第283話 想定内と想定外
「ただ今戻りました、団長」
ルウと団員が倉庫に潜り込んできた。
「どうだった?」
「難攻不落とはこのことですね。死角がまったく見当たりません」
「そうか…」
マノンは、難しい顔をして考え込んだ。
「う〜ん、困りましたねえ〜。こりゃ、お手上げかも」
パトリスが文字通り両手を上げた。
「……パトリス。もう一度おさらいしろ。見落としていることがあるかもしれない」
「はい」
マノンに命じられて、テーブル上に広げた大きな見取り図をのぞき込んだ。
そこには、エルヴィール城館が描かれていた。城館は空白だらけで、城館を囲む城壁に細かい注釈が書き込まれていた。
「城館は、高い城壁に囲まれています。城市の外壁同様、人に越えられる代物じゃ、ありません。それこそ、フランベルジュでもない限りね」
パトリスは、自虐気味に笑った。しかし、誰にもウケないので、肩をすくめて話を進めた。
「……出入り口は、外壁同様、2カ所のみ。正門と裏門です。ところがこの2週間、昼夜交代で監視していますが、ただの一度も開かれたことがない。人の出入りがまったくないということです。こんなこと、普通はあり得ない」
いったん、言葉を切って皆を見回した。
「いったい、中の人たちはどんな生活をしているのか。生活物資をどうやって搬入しているのか。まったくの謎だらけですが、事実として、門が開かれないんじゃ、つけ入りようがない」
「城館に人が暮らしている以上、必ず搬入路はあるはずだ。隠し通路があるとしか思えない。でなけりゃ、そもそも誰もいないか、どちらかだ」
マノンが見取り図とにらめっこしながらいった。
「城市を支配しているのは城館です。城門に門兵がいるんですから、城館に人がいないというのは、さすがにないでしょう」
「だとすれば、やはり隠し通路だ。どこかに城館に通じる入り口がある。私たちが見落としているどこかに」
「でも、周りは隈無く探しました。離れた市内にある可能性も捨てきれませんが、そうなるとこの少人数じゃ、広い市内を探し切れませんよ」
「極力出入りを少なくするため、備蓄しているのではないでしょうか」
ルウが発言した。
「そうなると、監視期間を延ばすしかないな」
「その間、この倉庫に無事隠れていられるかわかりませんよ」
パトリスが言った。
「この2週間だって、門兵だか衛兵だか知りませんが、見回りに来ました。そのときは他で騒ぎを起こして注意を引きましたけど、いつまでその手が通用するかわからない。長引けば長引くほど危険が増します」
「できるだけ短期間で城館に侵入すべき、ということだな」
「いっそのこと、紅烏団を呼び寄せて力付くで城門を突破しますか」
「それができれば苦労はしない」
マノンはジロッとパトリスを睨んだ。
「これくらいの困難は想定内だ。こういう時のための知恵袋だろう。泣き言を言っていないで知恵を出せ、パトリス」
「そんな無茶な! 俺は神さまじゃないんですから、なんでも解決できるわけじゃありませんよ〜」
「神でもなんでもいい。とにかく城門を突破しろ」
「無理難題ですよ〜」
パトリスは頭を抱えた。
「……本当に中に人がいるのかな」
ルウがぽつりとつぶやいた。
「さっきも言ったろ? それは考えられない」
頭を抱えながらパトリスが言った。
「でも、城門に人がいる気配はなかった。少なくとも監視している者は誰もいない」
「隠れてるかもしれないだろ? 外から気配を探るのは限界がある」
「隠れる必要がどこにある? そもそも誰も出入りしていないんだから」
「それは…」
パトリスが言葉を詰まらせた。
「無人なら、探る意味がなくなる。城館ではなく、ほかを探るべきでは?」
「……」
