第299話 凶報
季節は初夏を迎えていた。その日は、朝から強風が吹き荒れていた。
リシャールの街は季節外れの嵐に見舞われた。大通りでは、店頭に置かれた立て看板が吹き飛ばされ、品物を陳列した棚が壊された。
道行く人々は歩行するのも困難なほどで、人通りが一気に途絶えた。閉店する店が続出し、いつも人々で賑わう大通りが、嘘のように閑散とした風景と変わり果てた。
その強風の中を、物好きにも出歩く一行があった。彼女らは脇目も振らず、一心不乱に皇宮を目指していた。
強風は彼女らを容赦なく叩きつける。しかし、ただひたすら前に進む。重大な報告を携えて、大切な主たちに届けるため。一歩一歩、確実に前へ、前へ、前へ…。
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「キトリーが妙案を考え出しました」
セルジュが三頭に報告すべく、アニェスのサロンを訪れていた。
兼ねてからの懸案だった『皇都水道敷設計画』である。キトリーが強引に住民を立ち退かせて訴えられたのだ。司法も管轄する刑部尚書クロヴィスの命令で、キトリーが解決策を捻り出したらしい。
「水道橋を通すそうです」
「水道橋?」
「私も詳しいことはわかりかねるのですが、キトリーの受け売りでは、水を引く際に山や谷を越えるためにかける橋のことです。それを応用して、城壁や建物の上に橋をかけることで、住民を立ち退かせることなく市内に水を引き込むのだそうです」
「へえ。そりゃ、凄い。やっぱりキトリーは、天才だな」
リオネルは、感心してみせた。
「それで万事解決するなら、めでたい話じゃねえか」
「ただ、橋をかける分、建設費用が余分にかかってしまうのが欠点でして」
「足りない分は、皇室予算から出して構わん。その線で話を進めさせろ」
「ははっ。ありがたき幸せ。キトリーも喜びます」
セルジュは、丁寧に頭を下げて退出していった。
「立ち退かなくていいとなれば、住民も安心しますわ」
「そうだな、アニェス。四方丸く治まって良かったよ」
「さすがキトリーだわ。クロヴィスが見込んだとおりね」
「これで、建設が進む。水道が通れば格段に生活が良くなる。楽しみなことだ」
「そうそう! 旦那さま。楽しみといえばもう一つ報告がありますの」
シルヴィアは、目でメロディに合図した。メロディは、照れたように前に出てきた。
「旦那さま、アニェスさま。実は、メロディが第二子を妊娠したの!」
「まあっ! 本当?」
アニェスの顔がパアッと輝いた。
「おめでとう! メロディ」
「ありがとうございます、アニェスさま」
メロディは、はにかんでみせた。そのメロディにリオネルが尋ねた。
「予定日は、いつだ?」
「はい、ちょうどフレイモスのころになります」
「なんだ、シルヴィアとひと月違いじゃねえか」
「しかも、バスティアンと誕生日が近いの」
嬉しそうにシルヴィアは手を合わせた。
「偶然にしては出来すぎだと思いません? みんな誕生日が同じころだなんて」
「みんな同じころに仕込んだってことだろ」
「まっ!?」
シルヴィアは真っ赤になってリオネルを睨んだ。
「なんてこと言うの、旦那さまはっ!? 恥ずかしいっ!」
「えっ…!? ―あっ!」
リオネルは、何を言ったか自分でも理解したらしい、同じように真っ赤になってしまった。当然、自分たちも『仕込んだ』組になるのだ。
「ふふふっ…! 楽しいっ!」
アニェスが鈴の音を転がすように笑い転げた。
「アニェスさま、笑い過ぎ!」
シルヴィアは、アニェスにも抗議した。
「……ごめんなさい…もう…笑わないわ…ふふふっ」
「ンもうっ、笑ってるじゃない。―いいわ、話を進めますっ」
笑い転げ続けるアニェスは放って、シルヴィアはリオネルに向き直った。
「―それでね、旦那さまにお願いがあるの」
「なんだ? 言ってみろ」
「メロディを私付きの侍女として正式に任命したいのです。その許可をいただきたいの」
「メロディを? 今だって、お前の侍女だろう?」
「メロディは、公式にはサンドラの侍女です」
「あ…そっか」
「ちょうどと言ってはなんだけど、同じようなタイミングで出産するし、乳母としてずっと側にいてくれるととても心強いわ。ぜひ、お願いしたいの」
「もちろん、いいさ。反対するわけねえだろ」
「ありがとうございますっ、旦那さま」
手を叩いてシルヴィアは喜んだ。そして、メロディに向かってにっこり微笑んだ。
「そういうことだから、これからもよろしくね、メロディ」
「こちらこそ、願ってもないことです、シルヴィアさま」
「―失礼いたします」
主従が喜び合った、そのとき。訪いを告げるノックが響いた。ソフィが応対に立つ。白百合色の髪をした青年が畏まっていた。
「両陛下、並びに皇妹殿下にお取り次ぎをお願いいたします。紅烏団団長が直接ご報告いたしたき儀がございます」
シルヴィアたちは、顔を見合わせた。マノンが公に面会を求めるとは珍しい。よほどの緊急事態が起こったのだろうか。
「―サンドラ、コレット、メロディ。ごめんね。席を外してもらえる?」
ギー、ギャスパル、ソフィらもそれぞれ主に促されて退出していった。紅烏団団長の正体は、三頭以外、誰にも知られてはならない。
「―マノン…」
