高村まごめ 中編
まさかまごめの方から声をかけてきてくれるとは。しかも呼び出し。体操服で、というのがよくわからないが、わざわざ俺を指名したということは何か相談ごとがあるのだろうか。
いまいち授業に集中できないまま6時間目が終わり、指定通り更衣室で体操服に着替えてから、体育館の重そうな入り口を開ける。
そこではまごめがすでに柔軟運動をしながら待っていた。俺と同じく長名高校の体操服を着ている。
「早いな」
「制服の中に着てきたからねー」
「俺はなんで呼び出されたんだ? 相談ごとか?」
「んーまあそれに近いかも。でも別の目的もあるよ」
前屈の状態からよっと立ち上がり、倉庫の方へ歩いていく。その行動でなんとなーく予想がついた。
「バスケ、か」
案の定まごめはバスケットボールを持ってきた。
「ちゃんとねんざが治ったとこ見せたかったの。それと、久しぶりににいちゃんと2人で身体を動かして遊びたいっていうのもあるかな」
まごめは6月の終わりごろから部活に参加していた。大事をとって練習は自ら少なめにしているそうだ。
「俺たちだけで体育館使ってもいいのか?」
「本当は今日どの部活も使用できない日だったんだけど、顧問の先生にどうしても自主練したいんですって頼み込んだら許可もらえたんだ~」
「信用されてんだなぁ」
「普段の態度が良いからね。次期部長候補らしいし」
「その未来の部長さんがウソついてこうして体育館を使っている、と」
「いいの。今日は特別だから。それにあながちウソでもないじゃん。バスケするんだし」
「素人の俺相手に練習になるかどうかは甚だ疑問だがな」
「手加減してあげるからへーきへーき」
まごめは腰を落とし、慣れた様子でドリブルをしはじめる。
「髪、いつものにしないのか」
「うん、しない」
「そうか。じゃ、はじめるとしますか。1on1でいいよな?」
「もちろん。じゃ、いくよ!」
キュッとシューズをならしながら、まごめがいきおいよく飛び出す。
それから30分間の間、2人しかいないコートの中でただひたすらバスケをしていた。普段運動しないため(居合道は運動量的には文化部とほぼ変わらない)身体中の筋肉が悲鳴を上げている。
俺は立っているのもつらくなり、体育館の真ん中で大の字になり、汗を流しながら天井を見つめる。
やや息のあがったまごめも俺にならって仰向けになった。顔を横に向ければすぐ近くにまごめの顔が見える位置だ。
お互い天井を見上げながら荒い呼吸を繰り返す。
運動後特有のさっぱりした疲労感に身をゆだねていると、まごめがぽつぽつと話しはじめた。
「にいちゃん、あたしと競り合いになって身体が密着したとき、ドキドキしてたでしょ」
「ああしてたさ。激しい運動のせいでな」
「うそつき。動揺が声にでてるよ。でも、そっか。ならあたしにもまだ可能性はあるのかな」
「可能性?」
「みなとくん」
何だ。まごめは、何を言おうとしているんだ。いきなり、そんな切なげな声で、昔の呼び名を使うなんて。
「みなとくん。あたしね、みなとくんが好き。ずっとずっと、昔から」
さすがの俺でもわかる。これは兄妹としての『好き』じゃないってことくらい。
「どれくらい好きかっていうとね、毎日みなとくんとの出来事を日記に書いちゃうくらい。教室で読んでたのもそれだよ。読み返して、みなとくんとの日々をかみしめて、勇気を振りしぼった。前に進むために」
頭で理解しても、心が追いつかない。何かしゃべろうとしても、声がでない。
「あは、ついに、言っちゃった。みなとくんへの気持ちはお母さんが再婚してからの1年間で振り切ったつもりだったんだけどな」
再婚したての1年間まごめがよそよそしかったのは、そういうことだったのか。
「知ってる? あたしがツインテールにこだわってる理由。幼稚園くらいのときかな、みなとくんがあたしの髪を結んでくれたんだ。この髪型が1番かわいい、って。だからずっと同じ髪型なんだよ。でも今日は、いつものあたしじゃないってことを証明するために髪をおろしたんだ。少しはドキッとしてくれたかな」
知らなかった。俺は、何もしらなかった。
応えなければ。すぐ近くから発せられる切実な想いに。
とにかく何か、何か言わないと。




