↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
6/29

第6話 ガルドの「もう一回」

 翌朝の広場には、村中の人間が集まっていた。


 よそ者のゲーム職人と、村の英雄ガルドの一騎打ち。負ければ俺は村を追われ、この村から「遊び」も消える。娯楽のなかった村に、これ以上の見世物はないらしく、朝の畑仕事を放り出してきた連中で人垣が三重になっている。


 人垣の最前列でテオが「ユウタ、まけるな!」と拳を振り上げ、その隣でリナが胃の痛そうな顔をしている。昨夜、彼女は「ガルドさん、ああ見えてすごく頭が回る人ですから」と三回言った。三回も言うな。こっちの胃にも来る。


 盤に向かう直前、テオが俺の袖を引いて、真剣な顔で耳打ちしてきた。


「あのね、ぼく、ゆうべ考えたんだけど。えっと、四すみのうち、ふたつを――」


「ストップ。気持ちだけもらっとく」


「なんで!?」


「一騎打ちに軍師はなしだ。それがルールってもんだろ」


 テオは頬を膨らませて、それでも「……ぜったい勝ってよね」と言って下がった。ああ、分かってるよ。お前の先生の看板が懸かってるんだ。


「ルールは昨日言った通り、五かける五の四つ並べ。三本勝負でいい?」


「ああ。……逃げるなよ、よそ者」


 地面に描かれた二十五マスを挟んで、ガルドと向かい合う。


 始める前に、ひとつ決めていたことがある。


 ――解析は、使わない。


 俺の「目」を使えば、ガルドの士気も動揺も丸見えだ。手が読めなくても、心が読める。ポーカーで相手の心拍を覗くようなものだ。でも、それで勝って何になる。ゲームの楽しさを証明する勝負で、ゲームを汚してどうする。


 この盤の上では、俺はただの相馬悠太だ。それで負けるなら、それまでの男だったってことだ。


「先手はどうぞ」


「舐めるなよ」


 一戦目。ガルドの初手が、盤の中央に突き刺さった。


 ……ほう。


 二手目、三手目。ガルドの石の置き方に、俺は内心舌を巻いていた。素人の手じゃない。中央から斜めに展開して、両取りの形を最短で狙いにきてる。こいつ、昨日柵にもたれて眺めていただけで、この盤の要点を掴んだのか。


 だが、悪いな。俺はこのゲームの開発者だ。バージョン2の肝は「四つ目を置くと一番古い印が消える」ルール。序盤の攻め筋よりも、終盤にどの印がどの順で消えるかを数えたやつが勝つようにできてる。攻めの強さと勝ちやすさをずらしてあるんだ、わざと。


 ガルドの攻めを受け流し、消える順を数え、彼の三個目が消えた瞬間の隙に、俺の四つ目が滑り込んだ。


「――四つ、並んだ。俺の勝ち」


「なにッ」


 一戦目、俺。人垣がどっと沸く。


 だが二戦目、ガルドは同じ手を二度と食わなかった。それどころか、俺がやった「消える順を数える」戦い方を、その場で盗んできた。指をひとつずつ折りながら、俺の印の寿命を数えてやがる。


「……お強いですね、ほんとに」


「ふん。敵の動きを覚えるのは、戦いの基本だ」


 二戦目、ガルド。綺麗な逆転だった。力任せどころか、俺の癖まで読まれ始めてる。観客は大盛り上がりだ。「団長が勝った!」「いや次で決まりだ!」――おい、誰か俺の応援もしてくれ。


「ユウタさーん! 負けたら煮込み抜きですよ!!」


 リナ、それは応援なのか。


 三戦目、俺たちは互いに無言だった。置いて、消して、追って、崩して。一手ごとに人垣から溜め息と歓声が交互に漏れる。俺の手のひらは汗だくで、たぶんガルドもそうだった。盤を挟んで、言葉より濃い会話をしてる感覚があった。あんたはそう来るのか。なら俺はこうだ。……ゲームって、こういうものなんだよ。


 最後は、一手差だった。


 ガルドの四連が完成する一手前、俺の四つ目が先に並んだ。


「――しまっ……」


 勝負あり。広場が一瞬静まり返り、それから歓声が爆発した。


 ガルドは盤面を睨んだまま、動かない。約束通りなら、彼はここで〇×ゲームを認めなきゃならない。村の英雄が、衆人環視でよそ者に負けたんだ。屈辱だろう。悪いことをしたかな、と思い始めたそのとき。


「…………もう一回だ」


「……え?」


「もう一回だと言っている! 今のは、最後の一手を読み違えただけだ! 次はその型ごと潰す!」


 顔を真っ赤にして吠えるガルドを、村人たちがぽかんと見て――次の瞬間、広場中が笑いに包まれた。


「団長、それはもう負けた人のセリフだよ!」

「ガルドさんがムキになってるとこ、初めて見た!」


「う、うるさい! 黙れ! おい、笑うな!」


 俺は笑いをかみ殺しながら、確信していた。


 「もう一回」。それはテオが最初に言った言葉で、ゲームが面白い証拠で――開発者が世界で一番聞きたい言葉だ。


 この人はもう、こっち側だ。


 約束の件を持ち出すまでもなく、その日の夕方には、ガルドが自警団の若いのを連れて広場の盤を囲んでいた。「戦いの読みを鍛えるにはいいかもしれん」と、誰にともなく言い訳しながら。


 ◇


 その平和は、日暮れとともに破られた。


 カン、カン、カン――村の鐘が乱打された。駆け込んできたのは隣の農場の男で、肩に血が滲んでいた。


「ゴブリンだ! 十を超える群れが、東の農場を襲った! 作物も家畜もめちゃくちゃだ! あんな数、見たことねえ!」


 広場の空気が一瞬で凍りついた。さっきまで笑っていた顔が、いつもの、俯きがちの顔に戻っていく。ガルドが即座に自警団を招集する横で、俺は静かにMPを注ぎ込んだ。広域解析。範囲、森全体。


 【広域解析:ソルの森】

 ゴブリン総数:231(前回比+17)

 分布:森の南縁に集中移動中


 ……増えてる。二週間足らずで十七体。そして群れ全体が、村に近い側へ寄ってきている。


 これは偶発的な襲撃じゃない。ダムの水位が、あふれる寸前まで来てるんだ。


「ガルドさん」


 俺は、村の英雄の背中に声をかけた。昨日までの俺なら、聞いてもらえなかっただろう。でも今は、盤を挟んで本気でぶつかった後だ。


「話があります。……信じてもらえないかもしれない、数字の話が」


 ガルドは振り返り、俺の目をじっと見て、短く言った。


「言え。あんたの目が節穴じゃないことは、盤の上で嫌というほど分かった」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。