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第307話 先陣は月曜日

「おお〜。なかなか壮観だな」


リオネルは、目の前に展開する敵の陣容を見て、感嘆の声を上げた。


山を一つ越えて麓に出ると、草原が広がっていた。その草原にトカゲ兵がずらりと並んでいた。先頭にはカマキリのランディが鎌に手ぐすねを引いて待ち構えている。堂々と正面から会戦を挑んできたという形だった。


「トカゲは、どれくらいいるのかな〜」


「ざっと10万でしょう」


クナリが答えた。異能を認めたリオネルが全軍の軍師として側近くに置いているのである。


「紅烏団の情報では、魔獣を産んでいるのはクレールさまらしい。およそ、人が産める数じゃあねえな」


「何かからくりがあると思われます。クレールという方をお救いしてからでないと何とも言えませんが」


「こっちは禁軍入れても約1万3千。数の上じゃ、話にもなんねえ。どうする、軍師どの?」


「策など特にありません。数は多くとも、トカゲ兵は脅威になりません。1万で充分です。問題は喋る魔獣たちです。特に大鳥は厄介です」


「それはシルヴィアに任せるしかねえ。秘策にはまりゃ、倒せるぜ」


「となれば、カマキリとキマイラですね」


「キマイラ?」


「羊の角を生やした猫耳の娘のことです。古(いにしえ)に頭が獅子、体が山羊、尻尾が蛇という魔獣がいたそうです。そいつにそっくりだから、僕が名付けました」


「はあ」


「今のところ、キマイラは見当たりません。また大鳥に乗って現れるのでしょう。もしかしたら、軍の指揮が苦手なのかもしれません」


「単独行動を好む、か」


「おそらく。皇都襲撃の際にも、少人数で動いていました。狙いはリオネルさまを直接討つことでしょう」


「それならこっちの思う壺だ。皇都では逃がしたが、今度は必ず仕留めてやる。―なあ、ギー?」


リオネルは、後ろに控えるギーを振り向いた。ギーはにやっと笑ってみせた。


「お任せください、リオネルさま」


リオネルは莞爾としてうなずいた。


「―それじゃあ、そろそろおっ始めるとするか」


リオネルの言下一斉、帝国軍は前進を開始した。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


その少し前。


帝国軍は突撃の合図を今か今かと待ち構えていた。10万対1万。実に10倍差がある。しかし、兵士たちに怯む様子などまったくない。


「トカゲ野郎の戦闘力は大したことねえ」


「皇都での市街戦で経験済みだ」


「一人が10匹を倒せばいい」


「10倍なんて、奴らにハンデをくれてやってるようなもんだ」


こんな調子で、兵の士気は実に高かった。


その中に、エニフ(ミラベル)隊の姿があった。天馬隊からは唯一、エニフ隊のみが帝国軍の陣営に参加していた。


「……まだ怖い?」


アイラは、横に並ぶジョゼに声をかけた。アイラは頭を横に振った。


「いえ…怖くありません」


「震えてるわ。怖いんでしょ?」


「……すみません。やっぱり敵を目の前にすると、どうしても思い出してしまって…」


ジョゼは、住んでいた村が盗賊に襲われた際、我を忘れて盗賊を殺し回った経験がある。それ以来、実戦となると動けなくなってしまうのだ。


「大丈夫。私がいるわ。例えあなたが暴走しても、必ず私が止めてみせる。何も考えなくていいわ。敵を倒すことだけを考えなさい」


「はい…」


それでも、ジョゼの不安そうな表情は消えない。アイラの桔梗紫色の瞳が翳った、そのとき。


「旗だ! アイラ、旗が上がったぞ!」


ブリュノが叫んだ。リオネルの本陣からの攻撃開始の合図である。


「全軍、突撃ーっ!」


間髪置かず、トリュフォーの雷鳴のような号令が轟いた。


「行くぞっ!」


アイラは、先頭切って走り出した。すぐ後ろからジョゼが続く。トカゲ相手に馬は不要だ。一万全員が歩兵である。


エニフ隊の中から、小さな影が飛び出した。


「ミラベル大隊長!?」


ミラベルは誰よりも早く先頭を切って駆けていく。呼応するようにトカゲ軍も走り出していた。カマキリのランディはた佇んだままだ。トカゲはランディを気にも止めず追い越していく。


