第319話 太陽輝く街
ブランシャール帝国皇后シルヴィア、快復する。
その一報は、瞬く間に全世界を駆け巡った。
リシャールは、まさにお祭り騒ぎとなった。火が消えたようだった皇都は一転、普段の活気あふれるさまが蘇った。
各商店では、猫耳皇后快復記念と銘打って、大セールが行われた。人々は街へと繰り出し活況を呈した。
それは皇宮でも同様で、目に見えて人々の表情が明るくなり、自然と活気横溢となった。
シルヴィアが目覚めてから、念のため二日間病室に泊まった。さまざまな検査が行われたが、どこにも異常は認められなかった。
見舞客が殺到したが、妊婦でもあり、快気直後でもあることを理由に、すべて丁寧にお断りした。
しかし、義母である皇太后アレクシアまでは断れず、例のごとく大量の見舞い品と共に現れた彼女の挨拶を、有り難く受け取った。
こうしてシルヴィアは、三日後には完全復活となったのである。
「―なんだか、ここに来るのもずいぶん久し振りな気がするわ」
シルヴィアは、アニェスのサロンに一歩足を踏み入れると、感慨深そうにつぶやいた。
「実際、2か月近く経ちますよ」
アニェスが微笑んだ。
「ガブリエル討伐に出る前に、ここで話し合って以来ですもの」
「もう、そんなになるのね」
「知らないうちに、お前の腹もだいぶ膨らんできたな」
リオネルは、マタニティドレスの上からもはっきりとわかるお腹をじっと見つめた。
「そうなんです。ちょっと眠っていた間に赤ちゃんが成長したみたいで」
「ちょっと、ね」
呆れたようにリオネルは言った。シルヴィアは、愛おしそうに膨らんだお腹を撫でている。
「……これで何週目になったんだ?」
「21週目になりました。いわゆる安定期なんですって。ね、サンドラ?」
「はい。胎動も感じられる時期ですよ」
「……旦那さま。触ってみます?」
「えっ…いいのか?」
「当たり前です。パパなんですから」
「……」
パパと言われて、なんとも言えない表情を浮かべながら、そっと膨らんだお腹を触った。
「……よくわからん」
「一休みしているのかな。動くときはよくポコポコしているのだけど」
「赤ちゃんも疲れているのかもしれませんね」
幸せそうなシルヴィアに、アニェスは、ほっこりしながら言った。
「何しろお母さまは、人並外れた運命の持ち主なのだから」
リオネルとアニェスには、アベニールから聞かされた驚愕の話をすべて伝えていた。無論、ループのくだりは伏せてであるが。
「ガゼルの聖剣か。おとぎ話の類としか思っていなかった。まさか、実在するとはな」
「私たちは既に喋る魔獣を目の当たりにしているし、お兄さまたちはセヴィルとも会話を交わしています。荒唐無稽に思える話も信じざるを得ません」
「アベニールは、カトゥスにある『迷いの森』を目指せと言ったんだったな」
「はい、旦那さま。そこへ行けば、おそらく聖剣の在り処がわかるのでしょう」
「もしかしたら、『迷いの森』自体に在るのかもしれません」
アニェスは、思慮深そうに指を顎に当てた。それに応えるようにシルヴィアが言った。
「近いうちに実家に手紙を書こうと思います。探索への協力を仰ぎましょう」
「……おい、シルヴィア。まさかと思うけど、自分で行こうとしていないよな?」
「にゃ? なぜあたしが行っては駄目なのですか?」
「お前な…!」
リオネルは、気色ばんだ。
「ガブリエル討伐に同行した挙句、四週間も眠り続けたのはどこのどいつだ?」
「それは結果論であって、鳥のバケモノ退治は成功したじゃありませんか。あたしが同行して良かったわ」
「ふざけんな! 心配ばっかりかけて、どういうつもりだ! 少しは赤ん坊のことを考えろ!」
「アベニールは、あたしが鍵だと仰ったんですっ。鍵のあたしが直接行かないで、どうやって聖剣を見つけるんですか!」
「―黙りなさぁーいっ!」
アニェスの一喝がサロンに響いた。
「まったくお二人ときたら、いつもいつも…どうして冷静に話し合えないの!?」
「ごめんなさぁーい」
「悪かったよ」
二人は、殊勝に頭を下げた。
「……お義姉さま。さすがに大きなお腹を抱えて遠出をするのは現実的ではないわ。直接出向くとしても、出産後がよろしいかと思いますが、いかが?」
「……はい。アニェスさまの仰るとおりです。万が一、ガブリエルと対峙しているときに産気づいたりしたら、一巻の終わりですものね」
「……」
リオネルは、ほっとしたように目に見えて肩の力を抜いた。この猫耳王女は、放っといたら本当に何をしでかすかわからない。
「半年以上先の話ですから、それまでにいろいろ準備を進めましょう」
二人の様子を窺いながら、アニェスが話をまとめにかかった。
「お義姉さまも、片付けなければならない宿題がおありになるのでしょう? 例えばエニフ隊のこととか」
「ええ。そうですわね。―アニェスさまもね」
「えっ!? 私? 宿題なんてあったかしら…」
驚くアニェスに、金色の瞳がくるめいた。
「決まってるじゃありませんか。―ウィンストンさまとの結婚話ですよ!」
