第259話 鉄拳の妹
「おー、来たかサイノス。待ってたよ」
サイノスが入っていくと、クロヴィスが手招きした。
皇都警備隊の事務室である。事務員だけでなく警備隊員もいるので、わさわさと騒がしい。
「容疑は何だ?」
サイノスがいきなり尋ねた。クロヴィスは肩をすくめた。
「市民への暴行、傷害だ」
やや目が笑っている。
「20代男性四人をものの見事にボコッた。目撃者によると、ほんの一瞬の出来事だったらしい」
「……そうか。被害者には謝罪しないとな」
「いや、それには及ばん」
「……」
問いたげなサイノスに、クロヴィスは手を振った。
「理由を説明する前に確認したい。アイラというのは、本当にお前の妹か?」
「確かにアイラという名前の妹がいる」
「ふ〜ん。もちろん、面通ししてもらうが、歳は17で間違いないか?」
「そうだな。……俺が故郷を出たとき、まだ10歳だったはずだ。それから5年後に俺がリオネル軍に入隊して2年経つ。計算は合うな」
「ふ〜ん…」
クロヴィスは、サイノスをジロジロと見た。やはり目が笑っている。
「なんだ? 言いたいことがあればはっきり言え」
「いや、あまり似てないと思ってな」
「……」
「それでも彼女は、お前の妹だと言い張るから、お前に出張ってきてもらったんだが…まあいい。さっきの謝罪の件だが、必要ない。何しろ彼女がボコッた連中は、指名手配犯だからだ」
「ほう…」
「札付きのワルでな、若い女性の旅行者を狙ってレイプはするわ、娼館に売り飛ばすわ、とんでもない奴らなんだ。他にも恐喝やら詐欺やら窃盗やらやりたい放題でな、俺たちも行方を追ってたんだよ」
「……」
「奴らは、リシャールを訪れたばかりのお前の妹さんにいつもどおり目をつけた。ところが妹さんは見た目に反して武術の達人で、返り討ちに遭っちまった。おかげで逮捕することができたわけだが」
「……なるほど。だとすれば、アイラは警備隊に協力したことになる。罪には問わないんだろ?」
「そうなる。しかも至宝天の一人、『鉄拳のサイノス』さまの妹御だ。お前が身元引受人になるってんなら、無罪放免だ」
「それは無論、構わない」
「なら、決まりだ。妹さんを確認してくれ」
サイノスはクロヴィスに促されて別室へ案内された。皇都警備隊が容疑者の尋問に使っている小部屋である。
静かに扉を開けた。その刹那。
「―あらっ!? サイノスお兄さまっ!」
絶世の美女が椅子から立ち上がった。
「ようやく来てくださいましたのね。待ちくたびれましたわ」
アイラは、にっこりと微笑んだ。まるでエマを彷彿とさせる嫣然とした笑みだった。美貌や抜群のプロポーションが際立っている。確かにゴロツキには目をつけられるだろう。
それに、クロヴィスが何やら含んでいたのも、腑に落ちた。確かに、こんな美女では兄妹とは信じてもらえないに違いない。それでも、10歳のころの面影は確かにある。
「―アイラか。大きくなったな」
「それはそうですわ。お兄さまが国を出てから7年も経つのですもの。私だって、もう大人になりました。お兄さまは変わりませんのね」
「変わりようがないさ」
「―クロヴィスさま」
桔梗紫色の瞳が真っ直ぐクロヴィスを見つめた。
「これで私は釈放ということで宜しいですよね?」
「ああ。一時的にとはいえ拘束しちまって、済まなかったな」
「とんでもありませんわ。天下のブランシャール帝国でその名も名高いクロヴィス刑部尚書さまとお近づきになれるなんて、来てそうそう幸運でした。―お兄さま」
アイラは、サイノスの腕を取った。
「それでは行きましょう」
大きな胸が腕に当たった。当人は気にしていないらしい。相手は妹である。意識するのも変な話だ。無言のまま事務室を通って廊下へ出る。すると。
「―うわあっっ!」
人垣が崩れた。
「……何をやってるんだ、お前ら」
それは、エーヴたちだった。
「えへへへ。たまたま通りがかっただけさ」
