第302話 軍師、真相に迫る
「失礼します」
訪いを告げる声に、サンドラは首を捻った。来客など心当たりがない。しかも、今は夜だ。少し警戒しながら返事をした。
「……どなた?」
「クナリです」
「なんだ。軍師どのか」
肩の力を抜いた。彼なら人畜無害だろう。
そんな身も蓋もないことを考えながら、サンドラはドアを開けた。
「夜分にすみません。折り入ってお話ししたいことがあるのです」
「どうぞ」
挨拶するのさえぼうっとした顔を崩さない変人…いや、もとい、天才を招き入れた。
考えてみれば、子持ちとはいえ独身の女が、知り合って間もない若い男を私室に入れるというのは、どうかと思うが、気にしないところがサンドラたる所以である。例えクナリが暴挙に及ぼうと、取り押さえる自信があるのだろう。
「適当に座ってくれ。今、お茶を用意する」
「お構いなく」
クナリは、言われたとおり、適当に床に座った。
「……軍師どの」
それを見て、サンドラは呆れ返ると同時に、この変人には言い方を気をつけるべきだと再認識した。
「私の言い方が悪かったようだ。床ではなく、テーブルの椅子に座ってくれ」
「……」
クナリは、ぼうっとしながら椅子に移った。この様子だけを見れば、天才というよりむしろ、知能に遅れがあるのではないかと疑うところだ。
ちょうどバスティアンは寝付いたところで、ベビーベッドですやすやと眠っている。
「―熱いぞ、気をつけて飲んでくれ」
入れたての紅茶をクナリの前に置いた。
「ありがとう。シルヴィア姉さまから口止めされていますね?」
「あ…?」
さしものサンドラも、何を言われたのかわからず、面食らってきょとんとした。しかしクナリは気にする様子もなく、話し続ける。
「風の強い日、何かが起こった。しかも、通常想定し得る範囲を遥かに超える異常事態です。そのため、公にすることを憚り、関係者全員に箝口令を布いた。違いますか?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
慌ててサンドラは手を振った。
「話の展開が早すぎてよくわからなかった。いったい、何の話だ?」
「貴族連合討伐に出かけた軍の話です」
「……」
まじまじとクナリの顔を眺めた。この若者は、何を知っているのだ?
「……誰かから、聞いたな?」
「いえ、聞いていません。だから、サンドラさまにお尋ねしているんです」
「私は何も知らない」
「と、言えと、シルヴィア姉さまから命じられましたか」
「……」
どうやらクナリは、討伐軍派兵に疑問を抱き、サンドラが何か事情を知っていると当たりをつけて訪ねてきたらしい。
しかし、シルヴィアから口止めされている。例え軍師だろうと話すわけにはいかない。
「たかが軍師風情に、おいそれと機密事項を漏らすわけにはいかない、と思っていますね?」
「―!」
驚いた。この若者は読心術が使えるのか?
「僕は読心術は使えませんよ?」
今度こそ、心底驚愕した。同時に不気味ささえ覚えた。クナリという男は、いったいどんなバケモノなのだ?
「僕はシルヴィア姉さまから軍師を拝命しました。だからこそ、知りたいのです」
「……」
「軍略は、情報がすべてです。名のある軍師はすべからく情報を重要視している。古はガストン・ポワロ。現代ではエマ・デシャンやマクシム・フーコー。彼らは情報戦を巧みに操り戦略の礎としました。かくいう僕も情報を重視しています。ください、情報を。それなくしては戦略を立てようがない」
長口舌を述べる間も、若者から覇気は感じられなかった。むしろ表情は呆けていくばかりだ。サンドラは慎重に尋ねた。
「……なぜ戦略を立てる必要がある? 貴族連合など、物の数ではない。戦略などなくとも、トリュフォーさまなら簡単に打ち破ってくださる」
「確かにトリュフォーさまが直接赴くのなら」
「……」
「僕がみたところ、せいぜい5千もあれば充分だ。それなのに1万5千とは、慎重を期すとしても度が過ぎています。三頭がバカだという可能性もあります―」
「三頭…?」
「リオネルさま、シルヴィア姉さま、アニェスさまの三人のことです―が、さすがにそれはないでしょう。であれば、答えは一つ。軍の目標は二か所だということです。一方は貴族連合。もう一方は何なのです? 帝国軍の半数を動員してでも当たらねばならないものとは?」
「―話すことはできない」
「ということは、サンドラさまはご存知だということですよね?」
「……」
しまった。誘導尋問に引っかかった。
そうだ! これは、尋問なのだ。
サンドラは、密かに臍を噛んだ。
彼を部屋に招き入れるのではなかった。
「おそらく、未曽有の事件が起こったのでしょう、到底人には理解できないような。それは、秘密裏に事を運ばねばならない大事件だ。例えば、ガブリエルの反乱、だとか」
「なっ…!?」
サンドラは、瞠目した。クナリは、本当に誰にも聞いていないのか?
