第253話 紙一重
「なんだか、こいつらみんな、ガタイがでかいわね! そんな君たちが大好きよっ!」
ジャドールは、口を動かしながら槍を振るう手は一向に緩めない。ある意味器用だが、しゃべることでリズムを取っているのかもしれない。
エマ率いるクニークルス軍は、夜に日に継いで急行した。マクシムの狙いがリオネルの孤立だとわかったからだ。
ジュスティーヌの足止めは、ほとんど功を奏しなかった。数は少ないがジャドールとトリストが鍛えに鍛えた精鋭である。ジュスティーヌのシュペルヴィエル軍を瞬殺し、ベルジェールの野になだれ込んだのだ。
「ジャドール! トリスト! 雑魚どもは任せた! 私はリオネルさまの元へ行く!」
「承知!」
「思う存分、助けあげて!」
しかし、予想以上にクリフォード軍は頑強に行く手を阻んでくる。
「てめえら、邪魔すんじゃねえっ!」
エマは暴風のように荒れ狂った。巨体の男たちをものともせずなぎ倒していく。ついにクリフォードの波を乗り越えた。
「―!? リオネルさまっ!」
しかし、そのときにはマクシムの中央軍がリオネル軍を包囲していた。彗星の手が今にもリオネルに届こうとしている!
「エテルナ。一度だけ言う。俺とまた組まないか?」
対峙したサイノスは、じっとエテルナを見つめた。周りでは激しい戦闘が行われているのに、彼らの間だけ静寂に包まれている。
サイノスは万感の想いを伝えたつもりだった。だが、エテルナは鼻で笑うだけだった。
「なんや、未練がましいやないか、サイノス。先に誘いを蹴ったのは誰や?」
「……」
「あのとき、ウチの中ではきっぱりケリがついとんのや。あんたには何の感情かて残ってへん」
「……そうか。ならば仕方ない。せめて俺の手であの世へ送ってやろう!」
サイノスの剛剣が唸りを上げた。エテルナも負けじと剣を振るう。刃が激しく打ち鳴らされた。
剛剣と剛剣が打ち合うたびに風が巻き起こった。周囲の兵たちは巻き添えを食わないように距離を取った。
『鉄拳のサイノス』は、剣の腕も一流だった。かつてはエテルナと切磋琢磨したのだ。お互いの技倆は知り尽くしている。
いつ果てるともわからない応酬が繰り返された。だが、何であろうと終わりは来る。
サイノスの剣が音高く折れて飛んでいった。激しい応酬に剣のほうが保たなくなったのだ。
「もらった!」
エテルナの鋭い突きがサイノスの胸に突き立った。だがそれは、必然的に彼の手の届く位置にエテルナの身体があるということでもある。
「うおおぉぉーっ!」
サイノスは咄嗟にエテルナの首を掴んだ。渾身の力を込めて絞め上げる。
「がっ……!」
エテルナはサイノスの腕を掴み引き離そうとする。しかし容易には手を離さない。エテルナは牙をむき出しにして苦しむ。そして、バキッと骨の折れる音がした。
サイノスは、エテルナの首の骨を砕いたのだ。エテルナが崩れ落ちた。サイノスは彼女を抱き止めた。剣は胸に突き刺さったままだ。
「―おおおお〜っっ!」
サイノスの慟哭が戦場に轟いた。
「―何、今の!?」
敵を斬り下げると、シルヴィアは驚いたように周りを見回した。
「サイノスですっ!」
サンドラが怒鳴り返した。敵に囲まれていたが神業としか思えない槍さばきで吹き飛ばしていた。
「サイノスが哭いている! おそらく敵将を倒したのでしょう」
「……!」
マクシムの片腕であるエテルナ・スティレットは、サイノスの元カノだ。それは、至宝天を始め天馬隊なら誰でも知っている。
「サイノスっ…」
シルヴィアの剛剣が敵兵を斬り倒した。だが新手がまた前を塞いだ。一向に前に進めない。クリフォード兵は斬っても斬っても湧いてくる。
三連矢が敵兵を貫いた。見ると、ジュスタンが怒鳴りつけてきた。
「セリーヌっ! 何をしている、早く行け! ここは僕たちが食い止める!」
「ありがとう!」
フランベルジュが突進する。そこへもクリフォード兵が群がってきた。
「ンもうっ! しつこい! ―フランベルジュ、お願い!」
痺れを切らしたシルヴィアの叫びでフランベルジュは宙に舞った。
「あっ!?」
リオネル軍がいるはずの陣は既に崩壊し、真ん中に数百騎だけが取り残されている。周りは敵兵ばかりだ。
「旦那さまーっ!」
シルヴィアはリオネル目掛け敵の真っ只中へ飛び込んだ。
「あっ! リオネルさまっ、あれを!」
ギーが空を見上げて叫んだ。
リオネルは、ギーが叫ぶよりも前から、その姿に釘付けとなっていた。
赤いユニコーンにまたがった猫耳王女が空を舞っている。まさに神話に出てくる女神さながらに神々しい姿だった。刹那、古の世界に紛れ込んでしまったような錯覚に陥った。
リオネルの周りには数百しか残っていなかった。ギーやギャスパル、ピエールがリオネルの前を固めている。マクシム軍は彼らを包囲し、今にも斬りかかってきそうだ。
多勢に無勢、いくらギーたちが剣豪でも、すべては倒せない。
そのときだった。赤いユニコーンが現れたのは。ユニコーンは急降下して敵中に踊り込んだ。
地上に降りただけで敵兵が薙ぎ払われた。更に猫耳王女の剣が右に左に風を伴って舞い踊り、そのたびに体の大きいクリフォード兵が紙のように舞い飛んだ。
「旦那さまーっ!」
シルヴィアは、ついに愛する夫と合流を果たした。
「シルヴィアっ、よく来てくれた」
「必ずお守りいたしますっ!」
少しずつ包囲を狭めてくるマクシム軍を睨みつけた。
「リオネルさまぁーっ!」
エマの大音声が響いた。単騎でマクシム軍に挑みかかり、手当たり次第倒しながらこちらへ近づこうとしている。
「エマさまっ、一人じゃいくら何でもムリよ! 引き返して!」
例えエマが剛勇の剣士であっても、シルヴィアのように空を飛ばねば、辿り着けないだろう。
ところがエマは、シルヴィアの悲痛の叫びに遠目でもわかるくらいはっきりと笑ってみせた。
「エマさまっ!?」
エマは引き返すつもりはないようだ。
「……」
シルヴィアは、改めて敵兵を睨んだ。その数およそ5千ほど。
(さすがにきついな…)
百なら一人で相手にできる。しかしこちらは数百。シルヴィアが百を相手にしている間にリオネルが襲われてしまう。
(考えても仕方ない!)
