばっかりだし。たまには部屋じゃなくて外でデートしたい」
「そんなこと言われても…」
コレットは、うつむいてしまった。しかし、何か閃いたように顔を上げた。瑠璃色の瞳がキラキラと輝いている。
「だったら、『カフェ猫耳』に行こうよ」
「いや、あそこは、早く閉まっちゃうよ。仕事帰りじゃ、とても間に合わない」
「行くのは2号店の方よ」
「2号店…?」
「春にオープンしたばっかりなの。知らない? ほら、コレットが店長してる」
「知ってるけどさ。それだって夜は閉まっちゃうだろ」
「それが、結構遅くまで開いてるんだって! 食事もできるし、一石二鳥じゃない?」
「へえ…。そりゃ、いいね」
「次に会える日に行かない?」
「うん。そうしよう」
コレットは、にっこり微笑んだ。ギャスパルは、まぶしそうにその笑顔を見つめた。
「楽しみができたね。次が待ち遠しいなあ!」
【裏ショートストーリー】
シルヴィア「……くしゅんっ! くしゅんっ!」
リオネル「どうした? 風邪でも引いたか?」
シルヴィア「……いいえ。きっと、誰かが悪口でも言っているのでしょう」
リオネル「ははっ。シルヴィアの悪口を言うなんて、見どころのある奴だ」
シルヴィア「なんですって!?」
リオネル「冗談っ! 冗談だってば!」
シルヴィア「ンもうっ! 旦那さまったら!」
リオネル「……とにかくだ。赤ん坊がハラにいるんだから、風邪引くな」
シルヴィア「だから、引いてません」
リオネル「大きくなってきたなあ。早く出てこないかなあ」
シルヴィア「まだまだ先ですよ」
リオネル「名前、考えなきゃな。何がいいと思う?」
シルヴィア「そうですね…。女の子らしい可愛い名前がいいな」
リオネル「えっ!? 女の子!?」
シルヴィア「はい。アベニールさまがお腹の子を姫さまと呼んでらしたわ」
リオネル「聞いてないぞ!」
シルヴィア「お伝えするのを忘れていました」
リオネル「お前な…。そういう大事なことは、真っ先に教えてくれよ」
シルヴィア「ふふっ。ごめんなさい」
リオネル「そうか。女の子なのか…どんな名前がいいかな…」
シルヴィア「……デザートにアップルパイでもいかが?」
リオネル「えっ!? シルヴィアの手作り? 美味そう!」
シルヴィア「どうぞ、召し上がれ」
リオネル「……子どもと一緒に食べたい。取っておこうかな」
シルヴィア「腐りますっ!」




