第317話 エール
「リオネルは、孤独の中でセヴィルと契約を交わし、魔法使いとなった。これが悪魔の皇帝リオネル誕生の真相です」
「悪魔の魔法使い…」
確かにあのとき、リオネルが嵌めていた指輪の黒い光に吹き飛ばされた。ガブリエルがしたように。
「ということは、ガブリエルが魔法使いになったということですか?」
「セヴィルが最初に選んだ器はリオネルでした。しかし私が介入したことで歴史が変わった。そこで、ガブリエルを選び直した。そういうことでしょうね」
「それそれ!」
思わずシルヴィアは身を乗り出した。
「前にもアベニールさまは仰ってましたよね? あたしを4年前にループさせたのはアベニールさまご本人だと。どういうことですか?」
「私も一応、魔法使いの端くれです。少々変わった魔法を使いますが。その一つがループ魔法です。ただし、この魔法は魔力の消耗が激しく、一度使うと数年は回復しません。それでシャウラの身体を借りていたのです」
「ずぅーっと、あたしの側で見守ってくださっていたのですね。……でも、どうしてあたしをループさせたのですか?」
「セヴィルに対抗するためです。セヴィルの魔力は強力ですよ。ガゼルを復活させなくては太刀打ちできません」
「それはつまり、あたしがガゼルの器になるということ?」
「それについては、謝らなくてはなりませんね。ガゼルは、セヴィル復活が不可避とみて、私に器を探すよう命じました。私が選んだのがシルヴィア、あなたなのです」
「どうしてあたしなの…?」
「勘、としか言いようがありません。剣の腕だったり、精神力だったり、慈悲深い性格だったり、理由はいくらでも挙げられますが、それはあなただけの特徴ではありませんから」
「……やっぱりあたしじゃなくてもいいような気がするわ。あたしなんて、ただの可愛い猫耳王女なのに」
「ふふふっ!」
アベニールは、ころころと笑い転げた。
「そういうところですよ、シルヴィア。あなたを選んだ理由は」
「……?」
「……ともかく、私はあなたを選んだ。そのために今、あなたの身体を創り変えているのです」
「にゃっ…!?」
「無論、ガゼルを受け入れることができるようにするためです。並みの人では精神が保たず崩壊してしまいますからね」
「なんか複雑…」
「勝手に選んで勝手に創り変えてしまい、本当に申し訳ないわ。でも、悪いことばかりではあリませんよ」
「にゃっ?」
「副次的というのかしら、少々特別な力を使えるようになりますよ」
「特別な力…?」
「偶然、お腹に赤ちゃんがいるから、その力はお子にも受け継がれるでしょう。きっとそれは、いつかあなたと姫さまを救うことになります」
シルヴィアは、思わずお腹をさすった。大きく膨らんだお腹の中で、ポコポコと動く気配がした。
それはまるで、シルヴィアに己の存在をアピールしているかのようであった。
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「ほれ、サイノス。あんよは上手。がんぱれがんばれ」
エーヴは、手を叩いて手招きした。サイノスは不機嫌そうに応えた。
「……俺は子どもじゃない」
「無茶ばっかりするお前は、大きな子どもみたいなもんだ」
生死の境を彷徨っていたサイノスは、驚異的な快復を見せていた。意識を取り戻してからまだ一週間だというのに、既に歩く練習を始めたのだ。
この時代、リハビリ施設などないので、診療所の廊下を伝い歩きしていた。付きっきりで看病しているエーヴは、当然のように付き添っているのである。
「ほれほれ。文句言わずにしっかり脚を動かせ」
「……」
サイノスは、そろりそろりと脚を運ぶ。ゆっくりではあるが、確実に前に進む。
「いいぞ。もう少しだ。がんばれ」
エーヴのエールを励みに、サイノスは歯を食いしばり歩を進める。やがて待ち構えるエーヴの元へたどり着いた。倒れるようにエーヴにしがみつく。
「すごーい! 歩けたじゃんか!」
エーヴは喜色満面で大きな身体を抱き止めた。サイノスは、汗びっしょりである。
「さすがサイノス。体力は無尽蔵だな」
「バカ言え。ほんの短い距離だぞ。体力はガタ落ちだ」
「歩けるだけでも大したもんだよ」
「……」
「えっ…」
サイノスは、急に黙り込んでエーヴを見つめた。エーヴは、彼と抱き合っていることに初めて気がついたように、慌てて身をくねらせ逃れようとする。
しかしサイノスは、緩めるどころか、ますます彼女を抱き寄せた。
「サ、サイノス…離して…」
「嫌だと言ったら、どうする?」
「誰かに見られたら、恥ずいよ」
「なぜ恥ずかしいんだ?」
「なぜって…お前…」
サイノスは、ぐいと顔を近づけてきた。エーヴは、真っ赤になって固まった。唇と唇が寸前まで接近する。
「……だ、駄目よ―」
言いながらも、エーヴは目を閉じようとして…
「―相変わらずバカなのね」
文字通り、エーヴは飛び上がった。声のした方へ振り向くと…
「アイラ…!?」
思い切りサイノスを突き飛ばして身体を離した。
「そ、そのう…こ、これは別に、何でもないんだ」
「何の言い訳?」
狼狽するエーヴにアイラは冷ややかな視線を投げた。
