第308話 標的は金曜日
ヴァンドルディのスプラッシュブレストが炸裂した。
敵も味方も関係ない。一撃で数千が吹き飛んだ。
「やばいっ! アイラ、鳥の攻撃はやべえぞ!」
マリユスが叫んだ。アイラは、ランディとの激闘の真っ最中で返答する余裕がない。
「いったん、撤退しよう! アイラ!」
マリユスを無視して戦い続けた。すると。
ランディが突然宙に飛び立った。上からの攻撃に備えて、二人は身構えた。だがランディはそのまま高く飛んで後方に下がっていった。
「キエーッ!」
ヴァンドルディが旋回して戻ってくる。
「逃げろ、アイラーっ! 鳥が来るっ!」
ランディは、ヴァンドルディのスプラッシュブレストの巻き添えから逃れたのに違いない。例えアイラやジョゼでも、あれを喰らったらひとたまりもない。
しかし、人の脚で、逃れ切ることができるのか。
アイラは、遠いヴァンドルディのイケメンを睨みつけた。そのとき。
奇跡が起こった。
一筋の光が宙を貫いた。光はイケメンの額を捉えた。僅かな跡がついただけで何のダメージも与えられなかった。
しかし、確実にヴァンドルディの意識をアイラたちから逸らせることに成功した。ヴァンドルディは、光が飛んできた方へ向かっていった。
「今のうちだ、アイラ! ミラベルに合流しよう!」
マリユスの声に、アイラはヴァンドルディを睨みつけながら後ずさって叫んだ。
「ジョゼ! ミラベルさまに合流するぞ!」
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その少し前。
「ジュスタン大隊長! 鳥が飛来しました!」
新米らしい兵が駆け込んできた。
「はいよ。それじゃあ、始めますか」
ジュスタンは、大弓を手に取った。帝国軍が越えてきた山の裾野に広がる森の中である。その左側、森の切れた場所には高い崖がそびえている。
ジュスタンが森を出たそのタイミングで、ヴァンドルディはスプラッシュブレストを放った。たった一撃で敵味方数千が吹き飛んだ。
「うわっ! 凄い威力だね〜」
ジュスタンは目を丸くした。
「話には聞いていたけど、確かにあんな奴を野放しにしていたら、僕たちは全滅確実だ」
周りを囲む兵たちは、声もない。天馬隊は、リシャール市街地戦に参戦していない。初めて目の当たりにするヴァンドルディの威力に度肝を抜かれてしまったらしい。
もっとも、ジュスタンの右腕のジャンがこの場にいれば、軽口の一つも出ていただろうが。
「……」
ジュスタンは、黙ったまま、大弓を引いた。天弓の由来である例の大弓だ。常人では引くことすら困難な弓を軽々と構え、狙いを定める。
ヴァンドルディが旋回して戻ってきた。狙い済まして矢を放つ。矢は光となってヴァンドルディの額に過たず当たった。
だが、僅かな跡が残っただけで、矢は虚しく地上へと落ちていった。兵たちは、歓声を上げることも落胆することもなく、淡々と見つめている。
ヴァンドルディは、矢を放ったジュスタンに向かってきた。それを見て、森から騎兵が飛び出してきた。
「よしっ! よくやった、ジュスタン!」
エーヴが言った。森に潜んでいたシェアト(エーヴ)、マルカブ(サイノス)、マタル(サンドラ)の各隊であった。
「ここからはわたしたちに任せとけ!」
「気をつけて、エーヴ! くれぐれも光線を放たれる前に、決着をつけてね」
「おう!」
各隊は一斉に馬を疾駆させた。ヴァンドルディの前に身を晒す。
「キエーッ!」
耳障りな鳴き声が全身を打った。エーヴたちは構わず突っ込む。無謀にもヴァンドルディに地上から立ち向かうつもりか? そう思われたとき。
エーヴは左手を横に伸ばした。
天馬隊は左に急旋回した。完全にヴァンドルディに背中を見せる形になった。まるで無防備のその様子は、いかにも攻撃してくれと言わんばかりだ。
しかもその先は高い崖がそびえている。逃げ場がない。
ヴァンドルディは、天馬隊の背中を追う。イケメンの両眼が光始めた。スプラッシュブレストが襲ってくる!
