第288話 トラウマ
「み、みんな、エニフ(ミラベル)隊にようこそ!」
2百人を前にミラベルが挨拶した。入隊試験に合格した者たちである。彼らの先輩の百人は、ミラベルの横にずらりと並んでいる。無論、その中にアイラもいた。
「て、天馬隊は、組織改編があって、エ、エニフ隊長のわたしは、だ、大隊長を拝命しました」
百人が一斉に雄叫びを上げた。新米の2百人は、戸惑ったようにお互い顔を見合わせた。ほかの隊でもおそらく同じような光景が繰り広げられているだろう。
天馬隊初の単独入隊試験は、三日に渡って実施された。
総受験者数は、延べ約2千4百人にのぼった。延べ人数なのは、『紙の入隊試験』で落第した受験者にも門戸を開いたからである。
その中で厳選した1千人が合格した。天馬隊は各隊3百人、総数1千5百人の大世帯となった。
そこで、中隊長の至宝天は大隊長となり、百人を統べる中隊長に小隊長の3人が昇格した。エニフ隊では、ジョエル、レイモン、そしてアイラの3人であった。
「ぐ、軍は均質性が何より大事だから、し、新加入のみんなには申し訳ないけど、か、かなりきつめの調練を積んでもらうね」
「んなもん、平気だ!」
一人の新米が大声で応えた。
「天馬隊に入れたんだ! きつい調練なんざ、覚悟の上だぜ!」
「そ、それは頼もしい」
ミラベルの口元がほころんだ。
「そ、それじゃ、各中隊に分かれて、ま、まずは空いた小隊長を決めて。き、決まったら、いったん中隊長は、わ、わたしのところに集合」
エニフ隊は、一斉に動き出した。アイラも、百人を集めて彼らの前に立った。脇には2人の小隊長が並んだ。
「エニフ隊の中隊長を拝命しました、アイラ・カジャールと申します。よろしくお願いします」
アイラは、丁寧に挨拶した。
「ヒューッ! えらい美人さんだなあっ」
先ほどミラベルに大声で応えていた男だった。
「天馬隊の女隊員は美人揃いってのは、ウソでも誇張でもねえな」
「ありがとう。褒めてくれて嬉しいわ」
「ほんとはサンドラが良かったんだが、あんたでも充分だ」
「それは、どういう意味かしら?」
「俺の嫁にしてやるっつってんだ」
隊員の間にどよめきが起こった。男は、悪びれず自信満々の態度でアイラの頭から爪先まで眺めている。
「―あなたのお名前を教えてちょうだい」
「ブリュノ。ブリュノ・エーメだ」
「ブリュノ。前に出なさい」
「お!? 早速キスでもしてくれるってのか?」
「違うわ。私とこの場で立ち合いなさい」
アイラの全身から気が立ち上っていた。
「へえ。それは面白い」
ブリュノはアイラの気に気づいているのかいないのか、せせら笑った。
「―おい、やめとけよ」
マリユスがブリュノを止めた。
「今なら間に合う。アイラに謝れ」
「は? なんで俺が謝らなきゃいけねえんだ? 天馬隊は、強い奴が偉いって聞いだぞ。なら、俺が一番偉いってことだろ?」
「マリユス。余計な口出しは許さないわ」
「……わかったよ」
アイラに制せられて、首をすくめた。
「おい、ブリュノ。俺は止めたからな。あとで泣き言を言っても知らないからな」
「なんだなんだ、ここの連中は? 揃いも揃って臆病者だらけか? たかが犬牙族の女一人にビビりやがって」
アイラが投げて寄越した模擬剣を受け取り、ブリュノは構えた。
「はんっ! お前を倒せば俺が中隊長だっ!」
ブリュノは鋭い踏み込みをみせた。強烈な斬撃がアイラを襲った。確かに言うだけのことはある。その辺りの剣士が相手なら一撃で倒せただろう。だが、相手はアイラ・カジャールであった。
「あっ―!?」
アイラは一瞬で目の前から消えた。ブリュノは、たたらを踏んだ。焦ったようにキョロキョロと辺りを見回す。
「こっちだ、ブリュノ」
慌てて振り向くと、背後にアイラが立っていた。剣を構える暇もなく、アイラの斬撃が脳天に振り下ろされた。
ブリュノは昏倒した。ピクリとも動かない。隊員たちは、寂としてしわぶき一つなかった。
「―ほかに私と立ち合いたい人、いる?」
しんと静まり返っている。
「あ、そ。つまんない」
アイラは、模擬剣を地に突いて仁王立ちした。何事もなかったかのように、話し始めた。
「見てのとおり、小隊長が全然足りないの。これから決めないといけないんだけど、新兵さんが多過ぎて実力がさっぱりわからない。だから、これからグループに分かれて勝ち抜き戦をやってもらうわ」
「そこの小隊長はどうすんだ? 免除か?」
マリユスが尋ねた。
「二人には申し訳ないけど、勝ち抜き戦に入ってもらうわ。その方が公平だしみんなも納得しやすいでしょ?」
アイラは、百人…いや、99人を見渡した。
