第254話 彗星、無惨
再び時は遡る。
「マクシムさま! あれを!」
マクシムは、ララの指差す方に目を向けた。
天空にとどまる赤いユニコーン。またがるのは猫耳王女。神話の如き光景に、マクシムは暫し見惚れた。
だが、赤いユニコーンがマクシム軍へ飛び込むのを見て、現実に引き戻された。
「とんでもない強さです!」
ララが呆れる目の前で、大きなクリフォード兵が紙のように吹き飛ばされていく。
左翼では、エマが包囲を破ろうと包囲陣に突撃を繰り返しているようだ。
「シルヴィア姫は、本当に厄介な御仁だねえ」
「感心している場合ですか!?」
「ごめんごめん」
ララに叱られて、思わずマクシムは首をすくめた。そして、つぶやくように言った。
「―でも、もう遅い」
「はい?」
「いくら鬼神の如き強さであろうと、シルヴィア姫は人には違いない。包囲陣のすべてを相手にはできないよ。もちろん、こちらも多大な犠牲が出るだろうけど、もはやリオネルは詰んだんだ。どうあがいたって、逃れるすべは―」
言いかけたそのとき。大地を轟かす馬蹄の響きが近づいてきた。
その馬群の先頭には。
「ひゃっほー! シルヴィア、助けに来たぞ!」
奇声を発しながら包囲陣に突撃した男。
「……あれは、犬牙族の王子だね」
「犬牙族…!」
ララは絶望的な視線を敵に向けた。
「では、ラーミナは失敗したのですね…」
「だね。猫耳族もいるから、またしても連合軍の援軍が間に合ってしまったんだね」
マクシムは達観したように言った。
「わかっていたんだけどなあ。わかっていたからこそ、誘拐なんて卑怯な手を使ってでも彼らの足止めを狙ったんだけど。リオネル軍の強さは複数国による相互補完体制の構築にある。その分断を図らないと永久に倒せない―おや?」
突然、目の前が開けた。猫耳王女と視線が合った。マクシムはにっこり微笑んだ。
「マクシムさまっ」
間に入るようにララが言った。
「そんな評論家みたいなことを仰ってる場合ではありませんっ。早急に立て直さないと逆にこちらが孤立します」
「だね。ダスティンどのをすぐに呼び戻し―」
突然、矢が背後から飛んできた。驚いて振り向いた。
五百の弓矢がリオネルに向けられていた。リオネルを守るはずの親衛隊が殺気を放っている。
「……そっか。ダスティンはこんなことを企んでたんだ」
マクシムは一瞬で己の運命を悟った。周りに味方の軍はいない。最側近に裏切られたら為すすべがない。それでも。
「マクシムさまっ。ここは私が時間を稼ぎます! その間に離脱してください!」
ララが前面に立ち塞がった。
「ララ。もういいよ。僕の乗馬技術は知っているだろう?」
「それでもっ。最後まで諦めないで!」
五百の矢が一斉に放たれた。ララは双剣を振るい必死に叩き落とす。だが、数本が腕と太ももに刺さった。
「……!」
第二矢が放たれた。胸に、腹に次々と突き刺さる。あっという間に針の山のようになった。
ララはそれでも馬上両手を広げ、愛する男を守るように立ち続けた。
背後では、マクシムがゆっくりと落馬した。一本の矢が心臓を貫いていた。不思議とほかに矢は当たっていなかった。その顔には、うっすらと笑みすらたたえられていた。
『ルメールの彗星』は、有り余る才能を持ちながら、時・人・場に恵まれぬまま、ついに異国の野に斃れた。
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シルヴィアたちは、リシャールへと凱旋した。
勝利の高揚感はまったくない。裏切りによって敵の大将が味方に殺されたのだ。後味の悪さだけが残った。
ダスティンは、敗残兵をまとめ本国へと去っていった。シルヴィアたちは、マクシム始め敵味方の区別なく、戦死者をベルジェールの野に埋葬した。
皇宮に入った首脳部は、一旦各自休憩を取ったあと、リオネルの執務室に集まった。軍関係者だけでなく、五公全員が顔を揃えた。
「みんな、よくやってくれた」
リオネルが労った。
「一人ひとりの頑張りのおかげで彗星どのを倒すことができた。心から礼を言う」
「それでも、最後はなんだか釈然としませんわ」
シルヴィアが応えた。
「味方の裏切りで命を落とすなんて、マクシムに相応しくない気がして…。相応しい最期だなんて、不謹慎のようですけど」
「グロリアどのを誘拐までしたんだぞ。それでもシルヴィアは敵に同情するのか?」
「それは私だって怒ってます。アズールから聞いた時は寿命が縮んだわ。でもドラード王太子殿下が救出に行かれたというから、安心したけれど」
アズールは、グロリアが心配だと言ってリシャールに寄らず、真っ直ぐカトゥスへ帰っていた。
「……ラファエル戦の戦勝パーティーで会った男だな。シルヴィアはよく知っているのか?」
「直接言葉を交わしたことはありませんけど、猫耳族では有名な方ですから」
シルヴィアは多くは語らない。狼になれると説明しても、人間族の彼らには理解し難いだろう。リオネルも深くは追求してこなかった。
