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第279話 恋のライバル

「……また、あんたか。アイラ」


クロヴィスは、呆れたようにアイラを見た。アイラは口を尖らせた。


「今回は、私一人ではありません。兄たち至宝天も一緒です」


「とんだトラブル兄妹だな」


「おい、クロヴィス。俺たちは、強盗犯を捕まえた功労者だぞ」


サイノスは、ジロッと睨んだ。


「それは、助かったよ。でも、こんなにしょっちゅう犯罪者と遭遇する奴、他にはいねえぞ」


そういう横を、縄につながれた強盗犯たちが皇都警備隊に連れていかれた。脇では、頭に包帯を巻いた被害者が事情聴取を受けている。


「……というか、犯罪者がお前たちに吸い寄せられているのか」


「人をトラブルメーカーみたいに言うな」


「だからトラブル兄妹なのさ」


クロヴィスは、サイノスの肩を抱いた。


「どうだ、サイノス? いっそのこと、兄妹で皇都警備隊に入らないか?」


「断る」


「だよな〜。残念! お前たちがパトロールするだけで犯罪者を捕まえられるのにな〜」


首を振り振り、クロヴィスは手も一緒に振った。放免された、ということらしい。


「―さてと。これでやっと、ゆっくり話が聞けるな、エーヴ?」


サイノスは、エーヴに向き直った。こめかみに青筋が立っている。


エーヴは、慌てて愛想笑いを浮かべた。


「お、おい。そう喧嘩腰になるなよ」


「どうしてお前たちがあの場にいたのか、正直に答えてもらおうか」


「ただの偶然じゃんか」


「カツラまで被って変装して、偶然と言い張るか」


「いつも街中に出るときは、変装するぜ? 市民の連中に気づかれると面倒だからな」


「そうなのか? ミラベル」


今度はミラベルに鋭い視線を向けた。


「わ、わたしは反対したんだよ。で、でも、エーヴがどうしても、後をつけるって言うから―」


「―ミラベルっ!? 黙れっ」


エーヴは、狼狽えながらミラベルの口を塞いだ。


「……なるほど。やっぱり尾行していたのか」


「あははは…」


「何を考えているんだ! 人のデートの後をつけるなんて!」


「「えっ…!?」」


エーヴとアイラは、同時に己の耳を疑った。今、サイノスはデートと言わなかったか?


「あ…!」


サイノスも、言い間違い(?)に気がついて、怒りが急速に収束した。


「お兄さまっ! デートとお認めくださいましたのね! 嬉しいっ」


「サイノスっ! デートじゃないはずだろ!? 今頃になって認めんなよっ」


「あ、いや…言い間違えた。決して認めたわけじゃない」


女性陣二人に迫られて、タジタジとなった。


「デ、デートでもそうでなくても、サ、サイノスは楽しそうだったよ」


ミラベルが、追い討ちをかけた。


「きゃあ〜っ、良かった! お兄さまも楽しんでらしたのねっ」


「……」


アイラは喜びを爆発させ、エーヴはムスっとぶんむくれた。


「―論点をずらすな。今問題なのは、エーヴとミラベルが俺たちを尾行したことだ」


サイノスは、なんとか体勢を立て直そうとするが、二人はもう話を聞いていない。


「お兄さま。早く植物園に行きましょう。エーヴさまたちは放っておいて、デ(・)ー(・)ト(・)の続きを再開しましょうよ」


「アイラ! 調子に乗るんじゃねえぞ。デートじゃねえつってんだ」


「エーヴさまには関係ないですよね? どうして邪魔をするのですか?」


「邪魔してるわけじゃねえ。忠告してるだけだ」


「忠告、って何? 意味わからないのですけど」


「兄妹のケジメをつけろってことだよ」


「……おい、二人とも、やめないか」


「ケジメって、なんですの? 兄妹仲良くしてはいけないの?」


「仲良しのレベルを超えてるだろが! だいたい、何なんだ? 腕なんか組んじゃって、恋人じゃあるまいし」


「お兄さまみたいなこと言うのね。今どき流行らないわ。親子だって兄妹だって、腕を組んで歩くくらい普通よ」


「世間一般じゃ、普通じゃねえんだよ!」


「なんであなたが決めるの? 世間代表みたいな顔しないでよ!」


「……お、おい…」


「てめえ、年上に対する口の利き方を知らねえようだな! そんなヤツがいっぱしの口を利くんじゃねえよ!」


「ふんっ! 内容で言い負かされたら、今度は先輩風? これだからオバサンは始末に負えないわ」


「誰がオバサンだ!? ふざけんじゃねえぞ!」


「自分で年上だと言ったのじゃないの。私よりオバサンには違いないわ」


「てめえ、死にてえらしいな。表へ出ろやっ!」


「ここ、表ですけど。バカじゃないの?」


「―いい加減にしないかっ!」


サイノスが怒髪天を衝いた。


「ここは天下の往来だぞ、白昼喧嘩するとは天馬隊員として恥ずかしくないのか? ひいてはシルヴィアさまを辱めることにもなるのだぞ!」


「お兄さま…怒らないで」


「ごめんよ…サイノス」


サイノスに叱られて、二人はしゅんとなってしまった。


「……今日は、もうやめだ」


「えっ…!?」


アイラの顔色が変わった。


「聞こえなかったのか? お出かけは終わりだ」


「そ、そんな…! 待ってよ、お兄さまっ。植物園は? その後のお食事は?」


「帰るぞ」


「ええ〜っ!? 嘘でしょ〜っ!」


アイラの魂切る声が悲しげに尾を引いて、通りに響き渡っていった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


