第309話 決戦は木曜日
地上へ落下するヴァンドルディの背から、丸い塊が飛び出した。
くるくると空中で回転して、見事大地に降り立った。それは、羊角猫耳のジュディだった。続いて、ヴァンドルディが地響きを立てながら大地に激突した。
ヴァンドルディの額には、巨大な槍が突き刺さっていた。ピクリとも動かない。即死しているのは明らかだった。
地上に舞い降りた堕天使ジュディは、脱兎の如く走り去った。
崖の上では、シルヴィアがアルゲニブ(ジュスタン)隊を労っていた。
「よくやったわ、ジャン!」
「セリーヌがあのデカブツを上手く誘導してくれたからだよ」
「それでも、この『バリスタ』を開発したあなたたちアルゲニブ隊の功績だわ」
『バリスタ』とは、据え置き式の弩砲のことである。バルケッタからその存在を聞いて、攻城兵器として開発していたのだ。それが、こんな形で花開くとは想いもしなかった。
「―本当によくやってくれたわ。大鳥を倒したことで、数万人の命を救ったことになるのよ」
「……僕たちは、少しでもセリーヌの役に立てたのなら、それが至上の喜びさ」
「ンまぁ、可愛いこと言ってくれるわね!」
お世辞だとわかっていてもシルヴィアは、まんざらでもない表情を浮かべた。
「―さあ、あと一踏ん張りよ。残る喋る魔獣は2体。こいつらを倒して初めてあたしたちの勝利なんだから」
「わかってるって」
「ジャンたちは、ジュスタンと合流して。総攻撃するわよ」
「セリーヌは、これからどうするんだ?」
「あたしは高みの見物。きっと旦那さまやサンドラは怒ってるだろうし、これ以上しゃしゃり出たら、皇宮から外に出してもらえなくなっちゃうわ」
「……」
ジャンは、肩をすくめた。シルヴィアの言葉を額面通りに受け取っていないことは明白だ。
「―さあ、もう行って」
ジャンは一つうなずくと、隊員を率いて崖を降りていった。
シルヴィアは、フランベルジュの背から、改めて下界を眺めた。既に戦闘は、帝国軍の圧勝で終わりかけていた。
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「リオネルさま、鳥を倒しました!」
ギーが喜色を顕に報告した。本陣から崖上の戦いを遠望していたのだ。
ヴァンドルディが力無く落下していくのが、ここからでもよく見えた。
「シルヴィアは、やったか!」
「はい。例の『バリスタ』とかいう巨大弩が功を奏したようです」
「これで脅威は除かれました」
クナリがぼうっと崖を眺めながら、のんびりと言った。
「一気に敵を叩くチャンスです。リオネルさま。全軍にご指示を」
「よし、わかった。ギー、天馬隊を含めて全軍に伝令だ。鳥は倒れた。何の懸念もなく目の前の敵に注力せよ」
「はっ」
指示を伝えるようギーがピエールに目で合図した、その刹那。
丸い塊がリオネル目掛け飛んできた!
