第304話 魔獣、襲来
その日も、皇都リシャールは強風が吹き荒れていた。
あまりの強風に外出もままならず、大通りからリシャール市民の姿が消えるほどだった。しかし今は、文字通り市内に人はいない。90万全住民の総避難を敢行したからだ。
人影のない廃墟のようなリシャールの大門、城壁上では、哨戒兵が警戒を続けていた。敵は地上から来るとは限らない。情報では、敵の中には巨大な鳥がいるという。
哨戒兵が目を凝らす中、癇に障る奇声が風に乗って遠く聞こえてきた。
「……おい、今変な声が聞こえなかったか?」
「聞こえた。妙に高い耳障りな叫び声だったな」
「あっ!? あれを見ろっ!」
兵が指差す先。空に巨大な姿が現れた。
「鳥だっ!」
巨大な鳥は、みるみる大きくなり、はっきりとその姿を認めることができるまでになった。鷹のような体に青年の顔が乗っている。頭には羊の角が生えていた。
「キエーっ!」
鳥が叫んだ。非常に耳障りな叫び声だった。
「敵襲ーっ! 狼煙だっ! 狼煙を上げろ!」
兵が慌てて狼煙を上げた。そこへ鳥があっと言う間に迫り上空を通り過ぎていった。鳥の背には、下界を見下ろす猫耳族の娘の姿がちらりと見えた。
その頃には、遠く大門に迫り来る一軍が姿を現していた。その数ざっと約1千。人ではなく、すべて四つ足で大地を疾走している。人の顔をしたトカゲだった。
先頭には、そのトカゲ2頭が引く荷車があった。その上で仁王立ちしているのは、巨大なカマキリだった。三角頭には羊角が天へと伸びている。
哨戒兵たちは、一斉に退避した。敵は城壁を登れる。ここで死守しても意味はない。
カマキリのランディは、大門に達した。無人の城壁を見上げると、無造作に鎌の手を振った。
トカゲ軍団が次々に城壁に取り付いた。彼らはペタペタと高い城壁を登り、難なく越えていった。ランディも宙へ舞い上がる。執事の服装の背中からは、大きな羽が広がっていた。
トカゲ軍団は、市内へ侵入を果たした。強風吹きすさぶ中、何の感情もないかのように大通りを皇宮に向かう。
突然、矢の雨が彼らの頭上に降ってきた。建物の陰に潜んだ帝国軍の弓隊だった。頭を射抜かれたトカゲが吹き飛ぶ。トカゲ軍団は一斉に散った。矢がピタリとやんだ。
トカゲが建物の陰に入ってきた。途端、剣が振り下ろされ、首が飛んだ。待ち構えていた帝国兵だった。トカゲも長い舌を伸ばし反撃してくる。トカゲの攻撃は織り込み済みなのか、帝国兵は一体に対し数人で取り囲んだ。冷静に、そして確実に討ち取っていった。
分散させた不利を悟ったのか、ランディは、鎌の手を上げた。いったんトカゲ兵を集めた。見計らったように矢の雨が降る。バタバタとトカゲが倒れていく。
帝国軍が取った戦術は、市内でのゲリラ戦だった。無論考案したのはクナリである。無理押しをしてでも市民全員を市内から避難させたのは、このためであった。
「敵、多数を討ち取りました!」
「よしっ。引き続き敵の殲滅を図れ」
「はっ」
伝令が走り去っていく。
「さすがはクナリ。見事だわ」
シルヴィアは、手を叩いて軍師を労った。褒められても、クナリの表情は相変わらずである。
リオネルの執務室が臨時の司令室となっていた。シルヴィアのほか、軍師クナリ、丞相セルジュが顔を揃えている。将軍トリュフォーは、前線で指揮中だ。ちなみにアニェスは、ちょっとした事情により合流が遅れている。
執務室には、太尉ギー率いる禁軍が詰めている。廊下も禁軍で固めており、防御は完璧だ。普段はリオネルが書類と格闘している平和な部屋が、今は物々しい雰囲気に満ち満ちていた。
「このままいけば、魔獣軍を撃退するのは時間の問題ですわ、旦那さま」
「そうだな。市民を避難させておいたのが効いたな」
「―注進!」
