↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
300/368

第298話 吐露と企てと幸せと

そのまま天馬隊は、クナリの歓迎会となった。


演習場にバーベキューセットを持ち込み、昼間だというのに酒も配られた。シルヴィアは、苦笑いしながら黙認した。


あちらこちらで談笑の輪が広がった。主役のクナリは、至宝天に囲まれ質問攻めに遭った。クナリはぼうっとした表情を変えず、淡々と答えるばかりだったが。


歓迎会は大いに盛り上がり、いつの間にかというか、当然というべきか、大宴会となった。妊婦のシルヴィアは、いつまでも同席していたそうだったが、サンドラとコレットに説得されて、泣く泣く私室に戻っていった。


「―ジョゼ」


アイラは、一人ぽつんと離れたところでうつむいているジョゼの隣に座った。


「こんなところで独りでいないで、みんなのところへ行こうよ」


「……ごめんなさい…ごめんなさい…」


ジョゼは、ひたすら謝り続けた。


「あなたは悪くない。少しも悪くないわ」


「味方を大勢傷つけてしまいました。しかも、ミラベル大隊長さまにまで剣を向けてしまった。謝罪しても謝罪しきれません」


「確かに、あれはいただけないわね」


「……」


「……ねえ、ジョゼ。あなた、以前怖い体験をしたのじゃない? もし良かったら、話してくれない?」


「……」


「私のこと、信用できない?」


「そんなことは…ありません」


「私、あなたの味方のつもりよ。何を聞かされても、あなたのこと、嫌いになったりしない。約束するわ」


ジョゼは、上目遣いでアイラを見た。


「アイラ中隊長さまは、私の全部を受け止めると仰ってくださった。本当に信じていいのでしょうか?」


「もちろんよ。私の尊敬する兄に誓って、嘘偽りはないわ」


アイラはジョゼの手を取った。冷たく冷えていたが、震えてはいない。やがてジョゼは、重い口を開いた。


「……怖いんです」


「敵が? でも、あなたの剣の腕なら、大抵の敵には勝てるわ。何しろ、『ブラッディ・ドール』と相打ちになるくらいだもの。恐れる必要なんて―」


「違うんです!」


ジョゼは激しく頭を振った。花紺青色の髪が乱れた。


「私が怖いのは…自分自身なんです」


「……!」


「我を忘れると、何をするかわからない。実際、大勢の人に剣を振るってしまった。私は、私が怖い…。怖いんです」


「ジョゼ…」


「……私が住んでいたのは、小さな村でした」


ジョゼは、ぽつりぽつりと話し始めた。アイラは彼女を妨げないよう静かに耳を傾けた。


「そんな貧しい村に、あるとき突然、盗賊団が襲ってきました。村人がたくさん殺されました。酷いもので、年寄りも子どもも容赦ありませんでした。道にも畑にも死体がごろごろ転がっていました。首のない死体、首だけの死体、若い女性は犯された上に殺されました」


「酷い…。なんて奴らなの」


アイラは、己のことのように憤慨した。


「そんなやつら、人じゃないわ。地獄へ落ちてしまえばいいわ」


「私もそう思いました。人の仕業じゃない。でもその死体は、村人だけじゃなかったんです」


「えっ…!?」


「盗賊団も皆殺しになって、無残な屍を晒していました。それは…それは…すべて私がやったことなんです」


「ジョゼ…!」


「盗賊団は、当然、私の家にも襲いかかってきました。両親も、幼い兄弟たちも、全員殺される。そうはっきり自覚しました」


花紺青色の瞳から、涙がこぼれ落ちた。


「その後のことはよく覚えていません。気がついたときには、血まみれの鎌を手に道端で佇んでいました。足元には、首を斬られた盗賊の死体が転がっていました」


「……」


「後で母から聞いた話では、私は狂ったような叫び声を上げながら、手当たり次第に人を殺して回ったそうです。私は、ただの人殺しです。我を忘れたら、何をするかわからない、ただの人殺しなんです」


「違うわっ!」


アイラは、強くジョゼの肩を抱いた。


「あなたは人殺しなんかじゃない。村を救った英雄よ」


「……」


「誇りなさい。もっと胸を張って顔を上げなさい。卑屈になることも、恐れることもない。あなたは、天下にその名前が知られる剣士になるわ」


「とんでもない…。私なんて、ただの役立たずです」


「私を信じて、ジョゼ。大丈夫、私がいるわ。あなたが我を忘れても、私があなたを止めてみせる。全力であなたを受け止める。だから安心して。あなたは独りじゃない。私がいるわ」