だが、ヴァンドルディは逆に急旋回した。天馬隊から遠ざかっていく。
「―エーヴ! 鳥が離れた!」
「ちっ―」
サイノスの呼びかけに、エーヴは舌打ちした。
「くそがっ。なんで追ってこねえ! ―仕方ねえ! もう一度、ヤツを追うぞ!」
「いっそ、このまま崖に登ってしまうか?」
「ダメだ! 崖より高く飛んじまうかもしれねえし、わたしたちを無視して帝国軍に向かっちまうかもしれねえ。あくまでもわたしたちに注意を向け続けるようにするんだ!」
天馬隊が再度旋回した、刹那。上空に火球が現れた。
「あっ! あれは!?」
サンドラが悲鳴のような叫び声を放った。
「シルヴィアさま!?」
火球のように見えたのは、真っ赤な身体のフランベルジュだった。その背には、当然のようにシルヴィアがまたがっている。
「あれほど駄目だと念押ししたのに―!」
サンドラは、一気に血の気が引いた。
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「フランベルジュ! できるだけ低く飛んでね!」
「わかってるよ!」
シルヴィアは、ヴァンドルディ目掛けて一直線に突き進んだ。気づいたヴァンドルディが向かってくる。その背には、羊角猫耳のジュディが乗っていた。
「キエーッ!」
ヴァンドルディは、一際大きな奇声を発した。歓喜に打ち震えるような響きだった。
フランベルジュの一角が赤い光に包まれた。火線が放たれる。ヴァンドルディは急上昇して火線を避けた。そしてスプラッシュブレストを放つ。
フランベルジュは、瞬時に身をかわした。急激に横にGがかかる。シルヴィアは背にしがみついた。スプラッシュブレストは、崖に当たり地肌をえぐり取った。岩がごろごろと地上へ転げ落ちた。
「シルヴィアっ!?」
聖獣と魔獣の大空中戦は、嫌でも地上から丸見えである。当然、リオネルも目撃した。
「あのバカっ…! ったく、ほんとに言うこと聞かねえヤツだな」
リオネルは憤慨した。
「騙された。やっぱり連れてくるんじゃなかった」
「でもリオネルさま。おかげで鳥の攻撃を気にせずに済みます。見てください、10倍の敵を今や我が軍が押しています」
ギーが戦場を指差した。
ヴァンドルディに一撃は喰らったが、エニフ(ミラベル)隊の大活躍もあって、確実に敵の数を減らしている。確かにこのままいけば、帝国軍の勝利は間違いない。
「シルヴィアは身重なんだぞ! もっと自重して然るべきだろうが!」
あくまでもリオネルはシルヴィア第一である。だがギーも一歩も引かない。
「リオネルさまのお気持ちはわかります。しかし、帝国軍兵士にも一人ひとり家族がいるのです。皇帝として、全体を見渡すよう、伏してお願い申し上げます!」
「……」
リオネルは、ギリギリと歯を噛み鳴らした。
「……わかったよ」
やがてリオネルは、根負けしたように前を見据えた。
「だけど、シルヴィアには後で説教するからな。それだけは譲らないぞ」
「はい。それで結構です」
ギーも、前を見据えた。
「……シルヴィアさまなら、きっと大丈夫。……大丈夫です」
ギーは己に言い聞かせるように何度も何度もつぶやいた。
「危ないっ! シルヴィアさま!」
サンドラは、こちらはこちらでパニックのように喚いていた。
フランベルジュが宙をひらりひらりと舞うたびに悲鳴を上げる。
「サンドラ! 落ち着け!」
イザクが抑えようとするが、耳に入らないらしい。すると。ヴァンドルディのスプラッシュブレストを避けようとフランベルジュが大きく動いた。しがみつくシルヴィアを見て金切り声を上げた。
「きゃあぁぁーっ!?」
フランベルジュは、体勢を戻して一角の炎で反撃する。
「……もう、駄目…。心臓が保たない!」
サンドラはいきなり馬を走らせた。
「あっ…! バカっ! どこへ行く気だ!」