伝令がまた飛び込んできた。ひっきりなしに伝令が戦況を伝えてくる。これもクナリ発案の一つで、伝令を大幅に増やしたのだ。逐一情報が入ってくれば司令部として戦況を掴みやすく、素早い判断が下せるというものであった。いかにも情報を重視するクナリらしい。
「お味方、敵を包囲、殲滅中!」
司令部は、どっと湧いた。笑顔が広がる。シルヴィアの言うとおり、勝利は時間の問題だろう。一人、クナリだけは、ぼうっとしたままだったが。
「トリュに伝えろ。一気にたたみかけて勝負を決めてしまえ」
「はっ」
伝令が走りさろうとした、そのとき。大きな爆発音がした。
「なんだ、今の音は!?」
「―キエーッ!」
続けて耳障りな鳴き声が鳴り響いた。
「鳥だわっ!」
シルヴィアがベランダに向かって走り出した。
「あっ、バカ! 外へ出るなっ」
リオネルの制止も虚しくシルヴィアはベランダへ飛び出した。
リシャールの上空を巨大な鳥が舞っていた。眼下では、建物が破壊され、帝国軍が瓦礫に埋まっているのが遠望できた。
鳥は、シルヴィアの見ている目の前で、両眼から光線を放った。光線は帝国軍が隠れている建物を射抜いた。派手な爆発音と共に建物が崩れる。
「ダメーッ!」
シルヴィアが叫んだ。しかし、無情にも瓦礫が兵を押しつぶしていく。
「―!」
シルヴィアは、一瞬、世にも悲しそうな表情を浮かべたが、すぐに柳眉を逆立てた。
「フランベルジュを連れてきます!」
「駄目だっ!」
身を翻したシルヴィアを、リオネルは抱き止めた。
「お前は、身重なんだぞ! その体で戦う気か!?」
「空を飛べるのはフランベルジュしかいません! あたしが戦わないで誰が戦うの!」
「戦場には立たない約束だろ! 絶対に行かせないっ」
「嫌っ! 行かせて!」
「お前一人の体じゃないんだ! 赤ん坊の命がかかっているんだぞ!」
「―あっ! リオネルさま、鳥がこっちへ向かってきます!」
ギーが指差した。
鳥が真っ直ぐ飛んでくるのが見えた。その背には、羊角猫耳が仁王立ちしていた。
「中へ! リオネルさま、シルヴィアさま! 中へ退避してくださいっ!」
ギーの悲鳴と重なるようにしてリオネルは無理矢理シルヴィアを部屋の中へ引き込んだ。
派手に窓ガラスが割れて、羊角猫耳が部屋に飛び込んできた。同時に、人の形をした白いバケモノも三体転がった。
「―見ぃ〜つけたっ!」
羊角猫耳のジュディがゆらりと立ち上がった。尻尾の蛇が鎌首をもたげた。
「キミが敵の親玉でしょ?」
美しいとさえ言える少女の瞳が、真っ直ぐリオネルを捉えた。
「パパの命令なんだ。命をもらうね」
「リオネルさまを守れっ!」
ギーの命令一下、禁軍兵が殺到する。しかし、一瞬で数人が吹き飛んだ。皆、長い爪で胸を引き裂かれていた。
「下がって! シルヴィアさまは下がってください!」
「なんでよっ!?」
突然の魔獣襲撃に、シルヴィア・サンドラ主従は押し問答を繰り広げていた。
「あたしも戦えるっ」
「駄目ですっ。お腹の赤ちゃんを優先してください!」
「嫌よっ。みんなが戦ってるのに、あたしだけ指をくわえて見てるだけなんて耐えられないわ!」
「シルヴィアさまっ。私が妊娠中は散々抑えつけてきたでしょう! 同じ台詞を全部そっくりお返ししますっ。妊婦は赤ちゃんのことだけを考えていなさいっ!」
「―!」
強烈なブーメランに、さしものシルヴィアも黙ってしまった。サンドラは、すかざす背後の二人に命じた。
「コレット! メロディ! シルヴィアさまを部屋の奥へお連れしろっ!」
「は、はいっ!」
二人は、大人しくなったシルヴィアを最奥へと引きずっていった。
「―ぎゃあ〜っ!」
別のところでは、白いバケモノ三体に兵が捕まり肉が溶かされていた。騒ぎに気づいた廊下の禁軍兵も参戦してバケモノを遠巻きに取り囲んだ。
「心臓だ! 心臓を狙えっ」
突然クナリが叫んだ。いつもぼうっとしているクナリが、爛々と碧眼を光らせている。禁軍兵がクナリに応えて、心臓に剣を突き立てた。
