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第305話 怒涛の反撃

カマキリのランディは、ジュディと気を合わせて撤退していった。


巨大な鳥によって、建物三棟が全壊、四棟が半壊した。帝国軍及び禁軍に死傷者多数。ガブリエルの魔獣軍の撃退に成功はしたが、完全無傷というわけにはいかなかった。


「……だとしても、これはれっきとした戦争だ。戦争に犠牲はつきものです。帝国軍兵士であれば、それは覚悟の上。むしろ、犠牲は最小限に抑えられました」


トリュフォーの戦後統括に、リオネルは大きくうなずいた。


「これも、クナリの戦術のおかげだ。かなり早い段階から準備できたのも、軍師どのの先見の明あってこそ。今回の軍功第一だよ」


皇帝から直接賞賛されたというのに、当のクナリは話を聞いているのかどうか、ぼうっとしたままあらぬ方向を見ている。


「ありがとうございます、旦那さま。お褒めに預かり、クナリも喜んでいますわ」


シルヴィアが横目でクナリの様子を窺いながらフォローした。リオネルは気分を害した様子もなく会議に連なる面々に問うた。


「今後の方針を決めたい。これからどうしたらいいと思う?」


(……良かった、皇帝がリオネルで)


シルヴィアは、内心ほっとしていた。これが並の独裁者であればバカにされたと思い、例え有能であっても良くて投獄、悪くて処刑されてもおかしくない。


しかし、細かいことにこだわらない性格のリオネルは、大抵のことは受け止めてしまう。今更ながらリオネルに感謝しつつ、ここがクナリの唯一無二の働き場所であるという確信を深めた。


「敵にかなりのダメージを与えました。この機に乗じて、一気に敵の本拠であるエルヴィールを攻めるべきです」


トリュフォーが声高に主張した。


「市民をいつまでも避難させておくわけにはいきません。まずはリシャールへの召喚が先です。人心の安定、治安や経済の側面から言っても最優先すべきです」


セルジュが真っ向から反対した。


「二つに割れたな。さて、どっちにするか―」


「―両方です」


リオネルを遮るように、クナリが発言した。皆、一斉に注視した。人々の視線を集めた当人は、気負うでもなく萎縮するでもなく、ぼうっとしたまま淡々と続けた。


「そもそも、全市民避難は、いっときのつもりでした。敵を退けた以上、直ちに呼び戻して元の生活を始めるべきです。と同時に、敵も叩く。トカゲ兵や真っ白兵の生産能力がどれだけなのか皆目見当もつきませんが、市民を呼び戻している間に勢力を盛り返されたら、今回の戦が無意味になってしまいます。強敵は喋る魔獣のみ。ほぼ彼らだけになった今が討伐する最大のチャンスです。トリュフォーさまの言うとおりこの機を逃してはなりません。市民の帰還と並行してただちに討伐軍をエルヴィールへ向けてください」


皆、唖然として声もない。なんとよく喋る男だろうか。普段がぼうっとしているだけに、ギャップの大きさに面食らってしまったのだ。


侍女(?)として壁に控えるサンドラと幼馴染のシルヴィアは免疫があるが、ほぼここにいる全員、初めてクナリの為人に接したのだ。それもむべなるかなというものであろう。


「―クナリの言うとおりですわ」


アニェスが真っ先に賛成した。彼女は、常に冷静だ。この冷静さこそが、彼女の最大の長所であり強みであろう。


「どちらも喫緊の重要事。手分けしてすぐに始めるべきです」


女神の鶴の一声である。一も二もなくリオネルは皆に命じた。


「よし、わかった。みんな、ただちに取りかかってくれ」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


こうして、リシャール市民の帰還事業は、丞相セルジュが責任者となって文官総動員で開始された。陣頭指揮は無論、バルケッタである。


一方の討伐軍は、将軍トリュフォーが責任者となり、編成が急がれた。


ちなみに、貴族連合の反乱であるが、わざわざ述べるまでもなく帝国軍の圧勝で終わった。しかも盟主のジュスティーヌを初め主だった貴族たちの捕縛にも成功し、リシャールへ送還されてきた。牢に監禁した彼女たちの処分は、追って沙汰することになっている。


