第255話 恋人たちの讃歌
「―オーバンさま!」
コレットが息せき切って駆け込むと、オーバンは既に待っていた。
先日、二人で歩いた皇宮の庭園である。オーバンがベルジェールの会戦から帰ってくると、話があると呼び出されたのだ。
「急に呼び出して済まない、コレットどの」
「―!?」
コレットは、一目見てその場に立ち尽くした。オーバンの左腕が、ない。軍服の袖がだらんと垂れ下がっている。
「……これか」
コレットの視線に気づいて、オーバンは左肩を掴んだ。
「戦場で敵に斬られてな。部下を助けようとしたんだが、間に合わなかった。そのときにズバッとやられてしまった」
「オーバンさま…」
「コレットどのを呼び出したのも、これが理由でな。この腕じゃ、もう戦の役には立たん。だから除隊して田舎に帰ることにした」
「えっ!?」
「コレットどのには、姉のことで傷つけてしまった。本当に申し訳なかった」
オーバンは律儀に腰から頭を下げた。
「……いえ。私も言い過ぎました。考えてみれば、リオネルさま、アニェスさまご兄妹と同じですものね。ご姉弟で助け合って生きていらっしゃったのだから、結びつきが強いのは当たり前だわ」
「……そう言ってもらえると気が楽になる。実際、コレットどのに言われるまで気が付かなかったのだが、確かに俺は姉しか見ていなかった」
「……」
「でも、今さら姉を捨てるわけにもいかない」
「そんな…捨てるだなんて…」
「いや、いいんだ。―田舎には姉を連れて行くことにした。独り残してはいけないからな」
「―!」
「それだけ言いたかった。コレットどの。体だけは大事にしてくれ」
そう言うと、オーバンはまた一礼して歩き出した。
「―オーバンさま!」
去りゆく後ろ姿に、コレットは声をかけた。
「どうか、お気をつけて!」
「……」
オーバンは、一度足を止めたが、結局振り返らずそのまま歩み去っていった。
「―あ〜あ。逃げちまいやがったか」
しばらくぼうっと佇んでいると、後ろから声がした。見なくても声の主は誰だかわかる。
「……盗み聞き? 趣味が悪いわよ、ギャスパル」
「たまたまだよ。通りかかったら、偶然会話が聞こえただけだ」
ギャスパルは悪びれずに言う。コレットは振り向いた。
「偶然なわけないでしょ。また後をつけていたのね―」
「コレットぉーっ!」
言い終える間もなくギャスパルが抱きついてきた。
「会いたかったぁーっ!」
「ギャスパル…」
コレットも背中に腕を回した。顔がほころぶ。
「……お帰りなさい」
「ただいま。今度ばかりは死ぬかと思ったよ」
「……! 良かった。胸騒ぎが当たらなくて」
「あ? なんだそれ?」
「ううん。何でもない。―ねえ、戦争って、どんな感じなの?」
「戦争に興味があるのか?」
「シルヴィアさまの侍女としては、何でも知っておきたいんだ。シルヴィアさまには聞きづらいから」
「ふ〜ん。―まあ、一言でいやあ、男のロマン、ってやつだな」
「……何よ、それ。そもそもシルヴィアさまやアニェスさまだって戦場に立っていらっしゃるのよ?」
「俺に言わせりゃ、お二人とも、ただのお遊びだな」
「……あんたに聞いたのが間違いだった。もういい! サンドラさまにお聞きするから」
「待てよ! せっかく久し振りに会ったんじゃねえか。もっとおしゃべりしようぜ!」
「勝手に独りでしゃべっていなさい!」
恋人たちのじゃれ合う声が庭園にこだました。春はまだまだ遠い冬の日のことであった。
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「―グロリア!」
アズールが息せき切って駆け込むと、グロリアは既に姉妹たちと歓談していた。
「……アズール」
グロリアは立ち上がって婚約者を待ち受けた。
