第296話 軍師、嗤う
「結構この森、深いのね」
アイラは、並んで進むブリュノに声をかけた。ブリュノは頭を一つ振った。
「だな。俺も驚いた。入隊試験でもこの森には入らなかったから」
「ゲリラ戦とか言うけど、遭遇戦の間違いじゃないの?」
「―どっちが先に気づくかっていう話だ」
マリユスが話に割って入ってきた。
ミラベルは、3百人をすべて小隊に分けた。中隊長のアイラは、ブリュノ小隊につくことにした。マリユスがいるし、何よりジョゼもいる。おそらく、アイラ中隊最強の小隊だ。
「この森での調練や模擬戦は、嫌というほど繰り返してきた。古参の連中は、ほぼ森の中を掌握している。マタル(サンドラ)隊も、そういう連中が先導しているはずだ」
「―なるほど。そうするとマリユス。お前の働きが重要になってくるぞ」
「任せとけよ。マタル隊とも何度もここで模擬戦をやった。奴らが潜みそうなところはよくわかるぜ」
小隊は、適度に散らばって深い森を進んでいる。今のところ、敵の影一つ見当たらない。
アイラは、小隊の最後尾にいるジョゼに目をやった。彼女は淡々とついてきている。
(……ジョゼが持てる力の半分でもいい、戦場で発揮してくれれば、うちはどこにも引けを取らない精鋭の中隊になれるのに)
アイラはため息を一つつくと、何かを振り払うように五感を研ぎ澄ませた。しかし、人の気配はまったく感じられなかった。
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「―ジュスタ〜ン。暇だよぅ」
ジャンは、愛用の弓をいじりながら文句を垂れた。ジュスタンは馬上、森から視線を外そうとはしない。
「ねえ、聞いてるの〜? ジュ、ス、タンっ!」
「―もうしばらく待機だ」
「なんで〜? 俺たちだって、森での調練は繰り返してきたよ。狭い場所での騎射の精度も上がってる。充分戦えるよ。ねえ、森へ入ろうよ」
「ダァメっ!」
叱声を放った。それでも視線は森に向けられたままだ。
「僕たちの役割は、森を封鎖することだよ。中はミラベルに任せたんだ。今は耐えるときだよ、ジャン」
「ちぇっ…。つまんないの。―ビューンっ!」
ジャンは、後方に向けて、矢を放つ真似をした。すると。
その視線の先。土煙を上げて近づく騎馬隊が見えた。その数およそ百。
「何あれ? シェアト(エーヴ)隊かな…?」
ジュスタン率いるアルゲニブ隊は、丘よりの場所で森を覆うように横に展開していた。森の中央付近にはエーヴのシェアト隊、更にその先にはサイノスのマルカブ隊が同じように展開しているはずだ。
だから、ジャンは初め、エーヴが伝令を飛ばしたのかと勘違いした。しかしその割には数が多過ぎる。
「えっ…!?」
先頭に立つ騎馬が視認できるほどに近づいてきた。それは、エーヴではない。白藍の髪をなびかせ疾走してくるのは…サンドラだ!
「敵襲ーっ!」
慌ててジャンは弓を構えた。悲鳴にも似たジャンの警告に、ジュスタンは驚いて振り向いた。そのときには、ジャンは凄まじい唸り音とともに飛んできた槍で吹き飛ばされていた。
「くっ…!」
一連の動きでジャンが障壁となり、ジュスタンは状況把握に遅れた。軍人の本能で弓ではなく剣を抜いたのは懸命な判断だったが、やはり一歩遅かった。
ジャンが吹き飛んだときには、既に竜槍が目の前に迫っていた。突き出された槍を懸命に弾いた。だが槍は信じられない速さで返ってきた。さしものジュスタンも二の槍はかわせず、胸に直撃を喰らった。もんどり打って落馬した。
サンドラの百騎はアルゲニブ隊の中央を文字通り粉砕し、あっと言う間に森の中へと消えていった。
「―ジュスタン大隊長ーっ!?」
中隊長の一人が急いで駆け込んできた。
「今のはいったい、何ですかっ!?」
「―僕は死人だよ」
地面にあぐらをかいたジュスタンは、ふてくされたように言った。
「死人はしゃべっちゃいけないルールだ。僕に聞くな」
「えっ!? 大隊長が討ち死に!?」
中隊長は、心底驚いたように呆然とした。もう一人の中隊長も駆けつけてきた。
「今のはサンドラだ!」
「サンドラ!? そんなバカな! 森は封鎖した。どこから現れたってんだ」
「俺が知るかよ。それよりジュスタンとジャンが討ち死にした。この後の指揮は俺たちで取らなきゃならん。どうする?」
「む…」
日ごろから、上位の指揮官が外れたときの指揮系統は順序を決めてある。
「……とりあえず、隊をまとめよう。サンドラは、どうやってかは知らんが森を自由に出入りできるらしい。森を封鎖するのは意味がない」
アルゲニブ隊は、一塊になった。まるでそれを待っていたかのように、騎馬隊が現れた。およそ2百。真っ直ぐに突撃してくる。
「来たぞ! マタル隊だ、迎え討て!」
アルゲニブ隊は、迎撃すべく森を背にして身構えた、そのとき。その背後から喚声が上がった。
ジュスタンを打ち破ったサンドラが森から突撃してきたのだ。まったくの無警戒だった背後を襲われて、アルゲニブ隊の後方は瞬く間に崩れた。