エーヴが愛想笑いをした。しかしジュスタンは翠色の前髪をかき上げて前に出てきた。
「サイノスを心配して様子を見に来たに決まってるだろう。ましてや、こんなに美しくも可憐な妹さんを迎えに行ったんだから」
「あらっ!? もしかしてあなたは『天弓のジュスタン』さまっ!?」
アイラは、桔梗紫色の瞳を煌めかせながら両手を組んだ。
「話に聞くより何倍もお美しいわっ! 素敵! 私、ファンなんですっ」
「そういう子は、多いね」
更に前髪をかき上げる。
「実際、僕を目の前にしたら、そう思うのは仕方ない。だからといって、僕に惚れちゃダメだよ。僕には愛する妻がいるからね」
「ふざけるな」
サイノスは二人の間に体をねじ込ませた。
「妹をナンパするんじゃない、既婚者が」
「誤解だよー。挨拶しただけじゃないか」
「どうだか、生粋のナンパ師のくせに」
「こ、こんにちは。と、とっても美人!」
ミラベルがちょこんとアイラの側に立った。
「あらぁ!? 可愛いっ!」
爽やかな春の風のような声音が弾んだ。
「あなた、『ブラッディ・ドールのミラベル』さまね? 本当にお人形さんみたい! 会えて嬉しいです!」
アイラはミラベルを抱きしめた。初代面でいきなり胸に包まれて、ミラベルは硬直した。
「リシャールに来てそうそう、至宝天の皆さまに会えるなんて、私ったら、やっぱりもってるわあ!」
「……おい、みんな。立ち話もなんだからよ、少し落ち着こうぜ」
エーヴは、話が終わりそうにない連中に一声かけた。
「積もる話もあるだろうし、第一、サイノスの家族に初めて会うんだ。いろいろ話を聞きてえじゃんか」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
こうしてサイノスたちは、『猫耳王女のサロン』で腰を落ち着けた。
エーヴは、普段はやろうともしないのに、率先してお茶をいれたりお茶菓子を用意したりした。
何の魂胆があるのか、甲斐甲斐しくアイラの世話をすると、横に陣取り、早速話しかける。
「それにしても、サイノスにこんな美人の妹がいるなんて、初耳だぜ」
「ありがとうございます。皆さま方には、兄がいつも大変お世話になっております」
アイラは、折り目正しく挨拶した。
「連絡も寄越さず、なんで突然、リシャールに出てきた?」
サイノスが詰問する。
「だって、お兄さまは全然家に顔をお出しくださらないではありませんか。フレイモスだって、カトゥスまでお帰りになっていたのでしょ?」
「それな!」
エーヴが相槌を打つ。
「実家に帰れって言ったんだよ。でも、何だかんだ言って帰りゃしねえ! 妹としちゃ、顔を見たいよな。わかるぜ!」
「だから、こうして会いに来たのです」
エーヴには目もくれず、アイラは隣のサイノスに体を寄せた。今にもテーブルの上の手を握りそうだ。サイノスはさり気なく手を引っ込めた。
「……そうか。それは悪かった。それじゃ、リシャールを見物したら帰れ」
「……」
アイラは頬を膨らませた。その様子はとても愛らしく、男なら一発で胸を撃ち抜かれているだろう。実際、イザクは口をあんぐりと開けて見惚れている。
「……お兄さまったら、本当に冷たい人。7年ぶりに会ったのですよ。もう少し優しくしてくださってもいいでしょうに」
「……」
兄妹の間に微妙な空気が流れた。それを断ち切るようにジュスタンがアイラに尋ねた。
「―アイラさんは、武術が得意だと聞いたけど?」
「はい! ジュスタンさま。故郷では武術を習っていました。ルプスでは、男女関係なく、必ず武術は習うんです」
「なるほど。さすが武の国」
「だから、お兄さまは私の憧れですわ。故郷では『オルトロス』と呼ばれていたのですよ。それはそれは強かったのですって。私はまだ小さくてよく覚えていないのですけど」
「ふ〜ん。セリーヌから聞いたことがあるような…」