「心配かけてごめんなさい」
「グロリアっ!」
アズールはふいにグロリアを抱きしめた。
「良かったっ! 無事で…ほんとに良かったっ!」
「なあに? 泣いてるの?」
アズールは声を放って泣き出した。
「そりゃそうだよ〜。どれだけ心配したか〜」
「ありがとう。―よしよし、良い子ね」
「……これで、夫婦になるんか?」
脇で見ていたカリーナが呆れたように言った。
「夫婦というより、姉弟だな。ちゃんとえっちできるのか、心配になってきた」
「……なんでそういう話になるの?」
ティアナがジロッと姉を睨んだ。
「アズールといい、カリーナお姉さまといい、下品な話が好きよね。王族としての自覚が足りないんじゃないの?」
「ははっ。ティアナは相変わらず歯に衣着せぬ物言いをする奴だな!」
カリーナは、妹の肩をバンバン叩いた。
「痛っ! 下品な上に乱暴者だわ。最っ低!」
「そう固いこと言うなよ。シルヴィアも無事だったみたいだし、みんな何事もなくて良かった良かった。あっはっはっ」
「……」
ティアナは嫌そうに体をずらして、姉から距離を取った。
「―おい、二人とも! 涙の再会だか漫談の再開だか知らねえが、いい加減こっちに来て座れ! 落ち着いてツッコミも入れられねえ!」
カリーナの陽気な声が部屋にこだました。春を感じさせる暖かい冬の日のことであった。
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「―サイノス!」
シルヴィアは、息せき切…らずに、ゆっくりとサロンへ入っていった。アニェスではなく、シルヴィアのサロンである。
サイノスがゆっくり顔を上げた。ほかには誰もいない。
「急に呼び出してごめんね」
サイノスの対面に座った。胸に包帯をしているらしく、そこだけ盛り上がっている。
「―用件はわかっている。わざわざ人払いまでして、セリーヌのやりそうなことだが」
「だぁって、人がいると話しづらいでしょ? 特にエーヴとかいたらさ」
「……なぜエーヴがここで出てくる?」
「さあ? なぜでしょ?」
「……俺は大丈夫だ。心配するな」
「本当?」
「嘘をついてどうする?」
「あなたは嘘つきだから」
「……」
「あなたは、すぐ優しい嘘をつく。エテルナのこともそう。エーヴのこともそう」
「……別に、嘘をついているつもりはないが」
「エテルナのことは、本当にごめんなさい。あなたに辛い役回りをさせたわ」
「気にするな。エテルナのことは、とっくに整理がついている」
「やっぱりあなたは嘘つきだわ」
「……」
「元恋人を手にかけたのだもの。平気なわけない。むしろ、平気な人だったら絶交しているわ」
「……セリーヌには敵わないな」
薄墨色の瞳が伏せられた。
「俺は今でも後悔している。なぜ、エテルナと別れたのかと。あのとき袂を分かたなければ、殺し合うこともなかっただろうに。きっと今ごろは二人でセリーヌに仕えて、子どもの一人や二人はいただろうに」
「サイノス…」
「だが、今さら繰り言を言っても仕方がない。俺たちは選んでしまった。お互いの信じる正義のために、命をかけて戦ったのだ。エテルナは正々堂々立ち会った。それをあれこれ言うのは、エテルナの尊厳を踏みにじるものだ」
「まったくその通りだと思うわ。あなたの心の傷は癒えないでしょうけど、あたしも一緒に背負うから。元気出してなんて、軽く言えないけど、あたしはいつでもあなたの味方よ」
「済まない、セリーヌ。俺のために心を騒がせてしまって」
「本当は、もう一人、あなたを癒せる人がいるのだけど」
「……」
「その人に告白する気はないの?」
「さっきからお前は何を言っているのだ? エーヴのことは何とも思っていないぞ」
「誰がエーヴの話をしたの?」
「えっ…」