シルヴィアは、胸の高鳴りを抑えることができない。報告の内容も無論気になるが、久しぶりにマノンに会えるのだ。今か今かと待ちわびる中、静かにその人はサロンに入ってきた。
「マノン―!」
思わずシルヴィアは立ち上がっていた。
「……シルヴィアさま。ご無沙汰をして―!?」
シルヴィアは走り寄ってマノンを抱きしめていた。走り出したとき、アニェスが腰を浮かせかけたが構わなかった。だって、マノンのことが大好きだから。
「―マノン。会いたかったわ」
「シルヴィアさま…」
マノンも、しっかりと抱き返した。
「申し訳ありません、お側を離れてしまいまして」
「それはもう、いいの。あたしのわがままだもの。今では理解しているわ」
「……シルヴィアさま。重大なご報告をしなければなりません」
マノンは、すべての感情を押し殺すように静かに言った。
「―そうだったわね」
シルヴィアは、ようやくマノンを離した。
「―リオネルさま、アニェスさま、シルヴィアさまに紅烏団団長としてご報告いたします」
マノンは、改めて片膝をつき、声を張った。
「皇宮内に、謀反の企てあり。その証拠を掴んでまいりました」
「なっ…!? 謀反だと!?」
驚天動地とは、このことであろう。三頭は、一様に驚愕した。皇宮内で謀反とは、ただ事ではない。
「誰がそんなことを企んでいる?」
「それは…」
マノンは、一呼吸おいて、厳かに告げた。
「……皇弟、ガブリエルです」
「にゃにゃーっ!?」
三頭で最も驚いたのは、シルヴィアであったろう。彼に懐疑的だったリオネル兄妹に対して、シルヴィアは終始一貫、信頼を寄せてきたからだ。
「ウソよ…。そんなはずないわ。ガブリエルさまに限って、そんなことない…」
「嘘ではありません、シルヴィアさま。私はこの目で見たのです。そのために、エルヴィールまで行ってきたのですから」
「エルヴィールといえば…シラク侯爵領だな」
リオネルが言った。
「ガブリエルの母親の実家だ。そこで何を見た?」
「はい…」
マノンは、エルヴィールの城館での出来事を詳細に語った。できるだけ客観的に、見た通りに話した。
「むう…」
語り終わっても、三頭はしばらく押し黙ったままだった。あまりに現実離れしていて、すぐには理解できなかったからだ。
やがて、リオネルが重い口を開いた。
「……ガブリエルのやろうが裏切っても、正直、そこまでは驚かねえ。シルヴィアには悪いがな。それでも、情報量が多過ぎて頭が整理し切れん」
「これがもし、他の者の言であれば、私も信じなかったかもしれないわ」
アニェスが考え考え言葉にした。
「でも、ほかならぬマノンの言だもの。信じないわけにはいかない。ましてや、マノン自ら命の危険を冒してまで探ってきてくれた情報だわ。すべて事実なのでしょう」
「あたしだって、マノンのことを疑ったりしない」
シルヴィアは、金色の瞳に涙を滲ませながら言った。
「でも、今どきセヴィルが実在するなんて、誰も信じないわ。セヴィルなんて、おとぎ話じゃないの」
「それは私もよくわからないけど、問題なのはガブリエル一党がセヴィルの実在を信じているということなのではないかしら」
「……!」
「その上、言葉を話すことができる魔獣の存在。私たちの常識を超える何かが起こっていることだけは、確かよ」
「―ここで四の五の言っていても仕方ねえ」
リオネルが立ち上がった。黒い瞳が強い光を放った。
「直接本人を問い質そう。ガブリエルさまご乱心とあらば、『兄』として引導を渡してやるよ。それがせめてもの肉親としての情ってものじゃねえか。なあ、そうだろう? シルヴィア、アニェス」
【裏ショートストーリー】
メロディ「お帰りなさい、ジュスタン」
ジュスタン「ただいま」
メロディ「……ちょっと話があるんだけど」
ジュスタン「なんだい? 愛してるという話かい? それなら僕は、いつでもメロディを愛してるよ」
メロディ「ちょっと…! ふざけないで。真面目な話なの」
ジュスタン「ありゃ。ごめんごめん。……いいよ。ちゃんと聞くよ」
メロディ「……あのね…できたの」
ジュスタン「え…何ができたの? 痔?」
メロディ「……! バカっ! 違うわよっ! 全っ然、真面目に聞いてないじゃない。……もう話すの、やめようかな」
ジュスタン「ごめんごめん。ほんとに真面目に聞くから」
メロディ「ちゃんと聞いてね。……あのね、赤ちゃん、できたの」
ジュスタン「えっ………」
メロディ「……ジュスタン? ちょっと…ジュスタン!?」
ジュスタン「……あ、ごめん。びっくりしちゃって…僕たちの赤ちゃん…? ジュリアンに妹ができたの…?」
メロディ「ジュスタン、ジュスタン! まだ性別はわからないわ…」
ジュスタン「女の子に決まってるよーっ! やったぁーっ! ありがとう、メロディ! ありがとうっ!」
メロディ「ふふふっ…! 喜んでくれると思ったわ。……でも、どうして女の子だとわかるの?」
ジュスタン「もう、ち◯こは見飽きたよぉ。今度は女の子がいいもん!
メロディ「ジュスタン!? 最っっ低っ!」
ジュスタン「痛っ!? 殴るなよ!」
メロディ「もうっ! あなたって、なんでいつもそうなのよっ!? どうしてこんな最低男を好きになったのかしらっ」