マノンは腕を組んで考え込んだ。マノンの代わりにパトリスが答えた。
「ほかを探るったって、どこを探るんだよ?」
「市内の建物をしらみつぶしに探ろう」
「バカか? それこそ何年かかると思ってるんだ」
「バカとはなんだ! 人がせっかくアイデアを出してやってるのに」
「脳筋が余計な口を挟むな」
「何だと!?」
薄水色の瞳が物騒に細められた。
「そこを動くな、今叩き殺してやる!」
ルウは愛用の赤い鉄棒を手にした。
「―黙れっ、やかましい!」
「はいっ、黙りますっ」
「……」
マノンに叱られて、パトリスは最敬礼し、ルウは真一文字に口を引き結んだ。
「―城門に人はいない、か…」
マノンは、しばらく見取り図を食い入るように見つめていたが、やがて覚悟を決めたように顔を上げた。
「―よしっ。ダメ元だ、やってみるか」
「……団長…?」
「パトリスとルウの意見を足して2で割ろう」
「はい…?」
「城門に人はいない。だったら、力付くで突破するのみ」
「はい〜っ!?」
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「ちゃんと順番に並べっ! 慌てなくても必ず受け付けしてやるから!」
エーヴが声を枯らして行列を整理していた。
「エ、エーヴ!」
そこへ、ミラベルが転がるようにして駆け寄った。
「さ、最後尾まで見てきたけど、こ、皇宮の城門まで続いてるよっ」
「優に千人は超えてるぞ」
サイノスが重々しく言った。
「初日だけで目標の数に到達してしまったな」
「バカ言え。こっからふるい落とすんだよ。全員合格させるかってんだ」
「だ、だとしても、こ、この人数を一日じゃ選別できないよ」
「……」
「エーヴ! イザクたちが悲鳴を上げてるよ」
今度はジュスタンが飛んできた。
「とても彼らだけじゃ受け付けを捌き切れないよ」
「……ったく。セリーヌ効果か天馬隊の有名のなせる技か。隊員募集したらこの有り様とはな」
「―ここは、プロにお願いしたらどうだろう?」
サイノスが思案顔で提案した。
「プロ…?」
「兵部尚書のエドウィージュだ」
「なるほど! それはいい考えだ」
ジュスタンが指を鳴らした。
「エドウィージュは事務に精通している。彼女に頼もうよ」
「んなこと言ってもよ、今日の今日で人員を割いてくれるかな?」
「そんなもの、セリーヌから命じさせれば、なんとかしてくれるさ」
「―よしっ。どっちみちここで頭を抱えてても埒が明かねえ。セリーヌに直談判してくる」
こうして、ちょっとした狂騒曲を奏でた天馬隊員募集騒動は、シルヴィアの知るところとなった。
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「うわーっ! ほんと、これは凄いねえっ!」
シルヴィアは、大行列を眺めて感嘆の声を上げた。
「セリーヌ! すまんっ」
エーヴは、シルヴィアを認めると平謝りに謝った。
「まさか、こんなに志願者が押し寄せるなんてな。完全に想定外だったぜ。妊婦の手を煩わしちまって、ほんと、すまん」
「別にいいわよ。妊婦といったってお腹も膨らんでないし、今日は体調もいいしね」
「いけません、シルヴィアさま」
コレットが上着を着せた。
「妊娠初期こそ、気をつけないと。とにかく体を冷やさないようにしてください」
「大丈夫よ。今日はこんなに暖かいじゃない」
「駄目です。油断してはいけません」
ジュリアンを抱えたメロディが目を瞋らせた。
「妊婦さまは、慎重になってもなり過ぎということはないんですから」
「そんなこと言ってたら、何もできなくなるわ」
「―まったく、サンドラさまといい、この主従は人の言うことを聞かないんだから。似た者同士というかなんというか」
