第321話 花の猫耳女子会
「グロリアお姉さま、ティアナお姉さま、入って入って」
シルヴィアは、嬉しそうに手招きした。グロリアは、ティアナを伴い、部屋へ入った。その後ろを無言でカリーナが続く。
「ここに来るのは一年ぶりくらいかしら」
「一年半は経つんじゃない?」
そんな会話をしている二人に、シルヴィアは声をかけた。
「適当に座って。今お茶いれるから」
「シルヴィアさま。お茶なら私がご用意いたします」
コレットがシルヴィアを制した。
「そう? それじゃ、お願いするわ」
「あら!? ここ、ベビー室にしたのね」
グロリアは、子どもたちの部屋を覗いて歓声を上げた。
「本当だ。二人ともいるわ」
続けてティアナも顔を出す。ベビーベッドで寝ているバスティアンとジュリアンを見比べた。ジュリアンは不思議そうにグロリアを見上げている。
「可愛い〜っ。ジュリアン、こんにちは。お久しぶりね」
グロリアは腰を落としてジュリアンに微笑んだ。
「アーッ!」
ジュリアンが指さした。グロリアは床に寝ているメロディに気がつく。
「あら!? メロディさま、どうしたの?」
「―皆さま方、ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
メロディは、しんどそうに起き上がった。
「あっ…! いいのよ、寝ていて」
グロリアは慌ててメロディに寄り添った。
「メロディは、つわりがひどくて休んでいたんです」
サンドラがジュリアンを抱き上げながら言う。ジュリアンはサンドラの口にしきりと人差し指を入れようとしている。サンドラは、それを適当にあしらっている。慣れた様子から、日常的に行われているのであろう。
「あら、ごめんなさい。具合が悪いのに押しかけてしまって」
「仕事は休んでいいと言ったのだけど、誰かさんに似て強情だから、言うことを聞かないのよね」
シルヴィアが呆れたように言った。サンドラがそれに応えた。
「言っておきますが、私ではありませんよ。シルヴィアさまに似たんです」
「もともとは、あなた付きの侍女なんだから、あなたでしょう?」
「違いますっ」
「アーッ!」
ジュリアンがバタバタと暴れた。立ちたいらしい。床に下ろすと、グロリアに向かってよちよちと走り寄った。そのままペトリと抱きつく。
「まあ、ジュリアンったら。甘えちゃって」
シルヴィアはにこにこしながら言った。
「グロリアお姉さまが優しい人だって、わかるのね」
「可愛いわあ」
グロリアは、ジュリアンを抱きしめた。ジュリアンは、「あうっ」とか言いながら、満足そうに胸の中に収まっている。
グロリアには、こういう姿がお似合いだ。さぞ面倒見のいい母親となるだろう。
(あたしは、どんなお母さんになるのかな…?)
膨らんだお腹をさすりながら、密かに思った。どちらかというと、サンドラタイプだろう。子育てを楽しみながら、仕事に比重をかけるのではないか。それが子どもにとって良いことなのかは、わからないが。
「ギャアーッ!」
突然、バスティアンが激しく泣き出した。サンドラがさっと抱き上げてあやし始めた。
「さっきまでご機嫌でお昼寝していたのに、急にどうしたのかしら」
シルヴィアがバスティアンの顔を覗き込んだ。
「怖い夢でも見たのでしょう」
サンドラは、まったく動じない。相手が赤ん坊だろうと敵だろうと、冷静に対処していくさまは変わらない。
「……ここも、ずいぶんとにぎやかになったわね」
ジュリアンを抱きかかえながら、グロリアがふわりと微笑んだ。それは、どこか羨ましそうな表情でもあった。
「次に生まれる子たちも控えているし、ますますにぎやかになるわね」
「グロリアお姉さまだって、すぐよ、すぐ」
しかしシルヴィアは、たちまち顔をしかめた。
「子どもの父親がアズールというのが気に食わないけどね」
「私も同意」
珍しくティアナがシルヴィアに同調した。
「二人を見ていると、夫婦というより姉弟にしか思えないのよね」
「アズールは頼りになる旦那さまよ。私は少しも心配していない」
「心配性のくせに、ことアズールに関しては信頼仕切っているのよね」
「大丈夫」
グロリアは二人の妹に、ふわりと微笑んでみせた。
「カリーナお姉さまだって、ドラードお義兄さまだっているわ。とても心強く思っているの」
名前が出た途端、シルヴィアは嫌そうに顔を背けた。
「―皆さま。コーヒーがご用意できましたよ」
コレットの呼ばわる声がした。
「さあっ、コーヒーブレイクよ!」
シルヴィアは手を叩いて喜色を露わにした。
「以前来てくれたときのように、たくさんおしゃべりしましょうよ。ゆっくりしていけるのでしょう?」
「……ごめんなさい、シルヴィア」
申し訳なさそうにグロリアは言った。
「ルプスの両陛下には、無理してお輿入れを延期していただいたから、すぐに帰らないといけないの」
「ええーっ! そうなの? いつ? いつ帰るの?」
「……明日」
「うそっ!? そんなにすぐ?」
見るからにシルヴィアは肩を落として落胆した。
「がっかりだわ。滅多に会えないのに。こんなことなら、意識を取り戻すんじゃなかった」
「バカ言わないで。健康が何よりじゃないの」
