第270話 ドッグストーム、吹き荒れず
「き、今日は、合同模擬戦があるの」
ミラベルは、朝一でエニフ(ミラベル)隊を集めた。無論、その中にアイラも並んでいる。
アイラ隊は10小隊ある中で8番隊となる。ちなみに1番隊はジョエル、2番隊はレイモンである。
「……合同模擬戦?」
アイラは傍らに並ぶマリユスに、こそっと尋ねた。
「……天馬隊を二つに分けて、二百対二百で戦うんだよ」
「ふ〜ん…」
視線を戻すと、ミラベルの話が終わっていた。
「―す、すぐ動けるように、か、体を温めておいてね」
途端、皆、一斉に散った。キョロキョロしていると、二人一組になって立ち合いを始めた。どうやら、立ち合い練習をするらしい。
しかし、ジョゼ独りポツンとその場に佇んでいた。
「ジョゼ。あなたは立ち合いをしないの?」
「……相手がいないから」
小さな声で答える。
「それなら、私の相手をしてよ」
「え…」
「ほら、早く」
「でも…」
「……ふんっ」
問答無用で踏み込んだ。気合一閃、模擬剣をジョゼの頭に振り下ろす。が、見事に受け止められていた。
「やるじゃない!」
ジョゼの剣を弾き、ガラ空きの胴に打ち込む。それもジョゼに受け止められていた。剣の動きがとんでもなく早い。
その刹那だった。
アイラは無意識に体を横に滑らせた。
そのときには、アイラのいた空間を剣が薙いでいた。
「―!?」
アイラは、戦慄した。ジョゼの様子が一変していた。
殺気がオーラのように全身を包んでいた。花紺青色の瞳が据わっている。あまりの殺気に、肌がチリチリと痛んだ。
(強い…!)
相対して戦慄を覚えたのは、ミラベル以来だった。
(本気でやらないと、こちらが殺られる!)
アイラは、気を放った。ジョゼの殺気とぶつかり合い周辺に弾け飛んだ。気のぶつかり合いに、周りにいた隊員たちの動きが止まり、二人に視線が集まった。
じりじりとした時間が過ぎる。互いに一歩も引かない。気のぶつかり合いは続いていた。
二人の間の緊迫した空気は、周辺に伝わり人々を震わした。固唾をのんで見守る中、このまま永遠に対峙が続くかと思われた、そのとき。
両者同時に動いていた。あまりの速さに、剣の動きを追いかけることができたのは数人もいなかっただろう。
気がついたときには、ジョゼの模擬剣が砕けていた。アイラの剣はジョゼの喉元をピタリと捉えていた。
アイラは、サッと剣を引いた。ジョゼはうつむいてしまった。
「あなた、とても強いじゃないの!」
剣を置いてジョゼに抱きついていた。ジョゼは、体を固くしたままだった。
「……負けました」
「紙一重だったわ」
「……私は、ダメな隊員です」
「そんなことない! 模擬剣だから砕けたのよ。本物の剣だったら、どうなっていたかわからないわ。自信持ちなよ」
「……」
どれほど言葉を尽くしても、ジョゼは顔を上げることはなかった。
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演習場に天馬隊が展開した。
かたや、シェアト(エーヴ)隊100、エニフ(ミラベル)隊100。
こなた、マルカブ(サイノス)隊100、アルゲニブ(ジュスタン)隊100。
会戦を想定した模擬戦である。マタル(サンドラ)隊は、進行・審判に回った。
以降、便宜上、中隊長名で記す。
エーヴ・ミラベル連合とサイノス・ジュスタン連合の布陣は、対称的だった。
エーヴ・ミラベル連合は、中央の歩兵にミラベル隊全軍、右翼・左翼の騎兵にエーヴ隊全軍を配した。非常に思い切った配置で、個の戦闘力に優れたミラベルを最大限に生かそうという意図がうかがえる。
一方、サイノス・ジュスタン連合は、中央の歩兵はわずか50、右翼・左翼の騎兵に150を半分ずつ配置した。本来歩兵が強力なサイノス隊を生かす布陣を選択するのが常套だろうが、この意図は何であろうか。しかも、50の歩兵は弓形に布陣しているのが特徴的だった。
「―マリユス。勝敗はどうやって決めるの?」
エーヴ・ミラベル連合の歩兵の中に並ぶアイラは、後ろのマリユスに尋ねた。
「1時間のうちに相手の大将を討ち取るか、多くの敵兵を倒したほうの勝ちさ」
「ふ〜ん。敵の大将はお兄さま。つまりお兄さまを倒せば私たちの勝ちなんだ」
「俺たちの目標は歩兵を率いるサイノスだ。なんでだか、敵は歩兵を減らした。ミラベルの破壊力は凄まじいぜ。騎兵で負けても歩兵で圧倒すれば必ず勝てる」
ちなみにエーヴ・ミラベル連合の大将はエーヴである。
進行役のサンドラ隊イザク本陣から、戦闘開始の赤い旗が上がった。
同時にミラベルが突撃を開始した。アイラも走り出す。目指すは中央に陣取るサイノス。
敵歩兵陣から矢が飛んできた。まだ届く距離ではない。それなのに正確にアイラに届いた。しかも3本。
アイラは軽く叩き落とした。が、間を置かず3本が襲ってきた。叩き落とす。そしてまた3本。
「な、なんなの、これ!?」
「天弓だ、アイラ!」
マリユスが叫んだ。
「天弓がアイラを狙っている!」
「面白いっ!」
天弓ジュスタンはどこにいる? アイラは敵陣の中に視線を飛ばした。
そこへ、矢が雨のよう降ってきた。射程距離に入ったらしい。しかもすべてアイラに集中している。
「どういうこと!?」
「天弓だけじゃねえ! あいつら、アイラ潰しを―」
アイラの巻き添えで矢がマリユスに当たった。剣や矢を身体に受けたら、致命傷を与えられたと見做し離脱するのが決まりである。
「マリユス!」
「あとは頼んだぞ、アイラ!」
アイラは唇を噛んで前を見据えた。
三連矢がまた襲ってきた。射手が見えた。敵中央、馬上一際目立つ巨体のすぐ横。歩兵の間に隠れるように弓を手にしている。あれがジュスタン!
