第295話 軍師、鳥瞰す
「クナリ・セドリックというの。みんな、よろしくね」
シルヴィアは、増員となった天馬隊を前に、クナリを紹介した。場がしんと静まり返る。
「……あれ? みんな、どうしたの?」
シルヴィアは、にこにこと笑みを絶やさない。
「―どうしたもこうしたもあるか」
エーヴが呆れたように言った。こういうとき、口火を切るのは決まってエーヴである。
「誰だよ? そいつ。知らねーよ」
「だから、クナリ・セド―」
「―あー、セリーヌ。名前はさっき聞いた。そうじゃなくて、何者だって尋いてんだ。わたしたちに紹介するからには、関係者なんだろ?」
「彼はね、天馬隊の軍師よ」
「軍師だあ〜?」
エーヴは、クナリをジロジロと見た。シルヴィアの隣にいる若い猫耳族の男は、さっきからぼうっと突っ立ったままだ。どこを見ているかもわからない。
「……こいつが? 軍師? 何の冗談だ?」
「クナリは、『紙の入隊試験』でほぼ満点で合格した天才よ」
「机の上じゃねえかよ!?」
エーヴが目を剥いた。
「ふざけんな! 机と実戦じゃ、天と地ほども離れてんだよ! 月とスッポンなんだよ!」
「ヒドい言いようね〜。それなら―」
シルヴィアの金色の瞳がくるめいた。
「試してみる?」
「……試す、って、何を?」
「今から模擬戦をやりましょうよ。クナリ対天馬隊で」
「はあ!? 気は確かか? わたしたちは、1千5百人になったんだぞ? 勝負になるかよ」
「さすがにクナリ独りなわけないでしょ〜。サンドラのマタル隊を指揮させるわ。残りすべてと対戦よ」
「正気か? それだって、4倍の戦力差があるんだぞ?」
「クナリなら、余裕よ」
「―セリーヌに一つ尋ねたい」
やおらサイノスが口を開いた。途端、エーヴが口を閉ざした。なんとなくエーヴの顔が赤い。不思議に思いながらも、シルヴィアはサイノスに視線を移した。
「なあに? 尋きたいことって」
「先ほどからセリーヌは、その男を手放しで賞賛している。言ってはなんだが、ペーパーテストが良かったからといって、なぜそこまで信頼できる?」
「クナリはね、キャロルの弟なの。知ってるでしょ、工部尚書の秘書官」
「知っている。セリーヌと同郷の優秀な秘書官だそうだな」
「あたしと姉弟は、幼馴染なの。これでも、クナリはセドリック男爵家の御曹司なのよ」
「なるほど。小さいころからの知人ということか。だから為人も承知しているし信頼もするという訳なのだな」
「そうよ」
「それを情実人事というのではないのか?」
「……」
シルヴィアは、金色の瞳をキラキラさせながら犬牙族の若者を見つめた。
「この際、みんなにはっきり言っておくわ。確かに入隊試験を受けるよう勧めたのは、あたしよ。だけど、合格したのは彼の実力であって、あたしは何もしていない。実力のある者が偉い。それがブランシャール軍のルールだわ。でも、それが武力だけとは限らないでしょ?」
シルヴィアは、天馬隊を睥睨するように見渡した。
「まずは、模擬戦をやってみましょうよ。言いたいことがあれば、その後でいくらでも聞くわ。それがあなたたちの泣き言だと確信しているけどね」
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演習場に天馬隊の勇姿が現れた。総勢1千2百人。
サンドラは、布陣した丘の上からその動きのすべてを見据えていた。従えているのは、3百。数からいえば相手の四分の一である。
1千2百は、縦列になって整然と並んだ。ただ並んだだけだ。何の工夫もない。こちらの動きを見極めてから動こうというのだろう。
演習場の端に陣取ったシルヴィアを見た。まだ開始の合図の旗は上がらない。
シルヴィアは、模擬戦を見届けるといって、居座った。コレットが身体に障ると諌めても、今日は調子が良いからと言って、頑として聞かない。
もしメロディがいれぱ、説得できたかもしれない。彼女は、子どもたちの面倒をみるため、皇宮で留守番をしている。
「―さて、軍師どの。どうする?」
傍らにぼうっと佇むクナリを振り返った。
「ベテラン兵と新兵を分けてください」
「ほう」
「ベテラン兵はサンドラさんが指揮を、あとの新兵2百は信頼できる方に指揮をさせてください」
「わかった。イザクに指揮させよう」
サンドラは、余計なことは一切聞き返さない。シルヴィアが信頼する者であれば、間違いはないと思うだけだ。
「開始の合図の旗が上がったら、サンドラさんは全軍を率いて丘を降り、真っ直ぐ森を目指してください」
「承知」
「その後の動きは、こうです」
「……うん、うん。―ほう。なるほど。それは面白い」
クナリの指示を聞き終わると、オッドアイがキラキラと輝いた。
「お前、その策、今ここで思いついたのか?」
「はい。そうですが」
「ふ〜ん。戦場を一望しただけで、そんな細かいところまで読めるとすれば、確かにシルヴィアさまの言うとおり、お前は天才だな」
「……」
クナリは、相変わらずぼうっと突っ立っているだけだ。
ふいに彼の視線が空を泳いだ。よく晴れた春の大空を、一羽の鷹が飛び去っていくところだった。
