第271話 闇夜と夜明け
合同模擬戦は、サイノス・ジュスタン連合の勝利となった。
ミラベルが孤軍奮闘したが、エーヴ隊がジュスタン隊に壊滅させられ、孤立したミラベル隊は包囲殲滅させられた。
結果、離脱者多数でエーヴ・ミラベル連合は敗北したのである。
「―ごめんなさい。小隊長の私が真っ先に離脱しちゃって」
アイラは、小隊の反省会で頭を下げた。
天馬隊では、模擬戦終了後、必ず反省会を行う。中隊長同士で行い、中隊全体で行い、小隊でも行うのだ。
「気にするなよ」
マリユスが慰めるように言った。
「真っ先、って言やあ、俺のほうが先だったし、ジュスタンの弓隊がお前に攻撃を集中しやがったんだから」
ミラベルによると、サイノス・ジュスタン連合は、初めから新戦力のアイラを警戒していた。まずはアイラに何もさせないため、弓隊で潰す作戦に出たのだという。
「ねえ、マリユス。三連矢といえば、ジュスタンさまが有名だけど、アルゲニブ(ジュスタン)隊はみんな使えるの?」
「いや、ジュスタン以外に三連矢ができるのは一人しかいねえ。ジャン・リシュリューというヤロウだけさ」
「そうなのね」
では、サイノスの横にいたのがそのジャンという男に違いない。てっきりジュスタンだと思い込んでしまい、彼に集中したところで、離れた騎馬隊にいたジュスタンに狙われた。
「……私は指揮官としてまだまだ駄目ね。もっと精進しなくちゃ」
天馬隊はバケモノ揃いだ。これで『竜槍のサンドラ』が加わったら、どうなってしまうのか。
この中で中隊長を務めているサイノスは、やはり尋常の戦士ではない。
反省会が終わり、解散となった。アイラは、ジョゼだけを呼び止めた。マリユスは、そんなアイラにちらっと視線を送ったが、何も言わずに立ち去った。
「少しお話ししようよ、ジョゼ」
彼女は、反省会でも終始うつむき加減で一言も発言しなかった。ところが、アイラに呼び止められると、重い口を開いた。
「……除隊、ですか?」
「えっ…!?」
「……私、除隊処分になるのですか?」
「何を言ってるの―」
「困るんです! ここを追い出されたら、私…どうしていいか…」
ジョゼは、震えていた。花紺青色の瞳が濡れている。
「ちょっと待って! 何を言ってるのかわからないわ。除隊? そんなことするわけないじゃない」
「……本当…?」
濡れた瞳を上げた。わなわなと震えている。
「本当よ。なんであなたを除隊にしなくてはいけないの」
「だって…戦場で役立たずの私なんて…何の価値もないし…居残りになったというのは、そういうことですよね?」
「違う違う!」
慌てて手を振った。
「勘違いしないで。あなたとゆっくりお話がしたかっただけなの。本当よ」
「……私、家族を養わなきゃいけないんです。ここを追い出されたら…もう、身を売るしか…」
「ジョゼ!? 何を言い出すの!?」
アイラはジョゼの両手を握った。彼女の手はとても冷たかった。
「除隊なんてしないと言ってるでしょう? ―ジョゼ。私の目を見て」
「……」
「しっかり見て!」
恐る恐る彼女は瞳を上げた。
「私が嘘を言っているように見える?」
「……いえ。見えません」
「あなたのことが心配なの。どうしていつもそんなに震えているの? ―私のこと、怖い?」
「い、いえっ。そんなことありません!」
珍しく、言葉に力がこもっていた。
「むしろ、今までの小隊長さまたちより、とてもお優しいです。いつも私なんかに声をかけてくださって」
「あなたとお友だちになりたいの。本当よ。せっかくこうして知り合えたのですもの。仲良くなりたいわ」
「……」
またジョゼはうつむいてしまった。できるだけやさしく声をかける。
「ねえ、ジョゼ。あなたのこと、知りたいわ。さっき、ご家族を養っていると言ってたわね。仕送りでもしているの?」
「……はい。実家はエルヴィールで農家をしているんです。とても貧乏で、私は10人兄弟の長女なのですけど、下の弟や妹はまだ幼くて」
「……」
「軍のお給金は他より高いから、家族は私の仕送りで何とか命を繋いでいるような状況なのです」
「ご家庭は大変なのね」
「あっ…! も、申し訳ありません。私の家庭の事情なんて、興味ないですよね。つまらない話をして申し訳ありません」
「そんなに何度も謝らないで。あなたのことを知りたいと言ったでしょう? とても興味があるわ」
「も、申し訳ありません」
「……」
なぜ彼女は、こうもすべてにおいて悲観的なのだろう。
彼女の剣技はただ者のそれではない。腕に自信があったから、軍に志願もしたのだろうに。
「ねえ、ジョゼ。実際にあなたと立ち合ったからわかるけど、あなたの剣、とても強いわ。その腕があれば隊の主力になれる。それなのに、どうして戦場では怖がるの?」
「……」
「……話したくない?」
「……いえ。そう言う訳では…」
「……」
(―まだ早いかな。胸のうちを明かしてくれるほど、信頼されてはいないよね)
「―わかったわ。無理に聞こうとは思わない。でも、あなたの力になりたいの。本当よ」
「……はい」
「何か困りごとがあったら、遠慮なく言ってね。いつでもお話を聞くから」
