第274話 至宝天のお節介と猫耳王女の裏切り
「よう! サンドラ。悪ぃな、急に呼び出して」
猫耳王女のサロンである。サロンとは、『シルヴィア司馬』の執務室に設けられた会議用テーブルの通称だ。大事な案件があるとエーヴに呼び出されたのである。
「ガキどもはどうした? 連れてこないのか?」
メロディも従ってきていないサンドラを、エーヴはジロジロと眺めた。
「置いてきた。ジュリアンが歩くようになって、目が離せなくなったんだ」
「ええ〜!? わ、わたし、ジュリアンに会いたかったな〜」
ミラベルが残念そうに言った。
「お、おしゃべりも、できるようになったのでしょ? ジュ、ジュリアンとおしゃべりしたかった〜」
「まだ片言だけどね。僕のことも、パパって呼んでくれるんだよ〜」
ジュスタンのイケメンがトロトロに崩れた。
「可愛いんだよ〜。間違いなくジュリアンは世界一可愛いね」
「はいはい。親バカはすっこんでろ」
エーヴに邪険にされても、ジュスタンのイケメンは崩れっ放しである。彼は無視することにして、エーヴは話を進めた。
「天馬隊のことで、すり合わせをしておきたいんだ」
「何の話だ?」
「天馬隊の規模を大きくしたい」
「増員するのか」
「小隊長たちが育ってきている。有力な新人も入ったことだし」
エーヴは意味ありげにサイノスを見た。彼は肩をすくめただけだった。
「ここらで小隊長たちを中隊長に引き上げたい。そのためには、隊をでかくしないとな」
「どのくらい増やすんだ?」
「目指すは5千」
「5千!?」
サンドラは目を瞠った。本軍ですら全軍で1万だ。その半数を天馬隊だけで揃えようというのか。
「無論、今すぐではない」
サイノスが重々しく言った。近頃サイノスは、貫禄が備わってきた。帝国軍トップの『将軍』の称号を得ても不思議ではない風格がある。
「5千は将来的な目標だ。当面は少なくとも1千5百にしたい」
それでも今の3倍である。途方もない数だ。
「本軍でも入隊志願者は多いと聞く。取り合いになるぞ」
「それは心配してないよ」
ジュスタンが翠色の前髪をかき上げた。
「僕たちは人気がある。天馬隊が隊員を募集していると聞けば、大勢志願してくるさ」
「そうかな…」
サンドラは、懐疑的な表情を浮かべた。天馬隊一の人気者であることを、自覚していない顔である。
「規模はともかく、募集は始めたい」
サイノスが引き取るように言った。
「それには、セリーヌの承諾が必要だ。ひいてはリオネルさまのお許しも。サンドラには、その説得を頼みたい」
サンドラは、少し考える素振りをみせたが、すぐに決断した。
「―わかった。シルヴィアさまにお話ししてみる」
「頼んだぞ、サンドラ」
「じゃあ、そういうことで、今日は解散と―」
「エーヴ! 一つ忘れてるよ」
切り上げようとしたエーヴを、ジュスタンが押し留めた。
「大事な案件があるでしょ?」
「……そうだったな」
エーヴが何故か憮然としてサイノスを見た。いかにも気が進まないという様子で。
「アイラのことなんだが」
「アイラがどうした?」
「お前、アイラと立ち合うとき、ある約束をしなかったか?」
「……」
「お前は負けたんだ。経緯はともかくとして。だったら、約束を果たすべきだ…と、ジュスタンが言ってる」
珍しくエーヴの歯切れが悪い。事情を知らないサンドラが戸惑ったように言った。
「いったい、何の話をしている? 私にもわかるように説明してくれ」
「アイラが演習場に無断で侵入したことは知っているよね?」
ジュスタンが身を乗り出した。エーヴでは埒が明かないと思ったのだろう。
「サイノスが怒ってさ、罰としてアイラと立ち合いをすることになったんだ。そのとき二人は条件を出し合った」
「条件…? アイラへの罰なのに?」
「……まあ、それは、いろいろと事情があってさ。とにかく、条件の一つは、アイラが負けたらルプスへ帰るというもので、もう一つは、サイノスが負けたらアイラとデートする、というものだった」
「……」
なるほど。シルヴィアの読み通りだったらしい。デートを勝負の条件にするとは、アイラはサイノスのことがよほど好きなのだろう。
「結果は知ってのとおり、サイノスが負けた。だけど、何故かアイラがルプスへ帰るという話になったんだ。兄妹二人だけで話し合った結果だとサイノスは言ってたけど」
ジュスタンは、ジロリとサイノスに視線を送った。彼は微動だにしていない。何を考えているか、傍からは何も読み取れなかった。
「―それは、天馬隊総出で阻止して、目出度く入隊となったから良かったんだけど、この御仁は、肝心の条件の履行を果たそうとしない。だから、僕たちが重いお尻を引っ張り上げようというわけさ」
「……よくわかった。だったら話は早い。アイラをデートに誘えば済む話だ」
「―みんなは勘違いをしている」
ようやくサイノスが口を開いた。重々しさは微塵も崩れていない。
「俺たちは兄妹だ。兄妹の間でデートも何もないだろう」
「そうだそうだ。兄妹でデートなんておかしい。そんなの、やめちまえ!」
エーヴが尻馬に乗って喚いた。
「なんで? 兄妹同士だって、二人で出かければそれはデートさ」
ジュスタンが反論した。
