第318話 女神の目覚め
「アベニールさまは、猫が本当のお姿なの?」
「いいえ。シャウラの体を借りているだけですよ」
アベニールは、キラキラとした笑顔で答えた。
「私たちは、物理的な身体を持ち合わせていないのです。精神生命体といったらいいのかしら。意識だけの存在ですよ」
「意識だけの存在…よくわからないわ」
「霊体、と言った方がわかりやすいかしら」
「にゃっ!? 神さまって幽霊なの?」
「死んではいませんが、まあ、そのようなものです」
「ふ〜ん。不思議〜」
「ですので、シャウラに憑依しているわけです。猫は単純ですからね、簡単だし猫にも悪影響はほとんどありません。でも、人となると簡単にはいかないのです」
「並みの人では精神が保たないと仰っていたわ」
「そうなのです。人のような複雑な生き物だと、私たちの意識と一体化するのが難しくて、大抵は耐えられず崩壊してしまい、廃人のようになってしまいます」
「……旦那さまやガブリエルは、心を病んで悪魔のようになってしまったの?」
「少し違いますね。彼らの方がセヴィルの意識を全面的に受け入れたのです。その結果悪魔になるのは、つまりそれがセヴィルの本質だからです」
「それなら、尚更、セヴィルは許せないわ。セヴィルは、世界の王になると言っていた。国々を滅ぼして、世界の支配者になりたいのね」
「そうですね。先にも言ったように、セヴィルは独占欲が強い。地上世界のすべてを手に入れ支配する。それが彼女の目的です。三種の神器こそ、地上を統べる者の証。三つ揃えた者が、絶対の支配者となるでしょう」
「三種の神器…。実在するのね?」
「もちろん。おとぎ話でもなんでもありませんよ」
「そういえば、ガブリエルは、おとぎ話や昔話が大好きで、三種の神器のことも言ってたな…何だっけ…」
「ガゼルの聖剣の在り処をシルヴィアに尋ねていましたよ」
「そうそう! そうだったわ。カトゥスに聖剣にまつわる伝承がないか、しつこく尋いてた」
「セヴィルの狙いは、ガゼルの聖剣と私の持つ神鏡です。彼女の持つ指輪と併せれば、めでたく地上世界の支配者となれるわけです」
「絶対にそんなこと、させないわ」
「……地上世界を支配したあとは、彼女はフレイに挑戦するつもりなのです」
「にゃにゃっ!? なんて罰当たりな。天空の女神でありお母さまでもあるフレイと戦おうというの?」
「フレイを打ち倒し、天界・地上界全ての支配者となる。これが悪魔セヴィルの最終目的です」
「負けられないわ。悪魔が世界に君臨したら、それこそこの世は闇だわ」
「ガゼルも、同じように考えています。そのためにシルヴィア。あなたの力が必要なの。私たちに力を貸してくれますか?」
「もちろん。むしろ、あたしのほうこそ、アベニールさまたちのお力をお借りしたいわ」
「ありがとう。そう言ってくれると思っていました」
莞爾と微笑むと、アベニールは遠くの声を聞くように耳を傾けた。
「―どうやら、受け入れる態勢が整ったようです。目覚めの刻がきました、シルヴィア。まずはカトゥスの『迷いの森』を目指しなさい」
「『迷いの森』?」
「ガゼルを信じて。必ずあなた方の力になります。悪魔の誘惑に負けないで」
「アベニールさま…」
アベニールの猫の姿が急速にぼやけた。渦を巻くようにして消えると、青空も草原も同じように渦を巻き出した。あっと言う間に一点に収束すると、世界が真っ暗になった。
そして、意識が飛んだ。
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「―よう、サンドラ。今日も相変わらず付き添いか?」
リオネルは、殊更明るく声をかけながら病室に入ってきた。
サンドラは、一礼すると椅子を立った。
「いいからいいから」
リオネルは、サンドラを無理やり椅子に戻した。
「申し訳ありません、リオネルさま」
「気にすんな。いつもサンドラには面倒をかけてるんだ。俺が座ったら、シルヴィアに怒られちまうよ」
「……」
「―シルヴィアは、変わらねえか」
リオネルは、すやすやと眠り続けるシルヴィアの顔を覗き込んだ。
「はい…。未だ意識が戻りません」
「もう三週間くらいか」
「意識を失われてから、四週目に入りました」
「腹の赤ん坊も元気なんだろ?」
「お医者さまによれば、順調だそうです」
「母親が飲まず食わずなのに、不思議だよな」
「お医者さまも皆目見当がつかないとかで、今では、時々様子を見に来る程度です」
「医者にも見放されたか」
「……シルヴィアさまは、必ずお目覚めになります」
「そう!」
