第320話 花の猫耳四姉妹
「シルヴィア…!」
サロンに入ってくるなり、グロリアは出迎えたシルヴィアに抱きついてきた。既に滂沱の涙である。
「良かった…本当に良かった…」
「お姉さま、泣かないで」
シルヴィアは、姉の細い身体をしっかりと抱きしめた。
「……まずは皆さま、お座りください」
アニェスが慰問団一行に声をかけた。どこか生き生きとしている。変な追及から逃れられたからに違いない。
テーブル席に各々落ち着き、お茶が配られると、早速グロリアが口を開いた。まだ煉瓦色の瞳は涙目である。
「本当に元気になって良かった。倒れたと聞いたときは心臓が止まるかと思うほど驚いたのよ」
「心配かけてごめんなさい。でも、どうして知っているの? カトゥスに報せは出していないはずだけど」
シルヴィアは、リオネルを軽く睨んだ。リオネルは、慌てて無言で手を振った。
「―キャロルよ。彼女が報せてくれたの」
「キャロルが…」
(……彼女には後でお仕置きが必要ね)
そんな物騒なことを考えていると、ティアナが思い出したように言った。
「―そうそう、お見舞いを持ってきたんだけど、快復祝になったわね」
ティアナがアズールを促した。心得てアズールは抱えていた花束を差し出した。
「シルヴィアなら、絶対に大丈夫だと信じてたぜ。快復おめでとう」
「ありがとう! かえってごめんなさい、気を遣わせちゃって」
シルヴィアが後ろを振り向いてうなづくと、コレットがさっと出てきて花束を受け取った。花束の中に、金貨が入っていると思しき小さな袋があるのを見逃さなかった。
「でも嬉しいわ。思いがけず輿入れ前のお姉さまに会えて」
「アズールがね、快く延期を承知してくれたの」
「そりゃそうだろ。シルヴィアは、俺たちの大事な妹だ。慶事は延ばせるが、弔事は延ばせねえからな」
「ちょっと! なんてこと言うの!?」
ティアナの柳眉が逆立った。
「聞いてよ、シルヴィア。アズールったら、酷いのよ。ここへ来る間の馬車の中でも、あなたのこと危篤だのなんだの言い続けていたのよ。よっぽど死なせたいらしいわ」
「誤解だっ。俺は危篤だと聞いたんだ。覚悟も必要だと言いたかっただけだ」
「死ぬかもしれないと思っていたのには違いないじゃない。家族なら、絶対に死なないと思うのが普通でしょ?」
「―まあまあ、ティアナお姉さま。そんなに怒らないで。あたしは気にしていないわ」
シルヴィアは苦笑いを浮かべながら仲裁した。
「アズールに悪気がないのは、わかってるから」
「みんなアズールに甘すぎだわ」
ぷんぷんと怒りが収まらないティアナを尻目に、シルヴィアは輝く笑顔を浮かべた。
「みんな、あたしのために心配してくれて、ほんとにありがとう。おかげさまでこんなに元気になりました。お腹の赤ちゃんも無事に大きくなってるし、もう大丈夫よ」
「……ずいぶん、目立ってきたわね、お腹」
グロリアがふわりと笑ってみせた。シルヴィアの大好きな笑顔だ。
「21週目なの。ときどき、ポコポコと動くのを感じるようになったわ」
「胎動というやつね」
ティアナも、興味津々で膨らみ始めたお腹を見つめている。シルヴィアは、そっとお腹をさすった。
「命がお腹の中にある、って、とても不思議な感じ。それでいて、とても幸せなの。心の奥底から愛しさが湧いてきて、この子のためなら、なんでもしたくなる」
「―そう思うなら、これ以上無茶はしないでくれ」
ジロッと睨みながらリオネルが言った。
「そういえば、あなた、戦場に立ったのですって? それは良くないわ」
グロリアは、心配そうに眉根を寄せた。
「赤ちゃんにもしものことがあったら、どうするの。赤ちゃんはお母さんがすべてなのよ。危険なことをしては駄目よ」