「―俺たちもいるぜ」


「―!?」


振り返ると、いつの間にかマリユスたちが集まっていた。


「すまん。立ち聞きするつもりはなかったんだが、つい話し声が聞こえちまったんでな」


マリユスは照れたように頭をかいた。


「ジョゼの暴れっぷり、凄かった。間違いなく、エニフ隊でも一、二を争う腕前だ。天馬隊は、強い奴が偉い。俺はジョゼを認める」


「マリユス…」


「ジョゼ。今までごめんな。冷たくして仲間外れにもしちまった」


マリユスは様子を改めると、頭を下げた。


「そんな…! やめてください、マリユスさま」


ジョゼは、花紺青色の瞳を濡らしながら手を振った。


「私のほうこそ、ご迷惑ばかりかけてしまって、申し訳ありません」


「いいってことよ。お互いさまだ」


「……なあ、ジョゼ」


ブリュノが遠慮がちに声をかけた。


「肉がいい感じで焼けたんだが、こっちに来て一緒に食わねえか?」


ジョゼは、ぴっくりしたように花紺青色の瞳を見開いた。


「……ほら、ジョゼ。行っておいで」


アイラは、強引に腰を上げさせた。


「は、はい…」


ジョゼは、マリユスたちに囲まれながらテーブルへと向かった。肉の焼けるいい匂いが流れてきた。急にお腹が減ってきた。


「……よぉし! 私もたくさん食べようっと!」


アイラは元気よく立ち上がった。


「私の分まで食べないでよ!」


明るい笑い声が青い空に弾け飛んだ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「ジュスティーヌさま。皇帝家が発布した法律とやらをご覧になりましたか?」


「無論、目を通した」


「あまりにも酷いとはお思いになりませんか?」


「酷いとは、何のことだ?」


「貴族と平民の差別禁止ですよ!」


貴族は、憤慨して声を荒げた。


「我々は平民と同じだと言っておるのですよ。こんなことは、許されない。世を乱す元だ」


「まさに伯爵どのの仰るとおりだ」


別の貴族が大きくうなずいて同調した。


「これで賤民どもが大きな顔をするでしょう。生まれながらに我々は立ち場が違うのです。それを同じにするなど、天に背く行為です」


「リオネルはいい気になり過ぎだ。たかが農民の小倅が、貴族たる我々を蔑ろにするにも程がある」


「伯爵どの。そう興奮なさるな。今の発言は反逆罪に問われても致し方ありませんよ」


ジュスティーヌは、苦笑いを浮かべた。


「差別禁止もいただけないが、実害があるのは奴隷制度の廃止と存ずる」


更にまた別の貴族が苦虫を噛み潰したような顔で言った。


「私の農園は、奴隷で成り立っています。それを廃止されたら、労働者として雇わなくてはならなくなる。大変な損失だ」


「まったく、何でこんなことになったのか」


「―すべては、あの農民の小倅が不遜にも至高の頂きに登ったがゆえ」


ジュスティーヌは、妖しく囁いた。


「先の陛下の御世は良かったのう。秩序が保たれ、皆、分というものをわきまえていた。それをぶち壊したのは、あの小倅よ」


「ジュスティーヌさまの仰るとおりですな。先の御世は良かった」


貴族たちは、遥か古(いにしえ)を懐かしむようにうなずき合った。グレゴワール存命時であれば約1年、リオネル登極後であればせいぜい半年に過ぎない。


「……では、世を引っくり返すしかないのう」


貴族たちは、ぎょっとしたようにジュスティーヌを見た。ジュスティーヌは、まるで世間話でもするかのように平然としている。


「のう、皆さま。そうはお思いにならぬか?」


「……そうは言っても、リオネル軍は強い。武力を用いても敵うとは思えませんが」


「私はそうは思わぬ。不満に思う貴族は、ほかにも大勢いるはず。皆の力を結集すれば、充分対抗できる。それに―」


ジュスティーヌは、薄笑いを浮かべた。実に酷薄な表情に見えるが、今このときであれば、冷徹な策士とも思える。


「我らには、心強いお味方もおられる」


「心強い味方…?」


「その御方は、私に約束してくだされた。事を起こした暁には、必ず共に兵を挙げる、と」


ジュスティーヌは、未だ及び腰の貴族たちを叱咤するように言った。


「その御方がお味方くだされば、必ず勝てる。我々の栄華をこの手に取り戻すのだ。農民の小倅にこれ以上好き勝手をさせてはならん!」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「―へえ。4倍の相手に勝ったのか」