そのときには、2百が前衛とぶつかっていた。背後を衝かれて動揺した前衛は踏ん張りきれず次々と打ち取られていった。
「……くそっ! 挟み撃ちされたっ!」
中隊長は、必死に立て直そうとするが、勢いに呑まれどうすることもできない。
「……!?」
背後に殺気を感じて振り向いた瞬間。竜槍が突き出された。中隊長は、あえなく打ち取られた。
指揮官を相次いで失ったアルゲニブ隊は大混乱に陥った。ほどなく戦闘は終わった。サンドラのマタル隊は、また森の中へと消えていった。
残されたのは、ほぼ全滅のアルゲニブ隊の無残な姿だった。
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「サンドラが背後から突撃してきただと?」
アルゲニブ隊から救援要請を受けて、急ぎ駆けつけたエーヴは、惨状を目の当たりにして思わず絶句した。
わずかに生き残ったアルゲニブ隊の兵から状況を詳しく聞き取ると、腕を組んで考え込んだ。傍らには、物言えぬジュスタンがふくれっ面で座り込んでいる。
「……わたしたちの封鎖は完璧だったはずだ。サンドラのやつ、どうやって森から出てきたんだ?」
方法はわからないが、サンドラは自由に森を出入りできるらしい。ならば、このまま森を封鎖しても意味はない。現実問題として、封鎖の一角のアルゲニブ隊が崩壊してしまった。
「―待てよ。サンドラは、森へ入ったと言ったな。今すぐ後を追えば、森の中でミラベルと挟み撃ちにできるんじゃね?」
青い瞳がギラッと物騒に光った。
「よしっ。これこそ『目には目を作戦』だ。やつが挟み撃ちするなら、こっちも挟み撃ちにしてやる。―おいっ、伝令だ。ミラベルとサイノスに伝えろ。わたしはこれから森へ入ってサンドラを追う」
こうしてエーヴは、独断で森へ入っていった。
知らせを受けたサイノスは、しばし沈思黙考した。
確かに森の封鎖は既に意味を失った。サンドラ…というより、シルヴィアのいう天才軍師クナリの狙いは、おそらく各個撃破だ。大隊を分散させたのは失敗だった。まんまと敵の策略に乗ってしまった。
現状、サンドラは神出鬼没でどこから現れるかわからない。さりとて、サイノスまで森へ入るのは危険が大き過ぎる。十中八九、罠が仕掛けられていると思ったほうがいい。
だとすると、サイノスが取り得る最善の行動はなんだ?
それは、サンドラの神出鬼没の解明だ。それなくしては、ジュスタンの二の舞になる。
なぜ、森の外で待ち構える天馬隊に知られずに、出入りできるのだ?
考えろ…考えろ…。
「む…!」
この森の特徴はなんだ?
それは、丘の麓にまで伸びていることだ。丘はマタル隊が陣取った。開始の合図とともに全軍駆け下りてきた。それで丘は放棄したのだと思い込んだ。数で劣勢のマタル隊が丘に籠るのは、不利であることは明白である。
だが、もし、森へ入ったと見せかけて中を駆け抜け、丘へと戻っていたとしたら…?
森へ意識を集中させている天馬隊の背後はガラ空きだ。そこへ突撃を敢行すればどうなる?
「……なるほど。そういうことか」
クナリの高笑いが聞こえてきそうだ。いや、あのぼうっとした若者は、そんなことはしそうにない。
サイノスは、全軍に移動を命じた。目指すは丘の裏側。
3百対3百。数は互角だが、力押しなら例え相手が竜槍だろうと勝てる自信がある。
森へ入ったエーヴやミラベルを呼び戻すつもりはなかった。中で分散している彼女らを再び集結させるのは容易ではない。
「俺の手で決着をつけてやる」
サイノスは、堂々と進軍を開始した。薄墨色の瞳は、勝利を確信して力強く輝いた。
【裏ショートストーリー】
シルヴィア「クナリ対天馬隊の対戦だなんて、なんか、ワクワクするね」
コレット「私はシルヴィアさまが心配で、気が気ではありませんよ」
シルヴィア「なんでよ〜? 大人しくここで見守ってるじゃない?」
コレット「まさしく、この状況だからです! こんな簡易東屋の下で模擬戦の観戦だなんて、お体に障ります」
シルヴィア「これくらい、大丈夫よ〜。最近、調子もいいの。気持ち悪くなることも減ったし、食欲は増したしね」
コレット「まだまだ油断は禁物です。妊娠初期なんですから、無理をして赤ちゃんにもしものことがあったら、取り返しがつきません」
シルヴィア「わかってるって。観るだけよ、観るだけ」
コレット「メロディさまからも、よくよく監視するよう、注意されていますから。何しろ、サンドラさまと並んで無茶ばかりする似た者主従ですもの 」
シルヴィア「……ここにメロディがいなくて、幸いだったわ」
コレット「シルヴィアさま。聞こえましたよ。帰ったら、メロディさまに報告しますからね」
シルヴィア「冗談だって〜。真に受けないでよ〜。……それじゃあ、そろそろ始めようか」
コレット「誤魔化さないでください! 今はシルヴィアさまが言うことを聞かない件を話し合っているのですよ」
シルヴィア「その話は終わった後でね。みんなきっと、待ちくたびれてるわ。……ヴァレリー。旗をお願い」
コレット「……まったく。シルヴィアさまときたら…」