「メロディ! 私は関係ないだろ!?」
同じように胸にバスティアンを抱いたサンドラが抗議した。
「……アーッ!」
ジュリアンが行列を指差した。
「あらあら。どうしたのぉ〜? ジュリア〜ン」
「アウッ!」
「こんなに大勢の人を見るのは初めてだから、物珍しいのかもな」
サンドラがジュリアンをのぞき込んだ。バスティアンは、胸の中でぐっすりと眠っている。
「―お〜い、セリーヌ!」
シルヴィアたちを見つけて、遠くからジュスタンが駆けてきた。
「エドウィージュを動かしてくれてありがとう」
ジュスタンも殊勝に頭を下げた。
「彼女たちのおかげで、かなり受け付けが改善されたよ。さすがプロは違うね」
「気にしないで。エドウィージュの管轄だもの。通常の職務の範囲内だわ。それにしても、いったい何人集まったの?」
「まだ推計だけど、1千2百というところかな」
「にゃにゃっ!? 確か、目標は千人だったよね? いったい、最終的に何人集まるんだか、空恐ろしいわね」
「他人事みたいに言うなよ!」
エーヴが口を尖らせた。
「お前が大将の隊なんだぞ」
「ごめんごめん」
シルヴィアはペロッと舌を出した。あまりに愛嬌のある仕草に、その場の雰囲気がほっこりした。
「―おい? あれ、シルヴィアさまだぞ!」
「ほんとだ、シルヴィアさまだ!」
「噂の猫耳王女だ。初めて見た!」
シルヴィアに気づいた大行列のあちこちから、声が上がった。
「はぁ〜い! みんな、よく来てくれたわ!」
持ち前の明るさで彼らに一歩近づき手を振った。サンドラはぴったりと主の後ろについて、辺りに鋭い視線を投げた。
「試験ガンバってねーっ!」
「ありがとうごさいまぁーすっ」
「シルヴィアさまぁーっ、ご懐妊おめでとうございまぁーすっ!」
「元気な赤ちゃん、生んでくださぁ〜い!」
「ありがとぉーっ! 私もガンバるわーっ!」
大歓声が爆発した。シルヴィアは、両手を大きく振って彼らに応えた。
ジュリアンはびっくりしたように、メロディの腕の中で固まった。
そしてバスティアンは、大歓声など聞こえないかのように、母の胸の中ですやすやと眠り続けていた。
【裏ショートストーリー】
エーヴ「明日は天馬隊入隊志願者の受付初日だったよな」
ジュスタン「そうだよ」
ミラベル「な、何人、来るかな〜」
エーヴ「百人も来りゃ、いい方だろ」
ジュスタン「受付係はイザクに頼んでおいたよ」
エーヴ「サンキュー」
ミラベル「し、試験は、どうするの?」
エーヴ「そりゃお前、まずはランだろ。わたしたちが受けたときみたいに」
ミラベル「わ、罠も作るの?」
エーヴ「そんな手の込んだもんは、いらねえ。純粋に走力だけをみる。戦場じゃ、走れねえやつから死んでいくんだからな」
ミラベル「そ、その後は? か、数を絞るんでしょ?」
エーヴ「やっぱ、模擬戦だろ。個人の能力をみたあとは、集団での動きをみなきゃな」
ミラベル「……わ、わたしたちのときと、ま、まったく同じなんだけど」
ジュスタン「まあ、いいんじゃない? それがもっとも効率的なんだよ。だからトリュフォー将軍も採用したんだと思うよ」
ミラベル「な、なんかつまんない。わ、わたしたちらしい試験も課したいな」
エーヴ「なんだよ? わたしたちらしいって」
ミラベル「た、例えば、し、至宝天相手の立ち合い、とか」
エーヴ「はあっ!? んなことしたら、合格者がいなくなるぞ」
ジュスタン「ははっ。自信満々だね、エーヴ」
エーヴ「鼻で嗤うなっ。そういうジュスタンだって、負ける気はしないだろーが」
ジュスタン「それは、そうだけど」
エーヴ「ほれみ。とにかくミラベルの案は却下だ」
ミラベル「えーっ!? つ、つまんない」
ジュスタン「……」