慌ててイザクが後を追う。
「シルヴィアさまに助太刀するっ!」
「バカかっ!? セリーヌは空で戦ってるんだぞ! 俺たちに何ができるってんだ」
「それでも!」
サンドラは叫んだ。
「例え届かなくても、槍だろうと石ころだろうと、地上から援護する!」
「バカ野郎っ!」
咄嗟にイザクは槍を馬の脚に投げつけた。脚を折られた馬がどうっと地面に倒れ込んだ。地上を転がりながらも、兎脚族特有の強靭な脚ですぐさま立ち上がると、走り出した。
イザクは馬から直接サンドラの背中に飛びかかった。共に大地を転がる。イザクはサンドラを大地に押さえつけた。
「この大バカ野郎っ! 目を覚ませっ!」
「イザク…」
「お前はセリーヌの側近だろう! そのお前が冷静でなくてどうすんだよ!」
「……」
「セリーヌがとんでもないことをしでかすのは、織り込み済みだ! ユニコーンを連れて来てる段階で、予測できるだろが!」
「……ごめん」
サンドラは、オッドアイを伏せた。涙が滲んでいた。
「つい我を忘れてしまった。……そうだな、イザクの言うとおりだ。私が冷静でなくて、どうやってシルヴィアさまを制御できるというんだ」
「……良かった」
「え…」
「いつものサンドラの表情に戻ったよ」
「……」
「立てるか?」
「ああ…」
イザクの手を借りてサンドラが立ち上がったときだった。
フランベルジュが背を向けて逃げ出した。ヴァンドルディは、崖に向かうフランベルジュを追った。
フランベルジュは低い位置を飛んでいたが、崖の近くで急上昇した。ヴァンドルディは誘われるように崖を昇る。フランベルジュは崖の上に出るとその先へ消えた。
ヴァンドルディも逃がすまいと崖の上に出た。
いきなりだった。
目の前に巨大な矢が切っ先を向けていた。ジュスタンの大弓どころではない。百倍はありそうな大きな大きな矢だった。
「放てぇーっ!」
ジャンの命令が轟いた。兵が斧を振り下ろした。太縄で押さえられていた巨大な矢が台車から勢いよく飛び出した。
避ける間もなく、巨大な矢はヴァンドルディの額を貫いた。
「ギエーッ!?」
断末魔の悲鳴と共に、ヴァンドルディは地上へと落下していった。
【裏ショートストーリー】
エーヴ「じゃあみんな、頼んだぜ」
ジュスタン「はいよ」
サイノス「わかった」
サンドラ「……」
エーヴ「サンドラ、どうした? ぼうっとして」
サンドラ「あ…いや、すまない。ちょっと気になってな」
ジュスタン「セリーヌのこと?」
サンドラ「ああ。独り馬車に置いてきてしまったが、しくじった気がして仕方がない」
ジュスタン「独りにしたことで、かえって自由を与えてしまった、とか?」
エーヴ「なんで? あいつは妊婦だぜ? しかも今まで待ち望んでたガキがやっとできたんだ。いくら何をしでかすかわからないと言ったって、さすがに自重するだろ」
ジュスタン「そうかなあ? あのセリーヌだよ? このまま大人しく戦を見てるほうがおかしいと思うけどな」
サイノス「ジュスタン。サンドラを不安にさせるようなことをわざわざ言うな」
ジュスタン「なんでさ? 単なる事実を言ったまでだよ」
サンドラ「……やっぱり私、シルヴィアさまのところに戻る」
エーヴ「えっ!?」
サンドラ「マタル隊の指揮はイザクに頼んでくる」
エーヴ「駄目だ。これはかなり危険な作戦なんだぞ。万が一動きが乱れたら、一撃で天馬隊全滅もあり得るんだ。至宝天が力を合わせなきゃ、成功するものもしなくなる」
サンドラ「……」
サイノス「サンドラ。ここは、目の前の作戦に集中しよう。エーヴの言うとおり、少しの乱れが命取りになる」
エーヴ「サ、サイノス。ありがと。わたしに加勢してくれて」
サンドラ「ん? エーヴ。なんで顔が赤いんだ?」
エーヴ「な、何でもねえよっ! みんな、気ぃ抜くんじゃねえぞ!」
サンドラ「……?」




