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第269話 肝胆相照らす

リシャールの大通りは、今日も行き交う人々で活気に溢れていた。


寒さが緩み次第に過ごしやすくなってきたためか、人通りは日々増える一方だった。市民だけでなく旅行者の姿も多い。商売人たちの客を呼び込む威勢のいい掛け声が飛び交い、店頭では客たちが品定めに余念がない。


それはまさしく、世界に冠たる皇都に相応しい盛況ぶりであった。


「……へえ。さすがはリシャール。世界の首都に相応しい繁栄ぶりだな」


ウィンストンが感心してみせた。


「世界の首都は言い過ぎだぞ」


リオネルはそう言いながら、満更でもなさそうな顔で言った。


「まあ、おかげさまで市民たちを食わすことはできてるけどな」


「それよ、それ。ブランシャールは経済的にも潤ってる。商売上手なんだろうな」


「クリフォードだって、商売上手だろう。経済力はうちにも負けないくらいだと聞いたぞ」


ウィンストンの歓迎会で、二人はたちまち仲良くなった。正妻の子ではなく、市民に人気があり、町中へのお忍びが大好きで、触れ合いを殊の外楽しむ、などなど共通点が多い。


それになりより、馬が合うのだろう。大いに酒を酌み交わし意気投合した二人は、町中への『視察』を約束しこうして繰り出してきたのである。


「―こうして見ると、獣人族も多いな」


行き交う人々から盛んにかけられる声に、手を振って応えるリオネルを見ながら、ウィンストンが言った。


「ブランシャールは獣人差別が激しかったと聞く。差別禁止施策は経済面でもプラスに作用しているんだな」


「おい、ウィンストン。やたらと経済を気にするじゃねえか。商人じゃあるまいし」


「俺はこれでも王太子なんでな。お前に殺されず国元に帰れば、将来は国王だ。国家経営に大いに興味があるね」


「お前を殺すわけねえだろ。お(・)と(・)な(・)し(・)く(・)し(・)て(・)い(・)る(・)限(・)り(・)は(・)、な」


ウィンストンは、人懐っこい笑顔を浮かべた。


「ははっ。ただ人がいいだけじゃねえな、ブランシャール皇帝は。でなきゃ、生き残れるわけねえか」


「そうでもねえよ。周りの連中に恵まれた。俺一人じゃ、どうしようもなかった。本気で国を強くしたけりゃ、人材だぞ、ウィンストン」


「痛感しているよ。『彗星』の件じゃ迷惑をかけた。父上には諫言したんだがな、聞き入れていただけなかった」


「仕方ねえさ。あの才能は捨て難い。家臣として自由に使えると思えば、俺だって採用する誘惑にかられる」


「ぶっちゃけ、あれは劇薬だ。使い方を誤れば身を滅ぼす」


「お前もとばっちりで身を滅ぼすところだったんだぞ」


「人質の件か? それ、聞きたかったんだ。なんで表向き使者に代わった?」


「単に俺の信条に反するからさ。それでアニェスに知恵を出してもらった。もともと人質に取るつもりはなかった。シルヴィアの策なんだ。当然クリフォードは拒否するだろうから、そのとき賠償金を増額するつもりだったのさ」