「ごめんなさぁ〜い」
さしものシルヴィアも、グロリアの小言には弱いらしい。リオネルに同じことを言われれば間違いなく反発しただろうが、素直に頭を下げた。
「グロリアどの。もっと言ってやってくれ。シルヴィアは人の言うことを聞きやしねえ」
「言いつけはちゃんと聞いていますぅ」
「ウソつけっ! 姉上方の前で良い子のフリをするな」
「良い子のフリなんてしてない! あたしは元々良い子なのっ!」
「よく言った! どれだけお前が横紙破りしているか、姉上方の前で一つひとつ挙げてやるっ」
「望むところよ! 受けて立つわっ!」
「シルヴィアったら、喧嘩できるくらい、元気になったのね」
ティアナが呆れて言った。
「なんでも、四週間も眠っていたそうじゃない。赤ちゃんも元気だと言っていたけど、普通に考えてそんなこと、ある?」
シルヴィアたち三頭は、目を見交わした。まさにそのことでカトゥスに協力要請をしようとしていたところだったのだ。
「実はお父さまにお願いの手紙を出そうと三人で話し合っていたところだったの」
「お願い…?」
シルヴィアは、倒れていた間に見た夢について、かいつまんで説明した。4人は、シルヴィアが語り終わっても、身動ぎ一つしなかった。
内容が内容だけに、俄には信じ難かったからだ。それでも、真っ先に口を開いたのはカリーナだった。
「面白え。ガゼルの聖剣にセヴィルの指輪、それにアベニールの神鏡か。こんな面白え話は滅多にねえ。嘘か真か、『迷いの森』へ行ってみようぜ」
「カリーナさまは気がお早い」
アニェスが苦笑いを浮かべた。
「鍵であるお義姉さまは身重です。今すぐというのは現実的ではありませんよ。実際に探索に行くのは出産後です」
「待てるかよ。シルヴィア抜きでも探すくらいはできる。『迷いの森』は、ガキのころからシルヴィアを連れてよく遊びにいったところだ。勝手は知ってる」
「あなたには頼んでいないわ」
シルヴィアは、吐き捨てるように言った。それまで、殊更にカリーナを無視していたのだ。
「カトゥスのお父さまに協力を要請するのっ。あなたの出る幕なんかないんだから、口を挟まないで」
「あたしはカトゥスの元王女だ。加えてルプス王太子妃でもある。ルプスにも動員できるぞ。人手は多いほうがいいだろ」
「引っ込んでいてと言ったでしょう? そもそも、なんであなたがグロリアお姉さまについて来てるのよ? 関係ないじゃない」
「実の姉だぞ? 妹の心配をして何が悪い」
「あなたなんか、知らないわ! 都合のいいときだけ姉面しないでよっ」
「シルヴィア! それは言い過ぎよ」
呆れて二人の口論を眺めていたグロリアが、シルヴィアをたしなめた。
「カリーナお姉さまは、ここへ来るまでの間、あなたのことをとても心配していたのよ。ドラードお義兄さまもそういうことならと、気持ち良く送り出してくださった。それをあなたは、ルプスだからという理由だけで関係ないと突き放すの?」
「……」
シルヴィアは、黙って唇を噛んだ。
「まったく、あなたときたら…。子どものころは、カリーナお姉さまの姿が見えなくなると泣き喚くほど懐いていたのに、どうしてそんなに嫌ってしまったの?」
「いや、いいんだ」
悲しそうに煉瓦色の瞳を伏せてしまったグロリアに、カリーナは大して気にした様子もなく言った。
「こいつの性格は、あたしが一番よく知ってる。会えて嬉しいくせに素直に言えないだけなんだ」
「……!」
シルヴィアは、キッとカリーナを睨みつけたが、何も言葉にはしなかった。
「……私は信じられないわ」
ティアナがおもむろに口を開いた。
