第7話 戦場を『盤』に変える
その夜、村長の家に村の主だった顔ぶれが集められた。
俺は正直に話した。俺には物や生き物の状態が「数字で視える」こと。森のゴブリンは二百三十一体まで膨れ上がっていること。群れが村側の森の縁に集まりつつあること。
「二百三十一だと……? 与太話にも程がある」
猟師頭のドッドさんが唸った。当然の反応だ。俺だって逆の立場なら信じない。だがガルドが静かに言った。
「こいつの目は本物だ。俺が保証する。……それに思い当たる節もある。ここ最近、森の獲物が妙に減っていた。鹿も兎も、罠にかからん。あれだけの数が食い荒らしてたなら、辻褄が合う」
「森の食い物が尽きれば、次に狙うのは……」
「この村だ。あふれるのは時間の問題です」
沈黙が落ちる。ろうそくの火が、誰かの溜め息で揺れた。
自警団は八人。猟師を入れても十一。二百対十一。柵はあるが、ひと晩保つかどうか。
「領主様に救援を──」
「早馬で往復六日だ。そもそも、辺境の村ひとつに兵を出すかどうか」
「村を捨てて逃げるか? 女子供を連れて、どこへ?」
絶望が場を満たしかけたとき、俺は一歩前に出た。
「戦力で勝てないなら、勝てる形に――戦場のほうを作り変えましょう」
「……どういうことだ?」
「連中とまともに戦うんじゃない。俺たちが決めた盤の上で、俺たちが決めたルールで戦わせるんです。〇×ゲームと同じですよ。どんなに強い打ち手も、マスの外には置けない」
◇
翌朝から、村は突貫工事に入った。
まず解析だ。過去の襲撃地点、地形の高低、ゴブリンの特性(夜目・視野が狭い・火への恐怖・群れ長への士気連動)。データを突き合わせると、連中が使える侵入路は二本に絞り込めた。北の涸れ沢と、東の麦畑の間の道。どちらも身を隠せて、傾斜が緩い。魔物は楽な道を選ぶ。獣道が獣道である理由と同じだ。
逆に言えば――通り道が読めるなら、そこはもう通路だ。通路は、設計できる。
次に武器。ドッドさんの小屋で、俺はいいものを見つけていた。
【爆ぜ石】猟師が獣避けに使う魔鉱石。魔力を込めて三拍で炸裂。爆風は小さいが音と閃光は雷級
「これ、在庫はいくつあります?」
「四十七個ある。だが坊主、こいつは獣を追い払う音玉だぞ。ゴブリンは殺せん」
「殺す必要はないんです。連中の急所はHPじゃなくて――士気なんで」
「えいちぴー?」
「命の量です。細かいことはいいんです」
まず一個、村外れで試させてもらった。魔力を込めて放ると、三拍おいて、ドンッ! と腹に響く炸裂音と閃光。木の枝から鳥が一斉に逃げ、俺は尻餅をついた。……想像の三倍うるさい。最高だ。
テストプレイは大事だ。データシートの数値と、実際に喰らう体感は別物だからな。
俺は地面に、見慣れた図を描いた。マス目だ。涸れ沢と東の道を格子に区切り、交点に爆ぜ石を埋める。一個の爆風と閃光は、石の周りに掘った溝で四方向へ誘導する。つまり、炸裂は十字に走る。起爆は埋めた石から引いた紐を、土手の上から引き抜く方式。魔力はあらかじめ半分込めておいて、紐の摩擦で着火する仕掛けをドッドさんが考案してくれた。この人、手先が神がかってる。
「マスのどこを踏んでも、隣の交点の十字爆風に巻き込まれる。逃げ場のない爆発の盤面――昔遊んだゲームで、こういうのがあったんですよ」
「あんたの故郷は、どんな遊びをしてるんだ……」
配置図を描く俺の横に、いつの間にかテオがしゃがみ込んでいた。
「ここ、ななめが空いてる」
「ん?」
「〇×とおんなじでしょ。ななめを空けると、そこから並べられちゃう」
……こいつ、大物になるぞ。言われてみれば、沢の縁を斜めに突っ切るルートだけ、爆風の十字から外れていた。テオの指摘どおり斜線の死角に二個追加して、四十七個の迎撃網は完成した。
村人の配置も決めた。土手の上で火を焚く係。鐘の係。紐を引く係は一列につき二人、合図はガルドの声だけを聞く。戦えない人間にも役割がある。むしろ戦えない人間の仕事のほうが多い。全員に、それぞれの「マス」を割り振った。
「いいですか。誰も、勇敢に戦わないでください。自分の役目だけやれば勝てるように作ってあります。誰かが勝手に頑張ると、盤面ごと崩れます」
「戦うなと言われて戦の準備をするのは初めてだ」と、ガルドが妙な顔で笑った。
「ゲームってのはそういうものです。強いやつが勝つんじゃない。設計したやつが勝つんです」
二日目の夕方には、予行演習までやった。自警団の若いのにゴブリン役をやらせて、涸れ沢を歩かせる。もちろん爆ぜ石は抜いてある。
「はい今、二列目で吹っ飛びました。おめでとうございます」
「俺はもう死んだのか!?」
「三回目です。ゴブリン役、筋がいいですね」
「嬉しくねえ!」
笑いが起きて、それから紐係の反応が半拍遅れていたことも分かった。合図の言葉を短くして、持ち方を変えて、もう一周。本番前に失敗を出し尽くすのがテストプレイの目的だ。失敗していい場所で失敗した数だけ、本番の死人が減る。
演習を終える頃、ガルドがぽつりと言った。
「……妙な気分だ。戦の前だってのに、村のやつらが笑ってる」
「笑えてるうちは、勝てますよ」
◇
三日目の夜だった。
村の見張り台で、俺は森に向けて解析を維持していた。範囲を狭く絞れば、反応を地図みたいに重ねて視られることが分かってきた。光の点がひとつ、ふたつ――森の縁で、明滅している。
隣で毛布にくるまったテオが「まだ?」と欠伸をする。「見張りは待つのが仕事だ」と返しながら、俺も正直、緊張で吐きそうだった。設計は完璧のはずだ。でもリリース当日の開発者に「完璧」なんて言葉は無い。あるのは祈りだけだ。
その光点が、動いた。
ひとつじゃない。十、二十、三十――束になって、北の涸れ沢へ流れ込んでくる。読み通りの侵入路。読み通りじゃないのは、その数だ。
「ガルドさん、来ました! 北です、涸れ沢!」
「総員、配置につけッ!」
鐘が鳴り、村の灯りが一斉に落ちる。俺は流れ込む光点を数え続けて――途中で、数えるのをやめた。
四十を超えている。想定の倍だ。
そして群れの最後尾に、ひとまわり大きい反応が、ゆっくりと付いてきていた。