白いバケモノは、身悶えしながらその場に崩折れた。シューシューと音を立てながら溶けていった。
一方、最大の敵、羊角猫耳のジュディの猛威は凄まじく、歴戦の勇士揃いの禁軍兵がまったく歯が立たない。
数名で取り囲むがその度に撃退されていく。広いとはいえ、部屋の中では展開できる人数に限りがある。多数の有利さを生かせない。すると。
ふいにジュディが跳躍した。禁軍兵の頭上を越え、リオネル目掛け飛びかかった。
爪と剣がぶつかり合う音が響いた。ギーだった。剣で受け止めていた。
「ジャマにゃ!」
尻尾の蛇が大口を開けてギーを襲う。空気を斬り裂く音と共に蛇の鎌首が吹き飛んだ。
「させるか! バケモノがっ!」
ギャスパルがすんでのところで剣を伸ばしていたのだ。が、瞬時に蛇の鎌首が再生した。
「なっ!?」
驚くギャスパルに蛇が飛びかかった。
「ギャスパルっ!?」
コレットの悲鳴が耳をつんざく。しかし、再度鎌首が斬り飛ばされた。
「ギャスパル、油断するなっ!」
皆から守られるべきリオネルだった。自ら剣を振るって叱咤した。
「再生するなら、斬って斬って斬りまくれっ!」
「は、はいっ!」
更にジュディの背後から禁軍兵が剣を向ける。
「―ちっ!」
不利を悟ったのか、ジュディは、また跳躍した。禁軍兵の背後に降り立つと、ベランダへ転がり出た。一気に床を蹴って宙へダイブした。
「キエーッ」
鳥がタイミング良く空中でジュディを捕捉した。鳥は翼をはためかせて浮上した。執務室前を横切る。一瞬、その背に掴まるジュディの顔が見えた。思い切りあかんべえをしていた。
「……まずいっ。リオネルさま、執務室から退避してください! 鳥が攻撃してきますっ」
ギーは悲鳴に近い声を上げた。皆の脳裏に鳥の怪光線が浮かんだ。直撃を喰らったらひとたまりもない。
しかし、鳥は何も攻撃しては来ず、そのまま北西の空へと飛び去っていった。
【裏ショートストーリー】
アダン「不気味なほど静かですね」
ウィンストン「まだ敵が攻めてくる様子はないな…って、そうじゃねえよ。おい、アダン! なんでお前がここにいる? リシャール市民は全員避難のはずだろ?」
アダン「アニェスが心配で残ったに決まってるでしょう」
ウィンストン「商人風情が残って何の役に立つんだよ!? アニェスどのは俺が守る。お前はさっさと避難しろ」
アダン「王子のあなただって、何の役に立つんです? 剣ならラヴィアン・ローズがいますよ」
ウィンストン「俺は剣が使える。アニェスどののためなら、盾にだってなれるさ」
アダン「盾なら誰だってなれる。でもそれじゃ、一度きりだ。俺は生きて、一生アニェスの盾になれる」
ウィンストン「ほう…。商人がナマ言ってるじゃねえか」
アニェス「あのう…。私、お兄さまのところに行きたいのです。二人とも、どいていただけませんか。そこに立っていられると、部屋を出られません」
アダン「アニェスは黙っててくれ。すぐに片付けて俺がリオネルのところまで付き添ってやるから」
ウィンストン「アニェスどの、心配するな。身の程知らずの商人を排除したら、俺がエスコートする」
アダン「身の程知らずだと? 本音が出たな? 庶民派の王子が聞いて呆れる。結局、俺たち庶民を見下しているんだ」
ウィンストン「論点をすり替えるな。誰も庶民のことを言ってない。お前のことを言ってるんだ」
アニェス「……」
ソフィ「姫さま。ベランダから脱出しますか?」
アニェス「駄目よ。そんなことしたら、敵にお兄さまの居場所を教えるようなものだわ」
アダン「アニェスのことを何も知らないクセに、大きなツラするんじゃねえ!」
ウィンストン「幼馴染が何だっていうんだ! 何の自慢にもならん!」
アニェス「……困ったわねえ。今ごろみんな集まっているわ。どうしよう…」