「……おいおい、そんな裏話、秘中の秘じゃねえのかよ。俺にバラしていいのか?」


「もう終わった話だ。別に構わねえよ」


「……」


不思議なものを見るような目でウィンストンは、リオネルの横顔を見た。彼は話しながらも市民に笑顔を振りまき続けている。


噂通り市民の人気は高い。接し方をみても、触れ合い好きというのは建前ではない。本当にこの男は、市民の間にいるのが嬉しいのだ。


「……お前は、変わってるよ」


「自分から進んで人質に来ようって奴に言われたくねえ。逆に聞きたい。なんで承諾した? 王太子が取る行動じゃねえぞ」


一瞬、どう答えようかと逡巡する素振りをみせたが、すぐに人懐っこい笑顔に変わった。


「……当然、ブランシャールの内情をこの目で確かめるためだよ」


「弱みでも探るつもりだったか。シルヴィアの言う通りだったな。でも、探られて困る隠し事なんか、うちの宮廷にはないぜ」


「……」


リオネルの表情を窺ったが、何の含みもないようだった。こんなにあけすけに語る王族など、見たことも聞いたこともない。


これが本性なら、底抜けの大うつけか計り知れない大きさの器の持ち主ということになる。そしてそれは後者であると、勘が叫んでいる。


「―俺がいうのもなんだけど、リオネルのこと、すごく気に入ったよ。今日は大いに飲もうぜ」


「今日も(・)、だろ?」


リオネルは、ニヤッと笑った。


「行きつけの飲み屋がある。そこへ行こうぜ」


「―リオネルさまっ」


ギーが後ろから袖を引っ張った。言うまでもなく、ギーとギャスパルが護(・)衛(・)として付き従ってきている。


「昼間からお酒など召し上がっては、シルヴィアさまやアニェスさまに叱られますよ」


「固いこと言うなよ。せっかく遠路はるばる来てくれた友人と友情を深め合って何が悪い」


「そんな軽々しく仰ってはなりません。昨日今日会ったばかりの方に」


「ギーは疑り深いなあ。ウィンストンは、良い奴さ。いろいろな意味でな」


そんな主従のヒソヒソ話の脇で、こちらの主従もヒソヒソ話を繰り広げていた。


「ウィンストンさまっ。お立ち場をお忘れになってはいけません。昼間から飲み屋に繰り出すなどと。ここはヴィクトリアンではないのですから」


「いいじゃねえか、リオネルともっと腹を割って話をしてみたい。下手にスパイごっこするよりよっぽど有意義だぞ」


「お声が大きい。相手が内情をペラペラとしゃべるからといって、こちらまで合わせる必要はありません」


「いや、俺はリオネルが気に入った。こりゃ、ひょっとすると、個人的な信頼関係を結ぶいいチャンスだぞ」


両主は、家臣の懸念など歯牙にもかけず、肩を組んで歩き出した。


「―それじゃ、行こうぜ、ウィンストン」


「おうよ。とことん飲もうぜ、相棒!」


大盛り上がりの二人を、心配性の家臣たちは、憂いに満ちた眼差しで見つめるのであった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「―それで仕事もせず、今の今まで飲んでらしたのですか」


シルヴィアは、呆れ返ったように言った。


「そうだよぉ〜。ウィンストンは、話のわかるいいヤツさぁ〜」


ベロンベロンに酔っぱらったリオネルは、ソファにだらしなく寄りかかっている。ここまでは、ギーに担がれて連れて来てもらったのだ。ギーは監督不行届を何度も詫びて帰っていった。


「……まったく性のない。お酒好きもいいですけど、そんなにお強くないのですから、ほどほどになさってください」


「俺は、酒に弱くなんかなぁ〜い! ……ヒックっ」


「あ〜あ。だらしないんだから、もう。……お水をお持ちしましたから、お飲みください」


「水だあ〜? 酒持ってこい、酒を〜」


「駄目ですっ。旦那さまは飲み過ぎです」


「なんだとぉ〜? 一杯しか飲んでねえよ…ヒック!」


「ウソ仰いっ。ワインのボトルを二人で五本空けたと、ギーさまが仰ってましまたよ」


「五本なんか、大した量じゃ、ねえぇ」


「旦那さまにとっては、大変な量ですっ」


「ウィンストンはなあ〜、スパイするつもりで人質に来たんだってよぉ」


「にゃっ…!?」


シルヴィアは金色の瞳を瞠った。リオネルは今、さり気なく重大なことを口走らなかったか?


