第5話 必勝法とアップデート
「子供らに妙なことを吹き込んでるってのは、あんたか」
ガルド。村の自警団を束ねる団長で、昨日、街道で俺とリナを救った男だ。命の恩人相手に言うのもなんだが、笑った顔を一度も見たことがない。
「ガルドさん! ユウタさんは私の命の恩人……の、恩人はガルドさんですけど、ユウタさんも身を挺して守ってくれて――」
「リナ、それとこれとは別だ」
ガルドは広場の〇×だらけの地面を、顎でしゃくった。
「ゴブリンが増えてるこのご時世に、地面に落書きして騒ぐだと? 遊びは人を腑抜けにする。俺は認めん」
言いたいことは山ほどあった。遊びが人を腑抜けにするなら、地球はとっくに滅んでる。でも、ここで口論しても勝ち目はない。よそ者の言葉より、村の英雄の言葉のほうが重いのは当然だ。
「……肝に銘じておきます」
俺が引くと、ガルドは鼻を鳴らして去っていった。テオが「なんだよあいつ」と頬を膨らませる。
「こら。ああ見えてガルドさんはね、何年もほとんど寝ないで村を守ってくれてるの。魔物が出れば真っ先に飛んでいくし、櫓の夜番も一番多く立ってる。……余裕がないのは、あの人が一番背負ってるからだよ」
リナが弟をたしなめた。なるほど。あの余裕のなさは、疲弊の裏返しか。
解析するまでもない。この村で一番活気が低いのは、たぶんあの人だ。
◇
ところが、翌朝。事件は思わぬ方向から起きた。
「ユウタさん、大変です! 〇×が……〇×が、つまらなくなりました!」
リナの第一声がそれだった。深刻な顔で言うことか、それを。だが広場に行くと、確かに子供たちが不満顔で座り込んでいる。原因は、すぐに分かった。
「先に真ん中に書けば、ぜったい負けないんだ」
テオだった。地面に描いた盤で、得意げに実演してみせる。
「真ん中を取るでしょ。そしたら相手がどこに書いても、こっちは二つの並びを同時に狙えるところに書けるの。そしたら相手は片方しか止められないから――」
こいつ、一晩で気づきやがった。
そう――〇×ゲームには必勝法がある。正確には、互いに最善を尽くすと必ず引き分けになる。先手が中央を取り、双方がミスをしなければ、勝負は永遠につかない。地球でも、賢い子供なら数日で見抜く。テオは一日だった。末恐ろしい。
「みんな真ん中の取り合いで、ぜんぶ引き分け。……あきちゃった」
あきちゃった。
開発者として、これほど胸に刺さる言葉はない。リリース二日目で攻略が完成し、メタが固まり、ユーザーが離脱を始めている。地球のソシャゲなら緊急メンテ案件だ。
だが同時に、これは想定内だ。〇×は「遊びとは何か」を教えるためのチュートリアル。そして飽きられたゲームにどうするかは、俺の本職だ。
リリースしたゲームが飽きられたら、どうするか。
決まってる。アップデートだ。
「よし、全員集合。今日から〇×ゲームは『バージョン2』になる」
「ばーじょん……?」
「新しいルールってことだ。まず、マスを三かける三から、五かける五に増やす。勝利条件は三つ並べじゃなく、四つ並べ」
地面に大きな二十五マスを描く。盤面が広がるだけで、考えることは一気に増える。中央一点の価値が下がり、必勝の型が消え、読み合いが深くなる。
「そしてもうひとつ。ここからが本番だ。自分の印は、盤面に三つまでしか置けない」
「え? じゃあ四つ並べられないじゃん」
「四つ目を書くときは――一番古い自分の印が、消える」
子供たちがざわついた。置いた印が消えていく。つまり陣地は完成しない。守りを固めれば攻めが消え、攻めれば守りが崩れる。追いかけて、崩されて、追い抜く。終盤のない、動き続ける盤面だ。
引き分け地獄の対策として、あえて「完成」を壊すルールを入れる。我ながら良い調整だと思う。
「テオ、かかってこい。バージョン2に必勝法があるか、試してみな」
「……やる!」
結果。テオは三十連戦して、三十回「もう一回!」と言った。飽きの気配は、綺麗に消えた。
観戦していたバルツ村長まで、一局だけ、と言いながら三局打っていった。打ちながら、村長はぽつりと語った。
「わしが子供の時分にはな、収穫祭で石投げの的当てがあったんですよ。いつの間にか消えました。魔物が増えて、祭りが短くなって、そういう順番で」
「……遊びって、真っ先に削られるんですよね。どの世界でも」
「ええ。ですが今思えば――削っちゃいかんものだったのかもしれませんな」
村長は盤の上で、悪くない一手を打った。
昼には大人まで参戦し始めた。鍬を置いた農夫たちが「そこじゃない、消えるぞ!」「ばか、それ罠だ!」と野次を飛ばし合う。観てる側が口を出したくなるのは、良いゲームの証拠だ。広場は昨日より騒がしい。
【ソルの村 活気:14%→23%】
バージョン2、大成功。リテンションも回復。運営冥利に尽きる。
――が、良いことばかりじゃなかった。
「兄ちゃん、こいつは使えるぜ。銅貨を賭けりゃ、もっと盛り上がる」
酒臭い男がにやついて寄ってきた。悪意はなさそうだが、俺は首を横に振った。
「賭けはやめておきましょう。金を賭けた瞬間、負けたやつの一日が台無しになる。『もう一回』じゃなくて『金返せ』になるんですよ。それは遊びじゃなくて、いさかいの種だ」
「ちぇっ、堅えなあ」
男は肩をすくめて、それでも普通に一戦交じっていった。よし。この線引きだけは、最初に守る。楽しみは人を元気にするが、賭博は人を蝕む。俺が広めたいのは前者だけだ。ここで妥協したら、いつか「ゲームは悪だ」と言われる未来までがセットで来る。
◇
夕暮れ。広場の隅で、俺は気配に気づいた。
ガルドだ。腕を組み、柵にもたれ、じっと盤面を睨んでいる。……いや、あれは睨んでいるんじゃない。読んでいる。農夫の悪手に、眉がぴくりと動いた。今、絶対「そこじゃない」って思っただろ。
俺と目が合うと、ガルドは舌打ちして歩み寄ってきた。
「……おい、よそ者」
「ユウタです」
「どっちでもいい」
ガルドは地面の二十五マスを指差し、それから俺を真っ直ぐに指した。
「明日の朝、俺と勝負しろ。その〇×とやらでだ」
「……いいですけど、条件は」
「俺が勝ったら、あんたは村から出ていけ。遊びも終わりだ。――あんたが勝ったら」
ガルドは一拍おいて、苦いものを噛んだような顔で言った。
「……この遊びが村の害にならんと、認めてやる」
村の全員を背負ってる男が、わざわざ盤の上で決着をつけに来た。力ずくで追い出すことも、できただろうに。
――ああ、この人、いい人だな。
「受けます。逃げも隠れもしません」




