↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
4/32

第4話 異世界初リリースは『〇×ゲーム』

 森のゴブリン、総数二百十四。


 あの数字が、頭から離れなかった。リナの荷馬車をガルドの部下と二人で引きながら(馬は逃げたままなので人力だ。筋力Eには堪える)、俺は街道を歩いていた。先頭を行くガルドは、あれから一度もこちらを振り返らない。背中で「信用してないぞ」と語れる男、初めて見た。


 村の連中は、あの数を知らない。だが会ったばかりのよそ者が「俺には視えるんです、二百十四体います」と騒いだところで、信じてもらえるわけがない。ゴブリンの弱点を言い当てただけで、あの警戒っぷりなんだ。下手をすれば、不吉なことを言う流れ者として叩き出されて終わりだ。


 まずは信用されること。話はそれからだ。


「ユウタさんって、どこから来たんですか? その服、見たことない仕立てですけど」


「……すごく遠くから、かな」


「ふうん? まあ、命の恩人ですし、詮索はやめときます!」


 この距離感、本当にありがたい。


 やがて木の柵に囲まれた集落が見えてきた。麦畑と、五十軒ほどの藁葺きの家。畑の脇には粗末な見張り櫓が立っていて、農具を持ったままの男が森の方をじっと睨んでいる。辺境の村ソルだ。


 だが、村に入った瞬間に分かった。


 ――この村、空気が重い。


 畑仕事の手を止めてこちらを見る村人たちの目に、余裕がない。誰もが早足で、誰もが俯きがちで、立ち話ひとつしていない。子供たちすら、家の陰からじっとこちらを窺うだけで、駆け回る声ひとつしない。


 活気9%。数字で知ってはいた。でも実物は、数字よりずっと応えた。


「リナ! 無事だったか!」


 駆け寄ってきた白髭の老人が村長のバルツさんだった。リナがゴブリンの件を話すと、村長は深々と俺に頭を下げた。


「なんとお礼を申し上げてよいか。ですが……お恥ずかしい話、近頃は魔物続きで、村には礼らしい礼も出せず」


「気にしないでください。飯と寝床があれば十分です」


 その夜はリナの家で、彼女の得意料理だという煮込みをご馳走になった。素朴な塩味の、良い煮込みだった。リナの弟のテオ――十歳くらいの、目端の利きそうな少年だ――は、食卓の隅から俺をちらちら観察するばかりで、結局一言も喋らなかった。警戒されてる、というより、値踏みされてる感じだ。


 ◇


 翌朝。俺は村の広場で、昨日から気になっていたことを確かめていた。


 子供が、遊んでいない。


 いや、正確には――遊びを知らない。棒きれを持って突っ立っているテオに「何して遊ぶんだ?」と聞いたら、「あそぶ……?」と首をかしげられた。


 聞けば、子供の一日は手伝いと祈りでできていて、その合間の空き時間は、ただぼんやり座って過ごすものらしい。歌はある。祭りも、一応ある。でも「暇な時間を面白くする技術」が、この世界にはごっそり抜け落ちている。


 ゲーム以前の問題だった。遊びの文化そのものが、ほとんど無い。


 ……上等じゃないか。


 更地ってことは、何を建ててもいいってことだ。しかも競合ゼロ。こんなブルーオーシャン、地球のどの市場にもない。


「テオ。ちょっと面白いこと、教えてやろうか」


 俺は棒きれを拾い、地面に縦横二本ずつ線を引いた。三かける三の、九マス。


「ルールは簡単。俺が〇、お前が×を、交代でマスに書く。先にタテ・ヨコ・ナナメ、どれかに三つ並べたほうが勝ちだ」


「……かち? 勝ったら、どうなるの」


「どうもならない。ただ、嬉しい」


「なにそれ」


 そう、それでいいんだ。報酬がなくても続けたくなるもの――それを遊びと呼ぶんだから。


 テオは怪訝な顔をしながらも、×を書いた。俺が〇を書く。二手目、三手目――俺がわざと隙を作ると、テオの目がすっと細くなった。


「……ここに書いたら、ぼくの勝ち?」


「やってみな」


 ×が三つ、斜めに並んだ。


「……並んだ」


「テオの勝ちだ」


 一瞬の沈黙のあと、テオの顔が、ぼんっと赤くなった。


「も、もう一回!」


 ――きた。


 この「もう一回」こそ、ゲームが面白い証拠。リテンションの原点。開発者が世界で一番聞きたい言葉だ。


 二回目は俺が本気を出して勝った。三回目は引き分け。テオが地団駄を踏んだところで、気づけば周りに子供たちが集まっていた。


「テオ、なにやってんの」


「〇×ゲームっていうんだ! おれが教えてやる!」


 昨日まで一言も喋らなかった少年が、得意げに棒きれを振り回している。教えたがるのも、遊びの本能だ。広場のあちこちに九マスが刻まれ、あっという間に〇と×だらけになった。


「ちょっと! なんの騒ぎですか!」


 洗濯物を抱えたリナがやってきた。テオが「姉ちゃんもやろう!」とマスの前に引っ張っていく。最初は「私はもう大人ですから」と渋っていたリナだが――三連敗した瞬間、洗濯物を静かに地面に置いた。


「……ユウタさん。これ、勝つコツとかあるんですか」


「お、知りたい?」


「知りたいです。テオにだけは負けたくないので」


 目が据わっていた。負けず嫌いは姉弟共通らしい。


 俺はリナに、二つだけ教えた。角は真ん中の次に強いこと。相手のリーチは自分の攻めより先に止めること。彼女は真剣な顔で三回頷いて、テオに挑んで、二連敗して、三戦目――初勝利をもぎ取った。


「勝ちました! ユウタさん、勝ちましたよ私!!」


「おめでとう。姉の威厳、防衛成功だ」


「くやしい! 姉ちゃん、もう一回!」


 飛び跳ねるリナと、地団駄を踏むテオ。……いいなあ、この光景。俺が作りたかったのは、グラフィックでも売上でもなくて、たぶんこれなんだよな。


 昼を過ぎる頃には、広場は子供たちの歓声で埋まっていた。悔しがる声、はしゃぐ声、「もう一回!」の大合唱。


 畑から戻った大人たちが、呆気にとられてその光景を眺めている。村長のバルツさんが、俺の隣で目を細めた。


「……この村で子供らの笑い声を聞くのは、いつぶりですかな」


 俺はこっそり範囲解析を走らせた。


 【ソルの村 活気:9%→14%】


 上がってる。たった九マスの遊びで、五ポイントも。数字は嘘をつかない――この世界に「遊び」は、確かに効く。


 俺は胸の奥が熱くなるのを感じていた。


 予算も、納期も、お偉いさんの承認もない。地面と棒きれだけの、たった九マスのゲーム。それでも、遊んだやつが笑ってる。三年間、会議室で一度も見られなかった光景が、目の前にある。


 ――これが、俺の異世界での最初のリリースだ。


 そのときだった。


「おい」


 低い声に振り返ると、ガルドが立っていた。街道のときと同じ、値踏みするような目。ただし今度は、その目に苛立ちが混ざっている。


「昨日の今日で、ずいぶん派手にやってくれてるな、よそ者。……子供らに妙なことを吹き込んでるってのは、あんたか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。