ミラベルとトカゲが激突した。ミラベルの一撃で5〜6体が吹き飛んだ。ミラベルの進むところ、まるで木の葉のようにトカゲが宙を舞った。


「―嫌ぁ〜っ!」


「ジョゼ!?」


ジョゼが急に立ち止まった。


「どうしたの!?」


「怖い〜っ!」


ジョゼは頭を抱えてしゃがんでしまった。


「大丈夫よっ! 私がついているって言ったでしょう!?」


「いやいやいやあーっ」


「ジョゼ…」


その頃には、帝国軍全軍が戦闘に入っていた。彼我の戦闘力の差は明らかだった。当たるを幸い、文字通りトカゲをなぎ倒していく。中でもミラベルの破壊力は群を抜いていた。ブラッディ・ドールの名に相応しく、ミラベルの行くところ、トカゲの死体が山となって積み重なっていった。


「……結局、今度も戦えずに終わるのか…」


アイラは、ミラベルの戦いぶりを遠めに眺めながら、唇を噛んだ。


「―ジョゼっ! 戦え!」


ふいに声が上がった。驚いて振り向くと、いつの間にかマリユスが側に立っていた。


「お前ならできる! 立て! 立って、戦うんだ!」


「……」


ジョゼは動きを止めた。更に叱咤するように声が被せられた。


「怖いことなんかない! 万が一のときは、俺も体を張って止めてやる!」


ブリュノだった。いや、彼だけではない。アイラ中隊全員が、いた。ジョゼのために、みんなが声援を送り始めた。


「何も悩むことなんかねえっ」


「俺たちがついてるぞ!」


「ジョゼの実力は俺たちが一番知ってる!」


「お前ならできる! 俺たちを信じろ!」


「みんな…」


アイラは、感動の面持ちで隊員を眺めた。皆が心を一つにしてジョゼを励ましている。


「―ジョゼ」


うつむいたままの彼女の肩に、そっと手を置いた。


「あなたは独りじゃないわ。みんながいる。みんながあなたの力になってくれる」


「……」


ジョゼが震え出した。徐々にそれは大きくなっていく。また恐怖が蘇ったのかと危惧した刹那。


「うおおぉぉ〜っ!」


ジョゼは雄叫びを上げた。それは、トリュフォーの雷鳴にも劣らない、戦場すべてに響き渡るような大きな大きな雄叫びだった。


ジョゼは走り出した。ミラベル並みに脚が早い。


「ジョゼっ!?」


慌ててアイラ中隊が後を追う。ジョゼは、脇目も振らずトカゲの中へ踊り込んだ。瞬時に数体が舞い上がった。


トカゲ軍は、帝国軍の猛攻に押されていたが、10倍の数に物を言わせ、包囲するように広がり始めていた。ジョゼが飛び込んだのは、まさに帝国軍がトカゲの大波に呑まれようとしていたときだった。


大波に落とされた水滴はたった一滴だった。だが、その一滴は激烈な衝撃をもたらした。大波全体に波及し勢いが緩んだ。


「……すげぇ」


マリユスが感嘆の声を上げた。


ジョゼの戦いぶりはミラベルと同等かそれ以上だ。まるで草を刈るかのように敵を屠っていく。


「……草薙だ。伝説の宝剣、草薙の剣のようだ」


「いいわね、それ!」


走りながらアイラが応えた。


「『草薙のジョゼ』。彼女にぴったりの二つ名だわ!」


アイラは、歓喜に打ち震えた。ついにジョゼが覚醒した。これでアイラ中隊は、いや、エニフ隊は世界最強だ!


