第298話 吐露と企てと幸せと
そのまま天馬隊は、クナリの歓迎会となった。
演習場にバーベキューセットを持ち込み、昼間だというのに酒も配られた。シルヴィアは、苦笑いしながら黙認した。
あちらこちらで談笑の輪が広がった。主役のクナリは、至宝天に囲まれ質問攻めに遭った。クナリはぼうっとした表情を変えず、淡々と答えるばかりだったが。
歓迎会は大いに盛り上がり、いつの間にかというか、当然というべきか、大宴会となった。妊婦のシルヴィアは、いつまでも同席していたそうだったが、サンドラとコレットに説得されて、泣く泣く私室に戻っていった。
「―ジョゼ」
アイラは、一人ぽつんと離れたところでうつむいているジョゼの隣に座った。
「こんなところで独りでいないで、みんなのところへ行こうよ」
「……ごめんなさい…ごめんなさい…」
ジョゼは、ひたすら謝り続けた。
「あなたは悪くない。少しも悪くないわ」
「味方を大勢傷つけてしまいました。しかも、ミラベル大隊長さまにまで剣を向けてしまった。謝罪しても謝罪しきれません」
「確かに、あれはいただけないわね」
「……」
「……ねえ、ジョゼ。あなた、以前怖い体験をしたのじゃない? もし良かったら、話してくれない?」
「……」
「私のこと、信用できない?」
「そんなことは…ありません」
「私、あなたの味方のつもりよ。何を聞かされても、あなたのこと、嫌いになったりしない。約束するわ」
ジョゼは、上目遣いでアイラを見た。
「アイラ中隊長さまは、私の全部を受け止めると仰ってくださった。本当に信じていいのでしょうか?」
「もちろんよ。私の尊敬する兄に誓って、嘘偽りはないわ」
アイラはジョゼの手を取った。冷たく冷えていたが、震えてはいない。やがてジョゼは、重い口を開いた。
「……怖いんです」
「敵が? でも、あなたの剣の腕なら、大抵の敵には勝てるわ。何しろ、『ブラッディ・ドール』と相打ちになるくらいだもの。恐れる必要なんて―」
「違うんです!」
ジョゼは激しく頭を振った。花紺青色の髪が乱れた。
「私が怖いのは…自分自身なんです」
「……!」
「我を忘れると、何をするかわからない。実際、大勢の人に剣を振るってしまった。私は、私が怖い…。怖いんです」
「ジョゼ…」
「……私が住んでいたのは、小さな村でした」
ジョゼは、ぽつりぽつりと話し始めた。アイラは彼女を妨げないよう静かに耳を傾けた。
「そんな貧しい村に、あるとき突然、盗賊団が襲ってきました。村人がたくさん殺されました。酷いもので、年寄りも子どもも容赦ありませんでした。道にも畑にも死体がごろごろ転がっていました。首のない死体、首だけの死体、若い女性は犯された上に殺されました」
「酷い…。なんて奴らなの」
アイラは、己のことのように憤慨した。
「そんなやつら、人じゃないわ。地獄へ落ちてしまえばいいわ」
「私もそう思いました。人の仕業じゃない。でもその死体は、村人だけじゃなかったんです」
「えっ…!?」
「盗賊団も皆殺しになって、無残な屍を晒していました。それは…それは…すべて私がやったことなんです」
「ジョゼ…!」
「盗賊団は、当然、私の家にも襲いかかってきました。両親も、幼い兄弟たちも、全員殺される。そうはっきり自覚しました」
花紺青色の瞳から、涙がこぼれ落ちた。
「その後のことはよく覚えていません。気がついたときには、血まみれの鎌を手に道端で佇んでいました。足元には、首を斬られた盗賊の死体が転がっていました」
「……」
「後で母から聞いた話では、私は狂ったような叫び声を上げながら、手当たり次第に人を殺して回ったそうです。私は、ただの人殺しです。我を忘れたら、何をするかわからない、ただの人殺しなんです」
「違うわっ!」
アイラは、強くジョゼの肩を抱いた。
「あなたは人殺しなんかじゃない。村を救った英雄よ」
「……」
「誇りなさい。もっと胸を張って顔を上げなさい。卑屈になることも、恐れることもない。あなたは、天下にその名前が知られる剣士になるわ」
「とんでもない…。私なんて、ただの役立たずです」