「あたしは、一言も言っていないわ」
「セリーヌ…。引っ掛けたな?」
「うふっ。ごめんなさい。でも、そうでもしない限り本心を明かしてはくれないでしょ、嘘つきさん?」
「……いつから気がついた?」
「スパイ事件のころから。エーヴのやり方はイジメに近いものだったわ。でもあなたは反論もせずじっと耐えていた。好きな人と決定的に決裂したくなかったのでしょ?」
「それだけで、よくわかったな。誰も気がつかなかったのに」
「他にもあるわ。ジュスタンとはエーヴの前でよくケンカしているんだって? 好きな人に注目してもらいたいから、ワザとふっかけているのでしょ?」
「慎重に隠していたつもりだったんだかな。シルヴィアには見透されていたか」
「もちろん、確証はなかったわ。だから、今、試させてもらった」
「……なるほど。やはりお前は策略家だ」
「お褒めに預かり恐縮です」
「言っておくが、告白する気はない」
「どうして? お似合いだと思うけど」
「今の関係を壊したくない。天馬隊の中隊長同士だぞ。意識し合っては、その後の軍活動に影響が出る」
「あなたの心配はわかるけど、サンドラとバスティアンの例もあるわ。意外と上手くいくのじゃない?」
「……そもそも、告白を受け入れてくれるかわからない。セリーヌは知っているか? エーヴは本当はバスティアンのことが好きだったんだ」
「知っているわ。サンドラの脱走事件、発端はエーヴがついた嘘だった。それを聞いてピンときたわ」
「エーヴの好みは美男子だ。俺では見向きもされない」
「あなただって、いいオトコだわ。いわゆるイケメンとは違うけど、カッコいいわよ」
「セリーヌも、結構な嘘つきだな。人のことは言えないぞ」
「嘘じゃないわ。本心からそう思って―」
「セリーヌ!」
サイノスは、シルヴィアを強く遮った。
「いろいろ心配してくれて、ありがとう。お前のそのお節介好きは嫌いじゃない。でも、この件に関してはしばらく黙っていてくれないか」
「サイノス…」
「エテルナのこともある。こんな気持ちのままで、エーヴとの関係を考えたくないんだ。それは、エーヴに対しても失礼になる」
「……」
シルヴィアは、しばらくじっとサイノスを見つめた。やがて、ため息とともに言った。
「―わかったわ。しばらくは見守ることにする。でも、忘れないで。あたしは、いつでもあなたの味方よ」
春は当分巡ってきそうもない、息白い真冬の日のことであった。
【裏ショートストーリー】
エーヴ「サイノス! お前はホントに頑丈なヤツだな」
サイノス「……」
ジュスタン「ほんとほんと。胸に剣を刺されたのにピンピンしてる」
サイノス「胸当てをしていたし、剣先も肺に達していなかったからな」
エーヴ「頑丈なのがお前の唯一の取り柄だ。丈夫に生んでくれた両親に感謝しろよ」
サイノス「……」
ジュスタン「でも、元恋人に殺されかけたんだもの。相当ショックだよね」
エーヴ「ジュスタン!? てめえ、余計なこと言うんじゃねえよ!」
ジュスタン「どうして? 単なる事実でしょ? 何が悪いの?」
エーヴ「デリカシーってものがねえのか!? わざわざ傷に塩塗るようなこと言うな!」
ジュスタン「そんなことないよねえ、サイノス。気にしてはいないでしょ?」
サイノス「ああ。何とも思っていない。エーヴも気を遣わなくていい」
エーヴ「……まあ、なんだ。エテルナのことは気の毒だったけど、元気出せや」
サイノス「……元気がないように見えるか?」
エーヴ「逆に元気があるのか?」
サイノス「あるさ。エテルナのことは、既に心の整理はついている」
エーヴ「そうか。なら、いいんだ。お前が元気なら」
ジュスタン(エーヴとサイノスか…。麗しき友情で留まっていればいいけど…。ま、考え過ぎかな)