「はい」


リオネルの私室である。いつものように、二人は食後のコーヒーを愉しみながらくつろいでいた。


「あんなぼうっとしたやつがなあ。人は見た目じゃねえな」


「ヒドいわ。旦那さまは人を見た目で判断なさるの?」


「そうじゃねえけどよ。あいつ…ええっと、名前何だっけ?」


「ンもうっ。旦那さまったら」


シルヴィアは、ふくれっ面をした。


「クナリです。クナリ・セドリック!」


「そうそう! そのクナリ。どうひいき目に見たって、天才軍師とは思えねえよ。だけど、結果を出した。普通のやつじゃ、到底出せないような結果を。俺は認めてるんだ。それは、天馬隊の連中も同じだと思うぜ」


「……ええ。みんな、クナリを認めて歓迎しています」


シルヴィアは微笑んだ。太陽のような光り輝く笑顔だった。


「すぐに歓迎会を開いてくれたんですよ。クナリはお酒にすごく強いの。誰よりも飲んでいるのに、少しも酔わないんです。みんな驚いていたわ」


「そりゃ、面白い。一度俺も飲み明かしてえな」


「旦那さまは、すぐに酔いつぶれておしまいになるじゃありませんか」


ころころと笑い転げた。


「うるせえ。大きなお世話だ」


「……でも、良かったわ。クナリが受け入れられて。確かにちょっとクセのある子だから、本当は心配していたんです」


「シルヴィアの幼馴染だったな」


「ええ。あまり人付き合いの得意なほうではないから、居場所を作ってあげたくて、それで呼んだの」


「そうか…」


リオネルは、シルヴィアの肩を抱いた。


「頼もしい仲間が、また一人増えたな」


「はい。本当に」


「……そういえば、お前、最近調子が良いんじゃないか?」


「ええ。サンドラによると、そろそろつわりが終わるころだそうです」


「何周目だっけ?」


「12週ですわ」


「生まれるのが、楽しみだなあ」


「まだまだ先ですよ。お腹だって、ほんのちょっと膨らんだかなという程度ですし」


「楽しみだなあ。男の子かな、女の子かな」


「……あたしの話、聞いています?」


「名前も考えなくちゃな。待ち遠しいなあ」


「ぷっ…」


思わずシルヴィアは吹き出してしまった。笑いが止まらない。


「あ…? 何笑ってんだよ?」


「ふふふっ…。何でもありません。気にしないで」


シルヴィアは、リオネルの肩に頭を乗せた。


幸福感で胸がいっぱいになった。この幸せが永遠に続くと信じていた。


しかし、シルヴィアにとって驚天動地の凶報が、すぐそこまで迫っていた。

【裏ショートストーリー】

ジュリアン「ニャアニャっ!」

メロディ「ジュリアンは、本当にシャウラのことが好きねえ」

ジュリアン「ママっ! ママっ!」

メロディ「なあに? ジュリアン。バスティアンさまを指差したりして」

ジュリアン「ブーブー」

メロディ「えっ!?」

バスティアン「ぎゃあーっ!」

メロディ「あらあら。急に泣き出したわ。……あら? もしかして…あっ、うんちしてる。ジュリア〜ン。偉いわぁ。うんちを教えてくれたのね」

ジュリアン「ブーブー」

メロディ「そうね。ブーブーね。くちゃいくちゃい。はい、綺麗になりました。……シルヴィアさま、大丈夫かしら。あまり長い時間、外の風に当たらないほうがいいのだけど」

ジュリアン「ママっ! ママっ!」

メロディ「今度はなあに? あなたはお話し好きねえ。……あらっ!? お腹に抱き着いたりして、どうしたの? 甘えたいのかなー?」

ジュリアン「ブーブー」

メロディ「……失礼ねー。うんちなんか漏らしてないわよ。……うっ!?」

…………

メロディ「……ゲーッ! ……な、なんで? ……えっ!? ウソ…もしかして…!?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。