「それだけ彗星は、追い詰められていたとも言えます」
アニェスが言った。
「カトゥスの王女さまを誘拐したり、ジュスティーヌさまをけしかけてエマの足止めを図ったり、およそ彗星らしくない陰謀の類ですわ」
「クリフォードに逃げ込んだんなら、そのまま大人しくしていりゃあ、良かったのによ」
トリュフォーがスキンヘッドを撫でた。
「そういうわけにもいかなかったのでしょう」
アニェスが同情するように言った。
「国王のヒューバートは、周囲の反対を押し切って彗星を拾ったようです。彗星としてはヒューバートの期待に応えるためにも、また自分の地位を固めるためにも、結果を出さなければならなかったのだと思いますよ」
「なんだよ。シルヴィアもアニェスも、彗星どのには同情的なんだな」
「旦那さま。私はマクシムさまの智謀に対して敬意を払っているだけですわ。それはおそらくアニェスさまも一緒なのではないかと思いますけど」
アニェスは、言葉にする代わりににっこりと微笑んだ。女神の如き清廉な笑顔だった。
リオネルは見惚れるようにアニェスを眺めている。このシスコンは、アニェスをクリフォードの嫁に出さなくて良かったと、心から安堵しているに違いない。シルヴィアは、リオネルの顔を見ながらそう思った。
「―コホンっ。旦那さま」
「―ん? なんだ、シルヴィア?」
夢から覚めたようにリオネルは言った。
「ルプスやエマさまへのお礼は改めてするとして、クリフォードとの戦後処理をどうなさいますか?」
「当然、このままじゃ済まさん。宣戦布告も無しに侵攻してきた代償は、きっちりと払わせる」
「こちらは国内に攻められたので、領土上は何も得ていません。賠償金を要求するのが妥当でしょうね」
「それだけでは癪に障るわ、アニェスさま。もっとふっかけてやりましょうよ」
「どうするのです?」
アニェスは興味津々で尋ねた。
「二度と悪さをしないよう、人質を要求しましょう」
「人質…?」
リオネルが嫌そうに顔をしかめた。
「人質を取るのは趣味じゃねえ」
「無論、本気じゃありません。交渉術として相手が呑まなそうな条件を出して、それを引っ込める代わりに賠償金の増額を要求するのです」
「……なるほど。クリフォードは、経済大国でもあります」
アニェスが納得顔をした。
「お金で解決できるのなら、かなりの額を要求しても条件を呑むでしょう」
「よし! その方針でいこう。セルジュ。すまんがエルキュールに交渉させてくれ」
「はっ。承知いたしました」
礼部尚書は、式典担当だけでなく、外務も司っている。いわば他国でいうところの外務大臣を兼ねているのだ。
「―で、シルヴィア。人質は誰を指名するんだ?」
「王太子ですわ」
シルヴィアは、澄まし顔で言った。
「なに!? ウィンストンをか?」
リオネルは、思わずアニェスを見た。事の発端は、アニェスとウィンストンの結婚話だったのだ。
「ご心配なく。王太子を人質に出すわけありませんわ」
シルヴィアは、太陽のような笑顔を浮かべた。リオネルは、今度はシルヴィアに見惚れる番であった。
「必ずクリフォードは拒否します。その時こそ、賠償金をふんだくってやる好機となりますわ」
【裏ショートストーリー】
マクシム「……ここはどこだろう。明るくて何もない」
ララ「黄泉の路です、マクシムさま」
マクシム「あっ! ララぁ〜。側にいてくれたんだね」
ララ「無論です。死んでも離れたりしません」
マクシム「良かった〜。独りで心細かったんだよ」
ララ「どこまでもお供いたします」
エテルナ「ウチも忘れんなや」
マクシム「あれっ!? エテルナ。君も死んじゃったの?」
エテルナ「申し訳ありません、マクシムさま。サイノスには最後まで勝てませんでした」
マクシム「いいよいいよ。おかげであの世でも三人一緒にいられるしさあ」
ララ「……では、参りましょうか」
マクシム「ララ! そっちは暗いよ。こっちの明るい方へ行こうよ」
ララ「私はたくさんの人を殺めてきました。天国へは行けません」
マクシム「えっ!? でも、僕は明るい方へ行けるよ」
ララ「マクシムさまは直接人を手にかけてはおられないからでしょう」
マクシム「そんなのおかしいよ。僕がララに命じたんじゃないか。僕だって同罪だ」
ララ「マクシムさまは天国へおいでください。……ここでお別れです」
マクシム「そんなの、いやだっ! さっき君は、死んでも離れないと言ったじゃないかっ」
ララ「申し訳ありません」
マクシム「いやだいやだ! 僕もララたちと一緒にそっちへ行くよ!」
ララ「マクシムさま…」
エテルナ「ええやないか、ララ。マクシムさまが独りで天国へ行っても、身の回りのことは何もできへん。なら、一緒にいて世話したらええ」
ララ「エテルナまで…。わかりました。ではマクシムさま。地獄までお供いたします」
マクシム「やったぁーっ! それじゃ、行こ行こ!」
エテルナ(……いっそのこと、二人は地獄で結婚したらええ! そんでもって、ウチら三人で地獄を征服するんや!)