「セリーヌ! シルヴィア皇后陛下のことですね。軍の同期なのですってね。身分を偽って入隊試験を受けられて、そこでお兄さまと出会ったのでしょう? 素敵だわ〜」
アイラは、しなを作ってサイノスを見た。
「それが縁で天馬隊を結成なさって、今では『鉄拳のサイノス』の二つ名をお持ちになり、シルヴィア陛下を支えていらっしゃる。自慢の兄ですわ」
サイノスは、アイラに視線を向けようとしない。それを面白そうに眺めながら、ジュスタンが言った。
「アイラさんは僕たちのこと、詳しいね」
「それはそうですわ。大好きな兄のことですもの。ちゃんと調べて参りました。それに、シルヴィア妃至宝天は有名ですから。―『鉄拳のサイノス』」
アイラは指折り数え始めた。
「『天弓のジュスタン』、『竜槍のサンドラ』、『ブラッディ・ドールのミラベル』。皆さま私の憧れですわ。ここにはサンドラさまはいらっしゃらないみたいだから―」
アイラは周りを見渡した。エーヴをしっかり素通りしていった。
「―お兄さま。後でサンドラさまにお引き合わせくださいな。ご挨拶したいわ」
「―チョット待てや」
エーヴのこめかみに青筋が立っている。
「アイラさんよ。誰か一人忘れてやしないか?」
「え…? 一人忘れた…?」
小首を傾げた。本当に心当たりがないらしい。
「他にいらっしゃいましたっけ?」
「いるだろがっ! 重要な一人がよ!」
「ああっ。いましたいました。一人、重要な方が」
「そうだろ、そうだろ」
ほっとしたようにエーヴが言う。ジュスタンもイザクも笑いを堪えきれないでいる。肩がプルプルと震えている。
「メロディさまを忘れていました!」
エーヴは、派手にズッコケた。
「なんでメロディなんだよ!?」
「サンドラさまの侍女で、シングルマザーのサンドラさまを献身的にお支えしていますわ。至宝天ではないけれど、ジュスタンさまの奥さまでもあるし、天馬隊にとって重要な方です」
「違うだろ!?」
怒髪天を衝いた。
「至宝天にもう一人いるだろがっ!」
「……? 至宝天は、四人ですわよね?」
「ふざけんなっ! ほんとに調べてきたのか? いい加減にしないと、しばくぞ、てめえっ!」
「―こらこら、エーヴ。サイノスの妹に八つ当たりしちゃダメだよ」
お腹を抱えながらジュスタンが言った。エーヴは、キッと睨みつけた。
「笑うんじゃねえ、クソジュスタンがっ!」
「―ああっ! わかりました!」
アイラは、笑顔で手を叩いた。キラキラと輝くその笑顔は、美の女神マイアの如き美しさだった。
しかしエーヴは、その笑顔に見惚れる暇もなく、次のアイラの台詞で再度落ち込むことになる。
「お名前をお聞きして、思い出しました。自称『神速のエーヴ』! あなたがエーヴさまなのですね? ごめんなさい。てっきりどなたかの副官かと思ってしまいましたわ!」
【裏ショートストーリー】
エーヴ「おいっ! 押すなよ!」
イザク「俺は押してねえよ」
エーヴ「中の様子がわからねえだろが!」
ジュスタン「……ここからじゃ、どのみちわからないよ」
エーヴ「うるせえなっ。万が一ってことがあるだろ!」
ミラベル「……ねえ、エーヴ。ど、どうして中の様子を、し、知りたいの?」
エーヴ「どうして、って、サイノスの妹が捕まってるんだぞ。気にして当然だろが」
ミラベル「で、出てきてから聞けば、いいじゃない」
エーヴ「それじゃ遅いんだよ!」
ジュスタン「……妙にご熱心だね」
エーヴ「何が言いたい?」
ジュスタン「サイノスのこととなると、熱くなってるなあ、と思ってさ」
エーヴ「ふざけんな。あくまで友人として同僚として心配してるだけだ」
ジュスタン「ふ〜ん(もしかして、ひょっとするとひょっとするかな。ついにエーヴにも春が訪れたか…)」
エーヴ「ちきしょー。ちっともわかんねえな」
ミラベル「……しっ! エーヴ。ひ、人の近づく気配がする」
エーヴ「なにっ!? ……うわあっっ!」
サイノス「……何をやってるんだ、お前ら」




