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第300話 天使か、悪魔か

シルヴィアたち三頭は、揃ってガブリエルの私室を訪れた。


ガブリエルは独りで出迎えた。従者のリュカは、エルヴィールからまだ戻ってきていないらしい。


「兄上たちが揃って僕のところへ来てくださるなんて、光栄だなあ。―どうぞ、まずはお座りください」


「いや、ここでいい」


三頭は並んでガブリエルと相対した。


「……なんだか物々しい雰囲気ですね。何事が起こったのですか?」


ガブリエルは、天使のような微笑みを浮かべた。


「ガブリエル。お前、俺を裏切ったのか?」


黒い瞳の強い光が、天使の微笑みを差し貫いた。


「兄上、兄上。藪から棒に何を言い出すのです?」


天使の微笑みは、微動だにしない。


「僕が兄上を裏切るわけがないでしょう。それは、義姉上が一番よくご存知ですよ。―ねえ、そうですよね? 義姉上」


「ガブリエルさま。正直にお話しください」


シルヴィアは既に涙目である。両手をねじり合わせて懇願するように言った。


「エルヴィールで魔獣を集めているのは、本当なの?」


「……」


「何かの間違いですよね? むしろ、お城を魔獣に襲われたのですよね?」


「……何の話か、よくわからないなあ。魔獣? いったい何の冗談です?」


「こっちには、証人がいる。紅烏団がすべてを見届けたんだ。クレールさまを監禁して、魔獣を生ませているそうじゃないか」


「……」


「俺への謀反は、いい。どうせ嫌われていると初めから思っているからな。でも、クレールさまへの仕打ちは、人道から外れているどころじゃねえぞ。悪魔の所業だ」


「……」


ガブリエルは、うつむいてしまった。顔を覆って両肩を震わせる。


「……ガブリエルさま。罪をお認めになるの?」


泣いているのかと、シルヴィアは悲しそうに問いかけた。


「―ふふっ」


しかし、顔を上げたガブリエルの顔は、歪んでいた。天使の微笑みは影を潜め、口角は皮肉そうに吊り上がり、瞳は妖しい紅色に染められていた。その瞳からは、暗い狂気が激しく吹き上がっていた。