シルヴィアは剣を握り直した、そのとき。
大地が揺れた気がした。マクシム軍の突撃ではない。シルヴィアを警戒してか、ジリジリとしか間合いを詰めてきていない。
では、この馬蹄の響きは何だ?
「―ひゃっほー!」
奇声がはっきりと聞こえた。とてもよく知っている響き。こんな奇声を発するのは、シルヴィアの知る限りただの一人しかいない。
「アズールっ!」
「シルヴィアーっ! 助けに来たぞーっ!」
マクシム軍が動揺するのがはっきりわかった。
「今よっ!」
シルヴィアは敵に突撃した。ギャスパルが後に続く。ギーとピエールはリオネルの側を離れない。
シルヴィアは力の限り剣を振るった。もう何も考えない。ひたすら目の前の敵を倒していく。マクシム軍がどっと崩れるのがわかった。
突然目の前が開けた。馬に乗るひょろりとした男。視線が合った。男は人懐っこい笑顔を浮かべた。
忘れようとて忘れられない顔。結婚披露パーティーで話しかけてきた男。不倶戴天の敵となった男。
「―マクシムぅーっ!」
シルヴィアがまなじりを決して突撃しようとした、その刹那。
信じられないことが起こった。
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カチャッ、と鍵の開く音がした。
とてつもなく大きな音だったような気がして、マノンは思わず左右を見渡した。無論、皆寝静まった夜中の皇宮である。長い廊下には人っ子一人いない。
マノンは、そっとドアを開けて部屋の中へ滑り込んだ。
中は真っ暗だった。だが夜目の利くマノンは、素早く室内を見回した。そこはリビングのようだった。高級そうな調度品が並んでいる。左右にはそれぞれ次の間へ続くドアがある。
目星をつけたドアの前に立ち、中の様子を伺う。まったく人の気配はしない。
静かにドアを開けた。天蓋付きの大きなベッドがあった。さっと近寄る。ベッドの中へ手を入れた。冷え切っている。少なくとも人が使った形跡はない。
「……空振りか」
ふと、サイドテーブルに目がいった。額縁に入った絵が置いてあった。綺麗な女性と美しい童子が並ぶ構図だった。
その美しい童子には、面影がはっきりと残っている。それは、マノンがとてもよく知る人物。こんなところに肖像画があるはずのない人物。
「―リュカ!?」
【裏ショートストーリー】
アズール「急げ! 急げ!」
ゼスト「アズールさまっ、これ以上無理したら、馬が潰れちまう!」
アズール「構わねえ! 戦場まで保てばいい!」
ゼスト「そんな…! 兵だって夜通し駆けているんです! 戦場に着いて役に立たなかったら、意味がありません!」
アズール「俺が動けりゃ、それでいい! シルヴィアの敵はすべて叩き潰してやるっ」
ゼスト「アズールさま…。まだシルヴィア姫さまにお心を残してらっしゃるんですね」
アズール「そういうんじゃねえよ! 俺にとっても義理の妹になるんだからな! ドラード兄者と同じだ。妹を泣かせる奴は、この俺が容赦しねえ!」
ゼスト「とにかく、休憩を! 後生です、アズールさまっ!」
アズール「だったら、兵を休ませろ!」
ゼスト「……! ありがとうございます!」
アズール「俺は先に行く」
ゼスト「えっ!?」
アズール「お前らは一休みしてから追いかけてこい」
ゼスト「そんな…!」
アズール「馬を潰すんじゃねえぞ!」
ゼスト「アズールさまっ!? ……仕方ない。おい、お前らっ! ここは死ぬ気で走り抜けろ! でも、死んだら許さんっ。必ず戦場まで辿り着くんだ!」
カトゥス兵「ええーっ!? そんな無茶な…!」
ゼスト「無茶でも、やるんだ! さあ、行くぞ!」
カトゥス兵「……くそうっ! 後で陛下に訴えてやるっ!」