咄嗟にギーは剣を抜いていた。剣と長い爪が噛み合う高い音が辺りに響き渡った。
「猫耳もどきっ!?」
ギャスパルが驚きの声を上げた。
「―チッ! 不意ヲ衝いたノに、小癪ナ人間族め!」
ジュディは後方宙返りでギーから距離を取った。
まさに間一髪だった。ジュディの爪はリオネルの目の前まで迫っていた。ギーがたまたま側近くにいなければ、リオネルの命は無かったかもしれない。
「敵襲ーっ! 敵襲だ! リオネルさまを守れっ」
ピエールの呼び声に禁軍がわらわらと集まってきた。ジュディを包囲する。
「皇都では逃がしたが、今度はそうはいかねえぞ!」
ギャスパルが剣を片手ににじり寄った。ジュディは、余裕しゃくしゃくでせせら笑った。
「ふんっ! ボクは七曜珠最強だよ。人間族が何人束になってかかってこようが、屁でもないね」
「七曜珠だぁ〜? なにを余裕ぶっこいてんのか知らねえが、この状況わかって言ってんのか、猫耳もどき」
今度は、ギャスパルが嘲笑った。
「てめえの狙いがリオネルさまだってのは、百も承知なんだよ。こっちは、手ぐすね引いて待ち構えてたんだ。飛んで火に入る春の猫耳もどきとは、てめえのことだ」
「何言ってるのか、ちょっとわかんない!」
ジュディは、言い終えるや否や、リオネルに飛びかかった。その頭上へ巨大な網が覆い被さった。
「にゃっ!?」
ジュディは爪を振るい網を切り破った。しかし、網は次から次へと飛んできた。すべては切り破ることができず、ついに網に絡め取られてしまった。
それは、シルヴィアがジルベールの腹心キサラギの動きを止めた策戦の模倣だった。単身相手には大変有効な手段である。
「へへ〜ん! どうだ、猫耳もどき。恐れ入ったか」
ギャスパルは、勝利を確信して不用意に近づいた。
「―バカなの? キミたちは」
ジュディの全身から、禍々しい気が立ち昇った。強大なそれは、周辺を圧倒した。
「ギャスパル! そいつから離れろっ!」
ギーが叫んだ。身体が勝手に反応した。ギャスパルが身を避けたその空間を炎が貫いた。
ジュディの尻尾の蛇だった。蛇が炎を放ったのだ。その伸びた身体全身が炎に包まれていた。
「シャアァァァーッ!」
蛇の炎が爆発した。ジュディを拘束していた何重もの網が瞬時に燃え切った。
「バケモノかっ!?」
ギャスパルは、驚愕に目を瞠った。
「来るぞっ、リオネルさまを守れ!」
ギーが叫ぶ。と同時にジュディが跳んだ。禁軍が殺到する。一合と打ち合うこともできず禁軍兵が長い爪に斬り裂かれた。あるいは蛇の火焔に焼かれ地面をのた打ち回った。
精鋭の禁軍がたった一体の魔獣に次々と討たれていく。必殺の狂爪がリオネルに届く!
「くっ…!」
ギーがジュディに立ちはだかった。剣と爪が噛み合い、どちらも引かない。尻尾の蛇が炎に包まれた鎌首をもたげてギーを狙う。
「させるかっ!」
ギャスパルが飛び込んだ。剛剣一閃。炎の鎌首を斬り飛ばした。すぐさま首が再生する。しかし既にそれは皇都で経験済みだ。ギャスパルは慌てることなく鎌首を斬り続ける。
ジュディは、何かを感じたようにクルッと猫耳を回した。その瞬間、後方に宙返りした。たった今ジュディがいた空間を矢が3本突き抜けていった。
「―ほう。こいつが猫耳のジュディとかいう喋る魔獣か」
エーヴだった。無論、矢を放ったジュスタンやサンドラ、サイノスもいる。
「天馬隊!」
ジュディの襲撃を受けて、ピエールが咄嗟に伝令の内容を変えたのだ。天馬隊は本陣に集結せよ、と。
「面白そうなやつだな。確かに動物をごちゃ混ぜにしてやがる」
エーヴが剣を握り直した。
「エーヴ、気をつけろ! 尻尾の蛇は火焔を吐くぞ」
ギーが怒鳴るように言った。聞いているのかいないのか、エーヴは馬の腹を蹴った。駿馬は快速を飛ばしジュディに肉薄する。蛇が鎌首をもたげ火焔を放った。
エーヴは鞍を蹴った。地上を転がりながらすぐさま立ち上がり剣を横に薙いだ。ジュディは高く宙に跳んでかわす。頭上から爪がエーヴを斬り裂く!
エーヴは驚異的な身体能力で横に跳んだ。ジュディが向き直った、その横顔に鉄拳が唸りを上げて襲いかかった。蛇が身体を伸ばしすんでのところで鉄拳を絡め取った。蛇の全身が炎をまとった。サイノスが焼かれる!