「ふふふっ! あはははっ!」


「ガブリエル! 何が可笑しい!?」


「……いや、これは失敬。あまりにもシルヴィアが人が良過ぎるので、つい笑ってしまった」


「ガブリエルさま…」


シルヴィアは金色の瞳を瞠った。ガブリエルは、取り繕うことをやめた。ついにその善人の仮面を脱ぎ捨て、本性を現した。


「紅烏団がエルヴィールを襲ったことは承知していますよ、リオネル。僕のところにもつい先程報せが来ましたのでね」


「―お兄さまっ! お義姉さまっ! 気をつけて! 何かおかしいわ!」


アニェスが叫んだ。その瞬間。閃光が部屋を満たした。


たまらず目を瞑る。ガラスの割れる音がした。


「ガブリエルっ!」


リオネルは、窓へ駆け寄った。まだ目が眩み、はっきりとは見えない。


それでも目を凝らすと、信じられないことに、ガブリエルは階下の庭園に飛び降りて、走(・)り(・)出(・)し(・)て(・)い(・)る(・)ところだった。


「追うぞ!」


三頭は、部屋を飛び出した。息せき切って庭園に出る。


風が強い。今日は朝から強風が吹き荒れている。


その風に抗いながらガブリエルの逃げた方向へ視線を送る。当のガブリエルは立ち止まっていた。立ち塞がっているのは、マノンを始めとする紅烏団だった。


「観念しろ、ガブリエル! 逃げ道はない」


前後を挟む形となった。それでも、ガブリエルは不敵に笑った。


「はっ! 人間風情が片腹痛いわ!」


突然、強風が勢いを増した。皆、風に煽られた。倒れまいと両足を踏ん張る。すると。


「―キエーッ!」


上空から、耳障りな叫び声が轟いた。


瞠目する彼らの目に、巨大な鳥が飛んでくるのが写った。


「……何なのっ、あれ!?」


シルヴィアの驚愕の声が風に吹き飛ばされた。


その鳥は、人の顔をした怪物だった。身体は鷲か鷹のようだ。しかし顔だけがイケメンの青年だった。頭には、羊の角が生えている。


「ヴァンドルディ!」


ガブリエルが怪物に向かって手を振った。


「パパぁーっ!」


怪物の背から、猫耳族の女の子が手を振り返した。いや、よく見ると、猫耳の後ろから羊のような角が生えている。


怪物の背から何かが飛び出した。それはカマキリだった。人の大きさほどもあるそのカマキリは、真っ直ぐガブリエルへ向かって急降下してきた。


「くっ…!」


マノンが地を蹴った。短剣でガブリエルに斬りかかる。しかし、目的は叶わず、短剣は硬い爪で弾かれてしまった。


いつの間にか羊角の猫耳族が舞い降りていた。


「お父さまっ!」


羽音も高くカマキリが空中から両腕を伸ばした。ガブリエルは、鎌に飛びついた。地上に降りることなく、そのままカマキリは上昇した。


「ジュディ!」


カマキリが羊角猫耳に叫んだ。羊角猫耳は飛び上がった。驚異的な跳躍力でカマキリの背に飛びついた。


カマキリは、シルヴィアたちが唖然と見上げる中、鳥の怪物の背へと戻っていった。


「キエーッ!」


一際高く叫ぶと、鳥の怪物は、北西の空の彼方へと消えていった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


アニェスのサロンは、重苦しい雰囲気に包まれていた。


三頭だけではない。五公のうちの残るニ人も召集され、事態への対処を話し合っているところであった。


「―直ちに追討軍をエルヴィールに送るべきです」


トリュフォーが重い空気を破るように言った。


「ガブリエルの反逆は明らか。手をこまねいている間に、敵も態勢を整えてしまいます」


「魔獣軍をか? まさにおとぎ話の世界だな。さしずめガブリエルは魔王というところか」


「……お兄さま。冗談を仰っている場合ではありませんよ」


アニェスがたしなめる。


しかしシルヴィアは、密かに戦慄していた。4年前の記憶を呼び戻していたからだ。……いや、グロリアが嫁いだ世界だから、2年後と言ったほうがいいのか。


とにかく、ガブリエルは、悪魔と化したリオネルとそっくりな表情をしていた。暗い狂気に燃えたあの紅い瞳は、苦い記憶と密接に繋がっている。このことは、口が裂けても誰にも言えないが。


