第322話 報告と令達
猫耳四姉妹は、結局、明け方までおしゃべりをして過ごした。
珍しくカリーナも最後まで三人に付き合った。会話にはあまり参加せず、独り酒をかっ食らっていたが。
徹夜明けにも関わらず、四姉妹は元気に別れを告げ、名残惜しくも慌ただしく故国へと帰っていった。
「―あ〜あ。みんな帰ってしまった」
つまらなそうにシルヴィアはつぶやいた。次に会えるのはいつになるだろうか。グロリアはルプスへ嫁いでしまうし、ティアナもかねてから交際していた幼馴染の貴公子との結婚が正式に決まったそうだ。
嬉しそうに報告するティアナを祝福しながら、どこか一抹の寂しさを噛みしめていた。姉たちが結婚してしまうと、ますます会う機会が減ってしまう…。
一つ懸念があるとすれば、カリーナだ。あの我の強い姉が、ほとんど自己主張することなく帰っていった。大人しくて結構だと言いたいところだが、それはそれでやはり寂しい。
純粋にシルヴィアの身を案じて、ついてきただけなのかもしれない。それが駆けつけてみれば、ご本人は意識を取り戻して元気にしている。拍子抜けしたのだろう。
……と、思いたい。しかし、アベニールの話をした際、彼女の反応は確実に興味を示していた。つまり彼女の関心は、シルヴィアではなく既に『迷いの森』へと向かっている。
「―何よ。妹のあたしの心配より、聖剣のほうが大事だっていうの」
「はい? 何か仰いましたか?」
コレットが聞き返してきた。独り言だったのだが、思いの外大きな声が出てしまったらしい。
「……ううん。何でもないわ。それより、メロディはちゃんと休んだようね」
朝からメロディとジュリアンの姿は、ない。つわりがひどく一日休むと連絡があった。ジュスタンに説得されたらしい。ジュリアンの面倒をみるため、ジュスタンも隊の仕事を休んでいる。
「あの強情者も、ようやく観念したか」
「それだけ体調が辛いのでしょう」
サンドラが同情する。自身にも覚えがあった。ひどいときは、食べ物の話をしただけで気持ちが悪くなったものだ。
「今がピークです。もう少し耐えれば安定期に入ります。それまでの辛抱です」
「―今日は、どんな予定が入っていたかしら」
「特に何もございません」
「そう…。たまにはメロディのところへお見舞いに行こうかな」
「それが良いと思います」
サンドラが喜色を浮かべた。
「メロディも喜ぶかと」
「子どもの面倒をみているジュスタンをからかうのも、楽しそうだし」
金色の瞳がくるめいた。悪だくみをしている証拠だ。
「……シルヴィアさま。くれぐれも大人しくなさってください。ご自身だって安定期に入ったとはいえ、身重には違いないのですから」
「わかってるわよ、コレット。ちょっと様子を見るだけよ」
「……」
コレットは、疑わしそうに主人をジロジロ眺めた。
「―セリーヌ。入っていいか?」
そこへ、ドアをノックする音がした。
「ん? この声は…」
シルヴィアはサンドラと目を見交わした。お互い聞き慣れた声である。シルヴィアがうなづくと、コレットが案内に立った。
「ごめんな、忙しいとこ」
入ってきたのは、エーヴだった。なぜか上気した顔をしている。
「構わないわ。こっちへ座って」
「あ、いや、ちょっとした報告に来ただけなんだ。すぐ帰るから」
「あら、そう」
「実はさ…」
エーヴは、もじもじしたまま、一向に口を開かない。シルヴィアは、ふと思い出したように言った。
「……そういえば、サイノスが大怪我して入院してるんだって?」
「―!」
サイノスの名前が出た途端、エーヴは顔を真っ赤にさせた。
「エーヴがつきっきりで看病しているそうね。ごめんね。あたしが倒れちゃったから、お見舞いにも行けてないわ」
「そ、そ、そ、それは別に…セリーヌだって大変だったんだから…いいんだけどよ…」
エーヴは妙な動きで身をくねらせた。明らかに挙動不審である。
「……何なの、あなた。さっきから、変よ」
シルヴィアは、穴の空くほど親友の顔を眺め回した。
「だ、誰が変人だ!?」
「……」
すると、エーヴは突然くるりと背を向けてしまった。
「―わたしのバカっ。しっかりしろ…」
何やらブツブツとつぶやいていたかと思うと、また勢いよく向き直った。
「―シ、シルヴィア皇后陛下に報告いたしますっ!」
「―!」
エーヴの声が裏返った。驚いて、シルヴィアの金色の瞳が真ん丸に見開かれた。
「私、天馬シェアト隊隊長エーヴと、マルカブ隊隊長サイノスは、このたび、けっ…」
「……はい?」
「けっ、けっ…結婚することになりましたぁっ!」
「けっこん…?」
すぐには理解できず、束の間絶句した。しかし、次第に笑顔が広がっていく。ついには…
「にゃにゃーっ!? 結婚!? エーヴとサイノスが結婚!?」
シルヴィアは、いきなりエーヴに抱きついた。
「や〜んっ! おめでとうっ!」
「う、うん。ありがと」
「おめでとう、エーヴ」
「おめでとうございますっ! エーヴさま」
サンドラとコレットが次々と祝意を述べた。
「あ、ありがと」
ようやくエーヴの表情が緩んだ。相当緊張していたようだ。言うべきことを言い終えてほっとしたのだろう。