だが、竜槍が鎌首を斬り飛ばしていた。再生する隙にサイノスとサンドラはジュディから距離を取った。
凄まじい攻防だった。息衝く間もない。至宝天の連携も素晴らしいが、ジュディの戦闘能力も半端ない。
お互い距離を取り、膠着となったかに見えたが、3連矢が炸裂した。ジュディは長い爪で矢をすべて叩き落とした。間髪置かず3連矢が放たれる。だが、信じられないことに、目にも止まらぬ速さでジュディはことごとく矢を叩き落としていた。
ここまで来ると、ジュディの戦闘能力は神業としか思えない。まさに彼女は闘うために生まれてきた武の申し子だった。
「―きゃあぁっ、何これ!? どういう状況?」
場違いな喚声が突如響いた。
アイラだった。ピエールの伝令を受けてエニフ(ミラベル)隊も駆けつけてきたのだ。
「至宝天が揃って戦うなんて、カッコいい!」
「アイラ! はしゃぐな! 強敵だぞ!」
サイノスが叱った。アイラは不満そうに口を尖らした。
「だあ〜って、お兄さま。至宝天の5人が一堂に会したのよ。しかも敵一体のために。こんなの、滅多に見られないわ」
そのアイラの脇を通って、ゆらりとミラベルが現れた。
「―へえ。こいつが例の猫耳の魔獣か」
ジョエルがミラベルの後をついて歩くようにして姿を見せた。全身緑色の液体を浴びている。ジョエルだけではない。ミラベルやアイラ、エニフ隊の全員がトカゲ兵の返り血を浴びていた。
「もちろん私だって、至宝天と一緒に闘うけどね」
アイラは、全身に気を立ち昇らせた。
天馬隊が誇る勇者たちに囲まれて、ジュディは観念したのか、だらりと両手を下げている。長かった爪も今は引っ込めていた。
「まずは、私が腕試しを―」
「あっ!? あれは何だ!?」
言いかけたアイラを遮るようにして、クナリが叫んだ。いつもぼうっとしているクナリが、両目を一杯に広げて、空を指差し凝視していた。
その場にいた全員が驚いて、空を見上げた。
それは、黒い点のように見えた。晴れた青空に突如湧いた黒いしみ。しみはあっと言う間に大きくなり人の形となって真っ直ぐこちらへ飛んでくる。
「あ、あれは…」
もう誰の目にも明らかだった。見間違えようのない姿。リオネルにとっては見慣れた姿。
彼は空を飛び越え、リオネルたちの頭上で止まった。天使の微笑みを浮かべて。そう、それは―
「―ガブリエル!?」
【裏ショートストーリー】
ジョエル「ミラベル! 本陣から参集命令だ」
ミラベル「ほ、本陣…?」
ジョエル「敵襲だとよ! 喋る魔獣がリオネルさまを直接狙ってきたらしい」
ミラベル「わ、わかった。ほ、他の中隊にも報せて」
アイラ「……ミラベルさまっ!」
ジョエル「あれ!? アイラ、ちょうど良かった」
アイラ「えっ…!? じゃあ、ジョエルたちも気がついた?」
ジョエル「何をだ?」
アイラ「本陣の方角から、とんでもなく大きな気が立ち昇ったの! だから急いで報せにきたのよ」
ジョエル「なんだ、そりゃ。知らねえよ。全然気が付かなかった」
アイラ「とても禍々しい気だったわ。ジョゼも感じたから、間違いない。きっと本陣が敵襲を受けてるのよ」
ジョエル「へえーっ! すげぇな、お前ら。まさにそのことで連絡しようと思ってたんだ。本陣から参集命令がきてる」
アイラ「まあ…!? たいへん! 早く行かなくちゃ!」
ミラベル「……み、みんなで行ってきて。わ、わたし、ここに残ってる」
ジョエル「はあ!? 何を言ってるんだ、ミラベル。大隊長のお前が行かなくてどうすんだよ?」
アイラ「そうですよ、ミラベルさま。私たちを呼ぶなんて、きっとピンチなんだと思います。早く助けに行いましょう」
ミラベル「……なんか、い、嫌なの。い、行ったらわたし、わたしじゃなくなる気がして…」
ジョエル「なにわけのわかんないこと言ってんだ! ほら、行くぞ!」
ミラベル「う、うん…」
アイラ「ミラベルさま…?」