矢の雨や三連矢をかいくぐり、敵兵の顔も判別できるところまで迫った。もうすぐ剣が届く。そう思った、そのとき。
唸りを上げて矢が飛んできた。左敵騎兵の方向。あり得ない。そんなところから、なぜ矢が。考える暇もなく咄嗟に振り払う。しかし、それは時間差の三連矢だった。
ニ矢までは対処できた。が、三矢が腕に当たった。
「―!」
アイラは、その場に立ち止まった。次々と味方の兵が抜き去っていく。
あと一歩だったのに。あともう少しで剣が兄に届いたのに。
悔しいという一言では言い尽くせないほどの悔しさが募る。結局何もできないまま終わってしまった。周りには、同じように矢の餌食となった味方の兵が三々五々佇んでいる。
その頃には、ミラベルは敵陣に踊り込んでいた。ブラッディ・ドールが悪魔のように暴れ回っている。あっという間に押し込む。敵歩兵陣の弓形が逆の形になった。
ふと左翼を見た。アイラを討ち取った矢が飛んできた騎兵。エーヴの騎馬隊と激闘を繰り広げている。あの戦闘のさなかに矢を放ったのか。しかも三連矢を。だとすれば、とんでもない技量だ。
数に勝る敵騎馬隊がエーヴ隊を押し込み始めた。三連矢が放たれた。確実に味方の騎兵が減らされていく。ついにエーヴ隊が崩れた。
敵騎馬隊は、エーヴ隊に構わずミラベル隊の横腹に食いついた。歩兵がバタバタと倒される。それは、右翼でも同じことが起きていた。徐々に歩兵が包囲されつつある。
「まずいっ!」
このままでは、味方が全滅する!
ふと、ある人影が目についた。包囲網の外で呆然と立ち尽くす花紺青色の髪をした後ろ姿。
迷わず駆け寄った。
「―ジョゼ! あなたも離脱組?」
「……」
ジョゼは震えていた。
「……どうしたの?」
「……わ、私は、まだ…離脱していません」
「えっ!? どういうこと?」
「……私は、まだ矢も剣も受けていないんです」
「だったら、何でこんなところにいるの!? 戦闘に参加しないと―」
「動けないんですっ!」
ジョゼは叫ぶように言った。
「……実際に敵と対峙すると…怖くて動けないんです」
「……」
「―だから言ったろ? そいつは役立たずだ、って」
振り返ると、いつの間にかマリユスが来ていた。
「いくら練習で強くたって、実戦で戦えなきゃ意味がねえ。こいつは、根本的に軍人に向いてない。道場でガキでも相手にしているほうがお似合いなんだよ」
「……」
震えが止まらず、ジョゼはうつむいてしまった。立ち合いで示した圧倒的な殺気のオーラなど、微塵もない。
「ジョゼ…」
思わず抱きしめていた。ビクッとおこりのように震えた。それでも構わず抱きしめた。ジョゼの震えは、なかなか止まらなかった。
【裏ショートストーリー】
エーヴ「お前は、隊全軍でサイノスに突撃しろ」
ミラベル「い、いいよ。エ、エーヴはどうするの?」
エーヴ「全軍騎兵にしてジュスタンを足止めする。その間にサイノスを討ち取れ」
ミラベル「ジュ、ジュスタンの弓が厄介。サ、サイノスとやり合ってる間に、み、味方が減らされちゃう」
エーヴ「それは、承知済みだ。多少こちらが多く討ち取られても、サイノスさえ倒せばこっちの勝ちだ。ミラベルなら、サイノスに勝てる」
ミラベル「そ、それは、やってみなきゃわからないよ」
エーヴ「おいおい。今さら弱気か? 『ブラッディ・ドール』は至宝天最強だろ?」
ミラベル「さ、最強はエーヴでしょ?」
エーヴ「……! ミラベルはいい奴だなあ」
ミラベル「えへへ」
エーヴ「でもな、やっぱり最強はミラベルだ。わたしには構うな。どれだけ味方がやられても気に留めるな。ひたすらサイノスだけを狙え」
ミラベル「う、うん。わかった。ア、アイラはどうする?」
エーヴ「……どういう意味だ?」
ミラベル「て、天馬隊に入って、は、初めての模擬戦だよ。し、しかも相手はサイノス。は、外したほうがいいかな?」
エーヴ「ばぁーか。変な気を回すんじゃねえ。どのみちいつかはサイノスとぶつかるんだ。早いうちに経験を積んだほうがいい。構うこたぁねえ、前線に送り込め」
ミラベル「わ、わかった。……ね、ねえ、エーヴ」
エーヴ「なんだ?」
ミラベル「ぜ、絶対、勝とうね」
エーヴ「当たり前だ。勝つのはわたしらに決まってる!」




