↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
286/382

第284話 魑魅の栖

闇夜である。


夜空は厚い雲に覆われ、月明かりはない。


深夜のため人通りもまったくない。


まるで世界から人が死に絶えて、闇が世界の支配者になったかのようだ。


しかし、その闇の中を走る影があった。闇に抗うように、人はそう簡単に死に絶えたりしないと誇示するかのように。


影は城門の前で立ち止まった。その数、6つ。


「……やはり、人の気配はありません」


「門を押してみろ、ルウ」


「えっ!?」


驚いたのはルウではなく、パトリスだった。


「押してみろと言ったって、内側から閂がかかってますよ?」


「いいから、押せ」


「……」


ルウは、言われるがまま、力任せに城門を押した。城門は、簡単に開いた。


「なっ…!?」


「……やはりな。入るぞ」


唖然とするパトリスを置いて、マノンは、素早く城内へ侵入を果たした。


パトリスは一つ頭を振ると、急いで後を追った。


「驚きました、団長」


「……」


「初めから門は開いていたんですね。2週間無駄にしちゃいましたよ」


「無駄口を叩くな、パトリス。城内に入って終わりじゃない」


「はいっ」


マノンたちは、前庭を一直線に進んだ。無論、警戒は怠らないが、まるで人の気配がしない。無人の野を行くが如く、あっさりと城館の入り口へたどり着いた。


ルウが慎重にドアを開ける。ここも何の罠も仕掛けもない。


長く暗い廊下が奥へ続いている。明かりは、かなりの間をおいて壁にかけられたろうそくのみだ。慌てず急がず先へ進む。今のところ、人のいる気配がまったくしない。


「―こりゃ、ルウの言う通り、城館に人はいないのかもしれませんね」


長くは黙っていられないパトリスが、性懲りもなく口を開いた。


マノンはいちいち反応せず、前だけを見据えて静かにかつ確実に歩を進める。


すると、天井から液体がポトリと落ちてきた。それは、最後尾を進んでいた団員の肩にかかった。何だろうと見上げた瞬間、長い紐のようなものに体を巻き取られ宙吊りにされた。


「……うわーっ!?」


思わず悲鳴を上げた。何事にも動じないよう日頃から訓練を受けている紅烏団員が、である。


宙吊りにされたことに驚いたのではない。高い廊下の天井に張り付いていたも(・)の(・)に驚いたのだ。


悲鳴にマノンは振り向いた。そして、見(・)た(・)。明かりの少ない廊下の、更に高い天井にもかかわらず、夜目の利くマノンにははっきりと見えた。


トカゲのような身体に人の顔が乗った、世にもグロテスクな姿を。


その怪物は、高速で舌を巻き戻した。耳まで裂けた大口を開けて哀れな団員を頭から呑み込んだ。


起用に後ろ脚と尻尾で天井に張り付いたまま、両手で団員の身体を引きちぎった。


首がもげた身体から大量の血が噴き出し、床に血溜まりを作った。頭の骨を噛み砕く嫌な音が響いた。


そのとき。空気を切る音がしたかと思うと、怪物の額がめり込んだ。怪物が床の血溜まりの中へもんどり打って落ちた。怪物の手から離れた団員の身体が、ピクピクと痙攣していた。


怪物は即死だった。小石が額を貫通していたのだ。


パトリスの『指弾』である。指で小石を弾き飛ばしたのだ。達人になると、人の頭蓋骨をも貫通するほどの威力がある。無論、パトリスは、この非常に珍しい武術の達人であった。


