第286話 魔獣VS紅烏
「―セヴィルさまの世を、我々の手に取り戻すのです!」
リュカの宣言が部屋に響き渡った。呼応するかのように、繭玉のいくつかが震えた。
「リュカ。お前は人間族だろう。同じ粛清対象なんじゃないのか?」
「心配してくださるのですか? これは嬉しいな」
リュカは愛らしい笑顔を向けた。
「私はそうならないと信じていますが、ガブリエルさまがそう判断なさるなら、致し方ありません。そのときは捨て石になるだけのこと」
もはや何を言ってもこの男には通じないだろう。これは明白な反逆だ。いや、ブランシャールに留まらない。全種族への宣戦布告とすら言える。
何としてもここで食い止めねばならない。リュカともども、すべて消してしまわねば、後々の脅威となる。
マノンは、短剣を抜いた。それを合図にしたようにルウが赤い鉄棒を振るってリュカに襲いかかった。
キーン、と高い乾いた音がした。カマキリの鎌が鉄棒を受け止めていた。
「困ります、ルウさま。リュカさまへ狼藉を働くなどと」
カマキリのランディが言った。三角の顔についている大きな目玉がギラリと光った。
「黙れ! バケモノっ」
鉄棒が唸りを上げた。ランディは、両手の鎌で難なく受け止める。ルウは渾身の力でラッシュをかけた。
一方、パトリスは指弾を放っていた。標的は無論、リュカである。だが、こちらも妨害に遭っていた。ジュディである。
猫のような動きで宙を飛ぶと、尻尾の蛇が躍動した。ムチのようにしなり小石を叩き落とした。
「シャアッ!」
ジュディは、パトリスに飛びかかった。爪が熊爪族のように伸びてパトリスを襲う。咄嗟に剣で払った。長い爪が刃を引っ掛けた。空いた片方の手でパトリスの顔を引き裂く。パトリスは驚異的な身体能力で背後に跳んだ。長い爪は空を斬った。
両組の戦闘を他所に、マノンとリュカは対峙したままだった。
「マノンさま。あなたのことは、ほんの少しも愛情を感じたことはありませんでした」
「そう…。それは悲しいな。私への眼差しも愛の言葉も、すべて演技だったんだ」
「謝罪はいたしません。主命を果たすためです」
「私はとても悩んだわ。あなたへの愛を貫くか、紅烏団の務めを果たすか」
「私を愛していたと? それはお気の毒。諜報員であれば、色恋など目的を果たすための手段でしかないでしょうに」
「あなたの言うとおり、と言いたいところだけど、最後は紅烏を取った。だから、私はここに来たの。しょせん私は闇に棲む女。世の常の恋愛など、私には似合わない」
「紅烏団へなど入らなければ、普通の女性としての人生を送れたでしょうが、これも運命と諦めていただくしかありません」
「あいにくと諦めるという言葉は、私の語彙にない!」
マノンは床を蹴った。短剣を突き出す。リュカは剣でそれを受け止めた。間近で視線が絡んだ。かつて愛を語り合った瞳は、敵意に縁取られていた。
それは、決して憎しみではなかった。あえていえば、信念であったろう。それぞれの信念は、己こそ正義であると信じて疑わなかった。例えどんな結末になろうと、その信念が折れ曲がることはないのだ。
「リュカ! 命を貰うぞ!」
マノンは、両手に力を込めてそのまま押した。リュカが吹き飛び壁に激突した。
「リュカさまっ!」
ランディは、その様子をすべて見ていた。カマキリの視野はほぼ360度見渡せる。
執事の制服を突き破り羽根が広がった。その場から飛び上がりマノンに斬りかかる。咄嗟に構えた短剣が弾き飛ばされた。鎌が無情にも頭に振り下ろされた。
しかしマノンの頭が割れることはなかった。赤い鉄棒が防いでいたのだ。
「させるか!」
ルウは鉄棒を払った。ランディは背後に跳んだ。再びルウはラッシュをかけた。
三対三の闘いが白熱していく中、一人蚊帳の外にいた団員はこのとき何をしていたのかというと。
実は彼は、脇目も振らずクレールに近づいていた。彼女は、この騒ぎの中でも目を覚さず眠り続けている。誰にも気づかれないまま、団員はクレールに到達した。繭玉の半球は、ベッドのようにふかふかだった。
団員は、剣を構えた。心臓目掛け突き出した。が、繭玉の糸が何本も飛び出し団員を絡め取った。
「うわーっ!?」
団員は、そのまま繭玉に取り込まれてしまった。後には静寂しか残らなかった。
「シャアーッ!」
ジュディの爪が次々と繰り出される。パトリスは防戦一方だった。突然横から尻尾の蛇が襲ってきた。対処し切れず剣が弾き飛ばされた。爪が振り下ろされた。
その掌を小石が貫通した。一撃で終わらず、小石が連打された。なんと、両手で指弾を放ったのだ。間を置かず、左右の手で交互に放つことで途切れることなく連打し続けていく。恐るべき技量だった。一転してジュディが防戦に追われた。
ルウに助けられたマノンは、壁で伸びているリュカへ静かに歩み寄った。リュカは気を失っているらしく、ピクリとも動かない。
「……さようなら。私の愛した人」
拳を握りしめた。マノンの怪力なら、簡単に殴り殺せるだろう。
「―!?」
殺気を感じたマノンが横っ飛びで逃れた。マノンのいた空間が鎌で薙ぎ払われた。咄嗟にルウを探す。まさか、カマキリに殺られたのか?