「みんな、シルヴィアの話を真に受けているみたいだけど、意識を失っていた間の夢の話なのよ? なんで本当だと思うの?」
「ティアナさまの仰ることは、もっともです」
アニェスが微笑んだ。
「私たちは、実際に喋る魔獣を目の当たりにしました。ガブリエルの身体を借りたセヴィルともお義姉さまたちは会話を交わしています。信じるに足る根拠があるのです」
「アニェス殿下に口答えするようで恐縮ですが、そのセヴィルも、ガブリエルの芝居かもしれないではないですか。セヴィル本人である証拠にはならないと存じますが」
「ティアナさまのご指摘は正しいわ。これは主観になってしまうのですが、近しい者としてガブリエル本人であるかどうかは、わかるつもりです。その場にいた者すべてが、あれはまったくの別人であった。声や姿形はガブリエルであっても、中身は本人ではない、と断言しております。私はその判断を信じます」
「そうですか。アニェス殿下がそう仰るなら、私も信じることにします。余計な差出口をいたしました。申し訳ございません」
「気にするな、ティアナ」
隣に座るカリーナがバンバン肩を叩いた。それを嫌そうに顔をしかめると、ティアナは彼女から少し身体を離した。
「お前は、筋金入りの常識人だ。良い意味でも悪い意味でもな。お前の意見はつまらんが議論する上ではとても重要だ。正常なラインが明確になるからな。あたしは高く評価しているぞ」
「……それ、褒められてる気がしないのですけど」
ティアナは憮然として言った。
「あっはっはっ! 気にするなと言ってるだろう!」
カリーナは豪快に笑った。カリーナもまた、良くも悪くも規格外の豪傑である。彼女を制御できる者は、この世でドラード唯一人であろう。
「シルヴィアは、出産に専念していろ。あたしは独自に動いてみる。なあに、セヴィルだろうと喋る魔獣だろうと恐れることはない。むしろ楽しいじゃねえか。神話の世界に引きずり込まれたみたいでさ。この時代に生まれてきて良かったぜ。ワクワクが止まらねえ!」
【裏ショートストーリー】
サンドラ「シルヴィアさま、そろそろお時間です」
シルヴィア「もうそんな時間? サロンでの会議、久しぶりねえ」
コレット「お身体のほうは、本当にもう大丈夫なのですか?」
シルヴィア「そんなに心配しないでよ。絶好調だから。なんなら、倒れる前より調子いいくらいだから」
コレット「シルヴィアさまは、ときどき嘘をつかれます」
シルヴィア「なによ? あたしが信用できないっていうの?」
コレット「私たちを心配させまいとして、優しい嘘をつかれます」
シルヴィア「……」
サンドラ「コレットに一本取られましたね」
シルヴィア「でも、調子がいいのは本当なの。アベニールさまが、あたしの身体に細工したみたいなのよね」
コレット「……それ、赤ちゃんに害はないんですか?」
シルヴィア「う〜ん。よくわからないけど、アベニールさまは赤ちゃんも特別な力を使えるようになると仰ってた。害にはならないんじゃない?」
サンドラ「シルヴィアさまがガゼルの器になられるとは、やはり尋常な方ではないと思っていました」
シルヴィア「別になりたくてなったんじゃないよ〜。アベニールさまが勝手に選んだんだよ〜」
サンドラ「泣き言を仰ってはいけません。誇りに思わなくては」
シルヴィア「アベニールさまのお話だと、ガゼルさまも我が強そうなのよね。あんまり嬉しくないなあ」
サンドラ「女神さまの器ですよ? 嬉しくないとは罰当たりな。私はシルヴィアさまにお仕えして良かったと心から誇りに思っております」
シルヴィア「はいはい、ありがと。……それじゃあ、行きましょうか」
サンドラ「本当におわかりになっているのかな…?」