「それに、意識を失っていたら、おしゃべりできないのよ。意味ないでしょ」
グロリアの台詞に被せるようにしてティアナが言った。
「それはそうだけどねー」
シルヴィアは姉二人をテーブル席に着くよう促した。カリーナは既に着席してカップに手をかけている。
「―美味いっ」
カリーナは満足そうに唸った。
「このコーヒーってやつは、絶品だな。シルヴィア。ルプスにも支店を出せ。例のカフェ猫耳とかいうやつ」
「……」
シルヴィアは、無視した。それを見て、グロリアがすかさず言葉をつないだ。
「私も聞いたわ。リシャールでは連日行列ができる人気店だそうね。観光名所にもなっているらしいわ」
「おかげさまで、好評を博しているの。2号店もオープンしたのよ」
「まあ、すごい。シルヴィアは、商才もあるのね」
「へっへー。それほどでもあるわよ」
「―苦いのね」
シルヴィアは胸をそらしたが、ティアナは一口含んだだけでカップを遠ざけてしまった。
「申し訳ないけど、私の口には合わないわ」
「クセのある飲み物だから。合う合わないがあるのよ。ティアナお姉さまは、ダメみたいね」
「―あら。美味しい。ミルクを入れてあるのね」
「グロリアお姉さまは、イケる口なのね。飲める人は、ブラックで楽しむ人が多いわ。ミルクを抜いたものを飲んでみる?」
「いえ、いいわ。これはこれで美味しいから」
「時間があればなあ。お姉さまたちをお店に連れて行けるのに」
「―シルヴィア。シャウラはどうした?」
ふいに、カリーナが尋ねた。シルヴィアは、ぎょっとしたように彼女の顔を見つめた。あれほど意識的に避けていたのに。
「お前の夢では、シャウラこそアベニールなのだろう? 直接話してみたい。どこにいる?」
シルヴィアとそっくりな金色の瞳は、静かに向けられている。思わず頬を赤らめながらシルヴィアは答えた。
「シ、シャウラは、いない。どこかへ行ってしまったの」
「いない、だと?」
金色の瞳が一瞬、ギラっと光った。しかしすぐに視線を背けてしまった。
「それなら、しょうがねえ」
「……」
ムスッとした様子で、シルヴィアは上目遣いに姉の横顔を眺めた。微妙な空気が流れた。すると、グロリアが場を取り持つように言った。
「……ね、ねえ、シルヴィア。リオネル陛下とはその後、どうなの? 仲直りしたのでしょ?」
「うん。あれから、夜は一緒に過ごすようにしているの」
「えっ!? まさか、毎晩えっちしてるの?」
ティアナが素っ頓狂な声を出した。シルヴィアは真っ赤になりながら手を振った。
「ち、違うわよっ! 一緒に過ごすというのは、そういう意味じゃない。仕事から帰ってくる旦那さまをお迎えして、一緒にご飯を食べて、いろいろなことをおしゃべりして過ごす、ということよ」
「なんだ…。びっくりしたわ。でも、そうか、おめでたは、そういうことなのね」
「何がそういうことなのよ?」
「つまり、えっちする機会が増えた、ということでしょ?」
「それは…まあ…」
これ以上ないというくらい、シルヴィアは真っ赤になった。猫耳まで赤い。
「良かったわあ」
グロリアがほわっと笑った。
「あんなことがあった後でしょう? 心配していたのよ。以前の仲良しご夫婦に戻って、本当に良かったわ」
「会話が増えてお互い何を考えているのか、わかるようになったの。あたしが言うのもなんだけど、以前より絆が深まった気がする」
「まあ…! 一人前にノロケちゃって!」
ティアナがからかった。
「そういうんじゃ、ないけどさ」
シルヴィアは、はにかんだ。
「毎日一緒に過ごすようにしたのは正解だったわ。お姉さまたちにもおススメよ」
「やあだ! 毎日なんて、身体が保たないわ」
「……違うから、ティアナお姉さま」
華やかな笑い声が弾けた。
リシャールは、次第に陽が傾き始めている。
それでも猫耳姉妹たちのおしゃべりは、果てがないようだった。
【裏ショートストーリー】
フランベルジュ「あれ? シャウラ。今までどこに行ってたのさ?」
アベニール「もうすぐシルヴィアが目覚めますよ」
フランベルジュ「えっ!? ほんと? ようやく猫耳王女さまのお目覚めか…って、ええーっ!? シャウラがしゃべった!?」
アベニール「フランベルジュも、人臭くなりましたねえ。まだ私が誰か気付かないのですか?」
フランベルジュ「げっ…! あなたさまは、もしや、アベニールさま…?」
アベニール「ようやく気付きましたか」
フランベルジュ「げげーっ! シャウラがアベニールさまだったなんて…」
アベニール「しっかりしてください。炎剣フランベルジュの名が泣きますよ」
フランベルジュ「……いよいよですか」
アベニール「シルヴィアを神の器に創り変えました。いつでもガゼルを受け入れられます」
フランベルジュ「セヴィルも目覚めました。ご存知でしょうが」
アベニール「シルヴィアにすべてをお話ししました。あなたには、ガゼルが目覚めるまでの間、シルヴィアの守護を頼みましたよ」
フランベルジュ「それはお任せください。セヴィルには指一本触れさせやしません」
アベニール「六将星も順次目覚めるでしょう。六千年の刻を超えて、今度こそ決着をつけなければなりません」
フランベルジュ「はっ」