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「シルヴィア陛下。この度のご快癒、誠におめでとうございます」
ウィンストンは、片膝をついて丁寧に挨拶した。シルヴィアは、太陽のような輝く笑顔を返した。
「ご丁寧なご挨拶、ありがとうございます、殿下。今日お呼びしたのは他でもありません。アニェスさまとの結婚についてです」
「……」
ウィンストンは、素早く三人の表情を盗み見た。アニェスもリオネルも落ち着いている。この件に関してのスポークスマンは、シルヴィアだと承知している。
「お話が出て以来、いろいろなことがあって中断してしまいましたけど、そろそろ進めようと思いますの」
「それは、望むところではありますが…」
「何かご懸念でもお有りですか?」
「アニェスどののお気持ちをお聞かせいただきたい。このこと、ご承知なのかを」
「無論、義妹は承知して―」
「―陛下。申し訳ありません」
シルヴィアを遮ってウィンストンは、アニェスをじっと見つめた。
「直接ご本人の口からお聞きしたい。俺との結婚、承知くださるのか?」
「……ウィンストン殿下は、とても良い方と思っております」
アニェスは、静かに口を開いた。
「ましてや婿入りまでしてくださいます。これ以上の方はいらっしゃらないと感謝していますわ」
「……それは、承知しているとは言えませんね」
「えっ…」
「アニェスどのは、皇妹の立ち場でしか仰っていない。俺のことをどう思っているのか、本心をお聞きしたい」
「それは…」
「アダンのことを愛しているのではないですか?」
言い淀んだアニェスに、ウィンストンはどストレートを投げ込んだ。激しく反応したのは、当のアニェスではなく、リオネルの方だった。
「なんだと!? アニェス、それは本当か?」
「……」
「黙ってないで、なんとか言え! おい、アニェスっ!」
「旦那さまっ! 少し黙ってて!」
シルヴィアは、リオネルを抑えようとした。しかしリオネルは収まらない。
「これが黙ってられるかっ! アダンのことを愛してるだと!? 俺は全然聞いてないぞ! どういうことだ!? まさか、俺に黙って付き合ってたんじゃないだろうな!?」
「だからっ! それを今アニェスさまの口からお聞きしようとしているんじゃないの! そんなふうに興奮して怒鳴り散らしていたら、言えるものも言えなくなるわ!」
「ふざけんなっ! どいつもこいつも俺を除け者にして好き勝手にやりやがって、俺は兄であり夫であり皇帝だぞ! ないがしろにするにもほどがあるっ」
「今は皇帝かどうかなんて、関係ないでしょう! いいから、旦那さまは黙ってて! 余計ややこしくなるからっ!」
「―わかった、わかった!」
ウィンストンが二人に割って入った。いつもなら、その役をやるはずのアニェスは、黙ったままピクリとも動かない。
「俺が悪かった。こんなことをここで持ち出すべきじゃなかった。この話は後日改めて―」
「―失礼いたしますっ!」
突然、侍従がサロンに飛び込んできた。
「何事か!」
ギーが叱声を放った。
「陛下の御前だぞ! 訪いも告げずに入室するとは無礼であろう!」
「申し訳ございません。されど、緊急事態にございます!」
「―構わないわ、ギー」
固まっていたアニェスが、どこかほっとしたように声をかけた。
「何があったの? 報告してください」
「はっ! ―たった今カトゥスから、グロリア王女を始めとした皇后陛下への慰問団がご到着いたしました!」
【裏ショートストーリー】
グロリア「シルヴィアは大丈夫かしら。心配だわ」
ティアナ「お姉さまは、心配し過ぎよ」
アズール「グロリアは心配性だからな。しょうがねえさ」
グロリア「アズール。ごめんなさいね。輿入れの日を延期してしまって」
アズール「気にすることはねえ。ほかでもねえシルヴィアが危篤と聞いちゃ、駆けつけねえわけにはいかねえからな」
ティアナ「ちょっと! 勝手に危篤にしないでよっ。意識不明なだけだからっ」
アズール「何が違うんだ?」
ティアナ「意識はないけど、命に関わることじゃない、ってお医者さまは言ってるのよ。お腹の子だって元気だというし、今にも死にそうみたいな縁起の悪いこと言わないでよ」
グロリア「本当にあの子、命に別状はないのかしら…。みんなを心配させないために、お医者さまと口裏を合わせているのでは…」
ティアナ「お姉さま!? 違うから! ……ほら、どうすんのよ、アズール。お姉さまの心配性が膨らんじゃったじゃない!」
カリーナ「シルヴィアなら、大丈夫さ。そう簡単に死ぬようなタマじゃねえ」
ティアナ「……どうしてカリーナお姉さまが一緒にいるのよ」
カリーナ「おい、ティアナ。私だってシルヴィアの姉だぞ。見舞いくらい当然だろが」
ティアナ「かえってシルヴィアの具合が悪くなったりして」
カリーナ「……いい度胸してるな、ティアナ。馬車を降りろっ! 根性叩き直してやるっ!」
アズール「わあっ! 馬車の中で暴れるなっ!」
グロリア「……シルヴィア、お願い。私が行くまで死なないで…」
ティアナ「お姉さまっ! 違うからぁーっ!」




