第293話 恋せよ、乙女①
エーヴは、服をベッドの上に並べて見比べていた。
スカートにするか、ズボンにするか、それが大問題だ。普段はズボンで過ごしているし、きっと彼のエーヴに対するイメージもズボンだろう。
でも、果たしてそれで本当にいいのか。いい意味で裏切ったほうが彼に気に入ってもらえるのではないか。
姿見の前で取っ替え引っ替え服を身体に当てて、ウンウン唸りながら悩みに悩んで、ライトグレーのワンピースに決めた。
次には、ドレッサーに座り込んで、鏡とにらめっこである。
ベリーショートの前髪が気に入らない。あっちへ流しては、こっちへ流す。さんざんいじった挙句、結局最初の形に落ち着いた。
アイシャドウはあまり派手にならずに控えめに、さりとて地味になり過ぎないように。目はもともと大きくぱっちりしているから、それで充分。
リップは逆に少し強い色にした。唇が薄いので印象が冷たくなってしまうからだ。更にリップグロスを塗って抜け感を演出。チークはしなかった。エーヴ自身、あまり好きではないのだ。
そして最後に、イヤリング。お気に入りのシルバーのシズクで、出来上がり。
もう一度、姿見の前に立って最終チェック。
「……うん。こうして見ると、わたしだって、なかなかイケてるじゃん」
満足げに眺める。我ながら、魅力的な女性になったと思う。
「―おっと、いけね! 待ち合わせに遅刻しちゃう!」
急いで黒のショルダーバッグを掴んで部屋を飛び出した。一瞬、コートを着ていくか迷ったが、今日は暖かいからきっと大丈夫。
小走りに兵舎の外門に向かうと、ポツンと所在なげに佇む大きな身体が見えた。
「―ごめーん、待ったか?」
「……いや、俺も今来たばかりだ」
サイノスは、重々しく答えた。彼は普通にジャケット姿だった。
「……エーヴもスカートを履くことがあるんだな」
薄墨色の瞳が上下に動いた。エーヴは頬が熱くなった。
「―似合わないかな?」
「似合ってる。いつもと雰囲気が違って、大人の淑女のようだ」
「悪かったな、普段は淑女じゃなくて」
口では毒づくが、心は舞い上がっていた。
(褒められたっ! スカートにして良かったぁ〜)
「いやいや、普段の元気なエーヴも俺は好きだ」
「えっ…!?」
(い、今、わたしのこと、好きって言った…?)
「あ…いや、今のは言葉のあやだ。―さあ、行こう」
慌てたようにサイノスは歩き出した。エーヴも、後をついて歩く。
心臓が早鐘を打っている。
(な、なんでこんなにドキドキするんだろう…)
エーヴは、広い背中に視線を向けた。月夜の『夢』が鮮明に思い出される。
サイノスは誤魔化していたが、あれは夢なんかじゃない。あのとき、確かにサイノスにキスされた。エーヴが酔ってふざけてするキスとは違う。エーヴを見つめてきた瞳は、本気の色だった。
「……それで、何の店に行きたいんだ?」
サイノスが振り返った。急いで隣に並ぶ。
「親父の誕生日プレゼントを選びたいんだ。なくなるものより、残るものにしたい。例えば…身の回り品とか」
「だったら、日用雑貨店に行ってみるか」
大通りに出た。休日とあって、道行く人たちはカップルや家族連れが多い。
ちらっとサイノスを見上げた。二人の距離はつかず離れず。非常に微妙な距離間だ。
(もっと近づいてもいいのかな? でも、いきなり縮めるのも、イヤらしい感じがするしな〜)
実は、エーヴは男性経験がない。交際したこともない。故郷の村では、初恋はした。でも、告白するか迷っているうちにその男性は、別の女性と付き合い始めた。
失意を振り払うように、村の道場で剣の修業にのめり込んだ。めきめき上達したエーヴに、村で敵うものはいなかった。そんなときだ、リシャールでリオネル軍が新兵を募集していると聞いたのは。
一も二もなく飛びついた。村を後にしたエーヴは、そこでシルヴィアに出会った。至宝天の友と出会った。
そして、バスティアンとも出会った。彼に恋をした。2度目の恋だった。しかし、彼もまた、別の女性を好きになっていた。しかも、よりによって親友のサンドラを。
いつもエーヴは選ばれない。選んだ男は、別の女を好きになる。
きっと、恋に縁がないのだろう。そう、自分に言い聞かせた。
このまま恋人もできず、独りで生きていくのだ。そう、信じていた。
それなのに…
「―この店は、どうだ?」
「え…」
いつの間にか、店の前に立っていた。日用雑貨を扱う店だった。
「……どうした?」
薄墨色の瞳が不審そうに見つめてきた。
「あ…いや、何でもない。―いいんじゃない? ちょっと覗いてみよっか」
比較的大きなお店で、さまざまな商品を扱っていた。
キッチン用品、食器類、消耗品、パーソナルケア用品、大きな物では家具まである。
「へえ。たくさんあるなあ」
さまざまな品物を見て歩くだけでも楽しい。
「あっ! これ見て。可愛い〜」
それは猫耳のついた手鏡だった。柄の部分はしっぽになっている。
「これ、絶対セリーヌに便乗してるよな?」
「商人は抜け目がないからな。売れると思えば、何でもする」
「だな〜。こうして見ると、結構、猫耳グッズってあるんだな〜。―おっ!? これなんか、猫耳クッションじゃんか」