「このバケモノは、いったい何ですかね?」


目の前で怪物に仲間が喰われたというのに、パトリスは落ち着き払っている。紅烏団たるもの、『戦場』では感傷に浸らないよう、訓練を積んでいる。


「……さあな。先へ進めばわかるだろう」


マノンは、再び前を見据えた。


「バケモノは、まだ他にもいるかもしれない。天井や壁にも注意を払え」


マノンたちは、慎重に廊下を進んだ。


案の定、暗闇の奥から、シャーシャーと床を擦る音が聞こえてきた。目を凝らすまでもなく、すぐに異形が現れた。かなり早く移動できるらしい。


その動くさまは、まさにトカゲそのものだった。人の口から長い爬虫類の舌が伸びているのが、何ともおぞましい。


怪物が真っ直ぐ向かってきた。その刹那、ルウが床を蹴っていた。舌が伸びる。舌に絡み取られる直前、飛び上がった。シルヴィア並みの跳躍力をみせ、赤い鉄棒を振り下ろした。


グシャッと頭が潰れ怪物は動きを止めた。


「団長。思ったより柔らかいです」


「そうか」


マノンは、怪物の死体を横目に通り過ぎた。すると。


またしても、床を擦る音が聞こえた。


「いったい、何体いるんだ?」


パトリスが嘆いたそのとき。複数の擦り音が響いた。床だけではない。天井にも壁にも多数の怪物が現れた。


「油断するなっ! 確実に仕留めろ!」


叫ぶと同時にマノンは跳んでいた。壁に張り付いていた一体の頭を殴りつけた。潰れた頭が壁にめり込んだ。


天井にいる怪物には、指弾が炸裂した。指で弾くだけなので動作が極めて少ない。パトリス自身はほとんど動かず、空気を切る音がする度に怪物はバタバタと天井から落ちていく。


そしてルウである。赤い鉄棒を縦横無尽に振るい、次々と屠っていく。彼女の行くところ、怪物の死体の山が築かれ、まるで無人の野を行くが如くであった。


大して時間はかからず、廊下は再び静寂を取り戻した。しかし怪物たちの流した血で生臭い匂いに満ち満ちている。


「―行くぞ」


マノンは、振り返りもせず歩み出した。まるで何事もなかったかのようにその表情は淡々としたものだった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


マノンたちは、城館の部屋をしらみ潰しに確かめて回った。長いこと放置されたままらしく、どこも埃だらけだった。


生活感は皆無で、やはり人影一つ、見当たらない。例の怪物も、あれ以来姿を現さない。


「―団長。もしかして城館の住人は、あのバケモノにみんな殺されちまったんじゃないですかね?」


「だとしたら、なんでバケモノどもは町中に溢れ出ない?」


マノンではなく、ルウが応えた。


「城館の門は開いたままだった。その気になれば外へ出ることは難しくないはずだ」


「つまりルウは、こう言いたいのか? バケモノを操っている奴がいると」


マノンは、二人のやり取りを聞きながら、ある疑念を抱き始めていた。


彼は、ガブリエルの母、クレールはここエルヴィールにいる、と明言した。しかし、クレールの城館に人の気配はまったくない。


まさか、誘い出されたのか? だとすれば、何のために?


(紅烏団とバレたのか…?)


そう思いたくはない。しかしこの現状からは罠の臭いがぷんぷんする。


「―とにかく、すべての部屋を改めよう」


「はい、団長」


部屋を出ようとした、そのとき。隣の部屋でドサっと物が落ちる音がした。


「―隣の部屋に、何かあったか?」


「いえ、ただの寝室でした」


ズルズルと物を引きずるような音がした。少なくとも、何(・)か(・)が(・)い(・)る(・)!