「私を信じて、ジョゼ。大丈夫、私がいるわ。あなたが我を忘れても、私があなたを止めてみせる。全力であなたを受け止める。だから安心して。あなたは独りじゃない。私がいるわ」
「―俺たちもいるぜ」
「―!?」
振り返ると、いつの間にかマリユスたちが集まっていた。
「すまん。立ち聞きするつもりはなかったんだが、つい話し声が聞こえちまったんでな」
マリユスは照れたように頭をかいた。
「ジョゼの暴れっぷり、凄かった。間違いなく、エニフ隊でも一、二を争う腕前だ。天馬隊は、強い奴が偉い。俺はジョゼを認める」
「マリユス…」
「ジョゼ。今までごめんな。冷たくして仲間外れにもしちまった」
マリユスは様子を改めると、頭を下げた。
「そんな…! やめてください、マリユスさま」
ジョゼは、花紺青色の瞳を濡らしながら手を振った。
「私のほうこそ、ご迷惑ばかりかけてしまって、申し訳ありません」
「いいってことよ。お互いさまだ」
「……なあ、ジョゼ」
ブリュノが遠慮がちに声をかけた。
「肉がいい感じで焼けたんだが、こっちに来て一緒に食わねえか?」
ジョゼは、ぴっくりしたように花紺青色の瞳を見開いた。
「……ほら、ジョゼ。行っておいで」
アイラは、強引に腰を上げさせた。
「は、はい…」
ジョゼは、マリユスたちに囲まれながらテーブルへと向かった。肉の焼けるいい匂いが流れてきた。急にお腹が減ってきた。
「……よぉし! 私もたくさん食べようっと!」
アイラは元気よく立ち上がった。
「私の分まで食べないでよ!」
明るい笑い声が青い空に弾け飛んだ。
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「ジュスティーヌさま。皇帝家が発布した法律とやらをご覧になりましたか?」
「無論、目を通した」
「あまりにも酷いとはお思いになりませんか?」
「酷いとは、何のことだ?」
「貴族と平民の差別禁止ですよ!」
貴族は、憤慨して声を荒げた。
「我々は平民と同じだと言っておるのですよ。こんなことは、許されない。世を乱す元だ」
「まさに伯爵どのの仰るとおりだ」
別の貴族が大きくうなずいて同調した。
「これで賤民どもが大きな顔をするでしょう。生まれながらに我々は立ち場が違うのです。それを同じにするなど、天に背く行為です」
「リオネルはいい気になり過ぎだ。たかが農民の小倅が、貴族たる我々を蔑ろにするにも程がある」
「伯爵どの。そう興奮なさるな。今の発言は反逆罪に問われても致し方ありませんよ」
ジュスティーヌは、苦笑いを浮かべた。
「差別禁止もいただけないが、実害があるのは奴隷制度の廃止と存ずる」
更にまた別の貴族が苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「私の農園は、奴隷で成り立っています。それを廃止されたら、労働者として雇わなくてはならなくなる。大変な損失だ」
「まったく、何でこんなことになったのか」
「―すべては、あの農民の小倅が不遜にも至高の頂きに登ったがゆえ」
ジュスティーヌは、妖しく囁いた。
「先の陛下の御世は良かったのう。秩序が保たれ、皆、分というものをわきまえていた。それをぶち壊したのは、あの小倅よ」
「ジュスティーヌさまの仰るとおりですな。先の御世は良かった」
貴族たちは、遥か古を懐かしむようにうなずき合った。グレゴワール存命時であれば約1年、リオネル登極後であればせいぜい半年に過ぎない。
「……では、世を引っくり返すしかないのう」
貴族たちは、ぎょっとしたようにジュスティーヌを見た。ジュスティーヌは、まるで世間話でもするかのように平然としている。
「のう、皆さま。そうはお思いにならぬか?」
「……そうは言っても、リオネル軍は強い。武力を用いても敵うとは思えませんが」
「私はそうは思わぬ。不満に思う貴族は、ほかにも大勢いるはず。皆の力を結集すれば、充分対抗できる。それに―」
ジュスティーヌは、薄笑いを浮かべた。実に酷薄な表情に見えるが、今このときであれば、冷徹な策士とも思える。
「我らには、心強いお味方もおられる」