「サイノスも一緒に挨拶するって、聞かなくてよ。説得するのに苦労したぜ。あいつ、支えがなくちゃ歩けねぇってのに」
「生死に関わる怪我だった、って聞いてるわ」
「頑丈な身体だけが取り柄だからな」
「そんなこと、ないって」
「……」
エーヴは照れてはにかんだ。シルヴィアは、心の底から嬉しさが込み上げてきて、太陽のような輝く笑顔が弾けた。
「そっかぁ。―サイノスったら、やっと告白したんだ。エーヴが受けてくれて、あたしもとっても嬉しいわ」
「ん? セリーヌは知ってたのか?」
「サイノスから相談を受けてたから。……まあ、あたしが無理やり聞き出したんだけど」
「そうなんだ…」
「サイノスは、ずっと前からあなたのことが好きだったのよ。でも、自分はあなたの好みの男性じゃないから、きっとフラれると言って、告白しようとしなかったの」
「サイノスがそんなことを…」
「あたしが言うのもなんだけど、サイノスだってイイ男よ。誠実だし頼りがいがあるし、良い旦那さまになると思うわよ」
「当たり前だ。わたしが選んだ男だぞ。イイ男に決まってる」
「あはっ。ノロケてる」
「そ、そんなんじゃねえ!」
「照れない照れない」
シルヴィアは、エーヴの手を取った。
「それで、天馬隊のみんなには報告したの?」
「いや、まだだ。セリーヌが意識を取り戻したってんで、まずは真っ先に報告しようと思って、すっ飛んできた」
「まあ…。気を遣わせちゃってごめんね。それじゃ、今から報告しに行く? あたしも付き添うよ」
「あ、ごめん、セリーヌ。隊の連中には、サイノスと揃って挨拶したいんだ。だから、まだみんなには黙っててくれ」
「そう?」
シルヴィアは少しがっかりしたように言った。
エーヴは、終始はにかみながら、幸せそうに退出していった。サイノスのリハビリに付き添うのだと言って。
「嬉しいサプライズでしたね、シルヴィアさま」
「ほんとよ。びっくりしたわ」
サンドラも感無量といった表情をしていた。親友の結婚報告ほど幸せなものはない。
「―さてと。メロディのお見舞いに行きましょうか」
「失礼してよろしいでしょうか?」
そこへ、またしてもドアをノックする音がした。
「……あら、まあ。今日は千客万来ね」
シルヴィアの許しを得て、またコレットが案内に立った。現れたのは…
「あら!? アイラじゃないの」
「シルヴィアさま。ご快癒、おめでとうございます」
アイラは、完璧な膝折礼をした。
「ありがとう。ミラベルのいない間、エニフ隊をまとめていてくれたそうね。よくやってくれたわ。お礼をいいます」
「とんでもございません。己の非力を痛感するばかりです」
「……」
アイラは、どこか沈んでみえる。理由は明白であろう。しかしシルヴィアは、何も言葉にはしなかった。
「ご快復されたばかりで申し上げるのも心苦しいのですが、ことは喫緊でございます。ぜひ、シルヴィアさまにはお願いしたき儀が―」
「わかってるわ、アイラ」
シルヴィアは、大きくうなづいた。
「エニフ隊の大隊長を決めなくてはならないわね。それなら、もう決めてあるの」
「……」
「アイラ。あなたに頼むわ」
「……私は入隊したばかり。適任ではありません」
「既にあなたは隊をまとめているじゃない。天馬隊は実力主義よ。長さは関係ないわ」
「レイモンさまと二人でまとめていたのです。実力なら、レイモンさまが適任です」
「いいえ。あなたは剣の腕もリーダーシップも随一だわ。聞いているわよ、問題のあった隊員を立ち直らせたそうね」
「あれは…彼女を埋もれさせるのはもったいないと思っただけで…」
「これは命令よ」
シルヴィアは、容を改めた。威厳にあふれた様子で言い渡した。
「アイラ・カジャール。エニフ隊大隊長を命じます。速やかに隊を立て直しなさい」
【裏ショートストーリー】
シルヴィア「メロディ。体調はどう?」
メロディ「シルヴィアさま!? ……申し訳ありません、仕事を休んでしまって」
シルヴィア「いいからいいから、あなたは寝ていなさい」
メロディ「申し訳ありません…」
ジュスタン「ありがとう、セリーヌ。お見舞いに来てくれたんだ」
シルヴィア「そうよ。メロディは親友だもの。当然でしょ」
ジュスタン「あは。セリーヌにかかっちゃ、誰もが親友になっちゃうね」
シルヴィア「あなたもあたしの大事な大事な親友よ。……ねえ? ジュリアン」
ジュリアン「だぁーっ!」
シルヴィア「ふふふっ。ジュリアンもわかってるぅ〜」
ジュスタン「……わっ! こら、ジュリアン。人の鼻の穴に指を突っ込むな!」
シルヴィア「あっはっはっ! おっかしい! 天下の天弓も、子どもには形なしねっ」
ジュスタン「笑い事じゃないよ。どうしてだか、ジュリアンは、口とか鼻とかに指を入れたがるんだよね」
シルヴィア「子どもって、そういうものなんじゃない? よく知らないけど」
ジュスタン「いい加減だな〜。人のこと笑ってるけど、セリーヌだってもうじき同じ思いをするんだからね」
シルヴィア「あたしの子は行儀のいい子だもん。世話なんかかけさせないもん」
ジュスタン「今から親バカかい? この先が思いやられるね」
シルヴィア「親バカじゃないわ。単なる事実よ」
ジュスタン「……それを親バカって言うんだよ」