「お前…なぜそれを…」
「やはりそうでしたか」
「えっ…!?」
「すべて僕の想像です。皇弟ガブリエルが反乱を起こすなんて、誰も想像できない。これまで処遇には細心の注意を払い、事実、本人も大人しく境遇を受け入れているように見えていましたからね。しかし、実際は不満を募らせていた。ついに彼は、それこそ不満の塊であろうジュスティーヌをそそのかし、同時に反乱を起こす手筈を整えた」
「……」
唖然として言葉も出ないとは、このことだ。クナリは、想像だけで真相に迫っている。若干、的を外しているが、それは彼の責任ではない。この世の誰も、言葉を話す魔獣が存在するなど、想像し得ないのだから。
「だけど、彼には手違いがあった。何かでしくじり、三頭の知るところとなった。無論三頭としては、こんなこと看過できない。さりとて公にするには、影響が大き過ぎる。そこで貴族連合の反乱をだしに使い、相応しい数の兵を出陣させた」
「……」
「僕の想像が正しければ、概ね、こういうストーリーのはずです。もちろん、想像だけではなく、根拠もあります。僕が調べた限りでは、ここ数日、ガブリエルの所在を確認できません。少なくとも皇宮にいないのは確かだ。皇弟という政権No4が、公表もされず行方がわからないというのは、それだけで異常事態です。これが何を物語るのか。幽閉されたか、逃亡したか、それとも追放されたか。軍の派兵とつなげれば、自ずと逃亡という答えが導き出されます」
それにしても、よく喋る男だ。軍師というのは、口数が多い人種なのか。それとも、この男が特別なのか。
「―ですが、腑に落ちない点がある。皇弟の反乱は確かに影響力が大きい。隠したくなるのもわかる。でも、隠すほうが却って良くない影響があるのではないですか? 例えば、政敵に冤罪を着せて密かに抹殺した、などとあらぬ噂が立つとか」
「……それは、私の判断の範疇を超える」
「だからこそです、サンドラさま。だからこそ、軍師たる僕がいるのです。真相を教えてください。僕には、シルヴィア姉さまを守る義務がある」
「でも、シルヴィアさまとの約束が…」
「場合によっては、手遅れになるかもしれません。サンドラさまは姉さまの股肱の臣だ。姉さまを守りたい気持ちは僕と変わらないでしょう? いや、僕以上かもしれない。一緒に守りましょう。シルヴィア姉さまのため、共に力を合わせましょう。大事な世継ぎを身ごもった姉さまを守れるのは、僕たちしかいないのですから」
シルヴィアのため。
それはサンドラにとって、これ以上ない殺し文句であった。しばし逡巡はしたものの、結局、サンドラはクナリの策略の前に陥落した。
「―わかった。知っていることは全部話そう。すべてはシルヴィアさまの御為だ」
【裏ショートストーリー】
サンドラ「夜分にすまない」
メロディ「サンドラさま!? いったいどうされたのです?」
サンドラ「申し訳ないんだが、バスティアンを預かってくれないか。故あって、これからリオネルさまにお会いしてくる」
メロディ「えっ…!?」
ジュスタン「メロディ、どうしたの〜?」
メロディ「ジュスタンっ! サンドラさまがこれからリオネルさまに面会なさるんだって」
ジュスタン「ふ〜ん…。そこにいるのは軍師どのじゃない。こんな夜遅くに、二人揃って皇帝陛下に拝謁しようというの?」
サンドラ「すまない。詳しく話している時間がないんだ。今は黙ってバスティアンを預かってくれないか?」
ジュスタン「それは構わないけどさ。一言くらい、理由を教えてくれてもいいんじゃない?」
サンドラ「……貴族連合討伐軍に関わる重大事だ」
ジュスタン「へえ…。わかった。早く行きな。メロディ、バスティアンを頼む」
メロディ「う、うん…」
サンドラ「ありがとう。恩に着る」
メロディ「……行ってしまった。あの慌てよう、よほどのことが起こったのね」
ジュスタン「そうだね。もしかしたら、国家存亡の危機なのかもね」
メロディ「そんな、大袈裟な…」
バスティアン「ンぎゃあ〜っ!」
メロディ「あらあら。急に泣き出したわ。……よ〜し、よし。いい子、いい子ね〜」
ジュスタン(……サンドラのあの様子…。あながち、大袈裟じゃないのかもしれないな)