「心強い味方…?」
「その御方は、私に約束してくだされた。事を起こした暁には、必ず共に兵を挙げる、と」
ジュスティーヌは、未だ及び腰の貴族たちを叱咤するように言った。
「その御方がお味方くだされば、必ず勝てる。我々の栄華をこの手に取り戻すのだ。農民の小倅にこれ以上好き勝手をさせてはならん!」
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「―へえ。4倍の相手に勝ったのか」
「はい」
リオネルの私室である。いつものように、二人は食後のコーヒーを愉しみながらくつろいでいた。
「あんなぼうっとしたやつがなあ。人は見た目じゃねえな」
「ヒドいわ。旦那さまは人を見た目で判断なさるの?」
「そうじゃねえけどよ。あいつ…ええっと、名前何だっけ?」
「ンもうっ。旦那さまったら」
シルヴィアは、ふくれっ面をした。
「クナリです。クナリ・セドリック!」
「そうそう! そのクナリ。どうひいき目に見たって、天才軍師とは思えねえよ。だけど、結果を出した。普通のやつじゃ、到底出せないような結果を。俺は認めてるんだ。それは、天馬隊の連中も同じだと思うぜ」
「……ええ。みんな、クナリを認めて歓迎しています」
シルヴィアは微笑んだ。太陽のような光り輝く笑顔だった。
「すぐに歓迎会を開いてくれたんですよ。クナリはお酒にすごく強いの。誰よりも飲んでいるのに、少しも酔わないんです。みんな驚いていたわ」
「そりゃ、面白い。一度俺も飲み明かしてえな」
「旦那さまは、すぐに酔いつぶれておしまいになるじゃありませんか」
ころころと笑い転げた。
「うるせえ。大きなお世話だ」
「……でも、良かったわ。クナリが受け入れられて。確かにちょっとクセのある子だから、本当は心配していたんです」
「シルヴィアの幼馴染だったな」
「ええ。あまり人付き合いの得意なほうではないから、居場所を作ってあげたくて、それで呼んだの」
「そうか…」
リオネルは、シルヴィアの肩を抱いた。
「頼もしい仲間が、また一人増えたな」
「はい。本当に」
「……そういえば、お前、最近調子が良いんじゃないか?」
「ええ。サンドラによると、そろそろつわりが終わるころだそうです」
「何周目だっけ?」
「12週ですわ」
「生まれるのが、楽しみだなあ」
「まだまだ先ですよ。お腹だって、ほんのちょっと膨らんだかなという程度ですし」
「楽しみだなあ。男の子かな、女の子かな」
「……あたしの話、聞いています?」
「名前も考えなくちゃな。待ち遠しいなあ」
「ぷっ…」
思わずシルヴィアは吹き出してしまった。笑いが止まらない。
「あ…? 何笑ってんだよ?」
「ふふふっ…。何でもありません。気にしないで」
シルヴィアは、リオネルの肩に頭を乗せた。
幸福感で胸がいっぱいになった。この幸せが永遠に続くと信じていた。
しかし、シルヴィアにとって驚天動地の凶報が、すぐそこまで迫っていた。
【裏ショートストーリー】
ジュリアン「ニャアニャっ!」
メロディ「ジュリアンは、本当にシャウラのことが好きねえ」
ジュリアン「ママっ! ママっ!」
メロディ「なあに? ジュリアン。バスティアンさまを指差したりして」
ジュリアン「ブーブー」
メロディ「えっ!?」
バスティアン「ぎゃあーっ!」
メロディ「あらあら。急に泣き出したわ。……あら? もしかして…あっ、うんちしてる。ジュリア〜ン。偉いわぁ。うんちを教えてくれたのね」
ジュリアン「ブーブー」
メロディ「そうね。ブーブーね。くちゃいくちゃい。はい、綺麗になりました。……シルヴィアさま、大丈夫かしら。あまり長い時間、外の風に当たらないほうがいいのだけど」
ジュリアン「ママっ! ママっ!」
メロディ「今度はなあに? あなたはお話し好きねえ。……あらっ!? お腹に抱き着いたりして、どうしたの? 甘えたいのかなー?」
ジュリアン「ブーブー」
メロディ「……失礼ねー。うんちなんか漏らしてないわよ。……うっ!?」
…………
メロディ「……ゲーッ! ……な、なんで? ……えっ!? ウソ…もしかして…!?」