「私たちも続くぞ!」


アイラ中隊は、トカゲ軍の中になだれ込んだ。既にジョゼという剣で緩んでいた大波は、この一撃で真っ二つに割れた。


アイラは、これまでの鬱憤を晴らすかのように暴れ回った。凄まじい破壊力だった。彼女に触れたものは暴風に吹き飛ばされたように粉砕された。


風を巻いて剛剣が唸りを上げトカゲを両断した。ときにはサイノスばりの鉄拳が風を起こし敵を打ち砕いた。


「アイラもすげぇっ!」


トカゲを斬り倒しながら、マリユスが興奮したように叫んだ。


「飆だ! まさに吹き荒れる狂飆だ!」


「『狂飆のアイラ』!」


呼応するようにブリュノが言った。


「『狂飆のアイラ』、『草薙のジョゼ』。俺たちアイラ中隊は、無敵だぜ!」


アイラ中隊は、10万の真っ只中を一直線に突き破っていく。やがて大波を突き抜け、独り佇むカマキリのランディに到達した。


刹那。


ランディが羽を広げて飛び上がり、中隊のど真ん中に舞い降りた。瞬時に数人がなぎ倒された。両手の鎌で首や胴が人形のように斬り飛ばされていた。


「うおおぉぉ〜っ!」


ジョゼが疾風のように斬りかかった。ランディは難なく鎌で受け止めた。間髪置かずアイラの剣が唸りを上げた。それも鎌で受け止める。


ランディは、アイラ中隊の双剣を相手に猛攻を開始した。マリユスたちは、一瞬も手が出せず見守るしかできなかった。


二人と一体は、激闘を繰り広げた。『狂飆のアイラ』、『草薙のジョゼ』を相手にして、ランディは一歩も引かない。


アイラもジョゼも凄まじい速さで剣を繰り出す。ランディは縦横無尽に鎌を振ってすべてを防いだ上に、一瞬の隙をついて攻撃に転じる。攻防一体、どちらも瞬時に攻撃と防御が入れ替わる。


息つく暇もない。手に汗握るとはこのことだろう。いったい、どちらに勝利の女神が微笑むのかわからない。もしかしたら、このまま永遠に続くのではないか。そう、マリユスたちが思った、そのとき。


「キエーッ!」


耳障りな鳴き声が轟いた。


ヴァンドルディだった。光線が炸裂した。帝国軍とトカゲ軍との乱戦の真っ只中を横薙ぎに薙いだ。


敵味方問わず、瞬時に数千が吹き飛んだ。

【裏ショートストーリー】

ミラベル「わ、わたしたちは、本軍と一緒に、た、戦うことになったよ」

ジョエル「トカゲ相手か。張り合いがねえな」

レイモン「大して強くねえんだろ」

ジョエル「直接戦えるだけ、イザクたちよりかはマシか」

ミラベル「そ、そんなこと言っていていいの? た、たぶんトカゲを指揮するのは、カ、カマキリだと思うよ」

ジョエル「例の喋る魔獣か。強いらしいな」

レイモン「望むところさ」

ミラベル「ほ、ほんとう? か、顔色、悪いよ?」

レイモン「へ、平気さあ。ははっ…」

アイラ「ミラベルさま。一つお願いがあります」

ミラベル「なあに?」

アイラ「この戦いが終わったら、小隊長に引き上げたい人物がいるのです」

ミラベル「べ、別に構わないわ。ち、中隊の人事は中隊長に任せてるから、ア、アイラの思うとおりにやって」

アイラ「ありがとうございます!」

ジョエル「アイラ。引き上げたいやつって、ジョゼとかいうバケモノだろ?」

アイラ「それはヒドいわ、ジョエルさま。ジョゼは可愛い女の子ですよ」

レイモン「でもよ、模擬戦で敵味方関係なく打ち倒した、っていうやつだろ、とんでもないバケモノじゃねえか」

アイラ「それは、ちょっと事情があるのです。あんなこと、私が二度とやらせませんから」

ジョエル「いや、俺は別に反対してるわけじゃねえ。ただ、制御できねえと、あんたの責任問題になるから、心配しただけだ」

アイラ「そうでしたか。ご心配いただき申し訳ありません。でも、彼女のことは私にお任せください。必ず、エニフ隊の大きな戦力になりますよ」

ミラベル「た、楽しみにしてるわ」

アイラ「はいっ(絶対に私が彼女を一本立ちさせてみせるわ)」

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