視界にルウを捉えた。ジュディの爪と闘っていた。傍らに血を流したパトリスが転がっている。
「パトリス!?」
少し時間を巻き戻す。
攻勢に出たパトリスは、指弾の雨でジュディを追い詰めていた。しかし弾は小石である。無限に放てる訳では無い。ついに尽きるときがきた。
パトリスは、ハッとして小石を蓄えた袋をまさぐる。もう何もない。指弾を耐え切ったジュディが身を起こした。
「―はは…」
「シャアーッ!」
苦笑いを浮かべたパトリスに、長い爪が襲いかかった。パトリスは身をひねって避けた。しかしニの手までは避けきれなかった。胸をざっくりと斬られた。血が噴き出して床に転がる。
トドメを刺すべくジュディが爪を振り上げた。だが、間一髪、鉄棒が彼を救っていた。
「ルウ!?」
「立てっ、パトリス! こんなところで死ぬんじゃない!」
ハッとしてパトリスはマノンを探した。彼女はランディに襲われていた。彼女と視線が合った。
「バカっ、ルウ! 俺になんか構うな! 団長を救けろ!」
「シャアーッ!」
ジュディがゴム鞠のように跳ねた。高く跳んだ彼女はルウの頭上に爪を振り下ろした。ルウは、床を蹴って避けると同時にパトリスに飛びついていた。素早く背負う。
「ルウ!? な、何をする!」
「団長ーっ! 撤退してくださいっ!」
ルウは、戸惑うパトリスを無視してあらん限りの声で叫んだ。即座にマノンは反応した。ランディを置いてダッシュした。ルウも床を蹴ってその場から逃げ出した。
「シャアーッ!」
「待てっ! ジュディ!」
後を追おうとしたジュディをランディが呼び止めた。
「リュカさまが負傷なさった。お怪我の手当てが先だ」
「……命冥加ナ奴らダにゃ」
長い爪を引っ込めたジュディは、ペロッと己の手を舐めた。尻尾の蛇眼が、マノンたちを追うようにじっと消えた方角を見据えていた。
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「……すみません、団長。足を引っ張っちゃって」
ルウの背中で、パトリスは何度も同じ台詞を繰り返した。マノンは、どやしつけた。
「もう言うな、耳にタコができた」
「ルウも俺なんか構わず、団長に加勢すれば良かったのに」
「……」
「ルウは、お前を絶対に見捨てやしないさ」
「え…」
「な、ルウ?」
「な、何を仰ってるんですか。私にはわかりません」
パトリスからは見えなかったが、ルウの頬は赤く染まっている。
「そ、そんなことより、団長」
話を逸らすようにルウが言った。口を動かしても走る脚は止めない。
「このままあのバケモノどもを放ってはおけません。公然と反逆を認めたも同然です」
「もちろん、放ってはおかないさ。すぐにシルヴィアさまたちにお報せしなくては」
「親玉はリュカじゃありませんよ」
パトリスが言った。
「団長もわかっていると思いますが」
「ああ。リシャールを逃げ出す前になんとしても拘束してやるさ」
マノンの藍色の瞳がすぅーっと細められた。物騒なその瞳は、まるで獲物を狙う野獣のようだった。
【裏ショートストーリー】
ランディ「……リュカさまは、ようやくお休みになられた」
ジュディ「だいぶ興奮してたものねえ」
ランディ「お怪我も大したことがなくて良かった」
ジュディ「ねえ、ランディ。リュカさまって、人間族でしょ?」
ランディ「そうだ」
ジュディ「なんで敵の人間族が兄弟にいるの?」
ランディ「お母さまの生んだ子だからだ」
ジュディ「ふ〜ん。ママは人間族も産めるんだあ」
ランディ「ジュディは妙なことに感心するのだな」
ジュディ「だあ〜って、リュカさまって弱いんだもん。同じ兄弟とは思えないよ。マノンたちを逃がしたのだって、リュカさまが足を引っ張ったからじゃないの」
ランディ「そんなことを言ってはいけない。我らの長兄だぞ。長兄は敬わねばならない」
ジュディ「難しいことは、よくわからないけどさ」
ランディ「……少しも難しくないだろう?」
ジュディ「人間族なんて、皆殺しにしちゃえばいいんだ」
ランディ「そんなことを言ったら、お母さまだって人間族だぞ」
ジュディ「ママは違うもん! 人間族は繭玉を作れないもん!」
ランディ「確かに、厳密に言えば既に人間族ではなくなっておられる。元人間族とお呼びすべきか」
ジュディ「ねえ。こっそりリュカさまを殺しちゃおうよ。マノンに殺されたことにすればいいじゃん」
ランディ「駄目だ。リュカさまはお父さまの想い人だ。そんなことをしたら叱られる」
ジュディ「うへえ…。パパに叱られたくないっ。……そうだ! いいことを思いついた。リュカさまを想い人族と呼ぼう。そうすれば、敵と思わなくて済むよっ」
ランディ「……絶対、違うと思う」