「―それじゃ、まずは4人一組に分かれて。敗者復活もあるから、みんな最後まで諦めずにガンバってね」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「―えっ、小隊長を辞退したいですって?」
アイラは、目の前で震えているジョゼを見つめた。
10人の小隊長を決めるための勝ち抜き戦で、ジョゼは勝ち残ってしまったのだ。
「あなたの戦いぶり、素晴しかったわよ。充分小隊長が務まるわ」
「わ、私なんか、とても無理です。できません」
「できるわよ。ほとんど一撃で倒して勝ち残ったじゃないの」
「……あれは、立ち合いだから」
「だったら、わざと負ければよかったのに。マリユスみたいにね」
マリユスは、よっぽど小隊長になりたくないらしい。勝ち抜き戦では、明らかに手を抜いていた。
「目の前の相手に集中すると、我を忘れてしまうんです。私なんかが小隊長になったら、必ずご迷惑をおかけすることになります」
「そんなこと、ないって。あなたの剣の腕なら、中隊長にだってなれるわ」
「お願いしますっ、アイラ中隊長さま。どうか、どうかお許しを。代わりに何でもやります。食事当番でも掃除当番でも何でも! どうか、小隊長だけはお許しください!」
「……困ったわね」
頭を下げ続けるジョゼを前にして、途法に暮れてしまった。
既に10人の小隊長の選抜は終わっている。今更やり直すわけにもいかない。
「―ねえ、ジョゼ。どうして戦場では動けなくなるの? 私、どうしても納得できないの」
「それは…」
「私が納得できる理由を話してくれるなら、小隊長の件は白紙に戻すわ」
「……」
「話してくれないなら、小隊長として頑張ってもらうしかない。どう?」
「……」
ジョゼは、震えてばかりで一向に口を開こうとしない。
このまま冷たく突き放してもいいだろうが、おそらく本人にとっても隊にとっても良い結果にならない。
「……う〜ん。どうしたらいいのかしら。あんなに凄い技量があるのに…。模擬戦だって本当に相手を殺すわけじゃないのだから、怖がる理由なんてない―」
「きゃあァーっっ!」
突然叫ぶと、ジョゼは頭を抱えてその場にしゃがんでしまった。
「ど、どうしたのっ!? ジョゼっ!」
アイラは慌てて抱きしめた。全身がわなわなと震えていた。何かをつぶやいている。耳をそばだてた。
「こ、殺される…殺され…殺され…」
「ジョゼ…!?」
ジョゼの様子は尋常ではない。強く強く抱きしめた。
「大丈夫っ! 私がいるわ! 守ってあげる、ジョゼ! 必ず私が守ってあげるからっ!」
「こ、怖い…怖いよ…殺す…私が…怖いよ…」
「―!?」
ぎょっとして思わずジョゼを見つめた。
「―わかったわっ! 小隊長から外す! あなたを小隊長から外すから、落ち着いてっ!」
「……外す…外す?」
「そうよ! あなたは小隊長にならなくていいの。だから、落ち着いて、お願いよ」
「ああ…!」
ジョゼはアイラにすがりついてきた。花紺青色の瞳から滂沱の涙が流れ落ちた。
「ジョゼ…」
桔梗紫色の瞳からも、涙がこぼれた。
二人は抱き合いながら、しばらく涙を流し続けた。
【裏ショートストーリー】
ブリュノ「いや〜、参った参った。アイラは強えなあ。まったく歯が立たなかったよ」
マリユス「当たり前だよ。アイラは『鉄拳のサイノス』と互角に闘えるバケモノだぞ」
ブリュノ「かあーっ! 早く言ってくれよ」
マリユス「バカ言え。俺はちゃんと止めたぞ」
ブリュノ「アイラを中隊長として認めるよ。それが天馬隊のルールだもんな」
マリユス「お前の腕も大したもんだ。小隊長として認めるよ」
ブリュノ「勝ち抜き戦に参加できなかったのに、何で認められたんだろ?」
マリユス「一人、腰抜けが辞退したからさ」
ブリュノ「腰抜け…?」
マリユス「立ち合いじゃ、無敵の強さだけど、いざ戦場に立つと動けなくなるのさ」
ブリュノ「なんだ、そりゃ?」
マリユス「そのうち、お前にもわかるよ」
ブリュノ「だけどよ、アイラって、いいオンナだよな。強い上にあの美貌だぜ? 身震いしちまう」
マリユス「……やめとけ。撃沈するのがオチだ」
ブリュノ「なんで? ほんとにここの連中は腰抜けばっかだな」
マリユス「アイラは、サイノスの妹なんだよ」
ブリュノ「げっ…!? マジか? 手ェ出したら、殺されるな」
マリユス「アイラにな」
ブリュノ「は?」
マリユス「……それも、そのうちわかるよ」
ブリュノ「ふ〜ん…。やっぱ天馬隊って、なんだか面白えな。志願して良かったぜ!」
マリユス「面白がってられるのも、今のうちだよ…」