アダンは、皇宮の広い廊下を歩いていた。


出禁が解かれて、大手を振って出入りできるようになると、二日と置かずシルヴィアやリオネルのところへ入り浸るようになった。


彼の目的はただ一つ。そのために皇宮中を歩き回っているのだ。


今日も、シルヴィアのところへ機嫌伺いと称して顔を出してきたところだった。シルヴィアやコレットと世間話をすると、早々に退出した。


目的を果たすには、おそらくアニェスのところへ行くのが手っ取り早い。だが、アニェスがいてはならないのだ。


何としても、アニェスのいない場所で会(・)う(・)必要がある。


ふと、廊下の先に人影が現れた。見慣れない金髪碧眼の男だった。一目で彼(・)だとわかった。


ようやく、目的にたどり着いた。


「―失礼」


アダンは、男を呼び止めた。従者の男が明らかに警戒する様子を見せたが、構わなかった。


「クリフォード王国のウィンストン王太子殿下ですね?」


「そうだが…?」


「初めてお目にかかります。商人をしております、アダン・シュバリエといいます」


「シュバリエ…? どこかで聞いたような名前だな」


「……ウィンストンさま。コーヒー屋ですよ。セリーヌ・シュバリエ」


従者が耳打ちした。アダンは名前を知らなかったが、言うまでもなくそれはマイクである。


合点がいったようにウィンストンはうなずいた。


「ああ…! あいつか。じゃあ、お前が兄貴なのか」


「兄貴…? 私には兄弟はいませんが」


「そんなことないだろう。シュバリエ商会はコーヒーを商っているはずだ」


「確かに、コーヒーを出すお店の経営をシルヴィア陛下から任されています」


「皇室ご用達と聞いたぞ、お前の妹から」


「……」


「コーヒーの支店をヴィクトリアンに出したいと、俺に持ちかけてきたんだ。父上に紹介してやろうと思ったら、急にヴィクトリアンからいなくなって、その話も消えちまったがな」


まったく話が見えない。とにかく、シュバリエの名前をかたってウィンストンに近づこうとした不埒者がいたのは間違いないらしい。


(……詐欺師か何かか?)


いずれにしろ、ろくでもない奴だろう。


「妹云々は、身に覚えがありませんが、皇室とは日頃から取引をさせていただいているのはその通りです。特に、リ(・)オ(・)ネ(・)ル(・)と(・)ア(・)ニ(・)ェ(・)ス(・)とは、幼馴染の間柄でして」


「……!」


ウィンストンの碧眼が強い光を帯びた。興味深そうにアダンを見据える。それはそうだろう。一介の商人が皇帝と皇妹を呼び捨てにしたのだ。


「―ほう。アニェスさまと幼馴染なのか。それは羨ましい奴」


「この度は、殿下がアニェスと結婚する約束をなさったとお聞きしました。幼馴染として、是非にも殿下に一言、ご挨拶させていただきたいと願っておりました。ここでお会いしたのも何かの縁、なにとぞお見知りおきを」


「……アダン・シュバリエ。覚えておこう」


「身に余る光栄。畏れ入ります」


言葉とは裏腹に、畏れる様子もなくアダンはぐいとウィンストンに近づいた。すかさずマイクが主をかばうように前に出た。


すると、ウィンストンはそのマイクを押し退けるようにして、アダンと真正面から対峙した。


「言っておくが、アダン。俺のほうが一歩リードしているぞ」


アダンの透明に近い青い瞳がすうっと細められた。


「……何のことか、わかりかねますね、ウィンストン殿下。私は、ただの幼馴染の商人です。―今は、ね」


「……」


碧眼と青い瞳がぶつかり合った。火花など生ぬるいものではなく、二人の間には、雷撃が激しく飛び交っていた。

【裏ショートストーリー】

市民A「見物だったなあ、あの捕り物」

市民B「ありゃあ、サイノスだろ? さすが鉄拳。強えよなあ」

市民C「小っこいのは、ブラッディ・ドールのミラベルだな。天馬隊至宝天は凄いよ」

市民A「もう一人いたよな? 誰だっけ?」

市民B「エーヴだよ、エーヴ」

市民A「そうそう! 一人だけ二つ名のない至宝天」

市民C「いや、神速という二つ名があるらしいぜ」

市民B「なんだ、そりゃ? 聞いたことねえぞ」

市民C「自分で名付けたって話だ」

市民A「……なんだか、切ないな」

市民B「いまいち、パッとしないんだよな」

市民A「ほかの至宝天に比べると、華がないんだよ」

市民C「そうかな…。俺は結構、好きだけどな」

市民A「物好きだなあ」

市民C「ひたむきでいいじゃねえか。どういうわけか、何事も至宝天を代表しているし」

市民B「そうかあ? 代表してるのは、サンドラだと思うけど」

市民C「サンドラは、シルヴィアさま付きの侍女に逆戻りしたから、今はエーヴさ」

市民B「そうかなあ…?」

市民A「それより、犬牙族のえらい美人がいたろう。誰だろ?」

市民B「サイノスの彼女じゃねえの? 腕組んでたし」

市民C「あの美人もめちゃめちゃ強かったな」

市民B「天馬隊に入れば、人気になるのは間違いなしだ」

市民A「今のうちにチェックしとこうかな」

市民B「……何のチェックだよ」

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