リオネルは、嬉しそうにサンドラを指差した。
「俺もそう思ってる。というか、確信してるんだ。このまま寝たきりになるわけないって。あのシルヴィアが、このまま目を覚まさないなんて、そんなことあるわけないって」
「……」
「気長に待とうぜ。どうせシルヴィアのことだ。そのうち、よく寝た〜、なんて欠伸をしながらお気楽に起きてくるさ。俺たちの気持ちなんか知らないでよ」
「そう…ですよね」
「サンドラも無理すんな。ちゃんと休めよ」
「はい。コレットとメロディが交代してくれますから。お気遣いなさらずに」
「―さてと。部屋に戻るかな」
「毎日お仕事帰りにお立ち寄りくださり、本当にありがとうございます」
サンドラは、丁寧に頭を下げた。リオネルは、不満そうに答えた。
「おい、サンドラ。俺は夫だせ? ほんとは俺こそがシルヴィアに付き添ってやらなきゃならないんだ。それをお前たち侍女に押し付けてんだぞ。毎日顔を見に来るくらい、当たり前だろ?」
「……」
サンドラは一瞬、うつむいた。しかしすぐに顔を上げると、ギロッとリオネルを睨んだ。
「……リオネルさま。私は侍女ではなく、護衛官です」
「あ…?」
しばらくお互い顔を見合わせた。やがて笑顔が広がり、爆笑となった。
「―ずいぶん、楽しそうね」
ふいに、シルヴィアが言った。
「そうなんだよ。サンドラのやつ、筋金入りの頑固者だからさ、未だに侍女と認めない―」
お腹を抱えながら答えたリオネルは、ベッドから起き上がっているシルヴィアを見て固まった。
「―シルヴィアさま!?」
サンドラが飛びつくようにして覗き込んだ。
「気がつかれましたか!?」
「うん…? うん。すごくよく寝たわ。寝過ぎてまだ眠いくらい」
シルヴィアは、大きな欠伸をした。
「シルヴィア…」
リオネルは、へなへなと倒れ込むようにしてベッドの脇に腰掛けた。
「お前なあ…。心配かけんなよ」
「はい…?」
「シルヴィアさまぁ〜っ!」
サンドラは、シルヴィアの膝に崩れ落ちて号泣した。
「にゃっ!? どうしたの、サンドラ? 急に泣き出して」
「おいおい、シルヴィア。なに呑気なこと言ってんだよ。四週間も眠りっ放しだったんだぞ」
「にゃにゃっ!? 四週間!? ウソでしょ?」
「原因がわからず、医者も匙を投げたんだ。サンドラは、それでもお前がいつか必ず目を覚ますと信じて、ずっと付き添って看病してくれてたんだぞ」
「まあ…。そうだったのね。ごめんね、サンドラ」
「……シルヴィアさまぁ〜」
泣き続けるサンドラは、言葉にならない。シルヴィアは、サンドラの白藍の髪をそっと撫でた。それは少し脂っぽかった。
「……長い夢を見ていたわ。すごく長くて不思議な夢」
「夢…?」
「旦那さまにお話があります。とても重要なの。アニェスさまにもお聞きいただかなくては」
「なんだよ、重要な話って」
「あたしたちの今後を大きく左右する話よ」
「ブランシャールの行く末に関わるんだな?」
シルヴィアは、ふるふると頭を横に振った。金色の瞳には、ある決意のこもった強い光が宿っていた。
「……いいえ。ブランシャールだけではありません。全世界の種族の存亡に関わる話です」
【裏ショートストーリー】
ジュスタン「セリーヌが目を覚ましたよっ!」
エーヴ「えっ! マジかっ!?」
ジュスタン「さっき、サンドラから使いが来たんだ」
サイノス「そうか。それは良かった」
ジュスタン「ようやく僕らの太陽のお目覚めだ」
エーヴ「隊の連中にも報せないとな」
ジュスタン「もう使いを送ったよ」
エーヴ「おお!? さすがジュスタン。やることが早いね」
サイノス「俺も頑張らないとな。一日も早く体を治して復帰しなければならん」
ジュスタン「大丈夫だよ。マルカブ隊の面倒は、ちゃんと僕が見ているから」
サイノス「ジュスタンにばかり負担をかけてすまん。シェアト隊の面倒も見ているのだろう?」
ジュスタン「困ったときはお互いさまさ」
エーヴ「エニフは…」
ジュスタン「ん…?」
エーヴ「……エニフ隊は、アイラがまとめてるんだろ? 本人が言ってたぜ」
ジュスタン「そうだね。レイモンと二人でね」
エーヴ「サイノス…」
サイノス「うむ」
ジュスタン「……なになに? アイコンタクトなんかしちゃって」
サイノス「アイラには後で伝えるとして、ジュスタンには報告しておこう」
ジュスタン「改まってどうしたの? もしかして結婚の報告とか? なぁ〜んちゃって。あはははっ」
サイノス・エーヴ「……」
ジュスタン「……えっ!? ウソ!?」
サイノス「嘘ではない。俺たち、結婚することにした」
ジュスタン「ええぇぇーっっ!?」