皆が忙しく職務に邁進する中、三頭の間ではちょっとした諍いが勃発していた。舞台は無論、おなじみのアニェスのサロンである。


「どうして頭からダメだと決めつけるのですか!?」


「ダメに決まってるだろがっ」


……これももはや毎度おなじみかもしれないが、シルヴィアとリオネルの言い争いである。なんでも言い合えるこの夫婦の仲の良さといったら…。


「あたしは指揮をするだけです。剣は手に取りませんとさっきから説明しているでしょう!」


「お前は身重なんだぞ! 剣を取るなんて論外だし、ましてや戦場に立つなんて、絶対にダメだっ!」


「わからない人ねっ! 天馬隊はあたしの直属部隊ですっ。あたしが指揮しないで誰が指揮するの!」


「だーかーらっ! 天馬隊は留守番してろ! なんで討伐軍に入るんだよ!?」


「旦那さまは親征なさるのでしょ? なんであたしが留守番なんですかっ、子どもじゃあるまいし!」


「お前は言うことを聞かない子どもと同じだ!」


「失礼ねっ、誰が子どもよ!?」


「―黙りなさぁーいっ!!」


アニェスの一喝が鳴り響いた。それまで苦虫を噛み潰したような顔をしていたのだが、ついに堪忍袋の緒が切れたようだ。


「二人とも子どもですっ! 怒鳴り合って己の意見を押し通そうとするなんて、大人のやることではありませんっ!」


「だぁって、アニェスさまも聞いていたでしょ、旦那さまの横暴を? 絶ぇ〜っ対、許せないわ」


「アニェスなら、わかるよな? 妊婦が戦場に出るなんて非常識は絶対に許すべきじゃないって」


「……」


思わずアニェスは身を引いた。一転、二人はアニェスを味方に引き入れようと矛先を変えてきた。


「アニェスさまっ。アニェスさまはあたしの味方よね?」


「アニェス! 今回は俺に同意してくれるよな? な?」


「……二人とも、いったん落ち着いてくださいませんか? あつくるしいわ」


「あ…ごめんなさい」


「す、すまん」


今にも食いつきそうにしていた二人は、これまた同時に椅子に腰を落ち着けた。


「……ゴホン」


わざとらしくアニェスは咳き込む。そして、まずシルヴィアを問い質した。


「ずいぶん従軍にこだわってらっしゃるけど、私の知る限りお義姉さまは戦闘狂ではないわ。理由がお有りになるのでしょう?」


「もちろんです!」


シルヴィアは勢い込んで話し出した。


「ガブリエル軍で強敵なのは、喋る魔獣です、クナリの言ったとおりに」


「それは私も同意するわ」


「中でも巨大な鳥、あいつが厄介です。何しろ、ビカッと目から放つ光線で建物が破壊されちゃうくらいですもの」


モノマネのつもりか、シルヴィアは手で目から光を放つ仕草をした。


「……確かに。あれを軍に向けられたら、ひとたまりもないわ。対策が必要ね」


「秘策があるの!」


「あら、本当?」


シルヴィアは詳細に説明した。聞くなり、アニェスは手を合わせた。


「―素晴らしいわっ! 是非、試すべきよ」


「でしょう? だから、天馬隊を討伐軍に入れてほしいのです」


「お兄さま。どう? 私は賛成だけど」


「むぅぅ…」


リオネルは腕組みをして唸ってしまった。有意性はわかる。しかし愛する身重の妻を戦場に連れて行きたくない。その葛藤が手に取るようにわかる。


だが、妻と妹の執拗な視線に晒されて、ついに折れた。


「……しょうがねえ。わかったよ。今回だけは許す」


「ありがとう、旦那さまっ!」


パァッとシルヴィアの顔が明るく輝いた。


「ただし! 条件がある」


「……何ですか、条件、って?」


途端、シルヴィアは警戒した。


「剣は手に取らないと約束したでしょ?」


「そんなのは当たり前だ。そうじゃなくて、フランベルジュに乗ることは許さん。馬車に乗っていけ。それが条件だ」


「ええ〜っ!?」


シルヴィアは、いかにも不満そうに頬を膨らませた。


「フランベルジュを戦場に伴わなかったことなんて、一度もありません。嫌だな〜」


「嫌なら、諦めろ。その秘策、ギーに習得させる」


「リオネルさま。それは無理というものです」


ギーが即座に否定した。


「今から練習しても、到底間に合いません。明日出陣なのですよ?」


「むうぅ〜」


再び、リオネルは唸ってしまった。シルヴィアは、感謝の視線をギーに送った。ギーは微笑みで返礼した。


「……くそぅ〜。だったら、連れて行くことは許そう。でも、馬車は譲らんぞ。お前は、何をしでかすかわからん。馬の背に揺られるなんて、およそ妊婦のすることじゃない」


「フランベルジュは、馬じゃありません」


言いながらも、シルヴィアの表情は明るい。ついに夫を口説き落としたのだ。


「あたしたちにお任せください。絶対に成功させてみせますから」

【裏ショートストーリー】

エーヴ「やっと、わたしたちの見せ場がやってきたな!」

ジュスタン「皇都攻防戦は待機命令で、何もさせてもらえなかったからね」

エーヴ「天馬隊の力を世界に示す好機だ。みんな、気合入れてくぞ!」

サイノス「肩の力を抜け、エーヴ。自然体でいこう」

エーヴ「そ、そうは言っても…サイノス…久しぶりの実戦だしさあ…」

ジュスタン「何モジモジしてんのさ?」

エーヴ「う、うるせえ!」

ジュスタン(すっかりエーヴは意識しちゃってるなあ…。こりゃ、マジのマジだな)

エーヴ「ジュスタン! てめえこそ、気合入れてけよ! 例のやつ、セリーヌから託されてるんだろ?」

ジュスタン「それは任せておいてよ。準備も訓練もバッチリさ。エーヴたちこそ、頼むよ。これは、連携が大事なんだ」

エーヴ「わかってるって。なあ、ミラベル?」

ミラベル「うんっ! と、鳥さんを誘導するんでしょ?」

エーヴ「あっ…!? 声がでけえよ!」

ミラベル「え? な、なんで声が大きいと、ダ、ダメなの?」

エーヴ「誰が聞いてるかわからねえだろ?」

サイノス「ここには敵はいない。そう神経質になるな」

エーヴ「だ、だってよぉ…サイノス…あれは秘中の秘だろぉ?」

ジュスタン(ここにアイラがいないのが残念だな〜。面白い修羅場が見れたのにな〜)

エーヴ「……なあ、サイノスぅ? あっちで連携の再確認しねえか?」

サイノス「構わんが」

エーヴ「よ、よしっ! 行こうぜ行こうぜ! じゃあな、ジュスタン、ミラベル!」

ミラベル「うんっ! あ、後でね」

ジュスタン「……」

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