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「エーヴ。このまま整列してたって、何も始まらないよ」
ジュスタンがエーヴに言う。彼女は、丘を睨んだきり動かない。
「あのバカ面したヤロウがどう動くか、見きわめてからだ」
「へえ。彼を警戒しているんだ? 意外と認めているんだね」
「あのセリーヌがイチオシしてるヤロウなんだぜ? 警戒して当然だろ?」
「俺もエーヴに同意する」
サイノスが重々しく言った。途端、エーヴは顔を伏せた。
「あのセリーヌがあれほど推すんだ。ただ者であるはずがない。警戒するに如くはない」
エーヴは、チラチラとサイノスを窺う。心なしか、頬が赤い。
「……ねえ、エーヴ。サイノスと何かあったの?」
「―!?」
ジュスタンに問われたエーヴは、文字通り飛び上がった。
「な、な、何が? べ、べ、別に何もねえよ。なあ、サイノス?」
「ああ。特に何もない」
「ふ〜ん」
ジュスタンは、ジロジロと二人を見比べた。彼女たちの言葉を信じていないのは明らかだ。
「―そ、そんなことより、あのバカ面から目を離すな。何を仕掛けてくるか、わかんねえんだぞ」
「あっ、か、開始の合図の旗が、あ、上がったよ」
ミラベルが指差す。シルヴィアの陣地から、天馬隊の隊旗が高々と翻っている。旗を支えているのは、無論、ヴァレリーである。
「―見ろっ!」
エーヴが注意を促した。言われるまでもなく、至宝天は釘付けとなった。
丘の上に布陣したマタル(サンドラ)隊が、合図とともに全軍が駆け下ってきたのだ。
「来るぞっ! 展開しろ!」
天馬隊は、鶴翼に広がった。マタル隊が突撃してくれば、包囲しようという構えだ。が、しかし。
マタル隊は、天馬隊に向かっては来ず、急旋回して森の中へ消えた。
「なんだ…?」
前のめりになったところをいなされたように、気が抜けた。
「―エーヴ! 気を抜くな!」
「サイノス!?」
サイノスがすぐさま駆けつけてきた。
「何かある! 奴は仕掛けてきたぞ」
「―何か、って、なんだよ」
エーヴは、モジモジとしながら尋いた。
「わからない。だが迂闊に動かないほうがいい」
「エーヴ! サイノス!」
ジュスタンも馬を飛ばしてきた。
「サンドラは、自ら死地に飛び込んだぞ!」
「どういうことだ?」
「サンドラは森へ入った。中ではきっと今ごろ散り散りになっているよ。たぶん僕たちを誘い込むつもりなんだ」
「つまり、ゲリラ戦法か?」
「そうさ。少数の彼女は、平地で僕たちとぶつかり合っても不利と判断したんだ。でもそれは、こちらの思う壺だ。森の出口を塞いでしまえば、彼女はどうすることもできない」
「そうだとしても、俺たちも為すすべがないぞ」
サイノスが反論した。
「サンドラが森から出てくるのを、じっと待つしかない。それでは、勝ったことにならないぞ」
「ただ待ちはしないよ。こちらも森の中へ兵を入れる」
「……サンドラはゲリラ戦法で待ち構えているのだろう? そんなところへのこのこ足を踏み入れたら、格好の餌食になるだけだ」
「こちらもゲリラ戦を挑むのさ」
「……」
「目には目を、だ。しかもこっちには、森の中のような狭い場所での戦闘を得意としている隊がいるじゃないか」
「ミラベルか…!」
ジュスタンは、莞爾としてうなずいた。
「そういうこと。ミラベルなら、散らばったマタルを各個撃破できる。森からこぼれ落ちてきた星の欠片は、外で僕らが掃除すればいい」
「……少し、リスクが高い気がするな。―エーヴはどう思う?」
サイノスは、エーヴに意見を求めた。エーヴは、サイノスに視線を向けずに答えた。
「ジュスタンに同意する。ミラベルならサンドラを止めることができる。その間にほかの隊員を全滅させればいい。『目には目を作戦』だ」
「……二人が同じ意見なら、それに従おう」
サイノスは、素直に引き下がった。
「よしっ。そうと決まれば、すぐにミラベルに連絡だ」
エーヴが勇躍、檄を飛ばした。
「あのバカ面に吠え面をかかせてやろうぜ。わたしたちは、軍師なんていなくたって、天下最強だ。天馬隊の実力を見せつけてやるんだっ!」
【裏ショートストーリー】
アイラ「私たちは、森で潜んでいるマタル隊を叩くことになったわ」
ブリュノ「おーしっ! 早くも俺の実力を見せる時が来たな。腕が鳴るぜ」
アイラ「頼りにしているわ、ブリュノ。ちなみに私は、あなたの小隊に入るからね」
ブリュノ「えっ…」
アイラ「……何よ? なんで嫌そうな顔をするの?」
ブリュノ「いや、別に…嫌ってわけじゃ…」
マリユス「初めての小隊指揮だから、自由にやりたかったんじゃねえの」
アイラ「なんだ。てっきり私のことを煙たがったのかと思ったわ」
ブリュノ「……それもあるけどよ」
アイラ「何ですって!?」
ブリュノ「冗談! 冗談だって」
アイラ「……本当に冗談かしら?」
マリユス「まあまあ、いいじゃねえか。俺たちはアイラが直接指揮を取ってくれたほうが心強いぜ」
ブリュノ「……それ、普通に傷つく」
マリユス「まあまあ、気にすんなよ。俺たちは小隊長としてブリュノを認めてるぜ」
アイラ「調子いいわね。今度、隊の再編があったら、強制的にマリユスを小隊長にしようかしら」
マリユス「それだけはご勘弁を〜」