「私たちは、実際に言葉を話す魔獣を目の当たりにしました。今も繭玉は成長しているに違いありません。冗談抜きで、ガブリエルは魔獣軍を作ろうとしています」


「紅烏団の情報に照らせば、カマキリ野郎がランディで、猫耳族っぽいガキがジュディというんだろう。あの鳥のデカブツは報告になかったがな」


「それこそ、繭玉から新たに生まれた魔獣かもしれません」


「顔だけ人間族だった。薄気味悪いったら、ありゃしねえ。きっとあいつも言葉を話すんだろうな」


「―クレールさまをお救いしたい」


セルジュがぽつりと言った。


「……あ、申し訳ありません」


セルジュは慌てて頭を下げた。


「クレールさまは、よく見知った方なので、報告どおりであればあまりに不憫と思い、つい私情を挟んでしまいました」


「そんなことありませんわ、セルジュさま」


シルヴィアは、気の毒そうに言った。


「お救いしたい気持ちは、私も同じです。人の仕打ちとは到底思えないもの」


「しかし、クレールさまもガブリエルも元は人間族。なぜ魔獣を産めるのでしょう?」


「それだ、わからないのは」


リオネルがうなずいた。


「おそらくは、セヴィルが関係してくるんだろうがな」


「セヴィル…未だに信じられませんや」


トリュフォーがスキンヘッドを撫でた。


「セヴィルっていやあ、天空の女神フレイの三姉妹の一人だ。それこそ、物語や神話の類の世界の登場人物ですぜ。実在するなんてことが、本当にあるんですかね?」


「正直、誰もわからん。ただ、信仰心の問題じゃねえのは確かだ。でなきゃ、カマキリの怪物が言葉をしゃべったりしねえ」


「……このことは、公に発表するのでしょうか?」


セルジュがもっともな疑問を呈した。


「今のところ、公にする気はねえ。無用の騒動を引き起こすだけだからな」


「でも、リオネルさま。リシャール市民に見られてねえですかね?」


「それは、大丈夫だろう、トリュフォー。幸いというか、今日は強風が吹き荒れていた。人通りもほとんどなかったというから、目撃された可能性はかなり低いはずだ。それより、従者や侍女たちの口止めのほうこそ、頼むぞ、みんな」


リオネルに言われて、サンドラやコレットたちはお互い顔を見合わせた。


「……やっぱり、トリュフォーさまの言うとおり、今のうちに追討軍を派遣しましょう」


シルヴィアが、深刻そうに言った。


「嫌な予感がするの。この機を逃すと、取り返しがつかなくなるんじゃないかと―」


「―注進〜っ!」


シルヴィアが言いかけたとき、慌ただしく伝令が飛び込んできた。


「何事だ! 今は御前会議の最中だぞ!」


ギーが怒鳴りつける。


「はっ! しかし、クニークルスから緊急の報せが届きましたもので」


「クニークルスだと? 構わん、報告しろ」


リオネルの許しを得て、伝令がひざまずいた。


「はっ! 帝国南部で大規模な反乱が勃発したもよう」


「なんだと!?」


聞いた途端、リオネルは腰を浮かせかけた。リオネルだけではない、その場にいた全員が驚愕のあまり席から立ち上がっていた。


「反乱の首謀者は誰だ?」


「シュペルヴィエルのジュスティーヌ・カルダンさまです」


「なん…!?」


刹那、セルジュが真っ青になった。


「貴族連合と称し、その盟主となられて、打倒リオネル王朝を掲げ不満貴族を糾合、リシャールへ向けて進軍中とのことにございます!」

【ご挨拶】

シルヴィア「ここまでお読みくださり、本当にありがとうございますぅ!」

リオネル「節目の300話到達ということで、恒例のご挨拶の回とさせてください」

シルヴィア「いや〜、きましたね」

リオネル「きちゃいましたね」

シルヴィア・リオネル「300話!」

シルヴィア「本編はいよいよ隠れボスが姿を現しました」

リオネル「シルヴィアも身ごもったし」

シルヴィア「ふふっ。ありがとうございます」

リオネル「楽しみだなあ」

シルヴィア「そうですね。……早く顔を見せてね、あたしたちの赤ちゃん」

リオネル「大事にしろよ。間違っても無茶はするな」

シルヴィア「わかってますよ」

リオネル「何をしでかすか、わからんやつだからな。絶対に戦場に立つんじゃねえぞ」

シルヴィア「サンドラじゃないんだから。そんなことしませんよ」

リオネル「心配だなあ。重い荷物は持つな。高いヒールは厳禁だ。階段も上り下りするんじゃないぞ」

シルヴィア「……それじゃあたし、何もできなくなるわ」

リオネル「何もしなくていい。メシだけ食ってろ」

シルヴィア「……バカじゃないの?」

リオネル「なんだと!? バカとはなんだ、バカとは!」

シルヴィア「バカにバカと言って何が悪いの!」

リオネル「ふざけんなっ!」

アニェス「……大変失礼いたしました。では、次回301話、もしよかったら読んでみてください。お義姉さまのお腹の赤ちゃんもお待ちしていまーす!」

シルヴィア「旦那さまは、過保護過ぎですっ」

リオネル「お前のことを愛しているから言ってるんだっ」

シルヴィア「……!」

リオネル「……世界で誰よりも愛してるんだ、シルヴィア」

シルヴィア「んもうっ、旦那さまったらぁ〜。あたしも…あたしも愛しています!」

アニェス「……こういうパターンもあるのね」

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