「別に恋人同士だけをデートというわけじゃない。親子デート、兄妹デート。みんな立派なデートだ」
「そんなこと言ったって…サイノスは乗り気じゃねえみたいだし…」
エーヴは、チラチラとサイノスの様子を窺う。そんなエーヴの様子を面白そうに眺めながら、ジュスタンは言った。
「お年頃の妹が兄のお出かけに付き合ってくれるなんて、そうそうないよ。むしろありがたく思わなくちゃ。僕は、ひとりっ子で兄弟がいないから、羨ましいよ。サイノスに代わって僕がデートしたいくらいだ」
「「「お前は駄目だっ!」」」
女性陣が一斉にツッコミを入れた。ジュスタンは苦笑いを浮かべた。
「そういうと思った。とにかく、約束は約束だし、デートという呼び名に支障があるなら、お出かけでいいから、アイラを連れて行くべきだ」
皆の視線がサイノスに集中した。
サイノスは、束の間無言だったが、おもむろに口を開いた。それは、まるで己に言い聞かせるようでもあった。
「―わかった。そこまで言うなら、アイラを連れて出かけよう。ただし、これは断じてデートではない。兄妹なのだからな。それだけは、念押ししておくぞ。俺たちは、あくまでも兄妹なのだ。わかったな?」
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「……」
アニェスのサロンである。三頭会談の中で、ウィンストンのプロポーズの話が出た。その途端、リオネルは黙り込んでしまった。
猛烈な反対をするに違いないと身構えていたシルヴィアとアニェスは、拍子抜けした。と同時に心配した。リオネルの元気がなさ過ぎる。
「―旦那さま。反対なさらないの?」
「……反対したって、もう決めたんだろ? だったら、何を言っても意味がねえ」
「そんなことありませんよ。アニェスさまは、まだ本決めしてらっしゃらない…かもしれないじゃありませんか」
「そうなのか、アニェス?」
「どうでしょう」
アニェスは、ふわっと笑った。いつもの輝くような笑顔ではなく。
「ウィンストン殿下は、朗らかで性格の良い方だと思います。きっと私を大事にしてくださいますわ」
「―ほらみろ。もう決めてるじゃねえか」
リオネルは、しゅんとしてしまった。この世の終わりのような顔をしている。その様子があまりにも切なくて胸が痛んだ。これなら、声高に反対されたほうがまだマシだ。
「アニェスさまっ! もう一度考え直しませんか?」
「え…」
最大の味方であるはずのシルヴィアが、突然裏切った。
「何も無理に結婚して同盟を結ぶ必要はないですよ。和平さえ整えばそれでいいのですから」
「それはそうかもしれません。でも、未来永劫約束されるわけでもありませんわ」
「結婚にしたって、同じことですわ。破棄されたらそれでおしまいです。最悪、お命さえも危うくなります」
「それを言ったら、政略結婚なんてできません。女はそういう覚悟を持って輿入れするのです。お義姉さまも、そうだったはずですわ」
俄に義姉妹の間で論争が勃発した。間に挟まれたリオネルは、呆然と二人のやり取りを眺めていたが、これではならじと気を引き締めた。
「わかったわかった。お前たちの考えはよくわかったから、とにかく落ち着け」
シルヴィアは、キッと夫を睨みつけた。
「何がわかったのですか? アニェスさまがどんな想いで決断なさったか、ご存知ないくせに。わかったような顔して軽々しく仰らないで」
「すまんすまん。俺が悪かった」
リオネルは平謝りだった。しかし、その顔は生き生きとした表情を取り戻していた。
「とにかく一度落ち着いて、ゆっくり話し合おう。この際だ、お互い本音をぶつけ合おうぜ。俺たちは、そういう仲だろ? なあ? シルヴィア、アニェス」
【裏ショートストーリー】
ジュスタン「サイノスのやつ、やっと承知したね」
ミラベル「せ、世話が焼けるね」
ジュスタン「ねえ〜!」
エーヴ「バカ言ってねえで、調練しろ、調練を」
ミラベル「あれ〜? エ、エーヴ、何で機嫌悪いの〜?」
ジュスタン「あれ〜? 本当だ、何で〜?」
エーヴ「……ジュスタン。ワザとやってるな? ぶち殺すぞ!」
ジュスタン「どうして僕ばっかり怒るのさ? ミラベルだってやってるのに」
エーヴ「じゃかあしい! ミラベルが意識してやるわけねえだろ!」
ミラベル「エ、エーヴ、怒らないで。わ、わたしが悪いなら謝るから」
エーヴ「ミラベルは悪くねえ。悪いのは全〜部、ジュスタンのヤロウさ」
ジュスタン「差別だ! 不当だ! セリーヌに訴えてやるっ」
エーヴ「上等だ、セリーヌに判断してもらおうじゃねえか」
ミラベル「や、やめて! ケ、ケンカはしないで!」
ジュスタン「どうせエーヴは、ヤキモチでも妬いてるんだろう」
エーヴ「な、なんだと!?」
ミラベル「ヤキモチ…?」
エーヴ「ふ、ふざけるな、何でわたしがヤキモチなんか…」
ジュスタン「動揺してる…。冗談だったのに」
エーヴ「……ジュスタ〜ンっ! きさま、よっぽど死にたいらしいな」
ミラベル「ね、ねえ! エーヴ。ヤ、ヤキモチ、って何のこと? な、何に対してヤキモチ妬いてるの?」
エーヴ「ジュスタンの冗談だよ。わたしは別になんにも妬いちゃいねえ」
ミラベル「な、なあ〜んだ。そっかー」
ジュスタン(まさかエーヴ、本気なの…?)