「……ありがとうございます」
アイラは、うつむき加減のジョゼを心配そうに見守った。震えはいつの間にか止まっていた。除隊されないとわかって、安心したのかもしれない。
しかし、両手はまだ冷たいままだった。強く握りしめた。これで心まで暖かくなればいいのに。アイラは、そう強く願った。
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「お早う!」
「お早う…ございます」
コレットは、おや、というような顔をした。シルヴィアは構わずサンドラにも挨拶した。
「お早う、サンドラ」
「お早うございます。―何かございましたか?」
バスティアンを抱く顔がパッと明るくなった。
「にゃ…何かって? 別に何もないわ。どうして?」
「マノンが辞めてから初めて、お顔が晴々とされています。何かあったのかと」
さすがサンドラである。言及しづらいこともストレートに口にしてくる。
「う〜ん。強いて言えば、いつまでもめそめそしていたって、マノンは戻ってこないしね。気持ちを切り替えようと思ったの」
「それは良いことです」
「正直、まだショックだけど、マノンにはマノンの事情があるから。あたしには、彼女を縛り付ける権限なんてないし」
「そうですか。シルヴィアさまがお元気であれば、何も言うことはありません」
暗く沈んでいた太陽が再び昇り始めたようだ。自然と雰囲気が明るくなった。
「マーマっ!」
「―しっ」
絶妙なタイミングで、元気なジュリアンの声が響いた。メロディは、慌てて抱き上げた。しかしそれが嬉しいのか、ジュリアンのおしゃべりが止まらない。
「マーマっ!」
「まあ、可愛いっ。ずいぶんハッキリと言葉を話すようになったわね」
シルヴィアが歓声を上げた。
「はい。あと、にゃあにゃと―」
「にゃあにゃっ!」
ジュリアンは、メロディの台詞に被せるように、床に寝そべっているシャウラを指差した。
「ふふっ。にゃあにゃと言えるのね。すっかりシャウラと仲良しになったんだあ」
「シャウラもよくジュリアンの相手をしてくれますので、助かります」
ジュリアンがメロディの腕の中で暴れた。そっと床に立たせる。すると、シャウラに向かって歩き出した。
「あらっ!? あんよも上手になって!」
「だんだん、目が離せなくなってきました」
「子どもはすぐ大きくなるのねえ。―バスティアンも、きっとすぐに歩き回るようになって、目が離せなくなるわよ」
サンドラに微笑みかける。
「それはそれで、早くから鍛えられるので楽しみです」
「ちょっとサンドラ! まさか、幼児のうちから槍を教えようというのじゃないでしょうね?」
「なぜ駄目なのです?」
「駄目に決まってるでしょう!」
本気らしいサンドラに呆れ返った。しかし彼女なら、本当にやりかねない。
「メロディ。あなたの監視がますます重要になりそうだわ」
メロディは、楽しそうに大笑いした。
「―シルヴィアさま。今日はサロンでウィンストン殿下と、条約交渉のご予定です」
コレットが、すかさず主にスケジュールを示した。マノンに鍛えられたコレットである。侍女の仕事は彼女に任せておけば安心だ。
「そうだったわね。少し休んだら、着替えを手伝って」
「はい。承知いたしました」
「どうやら旦那さまは、すっかりウィンストン殿下を気に入ってしまったようなの。あたしが見張ってないと、どんな譲歩をするか、わかったものじゃないわ。そう思わない? コレット!」
【裏ショートストーリー】
ジュスタン「うまくいったね〜」
サイノス「そうだな。なんとか勝てたな」
ジュスタン「そう? 結構、圧勝だったと思うけど」
サイノス「まだまだだ。エーヴを討ちもらした。完全勝利にはほど遠い」
ジュスタン「辛口だなあ。アイラを真っ先に潰す君のアイデア、良かったと思うよ」
サイノス「あいつは自負が強すぎる。鼻っ柱を折るにはちょうど良かった」
ジュスタン「逆にいえば、彼女の実力を認めているということだよね」
サイノス「個の力は、確かにある。しかし、軍というものはまったく違う。動きからして変わる。そのことを学ばなければならない」
ジュスタン「へえ。妹想いのいいお兄ちゃんじゃないの」
サイノス「そういうことではない」
ジュスタン「照れることないだろう?」
サイノス「……あいつは、きっと俺だけを見て突撃してきただろう。小隊長たるもの、それでは駄目だ。もっと周りを見なければならん」
ジュスタン「とかなんとか言って、直接闘いたくなかっただけだよね?」
サイノス「……」
ジュスタン「図星、だね」
サイノス「……」
ジュスタン「まあいいさ。いつか、直接対決を観られるだろうし。良かったよ〜、この前の二人の立ち合い」
サイノス「今度、あんな騙すようなことをしたら、殺すぞ」
ジュスタン「軍服のこと? あれは、君がエーヴから借りてこいと言ったんじゃないか」
サイノス「黙れ、脳内下半身」
ジュスタン「誤解だよ〜。僕だって、あんなことになるなんて予想もしてなかったんだ。……ちょっと待ってよ〜、サイノス! 話を聞いてよ〜………」