「旦那さま!? スパイ、って、どういうことですの?」


「奴は、俺たちの内情を探るつもりで来たんだってよ。バカな奴だよなぁ。隠し事なんてないのによぉ」


「まあ…」


「人質は本気じゃなくて、賠償金を多くふんだくるつもりで申し入れたのによぉ。マジで取りやがって、バァカ、って言ってやった〜」


「にゃにゃっ!? ちょ、ちょっと旦那さま。それ、ウィンストンさまにお話しなさったの?」


シルヴィアの顔色が変わった。この男は、飲んだ拍子にとんでもないことをバラしてしまったのか?


「なんだよ〜。俺は皇帝だぞ! 俺の決定に逆らうってのかぁ〜?」


「そんなことは言ってません。こちらの策略を明かしてしまわれたのですか?」


「ウィンストンは信頼できる! 断言する! 俺の目に狂いはなぁい!」


「呆れた…」


どうやらリオネルは、裏事情を全部ウィンストンに喋ってしまったらしい。


一度信頼すれば、疑うことを知らないリオネルである。どうやら、ウィンストンのことを相当気に入ったようだ。


「……話してしまったものは、仕方ないけど」


これでは、監視役にガブリエルをつけた意味がない。


「俺は…っ…信じるぞっ…ウィンストンは…いいやつ…だ…」


「旦那さま、こんなところで寝ないでください。お風邪を召しますよ」


「……」


とうとう酔いつぶれてしまった。体を揺すってみたが起きそうもない。


「……仕方ないわね」


シルヴィアは、よいしょ、と、肩に担いでリオネルをベッドへと運んだ。横たえた途端、強く引っ張られた。


「きゃっ…!?」


ベッドの上で抱きしめられた。起きたのかと表情を窺うと、やはり寝ている。


「……元気出してくれよぉ〜」


「にゃっ…!?」


驚くも、どうやら寝言らしい。


「……シルヴィアぁ〜。塞ぎ込んでると、寂しいよぉ〜」


「旦那さま…」


胸が締め付けられた。寝言にまで口にするほど、心配してくれていたなんて…。


「……そのうちマノンを侍女に戻すからさぁ…元気になってくれよぉ〜」


「―本当に寝てるのかしら」


まじまじと寝顔を眺めた。当のご本人は、スースーと寝息を立て始めている。


「―ふふっ…ふふふっ…!」


無性に可笑しくなってきて、リオネルの胸に抱かれながら笑い転げた。


「……ありがとうございます、旦那さま」


シルヴィアは、そっと唇にキスをした。そして、リオネルの胸の中で丸くなった。


その表情は、穏やかに、そして幸せに満ち溢れていた。

【裏ショートストーリー】

ギャスパル「リオネル陛下、って、酒に弱いんですね」

ギー「お好きなんだが、あまり飲めないんだ。大抵、人より早く寝てしまわれる」

ギャスパル「へえーっ。意外。よく町の居酒屋で市民たちと飲んだくれていると聞きましたけど」

ギー「……言い方。飲んだくれているのではなく、雰囲気を楽しんでいらっしゃるんだ」

ギャスパル「どっちでもいいすけど、すぐ酔いつぶれるんじゃ、危なくてしょうがないですね」

ギー「だから、町中で飲まれるときは、極力お側についていなくてはならない」

ギャスパル「ふ〜ん。しかも、結構、秘密事項をべらべらと喋ってました。大丈夫ですかね?」

ギー「仕方ない。リオネルさまは、一度信頼された相手はとことん信頼なさる。それだけウィンストン殿下を気に入られた、ということだ」

ギャスパル「……バカなのか器がでかいのか、よくわからない人だ…あっ、す、すみません。言い過ぎました」

ギー「……お前、他で同じようなことを言いふらしていたら、即クビにするから覚えとけ」

ギャスパル「も、申し訳ありませんっ。決して他言しませんから、それだけは勘弁してください」

ギー「ちっ……コレットに会いたいなら、口の利き方に気をつけろよ」

ギャスパル「はいっ。肝に銘じますっ」

ギー「……ローテは、お前が休みだったな。ちゃんとピエールに引き継ぎしておけよ」

ギャスパル「はいっ。お任せくださいっ」

ギー(返事だけは一人前なんだよな…)

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