猫の顔がデザインされたクッションだった。
「かあ〜っ。すげぇ。セリーヌが喜びそうだぜ。―うわっ、見て見て! サイノス」
エーヴは、思わず飛びついた。それは、犬と猫の絵がデザインされたペアのティーカップだった。
「可っ愛い〜っ! カップルで使うやつだよ。いいなあ…」
ついつい見惚れてしまう。ペアのグッズ。永遠の憧れである。
例えば朝、これで恋人と紅茶を楽しめたら…
『サイノス。紅茶が入ったよ』
『すまん』
『美味しいね』
『二人で一緒に飲むから美味しいんだ』
『もうっ、サイノスったら、朝から恥ずいこと言わないでよ〜』
「―い! エーヴ! 聞いてるか?」
「―へっ?」
気づくと、目の前にサイノスの顔があった。
「ぎゃあ〜っ!?」
店内に悲鳴が響いた。客が一斉に注目した。
「……あっ! な、何でもないんです。すみません、お騒がせしました」
周囲へ平謝りに謝った。
「……いきなり大声を出すな」
「ご、ごめん、サイノス」
しゅんとなってティーカップを元の棚に戻した。
「―気に入ったのか?」
「えっ!?」
「このティーカップ、欲しいのか?」
再度サイノスに尋ねられて、うなずいた。
「そ、そりゃあ、まあな…」
「それじゃ、買ってやる」
「ええっー!?」
驚いて、サイノスの袖を掴んだ。
「ちょ、ちょっと待てよ。これ、カップル用だぜ? 一個買っても意味ねえって」
「なぜ一つだけ買う? 二つ買うに決まってるだろう」
「二つあっても、虚しいだけだよ」
エーヴは、目を伏せた。
「おかしなことを言う奴だ。一つは俺が使うんだ」
「な…っ!?」
あまりに驚いて、呼吸をするのも忘れてまじまじとサイノスの顔を眺めた。
「……エーヴ。どうしてそんな変な顔をする?」
「……だ、だって」
胸を押さえて息を整えた。しかし心臓はドキドキが止まらない。それでも、なんとか声を絞り出した。
「わたしとカップル用品なんか使って、嫌じゃないのかよ?」
「ますます変なことを言う。嫌なら、初めから買うとは言わない」
「……ありがとう」
何とも言えない高揚感に包まれた。もしかして、これがカノジョというものなのだろうか? 二人で買い物をして、カレシにペアグッズを買ってもらう…。
「―で、親父さんへのプレゼントは、何にするんだ?」
「う、うん。これなんか、どう?」
「タンブラーか」
ペアのティーカップと共に、目をつけていたのだ。
「頼めば名入れもしてくれるんだって。親父は酒好きだから、ちょうどいいかなと思って」
「いいと思うぞ」
「よしっ。サイノスのお墨付きなら、安心だ」
こうして、二人はそれぞれの品を買い求めた。
「―ありがとう、サイノス。おかげでプレゼントを選べたよ。それに―」
ティーカップの入った箱を大事そうに胸に抱えた。
「サイノスにも買ってもらっちゃったし」
「お前が欲しそうだったからな」
「大事にするね。わたしの一生の宝物だよ」
「そんな大げさなものじゃない」
サイノスは、ぶっきらぼうに言った。なんとなく、照れてるようでもある。エーヴは、彼の横顔を見つめながら言った。
「お礼にメシを奢るよ」
「悪いよ。大したことをしていない」
「遠慮すんなって。わたしのために時間を割いてくれたんだ。せめてものお礼だから、受けてくれよ」
「……そうか? お前がそこまで言うなら、付き合おう」
「うんっ」
無意識にサイノスの腕を取ろうと手を伸ばした。突然、サイノスと腕を組むアイラの姿が浮かんだ。彼女は、勝ち誇ったように笑っている。
エーヴは、虚しく手を引っ込めた。
二人の間には、未だ微妙な距離が空いたままだった。
【裏ショートストーリー】
アイラ「お兄さまは、どこへ行ったのかしら。せっかくの休日だから、お散歩にお誘いしようと思ったのに。……あ、ジュスタンさま。いいところへ」
ジュスタン「どうしたの、アイラ。僕に用? デートのお誘いかい?」
アイラ「……違います。お兄さまをご存じありませんか?」
ジュスタン「知ってるよー。『鉄拳のサイノス』だろ?」
アイラ「……わざと私をからかっていますね?」
ジュスタン「ごめんごめん。真面目に答えるよ。……サイノスがいないの? 残念ながら知らないなあ」
アイラ「そうですか。それなら結構です」
ジュスタン「おお、怖。ご機嫌ななめだね」
ミラベル「……あ! ジュ、ジュスタン。エ、エーヴを知らない?」
ジュスタン「……なんでみんな、僕が至宝天のスケジュールを知っていると思うのかな?」
ミラベル「な、何のこと?」
ジュスタン「いや…何でもないよ。……エーヴがどこにいるか、知らないなあ。サイノスもいないらしいし、もしかしたら、二人でデートにでも行っているのかもね」
アイラ「何ですって!?」
ジュスタン「あ、いや、冗談だよ、冗談」
アイラ「あの女、ちゃっかりお兄さまを連れ出したのね」
ジュスタン「いや、だから、適当に言ったんであって…」
アイラ「男に慣れてないと思って油断していたわ」
ジュスタン「……僕の話、聞いてる?」
アイラ「次はないわよ。今度は、私が攻める番だからね…」
ジュスタン「……」
ミラベル「……わけかわんないこと言いながら、行っちゃった」
ジュスタン「……駄目だ、こりゃ」