ガチャッと音がしてドアが静かに開けられた。ぬっと現れたのは…


「何だっ、こ(・)れ(・)は(・)!?」


思わず、パトリスが叫んだ。


それは、人の形をしたまったくの別物だった。


体毛はまったくなく、白い皮膚の全身がヌメヌメとした液体のようなものに覆われていた。


顔はない。目も鼻も耳もない。口だけが大きく開かれ、長い牙がむき出しになっている。


二足で立っているが、うまく歩けないらしく、足を引きずるようにしてこちらへ近づいてくる。


そのおぞましさは、人の心の奥底に眠る原初の恐怖を呼び起こさずにはいられない。


「うわーっ!」


団員の一人が大声を上げながら剣を斬りつけた。腕がちぎれ飛んだ。しかし怪物は怯むことなくもう一方の腕で団員を抱え込んだ。ジュッと肉が溶ける音がした。


「ぎゃあーっ!」


振りほどこうと腕を掴んだその手も一瞬でただれた。


ヒュンっと、空気を切り裂いて小石が飛んだ。額らしき辺りに命中した。が、怪物はダメージを受けた様子もなく万力で団員を締め上げた。為すすべもなく見ている間に身体が溶ける。


団員がだらりと崩折れた。肉も骨も溶けてついに真っ二つに引き裂かれた。


怪物は遺体の上半身に噛みついた。食べるというより溶かして飲んでいる。


「指弾が効かない…」


「心臓を狙えっ!」


「―!」


呆然としていたパトリスは、マノンの指示に己を取り戻した。


指弾が寸分違わず心臓らしき場所にめり込んだ。怪物は団員の上半身を投げ捨てた。苦しんでいるかのように身をくねらせた。発声器官がないのか叫び声のようなものは一切ない。


「たたみかけろっ!」


指弾が続けて炸裂した。怪物の口から大量の黒い液体が吐き出された。しばらく身悶えていたが、糸が切れた操り人形のようにその場に崩れた。急速に溶けていく。


「……バケモノの城だ。バケモノが巣食っている。城のみんなはこいつらに殺されたんだ。こんな奴らがほかにもたくさんいたら、俺たちの手には負えない―」


「狼狽えるな、パトリスっ!」


マノンの叱咤が飛んだ。


「バケモノが巣食っているなら、尚の事このまま放ってはおけない。こんなのが街中に出てきてみろ、とんでもない大惨事が起こるぞ」


「団長…」


「私たちの手で食い止める。何としてでもバケモノどもを一匹たりと外へ出すな。紅烏団の名誉にかけて、闘い抜け!」

【裏ショートストーリー】

パトリス「ルウは面白いよね〜」

ルウ「……ふざけるな。お前を面白がらせるつもりなどない」

パトリス「クソがつくくらい真面目だよね」

ルウ「お前がチャラいだけだ」

パトリス「ルウは、なんで紅烏団に入ったの?」

ルウ「……」

パトリス「俺は団長に拾われたんだよ。親父ってのが極東のセリカという国で船乗りをしていたんだ」

ルウ「お前の身の上話など、興味ない」

パトリス「交易船が暴風に巻き込まれて、カルパンチエ沖で難波しちまってさ。間の悪いことに、俺もその船に乗り合わせてたんだよ。初めての航海だったんだ」

ルウ「……」

パトリス「親父を初め乗組員全員、波に飲まれ行方知れず。奇跡的に一人生き残った俺は、ブランシャールの商人に騙されて奴隷に売り飛ばされた。まだ15歳のガキだった」

ルウ「……」

パトリス「奴隷ってのは、酷いもんだぜ。なんやかや理由をつけて殴られるのはしょっちゅうだし、ろくに食い物にもありつけないし。だから、主の伯爵を殺してやった」

ルウ「……」

パトリス「運良く伯爵をマークしていた団長がその場に居合わせてね。匿ってくれたんだ。それで紅烏団に入った」

ルウ「……」

パトリス「パトリスという名前も団長がつけてくれたんだ。ここで生きていくなら、ブランシャール人らしい名前のほうがいいだろうって。団長は命の恩人だ。彼女のためなら、喜んで死ねる。ルウもそうだろ?」

ルウ「あ…? 私を呼んだか?」

パトリス「何だよ!? 話、聞いてねえのか?」

ルウ「知らん。お前が勝手に口を動かしていただけだろう」

パトリス「ちぇっ! 薄情な奴だなあ」

ルウ(……私だって、団長のためなら、喜んで死ねるさ、パトリス)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。