「天下の至宝天が聞いて呆れる。エーヴさまは、お酒に酔うとキス魔になると聞いたわ。それが逆に迫られると小娘みたいにウブになるなんて、開いた口がふさがらないとはこのことだわ」
「……」
これ以上ないというくらい真っ赤になって、エーヴはうつむいてしまった。
「お兄さまもお兄さまよ。こんな小娘に鼻の下なんか伸ばしちゃって、だらしない。『鉄拳のサイノス』の名が泣くわ」
「何の用だ?」
「まっ!? それが妹に対する台詞? 忙しい中をわざわざお見舞いに来てあげたというのに」
アイラは、つかつかとエーヴに近づくと、押しつけるように花束を渡した。
「イチャつくなら、人目のつかないところでして。誰が見舞いに来るかわからないのよ」
「べ、別に、イチャついてなんか…」
「アイラには、エーヴとのことをちゃんと話しておきたい」
サイノスが、改まった。途端、エーヴだけではなくアイラの顔色も変わった。
「やめて。聞きたくない」
「アイラ…」
「私、お兄さまとエーヴさまとのこと、認めたわけじゃないの。正直、今はエニフ隊のことで頭がいっぱい。今日来たのは、お見舞いがてら、報告しようと思ったからよ」
「報告だと…」
「エニフ隊は、私とレイモンさま共同で大隊長代理を務めることにしたわ。シルヴィアさまが意識を取り戻したら、改めて大隊長を決めていただくつもり。天馬隊は今、事実上至宝天がリーダーだから、一応お二人に報告しておきます。ちなみにジュスタンさまには報告済み。快く承知くださったわ。―それじゃ、私はこれで失礼します」
言いたいことだけまくし立てると、アイラは踵を返した。
「あ…! アイラ」
その後ろ姿にエーヴが声をかけた。
「せっかくお見舞いに来てくれたんだ、お茶でも飲んでいけよ」
「……言ったでしょ」
アイラは、振り返りもせず言った。
「エニフ隊の面倒をみるのにとても忙しいの。あなたたちの恋愛ごっこに付き合ってる暇なんかないわ」
そう言い捨てると、すたすたと歩み去ってしまった。
残された二人は、毒気を抜かれたようにしばらく彼女の消えた方角を見つめていたが、どちらともなく目を見交わした。
「……つ、疲れたろ、サイノス。一休みしようか」
「……エーヴ。聞いてくれ」
「な、なんだよ。後じゃダメなのか?」
「あれは、彼女なりのエールだ」
「えっ…!?」
「俺たちの関係をはっきりさせろ、というエールなんだ。俺も、このまま曖昧にするのは良くないと思う」
「……」
「好きだ、エーヴ。愛している」
「サ、サイノス…」
「ずっと前から好きだった。今度のことでますますはっきりした。俺のために寝ずの看病までしてくれた。俺にはお前しかいない」
―わたしはいつも、選ばれない。好きになった男は、別の女を好きになる。
縛り付けていた呪縛が跡形もなく消え失せた。サイノスは、選んでくれた。こんなわたしを、選んでくれた。
「わたしも…わたしも好きだよ、サイノス」
エーヴは、瞳を潤ませなから応えた。
「わたしのことだけを見てくれる? 誰かさんみたいに浮気なんかしない?」
「当たり前だ。お前だけを愛することを誓うよ」
「……ありがとう」
エーヴは、碧眼に涙をいっぱいに溜めながらサイノスの胸に飛び込んだ。
「サイノス…大好きっ!」
「エーヴ…」
サイノスはエーヴの顔を上げさせた。そっと顔を近づけた。エーヴは、今度こそ、瞳を閉じた。
二人は、熱いキスを交わした。冗談でも酔ってふざけているのでもない、本気のキスだった。
「―エーヴ」
しばらくキスを交わしたあと、サイノスは、改めてエーヴの瞳を覗き込んだ。
「俺と結婚してくれ」
「―!」
一瞬、エーヴは瞠目した。が、すぐに輝くような笑顔が広がった。
「はい。―不束者ですけど、よろしくお願いします」
【裏ショートストーリー】
アイラ「そこ! 気を抜くんじゃない! お前ら、これじゃ調練にならないぞっ。ふざけたマネしていたら、ぶっ飛ばすからなっ!」
ブリュノ「……アイラのやつ、ずいぶんと荒れてるなあ」
マリユス「しょうがねえよ。サイノスをエーヴに取られちまったんだから」
ブリュノ「未だに信じられねえ。実の兄妹なんだろ? 恋愛なんて成立しねえよ」
マリユス「正確には、血の繋がってない兄妹だよ。お互い連れ子だっていうからな」
ブリュノ「そっか。じゃあ、アイラが熱を上げるのももっともなんだな」
マリユス「そもそも、エーヴとサイノスだって驚きだよ。至宝天同士だぜ?」
ブリュノ「別に同僚だからって恋愛しちゃいけねえ決まりはねえだろ。例えば俺とアイラとかよ」
マリユス「……お前、物好きだな」
アイラ「マリユス! ブリュノ! 無駄口叩くな!」
マリユス「ごめんよ〜!」
アイラ「口を動かす前に体を動かせ、このクズ野郎っ!」
ブリュノ「ヒューっ! いいオンナに罵倒されると、ゾクゾクするねえ」
マリユス「……マゾだったんだな、お前」
ジョゼ「お二人さま! そんなとこでサボってないで、調練に身を入れてください!」
マリユス「ごめんよ〜!」
ジョゼ「まったく! お二人は口ばっかり達者ですぐ手を抜くんだから。アイラ大隊長代理さまのお役に立てないのなら、エニフ隊から叩き出しますからねっ!」
ブリュノ「ヒュウーっ! いいオンナに責められると、ゾクゾクするねえ!」
マリユス「……」




